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§04 根濁してマロウブルー
急遽急急如律令メンテナンス
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「真面目に勉強した……」
夕方の澄谷の一番星、まだ明るいうちから灯る街灯の下で響は額に手をやった。
「何変な顔してるんだよー?」
「楽しかったね、ひびき君。また一緒にお話ししよう?」
「いやまさかこの面子で真面目な勉強会になると思わなくて……」
しかもかなり進んだ。意外なことに数学が得意だったらしい湯上と、やたら歴史のエピソードを覚えている千早。二人に脇を固められて、いつの間にか没頭していた。授業で全く聞いた覚えのない項目が5つほど出てきたこと含め、かなり反省している。
「酷ぇの。両手に花だぜ?」
「いや、それは違……」
……外から見ればそう見えたかもしれない。
「今更だけど3人で勉強すんのに横に並ぶ必要無かったよな?」
「やっぱりわたしと二人が良かったよね、ひびき君。ごめんね」
「なんだよー、もっとオレに科学教えたかったならこれから延長戦するか?」
「いや、そろそろ湯上は帰った方が良いだろ。千早も帰れ」
そういえば気にしたことも無かったがこの女子はどうやって通学しているのだろう。電車だったりしたら駅まで送っていくべきだろうか?
「ハイハイ、大人しく退散するかー。あ、湯上、オレも車で送ってってくんね?」
「うーん? どうして?」
「えー、良いじゃん?」
「しょうがないなぁ」
「よっしゃ! じゃ響、無理だろうけど寄り道せずに帰れよー」
「よそ見しちゃダメだよ、ひびき君。また明日ね」
「お、おう……バイバイ……」
今日初めて知ったことその6、湯上は自家用車通学だった。7、二人は意外と仲が良いらしい。
「ってか寄り道って何だよ。別に今日は買い物の予定も無いし……あ?」
ふらり、と花が香った。
「本日ただ今より30分、ここは安全地帯。賭けてみる価値はありますわ。……というわけでして、こんこん、ごきげんよう賢木響さん」
アナウンサーとか声優みたいなやたらと整った声色の女声が背後に響いた。つまり作り物っぽい。振り返ると、さらに作り物っぽい笑顔をした長身な女子が爆速で走り寄ってくるところだった。走りながらあの声が出せるとか意味が分からない。
「あら、あら、あなたのその目。幽霊が視える程度の才があるとは知っていましたけれど、随分と混濁していますのね」
「はぁ?」
あっという間に近づかれて、目を至近距離で覗きこまれたのにピクリとも反応しなかったのは危機感が欠如しすぎだったかもしれない。反射神経はもとより当てにならない。
「何を飼っていますの?」
「何か見えんの?」
響の目には彼女の目しか見えない。表面に響の目が映り込んではいるのだろうが、明るいオレンジがかった瞳が背景ではよく見えない。
「さあて、こんこん。ここから先はお友達料金ですわ。具体的にはお友達になったら教えて差し上げますわ」
「はい? ってか、今更だけど誰」
「わたくし隣の鹿驎高校の生徒ですのよ。それで、ね。あなたとわたくし、仲良くいたしません?」
キリリとしたつり目、オレンジっぽいロングヘア、やけに威圧感のある笑み。全く見覚えがない。分かることもたったの二つ。
一つはその制服。もう一つは……この、フワフワと彼女から漂ってくる匂いが、湯上桃音の香水とは違う響の知らない花だろうということくらいだ。
「嫌かな」
「えっ?」
「だって怖いし」
「せめて名前だけでも覚えて帰ってくださいまし」
「じゃあ名乗れよ、人の名前急に呼ぶ前に」
「………………あら、聞こえていませんでした? でしたらもう一度」
