57 / 105
-57℃ 響かない楔
しおりを挟む
熱めのお湯がわたしを静かに包みこむ。でも決して静かじゃない。浸かったまま入浴剤をものぐさに放り込んだらもっと寂しさは消えて、全ての産毛の場所を細かい気泡がマーキングした。今度丁寧に剃ろう。
(ビジホでシャワー使わなかったの初めてかも)
顔まで半分沈めて思う。でもどうせ上がる時には入浴剤を流すためシャワーを使う。わたしは耳の穴が大きいから半分以上は沈めない。少しぬるりとした手首をそっと撫でる。
「怖かった」
そっか、怖かったんだ。
「怖い」
わたしは自分にそんな感情が残っている事を、不思議に思っている。
たっぷり入浴剤が染み込んだ髪を優しくすすいで、軽やかな風の中で乾かしていく。わたしの髪はタオルで包んだまま乾かすのには少し長すぎる。
一つずつ挙げてみる。
死体は怖くない。
冷たい海辺を歩くのも怖くない。
墓穴は怖くない。
クライの事、多分怖くはない。
殺すのは怖くない。
殺されるのは怖くな……い。たぶん。
彼となら。彼になら。
わたしは、好きになったヒトの皮を剥ぐ彼が怖くない。破滅的だとは思わない。
でもクライは多分、好きなヒトを殺した彼を恐れてる。
憎んでいるだろうか。でも彼が大丈夫というならそのはずだ。
……もし、もしも。
「……殺されるのは、だめ……」
わたしは仕上げのクールドライをかけていたドライヤーを取りおとした。スイッチが入ったままだけど無視して、スマホを震える指で操作する。
わたしはもしかして、途方もないバカなのかもしれない。そのバカさ加減のせいで、もしかして、取り返しのつかない事になっているかもしれない。
つまらないお喋りや穴掘りやセックスなんかで彼と心通わせた気になって。その程度で、もうすぐ死ぬなんて言う彼を、現世につなぎ止める楔を打ち込んだ気になっていた。
「……もしもし!」
『ああ』
彼の落ち着いた、眠たげな声は少しも乱れていない。わたしは肺に張りつめていた息をだらしなく出した。
「どうして死のうとするの」
『そうか』
「やめてよ、こんな事」
わたしはここまで情緒不安定な人間だっただろうか。性格が変わっていくのは怖くない。でも怖いのは、
「だからクライを助けて、あの日連れてたの……?」
彼が殺される事だ。
「いつか誰かが殺してくれるのを期待して、色んなところに種を蒔いてたの? クライの他にも? わたしは恨んでくれなくて、期待外れだった?」
何か言ってよ。
「いや」
それじゃ何も分からない。
(ビジホでシャワー使わなかったの初めてかも)
顔まで半分沈めて思う。でもどうせ上がる時には入浴剤を流すためシャワーを使う。わたしは耳の穴が大きいから半分以上は沈めない。少しぬるりとした手首をそっと撫でる。
「怖かった」
そっか、怖かったんだ。
「怖い」
わたしは自分にそんな感情が残っている事を、不思議に思っている。
たっぷり入浴剤が染み込んだ髪を優しくすすいで、軽やかな風の中で乾かしていく。わたしの髪はタオルで包んだまま乾かすのには少し長すぎる。
一つずつ挙げてみる。
死体は怖くない。
冷たい海辺を歩くのも怖くない。
墓穴は怖くない。
クライの事、多分怖くはない。
殺すのは怖くない。
殺されるのは怖くな……い。たぶん。
彼となら。彼になら。
わたしは、好きになったヒトの皮を剥ぐ彼が怖くない。破滅的だとは思わない。
でもクライは多分、好きなヒトを殺した彼を恐れてる。
憎んでいるだろうか。でも彼が大丈夫というならそのはずだ。
……もし、もしも。
「……殺されるのは、だめ……」
わたしは仕上げのクールドライをかけていたドライヤーを取りおとした。スイッチが入ったままだけど無視して、スマホを震える指で操作する。
わたしはもしかして、途方もないバカなのかもしれない。そのバカさ加減のせいで、もしかして、取り返しのつかない事になっているかもしれない。
つまらないお喋りや穴掘りやセックスなんかで彼と心通わせた気になって。その程度で、もうすぐ死ぬなんて言う彼を、現世につなぎ止める楔を打ち込んだ気になっていた。
「……もしもし!」
『ああ』
彼の落ち着いた、眠たげな声は少しも乱れていない。わたしは肺に張りつめていた息をだらしなく出した。
「どうして死のうとするの」
『そうか』
「やめてよ、こんな事」
わたしはここまで情緒不安定な人間だっただろうか。性格が変わっていくのは怖くない。でも怖いのは、
「だからクライを助けて、あの日連れてたの……?」
彼が殺される事だ。
「いつか誰かが殺してくれるのを期待して、色んなところに種を蒔いてたの? クライの他にも? わたしは恨んでくれなくて、期待外れだった?」
何か言ってよ。
「いや」
それじゃ何も分からない。
0
お気に入りに追加
7
あなたにおすすめの小説
校長室のソファの染みを知っていますか?
フルーツパフェ
大衆娯楽
校長室ならば必ず置かれている黒いソファ。
しかしそれが何のために置かれているのか、考えたことはあるだろうか。
座面にこびりついた幾つもの染みが、その真実を物語る
寝室から喘ぎ声が聞こえてきて震える私・・・ベッドの上で激しく絡む浮気女に復讐したい
白崎アイド
大衆娯楽
カチャッ。
私は静かに玄関のドアを開けて、足音を立てずに夫が寝ている寝室に向かって入っていく。
「あの人、私が
ママと中学生の僕
キムラエス
大衆娯楽
「ママと僕」は、中学生編、高校生編、大学生編の3部作で、本編は中学生編になります。ママは子供の時に両親を事故で亡くしており、結婚後に夫を病気で失い、身内として残された僕に精神的に依存をするようになる。幼少期の「僕」はそのママの依存が嬉しく、素敵なママに甘える閉鎖的な生活を当たり前のことと考える。成長し、性に目覚め始めた中学生の「僕」は自分の性もママとの日常の中で処理すべきものと疑わず、ママも戸惑いながらもママに甘える「僕」に満足する。ママも僕もそうした行為が少なからず社会規範に反していることは理解しているが、ママとの甘美な繋がりは解消できずに戸惑いながらも続く「ママと中学生の僕」の営みを描いてみました。
小学生最後の夏休みに近所に住む2つ上のお姉さんとお風呂に入った話
矢木羽研
青春
「……もしよかったら先輩もご一緒に、どうですか?」
「あら、いいのかしら」
夕食を作りに来てくれた近所のお姉さんを冗談のつもりでお風呂に誘ったら……?
微笑ましくも甘酸っぱい、ひと夏の思い出。
※性的なシーンはありませんが裸体描写があるのでR15にしています。
※小説家になろうでも同内容で投稿しています。
※2022年8月の「第5回ほっこり・じんわり大賞」にエントリーしていました。
【R-18】クリしつけ
蛙鳴蝉噪
恋愛
男尊女卑な社会で女の子がクリトリスを使って淫らに教育されていく日常の一コマ。クリ責め。クリリード。なんでもありでアブノーマルな内容なので、精神ともに18歳以上でなんでも許せる方のみどうぞ。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる