一途彼女と誘惑の彼

山の端さっど

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∽1∽[誘惑]の事情

Side10.5 戦場優馬の勇敢

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※微グロ表現注意 念のためR15作品に致します。

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『今日もお仕事お疲れ様です』

 すみれからのメールが届いていた。顔が自然にゆるむ。誰も近くにいないことを確認して、そっと画面を見返した。動画ファイルだ。

『あっ、お、おはようございます! いつも、本当にお疲れ様です。ちゃんと休めるときは休んでくださいね! ……その、誕生日、ですよね。今日も大変な思いをする戦場せんじょうさんの代わりに、せめて私が、優馬ゆうまさんの生まれてきたこの日が特別でありますように、お祈りします。誕生日おめでとうございます。どうか、どうかお元気で。……あの、休暇ができたら、改めて祝わせてください』

 言葉にならない声が出た。
 直後に、別の通知。配達物の連絡だった。

『バースデーケーキ 一点 ご依頼主・町角すみれ様』

 俺は耐え切れずに壁に額を打ち付けた。これが俺の彼女だ。



  ∽ ∽ ∽

 俺の両親は、「神の使徒」と呼ばれる敵対アンドロイドによってどちらも殺された。俺がまだ幼い時だ。
 アンドロイド、直訳すると「人間」。昔は人の手によって作られたものだけを指していたけど、今は、機械によって作られたものもアンドロイドと呼ぶ。別の名前をつけないのは、区別がつかないからだ。そう、「神」と名のついたの造形したものなら。

「高度に発達した機械は人間として扱えるか」

 何世紀も前から考えられてきた命題に、あの個体は結論を出した。
 倫理的にどうだろうが、そう扱わざるを得ない。たとえ精神が空っぽでも、たとえ人間を殺戮さつりくするためだけに作られたとしても、たとえ、俺の両親を「合理的」なんて理由で殺したとしても。現場では、奴らの「完璧さ」も、嫌というほど見てきた。

 でも、人間でも人を殺すことも、知っている。

  ∽ ∽ ∽



「教官。今日の午後、四半休ですよね。外出許可を取りたいんですが」
「構わんが、どうした」
「私用です」
「ん?」

 鬼教官とよばれる俺の上司はその姓も鬼頭きとうという。普段はプライベートには口出しされないのだが、今日は聞き返されてしまった。

「いえ、その」
「鬼頭さん、戦場の奴、今日が誕生日なんですよ」

 言いよどんだとき、別の教官が通りすがりに言葉を転がしていく。

「そうだったのか」
「はい」
「……何で言わない」
「……申し訳ありません」

 何故か謝ることになった。

「まあいい。許可証だ」
「ありがとうございます」

 俺は礼をして出る。これで、ケーキは受け取りに行けそうだ。
 それにしても、鬼教官が役職もない部下の誕生日を気にするとは思わなかった。

「ああ見えても部下のことは大事なんだよ、ああ見えても」

 様子を見ていたらしい先程の教官が、廊下に居てニヤニヤ笑いながら教えてくれる。

「そうなんですか」
「治安が悪いから外出先によっては注意しようとしたんだと思うよ。あの人も、ああ見えても……おっと、喋り過ぎた」

 教官はわざとらしく咳払いをすると歩いて行った。

(治安が悪い、か)

 常に治安が悪いこの場所で、その言葉を聞くのはむしろ難しい。普段と違うことがあったのだろうが、聞かされないのなら考えても仕方がない。勝手に外出することもできないのだ、軍部ここでは。



 さて、外出の前に済ませることがある。
 俺は自室に戻ると、銃を解体してパーツを磨いていった。もう六年目ともなれば手慣れた習慣の一つだ。初めは暴発に怯えていても、誰もがそのうちこの金属の感触がないと寝られなくなる。

 まだ中高生の身体は弱く、軽く、スタミナも力もない。軍用兵器の銃は安全性が高く子供でも扱える造りだけど、照準を正確に合わせたり、素早く位置取ってヒット&アウェイをこなすには鍛錬が欠かせない。何より、大人の中では弱者の動きは浮いてしまう。「使徒」はその隙を見逃してくれるほど甘いプログラム設計をされていない。
 俺が軍に入ってまず学んだのは、己の無力さだった。[勇敢]に任じられた中学一年生春というのは、俺が成熟した証なんかじゃなくて、大人にギリギリ混ざれる体格になった時期というだけだった。