「いや名乗り忘れてたのを俺のせいにするな」
「それでは、こほん。よくお覚えになってくださいな、わたくし――」
「おやおやー、マカヤキっちじゃないっすかぁー。響っちに花粉かけてどうしたんっすかー?」
バンダちゃんが、響と女子の間に滑り込んできた。何故だかいつもより笑みに凄みがあるような気がする。
「なっ……あなたまさか、芽咲万朶……っ」
「こんな口調の人なんてリアタイで世界に3000人くらいは居るっすよー。で、ウチはバンダちゃんっす」
「やはり芽咲じゃありませんのっ!」
マカヤキと呼ばれた女子は、勢いに圧されたように後ずさる。
「ステイステーイ、マカヤキっちー。後ろ手でそんな物騒なハンドサイン作るもんじゃないっすよ。バンダちゃん200年ぶりに見たっす」
「ハンドサイン?」
響が口を挟むと、バンダちゃんはにっこりと笑った。
「『神に伝えよ』」
「あ?」
「どっかの宗教戦争でどっちかの派閥が相手をこー……倒す時に使ったサインっすね! つまり『お前の神とやらの所に送ってやるから神に泣きついてみろよ、まあ、そんなもの存在しないけどな』って意味っす。そこから派生して、中指立てるサインと似たような意味でその戦争後しばらく使われてたっすかねー」
「もしかしなくても現代日本の話じゃねえな?」
「イエス、オフコース! で、マカヤキっち~、ウチはちゃんと神に伝えてきたっすけどそちらはどうっすか? もしかしてそっちの神、存在しなかったんっすか?」
笑顔で言いやがった。
「っな、何を言ってるんですの芽咲万朶っ! わたくしが今ここにいるのが神の御業でなくて何だというのです?!」
「それならウチは何百回も奇跡授かってることになるっすけど?」
「ぐぐぐ、ああ言えばこう返しますのね芽咲万朶。ああ悍ましいですわ六根清浄急急如律令!」
何やら呪文を唱え出した女子の横で、響はバンダちゃんの肩を突っついてみる。
「なあ、つまりコイツって、バンダちゃんみたいな『転生魔憑き』? って事なのか?」
「そういう事っす。残念ながら前々前世もいいとこな昔からずーっと、お仲間ではないっすけどねー」
楽しそうだが笑顔がワントーン暗い。
「バンダちゃんにも友達じゃない知り合いっているんだな」
「マカヤキっちだけは難しいっすね!」
「おお……」
「何をコソコソ喋っているやら分かりませんが、ま、まあ構いませんわ。今世紀のあなたの存在自体は把握しておりましたもの。出会うのが少し早かっただけ。今のわたくしもあなたの敵。そう、わたくし、今代は陰陽寮よりの刺客ですのよ。こんこん、急急如律令、あなた方と陰陽、もとい白黒つけに参りましたの!」
マカヤキは中指と薬指をクロスさせて親指を挟み、狐のようなハンドサインを胸の前で作る。
「キャラ濃っ」
響は数歩後ずさった。バンダちゃんが前に出てくれたので遠慮なく後ろに回る。
「その配置は狡いですわよあなた方! 特に後ろ! 賢木響!」
「いや、ちょっと慣れてないタイプの脅威が来たんで……」
「わたくしを脅威と思うその目だけは褒めて差し上げますわ。では倒されてくださいな」
「嫌だっつの」
「響っち、マカヤキっちは遊び相手に飢えてるんっすよ。そんなに人恋しいならバンダちゃんがいつでも相手になったのに、いやー、つれないっすね!」
「ちょ、ちょっと、邪魔はおやめなさい芽咲万朶」
「大丈夫っすよー、どうせ来世保証の気楽な命じゃないっすか。もっと肩の力抜いて、ほらー」
「いつもあなたはそうやってわたくしの邪魔ばかりをっ! 分かりましたわ、今世で決着をつけようじゃありませんの芽咲万朶! ひれ伏したあなたの頭を土台に式神相撲を開催してやりますわ!」
「望むところっすよ?」
「手加減は致しませんわよ?」
「前回マカヤキっちが舐めプなんてする余裕あったのは最初の30分だけだったっすよねー」
