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-97.8℃
7°F イン・ザ・バーミキュライト
しおりを挟む女は眼鏡に息を吹きかけて、ハンカチで埃を拭った。レンズが傷つくのは分かっているが洗いに立つ気にもなれない。
「模倣犯の可能性がある2件、特殊案件として除外した3件を除き、気温が■℃以下、あるいは前日比-■℃の日の0時~29時の間に全ての犯行が行われている。更に一般的には、早朝1時~3時頃が■℃前後である日。警戒区域は……皿達千」
無人の部屋のデスクの上にみっともなく、普段は針金のように伸ばしていた背を丸めて頭を投げ出す。
「人のぬくもりが恋しい、か」
女は刑事だ。それも、時流にうまく乗り、コネでも何でも使って一課のトップに昇りつめた女だ。好き勝手できる権限と余裕と金が欲しかった。そして得た。からかい甲斐のある部下も捕まえた。代償に失って惜しかったのは視力くらい。もう先に目的はない。その地位をキープできるだけの事をするだけだ。そのはずだった。
「過去は消えない。双方が忘れるか死にでもしない限り葬る事は叶わない。当然のことだったよな」
女は呟く。思考をそのままアウトプットするかのように口にする。
「あの事件からもう■年。あの少年も、とっくの昔に大人だ」
無人の部屋で、言い聞かせるように声に出して言う。
「あれだけの過酷を生き延びて長い後遺症も無かったんだ、さぞや健康で丈夫に育っただろう。もしかすると、心も、」
女の手元には小さな雪降る街の地図の一部が映し出されたタブレットがある。様々な統計から絞り込まれた、ただ1点の小さな区域。住民が隣にはリスト化されて並ぶ。
「報いを受けるべき者は司法の報いは受けた。それで少年は、満足――」
そのリストの一列だけが塗り潰された。
「――するわけがないよな」
「……誰の話ですか?」
女は、鶏ガラのような体を少し軋ませた。その動作の中に、急に人が現れた驚きも独り言を聞かれた焦りの発露も全部含めて抑えこんだ。素早く指がフォルダを閉じる。一瞬でも閉じれば、全ては複数のパスワード入力を要求する頑丈な電子の海底に沈む。
「何でもないさ。君、忘れ物でも取りに来たのかい?」
「そうなんですよ、実は」
二人の視線はねじれて、全く噛み合いもしない。
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