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山の端さっど

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-04℃ 白い闇から

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「『白い霧が僕をどこまでも追ってくる。僕は逃げ続けなければいけない』――か」

 中年男の刑事は手に持った紙束にさっと目を通し、眉を寄せた。一文字一文字はお手本のように整っているが、原稿用紙のマスからズレまくっているせいで綺麗な印象を受けない。今は家主のいないこの1LDKの違和感にも似ていた。

 小さなアパートの一室はひどく汚かった。半端に開いた引き出しの中の服はグチャグチャで、床にも洋服やら本やら雑貨が散乱して足の踏み場もない。しかしきっちりと畳まれ部屋の隅に積まれた布団、磨かれた床、汚れどころか曇りもない台所、整列された靴などは淡々と、家主のきちょうめんな潔癖さを物語ってくる。逆に言えば、荒れているのは金目の物が隠されていそうな机と箪笥、物が散らばった床だけ。つまり、この荒れようは家主のせいではなく空き巣によるものだった。
 しかし、いくら几帳面な家主でもこの部屋の惨状に不満は言えないだろう。

 家主はもう死んでいるのだ。
 事実関係は捜査中だが、十中八九自殺だとみられている。

(しかも赤信号をわざわざトラック前に飛び出して、か)

 確実そうな方法を狙うあたりが、またきちょうめんと言えなくもない。
 しかし家主はなぜ自殺してしまったのだろう。刑事は空き巣の犯行現場を捜索すると同時に、手がかりがないかと探していた。

 周囲の人々の話では、「幽霊が見える。白い影がいつも目の端に……」 などと最近言うようになり、心配していたらしいが……
(幽霊だのわけわからねぇ行動だのはごめんだ)
 刑事は毒づいてあたりを丁寧に調べてゆく。

 そして見つけたのがこの紙束……小説家を目指していたらしい家主の、何かの原稿だった。

【 白い闇。まるでそれは闇だった。
   僕の視界のみならず心までも
    端からじわじわと蝕んでいく
     白い欠落だった。
        ぼくの、僕の、僕の…… 】

 うぜえ、と思いながら刑事は原稿を放り出す。



「なんだ、こいつ白内障になってたのかよ」



 遺伝や生活習慣、眼のケガなどにより若年性の白内障が起きることはある。
 白内障が進行すると、明るいところに出た時、視界が真っ白になることがあるという。となると、赤信号が見えなくて飛び出した可能性もある。

(ま、これで謎は解けた)

 刑事はまだ知らない。若年性の白内障は老化によるものとメカニズムが違い、視界の中心に白い濁りが出るケースが圧倒的に多いことを。そして、遺体の目に白内障を治療した痕跡があることを。
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