「馬鹿おっしゃい。手加減してあげていたのよ、ずっと!」
「式神相撲の話っすよ?」
「戦争の話ですわよ?!」
……仲良く喧嘩しながら、2人は歩き去って行った。
「うん、俺ついて行かなくていいよな」
響は1人あくびをする。先ほどまでの達成感が薄れて、どっと疲れた。
「式神で火起こした次がコレって陰陽寮やる事滅茶苦茶過ぎねぇ? あんな初対面から怪しい奴。あんたもそう思うよな」
「さあね」
「その声は思ってんだろ……スポア」
ずるり、と空気が歪む。粉が糸を引き視界を黒く赤く染める。
「……陰陽寮所属とか名乗る奴が堂々と澄谷に来んのおかしいだろ。それも、バンダちゃんによれば式神じゃないって。それが出来るってことは、あと、今から30分安全地帯、とかいうのは、影の注意が今だけ俺から逸れてるって事だろ。それ、あんたがやってあの変な女に吹き込んだんじゃねえの」
「そうよ、よく出来ました、カナリアちゃん」
波打つ糸が黒い艶を帯びて女の髪となる。スポア。「胞子」。
「空気をずらすのよ。カゲもやっていたでしょ? カゲが貴方から離れている時限定で、少しだけ、貴方の行動を決して外からは覗けないようにするの。あまり長いとバレるから今回は30分だけ」
「それ、どうやってやるんだ?」
「あら、ただの人間にこんな真似ができると思ったの?」
「なんか出来そうな気がして……」
「ふふふ、駄目よ。貴方自身がやっても全くの無意味」
「そうなのか……」
響は少し肩を落とす。
「カゲに秘密で動きたいのね? カナリアちゃん自身が」
「ああ」
「なら、私を説得してみせなさいな。いつ、どこで、何をしたいの?」
「それは……数日中だと思うけど、まだ、教授次第」
「教授?」
「つまり……」
続く響の言葉に、スポアは少し意外そうな顔をして、それから人でも喰いそうに、にんまりと笑んだ。
「気に入ったわ。作戦実行の時に、カゲから貴方を隠してあげる」
「ああ。頼む。七夕過ぎたら多分影の隙減るし、動き始めるなら今しかない」
「……ふふ。だからマカヤキを貴方にあげたのよ」
「あ?」
「曲樹かずら。あの斑稔はわたしが送り込んだ刺客よ。使えるわ」
「……ハンシンって何だ? 半神?」
「昔に下等蝕橆の椏稔が人と交わったのよ」
椏稔、は、「ローズヒップ」とかピオニィとかの事だ。影も普段から雑魚呼びしているがスポアの見方も同じらしい。
「もちろんそれだけじゃ子は成せないわ。でもその欠片がずっと人の子孫に継がれて、癌のようにあの子に癒着して混ざっているの。可愛いでしょう? 嫌うモノと体組織の一部を共有しているだなんて」
「ハンシンだと凄い事あんの?」
「たまに前世の記憶を持ったマカヤキが生まれるようになるわ。それと、10年くらい寿命が伸びるかも」
「ショボいな」
「一瞬よね。無害な魔付き。適当でしょ?」
「……確かに、目の前に来られても全然怖くは無かったけど」
「あら、あの子一応貴方を無力化するために京都から送り込まれたスパイなのよ。一応。攻撃されたら痛いフリくらいしてあげなさいな」
そこまで彼女の戦闘力が低いとは思わなかった。……いや、もしかして。
「……俺が致命傷以外痛がらないと思ってる訳じゃないよな?」
「死なずに戦闘経験を積めるわよ」
深く息をつく。
「なんで敵増やしてくれてんだよ……」
「でも良かったじゃない? あれだけ女の子たちに囲まれて」
「今日の話?」
……千早、湯上、バンダちゃん、マヤカ……マカヤキ。そういうことになるのだろうか。見た目だけは。この不気味な蝕橆も一応女の形だ。
「肯定ということは、あなた、その鋭さで、まんまと呪いに嵌っているのね」
「え? 呪い?」
「命に別状はない呪いだから教えてあげない。でも、ふふふ、可愛いこと」
言うだけ言って、ズルリと女は身を引く。糸が解けて尾を引き離れていった。あっという間に。