「お前たちが身体に叩き込むのは、まず死なない方法だ。むしろお前たちにはそれしか期待してない。十五まで生きてたら、戦う方法を教えてやる」

 最前線での戦いを期待されているだけあって、教官たちは厳しかった。その中でも特に苛烈かれつだったのが鬼教官。「あいつさえ納得させれば」と粘っていたら、いつの間にか彼の直属になってしまい、ますます辛くなった。それでも、程々に手を抜く要領の良さは持っていない。

「お前、自分から鬼教官の目に留まりに行くんだもんな。こいつ[勇敢]を通り越して[無謀]なんじゃないかって俺たち話してたんだぜ」

 とは、後ほど同期から聞いた、遅すぎる話だ。俺を隠れみのにまんまと他の教官付きになったわけで、あいつらのことは未だに許してない。

 別に、鬼教官だけが修羅しゅらじゃない。鬼教官の部下は長生きが多いことを考えると、ある意味とも言える。

「怪我でもして早く兵役を終えることより、あのシゴきに耐えつつ長く軍に居座ることを選ぶとは……」

 そう囁いていた同期の誰かは、名前を聞くほど仲良くなる前に撃たれて死んだ。
 引退できるような怪我を半端に負うことなんて、「使徒」の前では不可能に近い。

 引退。

 その単語が魅力的じゃないと言えば、嘘になる。叶わないと知っているから、[勇敢]だから、口には出さない。

 徴兵にあった学生の学校の勉強は、多くが免除されている。それは有難いと同時に、もう平和なだけの生活は送れないんだと実感させられる。多分、もう学力では、すみれに追い抜かされているだろう。そう考えると、格好悪い。
 でも、何もかも勝っていたいとは思わない。元々、気遣いとか、細かなところでは負けている。
 だから、格好付けられるところだけは、ばっちり決めてみせる。意地でもそう決めていた。



 私服に着替えると、安全装置をつけたまま、銃の動作を確かめて、腰にげる。服で隠して薄く長いカーディガンを羽織ると、一応一般人にも見える格好だ。
 残念だが、一般人が住み、暮らし、歩き回る区域までは急に取ったわずかの休みでは行き来できない。ほとんど軍関係者だけが使うコンビニが精々だ。
 武器を持ち歩くのも、隠すのも、「使徒」対策に過ぎない。この区域には「使徒」が出る可能性がある。一般人を狙うアンドロイドに対しての罠であり、明らかに武装した者を狙う好戦的な対人戦強化型アンドロイドを避ける、気休めの策だ。
 もちろん、もし出先で遭っても、逃す気もなければ殺される気もない。

 俺はさらに二、三度、動きやすさを確認して、机上の写真を少し眺めてから部屋を出た。



  ∽ ∽ ∽

 あの日のことは、何度も何度も夢に見る。


「だっ、大丈夫ですか?」

 一番最初は、必ずあの声。誰も彼もが自分の事だけ考えて逃げていく中で、一人だけ、恐怖の中でもりんとして助けの手を差し伸べようとした声。

 町角すみれ、彼女の声を俺は既に知っていた。

 結果から言えば間違っていた。誰も彼女がそんな行動に出るとは思っておらず、虚を突かれた。そして最悪なことに、彼女が助けようとしたのが、俺たちが追っている敵対アンドロイドだった。
 それでも、その声は、決断は、俺の心を確かに揺らした。

 殺させない。

 体が勝手に動いたのは、初めてだった。
 気づいたら、やり方を聞いたこともなかった人命救助に、飛び出していた。突き飛ばすと怪我をさせる、間に割り入って弾をさばく装備はない。抱え込むという判断に辿り着くまで、ほんの僅かだった。迷いもなかった。
 そこから先は無我夢中だった。叩き込まれ続けている受け身はともかく、そこから先は、訓練でも実戦でも、あの時ほど思うように動けたことはなかった。撃つ訓練を始めてから間もなかったのに、自然と銃口を「使徒」の弱点に合わせていた。