「『両手に花』って、全っ然嬉しい状況じゃねえんだよな……」
響は開き続けていた目をようやく閉じて潤した。
夕方の澄谷の一番星、まだ明るいうちから灯る街灯の下で響は額に手をやった。
「何変な顔してるんだよー?」
「楽しかったね、ひびき君。また一緒にお話ししよう?」
「いやまさかこの面子で真面目な勉強会になると思わなくて……」
しかもかなり進んだ。意外なことに数学が得意だったらしい湯上と、やたら歴史のエピソードを覚えている千早。二人に脇を固められて、いつの間にか没頭していた。授業で全く聞いた覚えのない項目が5つほど出てきたこと含め、かなり反省している。
「酷ぇの。両手に花だぜ?」
「いや、それは違……」
……外から見ればそう見えたかもしれない。
「今更だけど3人で勉強すんのに横に並ぶ必要無かったよな?」
「やっぱりわたしと二人が良かったよね、ひびき君。ごめんね」
「なんだよー、もっとオレに科学教えたかったならこれから延長戦するか?」
「いや、そろそろ湯上は帰った方が良いだろ。千早も帰れ」
そういえば気にしたことも無かったがこの女子はどうやって通学しているのだろう。電車だったりしたら駅まで送っていくべきだろうか?
「ハイハイ、大人しく退散するかー。あ、湯上、オレも車で送ってってくんね?」
「うーん? どうして?」
「えー、良いじゃん?」
「しょうがないなぁ」
「よっしゃ! じゃ響、無理だろうけど寄り道せずに帰れよー」
「よそ見しちゃダメだよ、ひびき君。また明日ね」
「お、おう……バイバイ……」
今日初めて知ったことその6、湯上は自家用車通学だった。7、二人は意外と仲が良いらしい。
「ってか寄り道って何だよ。別に今日は買い物の予定も無いし……あ?」
ふらり、と花が香った。
「本日ただ今より30分、ここは安全地帯。賭けてみる価値はありますわ。……というわけでして、こんこん、ごきげんよう賢木響さん」
アナウンサーとか声優みたいなやたらと整った声色の女声が背後に響いた。つまり作り物っぽい。振り返ると、さらに作り物っぽい笑顔をした長身な女子が爆速で走り寄ってくるところだった。走りながらあの声が出せるとか意味が分からない。
「あら、あら、あなたのその目。幽霊が視える程度の才があるとは知っていましたけれど、随分と混濁していますのね」
「はぁ?」
あっという間に近づかれて、目を至近距離で覗きこまれたのにピクリとも反応しなかったのは危機感が欠如しすぎだったかもしれない。反射神経はもとより当てにならない。
「何を飼っていますの?」
「何か見えんの?」
響の目には彼女の目しか見えない。表面に響の目が映り込んではいるのだろうが、明るいオレンジがかった瞳が背景ではよく見えない。
「さあて、こんこん。ここから先はお友達料金ですわ。具体的にはお友達になったら教えて差し上げますわ」
「はい? ってか、今更だけど誰」
「わたくし隣の鹿驎高校の生徒ですのよ。それで、ね。あなたとわたくし、仲良くいたしません?」
キリリとしたつり目、オレンジっぽいロングヘア、やけに威圧感のある笑み。全く見覚えがない。分かることもたったの二つ。
一つはその制服。もう一つは……この、フワフワと彼女から漂ってくる匂いが、湯上桃音の香水とは違う響の知らない花だろうということくらいだ。
「嫌かな」
「えっ?」
「だって怖いし」
「せめて名前だけでも覚えて帰ってくださいまし」
「じゃあ名乗れよ、人の名前急に呼ぶ前に」
「………………あら、聞こえていませんでした? でしたらもう一度」
「いや名乗り忘れてたのを俺のせいにするな」
「それでは、こほん。よくお覚えになってくださいな、わたくし――」
「おやおやー、マカヤキっちじゃないっすかぁー。響っちに花粉かけてどうしたんっすかー?」
バンダちゃんが、響と女子の間に滑り込んできた。何故だかいつもより笑みに凄みがあるような気がする。
「なっ……あなたまさか、芽咲万朶……っ」
「こんな口調の人なんてリアタイで世界に3000人くらいは居るっすよー。で、ウチはバンダちゃんっす」
「やはり芽咲じゃありませんのっ!」
マカヤキと呼ばれた女子は、勢いに圧されたように後ずさる。
「ステイステーイ、マカヤキっちー。後ろ手でそんな物騒なハンドサイン作るもんじゃないっすよ。バンダちゃん200年ぶりに見たっす」
「ハンドサイン?」
響が口を挟むと、バンダちゃんはにっこりと笑った。
「『神に伝えよ』」
「あ?」
「どっかの宗教戦争でどっちかの派閥が相手をこー……倒す時に使ったサインっすね! つまり『お前の神とやらの所に送ってやるから神に泣きついてみろよ、まあ、そんなもの存在しないけどな』って意味っす。そこから派生して、中指立てるサインと似たような意味でその戦争後しばらく使われてたっすかねー」
「もしかしなくても現代日本の話じゃねえな?」
「イエス、オフコース! で、マカヤキっち~、ウチはちゃんと神に伝えてきたっすけどそちらはどうっすか? もしかしてそっちの神、存在しなかったんっすか?」
笑顔で言いやがった。
「っな、何を言ってるんですの芽咲万朶っ! わたくしが今ここにいるのが神の御業でなくて何だというのです?!」
「それならウチは何百回も奇跡授かってることになるっすけど?」
「ぐぐぐ、ああ言えばこう返しますのね芽咲万朶。ああ悍ましいですわ六根清浄急急如律令!」
何やら呪文を唱え出した女子の横で、響はバンダちゃんの肩を突っついてみる。
「なあ、つまりコイツって、バンダちゃんみたいな『転生魔憑き』? って事なのか?」
「そういう事っす。残念ながら前々前世もいいとこな昔からずーっと、お仲間ではないっすけどねー」
楽しそうだが笑顔がワントーン暗い。
「バンダちゃんにも友達じゃない知り合いっているんだな」
「マカヤキっちだけは難しいっすね!」
「おお……」
「何をコソコソ喋っているやら分かりませんが、ま、まあ構いませんわ。今世紀のあなたの存在自体は把握しておりましたもの。出会うのが少し早かっただけ。今のわたくしもあなたの敵。そう、わたくし、今代は陰陽寮よりの刺客ですのよ。こんこん、急急如律令、あなた方と陰陽、もとい白黒つけに参りましたの!」
マカヤキは中指と薬指をクロスさせて親指を挟み、狐のようなハンドサインを胸の前で作る。
「キャラ濃っ」
響は数歩後ずさった。バンダちゃんが前に出てくれたので遠慮なく後ろに回る。
「その配置は狡いですわよあなた方! 特に後ろ! 賢木響!」
「いや、ちょっと慣れてないタイプの脅威が来たんで……」
「わたくしを脅威と思うその目だけは褒めて差し上げますわ。では倒されてくださいな」
「嫌だっつの」
「響っち、マカヤキっちは遊び相手に飢えてるんっすよ。そんなに人恋しいならバンダちゃんがいつでも相手になったのに、いやー、つれないっすね!」
「ちょ、ちょっと、邪魔はおやめなさい芽咲万朶」
「大丈夫っすよー、どうせ来世保証の気楽な命じゃないっすか。もっと肩の力抜いて、ほらー」
「いつもあなたはそうやってわたくしの邪魔ばかりをっ! 分かりましたわ、今世で決着をつけようじゃありませんの芽咲万朶! ひれ伏したあなたの頭を土台に式神相撲を開催してやりますわ!」
「望むところっすよ?」
「手加減は致しませんわよ?」
「前回マカヤキっちが舐めプなんてする余裕あったのは最初の30分だけだったっすよねー」
「馬鹿おっしゃい。手加減してあげていたのよ、ずっと!」
「式神相撲の話っすよ?」
「戦争の話ですわよ?!」
……仲良く喧嘩しながら、2人は歩き去って行った。