 あの時、人型を撃つ迷いが、消えた。


「いい動きだった」

 鬼教官が人を褒めるところを、初めて見た日でもある。

  ∽ ∽ ∽



「戦場優馬さま、お荷物は冷凍便のこちらになります」

 コンビニへ受け取りに行くと、待っていたのは思ったより大きな箱だった。多分五号サイズ。6ピースくらいになりそうだ。まさか、年齢分の蝋燭ろうそくを立てられるように、という理由だったりはしないだろうが。
 大切に分けて食べよう、と決意する。

「ありがとうございます」

 俺は笑顔で箱を受け取って、脇にずらして置いた。



 そして、店員の右目アイカメラ1を撃ち抜いた。



「この荷物、とても大事なんだ」

 店員の体が軋んで、皮膚そうこうがひび割れる。そうびがゴキリ、と妙な音を立てて変形する、その直前に、左目アイカメラ2にも銃弾を撃ち込む。少し浅かったが、しっかりとセンサーに繋がる重要な血管はいせんを破壊した音が聞こえた。相変わらず嫌な音だ。

「ちゃんと渡してくれて、ありがとう」

 俺はネックレスの石サブカメラも破壊すると、カウンターを揺らさないように気をつけて飛び乗った。そのまま蹴る。敵対アンドロイドは、背から倒れると、口から内臓はいせんを吐き出す。油断せずに腹部を踏んで全身の動きを止めると、一番やりたくはない完全停止作業……局部でんげんの破壊を、少し目をらして、やった。

 パンッ

 軽い音一つで終わりだが、完全に、人間を不快にさせる方法を熟知している。最近確認した新型だった。

「……でも、人間に渡してもらった方が嬉しかった」

 余計な口を滑らせてから、鬼教官に連絡を入れた。
 俺は休憩中だ(しかも、今や大事なケーキを持ち帰る任務がある)。バックヤードで死んでいるだろうのことは、勤務中の者に任せたいと話すと、「分かった」とすぐに返事があった。

 本当は、きかいあぶらの一滴も浴びたくはなかった。縁起が悪い。俺の誕生日はともかく、すみれのプレゼントを受け取る時になんてタイミングが悪かった。



 俺は、いや、この軍の中で俺だけが、人間に化けた「使徒」に、気づくことができる。呼吸や心音、体温、臓器までどれだけ似せても、生皮や本物の目を使ったおぞましい奴でも、本物の血を吐こうが命乞いをしようが感情をどれだけよそおおうが。

 理屈は自分でも分からない。何か動きに不自然なところがあるのだろうが、研究データの解析でも完全に人間と同じだと判断されるはずの奴らの何が引っかかるのか、不明のままだ。
 ただ、分かる。
 だから、どれだけ嫌でも、侵入者を見つけたら俺が動かなければいけない。
 それが、……。

 本物の血で空気が生臭くなる前に、俺はコンビニを立ち去った。



  ∽ ∽ ∽



「ありがとう、すみれ。今日は最高の一日だ。……早く会って、最高を更新できるように頑張るよ」

 メッセージを吹き込んで、録画画面で手を振る。蝋燭ろうそくを吹き消して、送信。
 電気を点けると、チョコプレートに書かれた文字が目に入り、また口元がにやけてしまった。

『Happy  Birthday 優馬さんへ』

 すみれは、時々俺の呼び方が「戦場さん」から「」になっているのに自分では気づいてないだろう。時々無意識に彼女が言うたびに、俺は込み上げてくる喜色を隠すのに苦労する。指摘されて恥ずかしがるすみれも見てみたいが、今はまだ、俺だけの秘密にしておきたい。
 いずれ、名字で呼ぶ逃げ道を奪うから。

「いつか、自分からそう呼んでくれ」

 チョコプレートに口づける。
 彼女だけは、守りたいと思っている。何としてでも。
 それだけが、今、俺を死戦へとふるい立たせる原動力だ。

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