「うん、俺ついて行かなくていいよな」
響は1人あくびをする。先ほどまでの達成感が薄れて、どっと疲れた。
「式神で火起こした次がコレって陰陽寮やる事滅茶苦茶過ぎねぇ? あんな初対面から怪しい奴。あんたもそう思うよな」
「さあね」
「その声は思ってんだろ……スポア」
ずるり、と空気が歪む。粉が糸を引き視界を黒く赤く染める。
「……陰陽寮所属とか名乗る奴が堂々と澄谷に来んのおかしいだろ。それも、バンダちゃんによれば式神じゃないって。それが出来るってことは、あと、今から30分安全地帯、とかいうのは、影の注意が今だけ俺から逸れてるって事だろ。それ、あんたがやってあの変な女に吹き込んだんじゃねえの」
「そうよ、よく出来ました、カナリアちゃん」
波打つ糸が黒い艶を帯びて女の髪となる。スポア。「胞子」。
「空気をずらすのよ。カゲもやっていたでしょ? カゲが貴方から離れている時限定で、少しだけ、貴方の行動を決して外からは覗けないようにするの。あまり長いとバレるから今回は30分だけ」
「それ、どうやってやるんだ?」
「あら、ただの人間にこんな真似ができると思ったの?」
「なんか出来そうな気がして……」
「ふふふ、駄目よ。貴方自身がやっても全くの無意味」
「そうなのか……」
響は少し肩を落とす。
「カゲに秘密で動きたいのね? カナリアちゃん自身が」
「ああ」
「なら、私を説得してみせなさいな。いつ、どこで、何をしたいの?」
「それは……数日中だと思うけど、まだ、教授次第」
「教授?」
「つまり……」
続く響の言葉に、スポアは少し意外そうな顔をして、それから人でも喰いそうに、にんまりと笑んだ。
「気に入ったわ。作戦実行の時に、カゲから貴方を隠してあげる」
「ああ。頼む。七夕過ぎたら多分影の隙減るし、動き始めるなら今しかない」
「……ふふ。だからマカヤキを貴方にあげたのよ」
「あ?」
「曲樹かずら。あの斑稔はわたしが送り込んだ刺客よ。使えるわ」
「……ハンシンって何だ? 半神?」
「昔に下等蝕橆の椏稔が人と交わったのよ」
椏稔、は、「ローズヒップ」とかピオニィとかの事だ。影も普段から雑魚呼びしているがスポアの見方も同じらしい。
「もちろんそれだけじゃ子は成せないわ。でもその欠片がずっと人の子孫に継がれて、癌のようにあの子に癒着して混ざっているの。可愛いでしょう? 嫌うモノと体組織の一部を共有しているだなんて」
「ハンシンだと凄い事あんの?」
「たまに前世の記憶を持ったマカヤキが生まれるようになるわ。それと、10年くらい寿命が伸びるかも」
「ショボいな」
「一瞬よね。無害な魔付き。適当でしょ?」
「……確かに、目の前に来られても全然怖くは無かったけど」
「あら、あの子一応貴方を無力化するために京都から送り込まれたスパイなのよ。一応。攻撃されたら痛いフリくらいしてあげなさいな」
そこまで彼女の戦闘力が低いとは思わなかった。……いや、もしかして。
「……俺が致命傷以外痛がらないと思ってる訳じゃないよな?」
「死なずに戦闘経験を積めるわよ」
深く息をつく。
「なんで敵増やしてくれてんだよ……」
「でも良かったじゃない? あれだけ女の子たちに囲まれて」
「今日の話?」
……千早、湯上、バンダちゃん、マヤカ……マカヤキ。そういうことになるのだろうか。見た目だけは。この不気味な蝕橆も一応女の形だ。
「肯定ということは、あなた、その鋭さで、まんまと呪いに嵌っているのね」
「え? 呪い?」
「命に別状はない呪いだから教えてあげない。でも、ふふふ、可愛いこと」
言うだけ言って、ズルリと女は身を引く。糸が解けて尾を引き離れていった。あっという間に。
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