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§03 樹待外れな擬態フラワー
秘めて勾留チョーキーチョーカー
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「あんたっ……てっ……!」
響はとっさにコートをひっ掴んだ。前のめりになった体を無理矢理持ち上げ、たいのだが上に影がいてぶつかりそうだ。仕方なく体の向きを仰向けに変え、タンスの奥にもたれて尻を落とす。見上げると闇よりも暗い塊が、すうと近づいてきた。
「ふざっけんなよ……」
「ふざけてなどいませんよ。真剣です」
「待て待て寄るな。毎晩きっちりあんたとの時間取ってたよな? 約束通り」
「ええ。物足りなくなってしまいまして」
閉じているとはいえ扉の隙間からはわずかに光が差し込む。響は見える限りに目を巡らせた。
ほんのりと人間の……影の輪郭が見える。ギラリと芽が光る。近すぎて表情が分からない。
「寄るなっつってんだろ!」
「そんなに大声を出して大丈夫ですか? 可愛い妹が聞いたら心配しますよ?」
「あん……あんたのせいだろうが!」
「やれやれ」
ビクつく響に影は粘りつくような息を吹きかける。
「うっ……」
息が苦しい。体の動きが鈍くなる。空気がズレる。
「きみの可愛いところでもあり、悩ましいところでもある。予想外に跳ね回り、掴めそうで掴めない。ずっと見ていたいのに追いかけるほど離れていこうとする」
「な、ん、」
「ーーところで、誰かが上がってくる音がしますね?」
「!」
軽やかな足音が階段を上ってくる。
「お兄ちゃーん」
(晶……!)
反射的に立ち上がろうとした響の肩に、腕が回される。斜め下へと押しつけられて背中がミシリ、と音を立てた。
「お兄ちゃーん? あれ? いないの? ……さっき2階に上がったと思ったんだけどな」
「んっ……」
響は口に手を当てた。
もう片手は腕ごと蔦の触手に絡め取られ、タンスの壁に磔にされて動かせない。腕を固定されているせいで身体が中途半端に浮く。横から見れば床と壁、響の上半身で平たい三角形ができているはずだ。肩に体重プラス影がのしかかる重さを支える力が集中しないよう、鍛えてもいない腹と背に力を入れなければいけない。
自由なままの片腕を使えばたぶん、もっと楽に体を支えられただろう。しかし……
「(おや、助けを求めないんですか?)」
必死に音を立てないよう耐える響を嘲笑うように、影が腿を撫ぜ、爪を立て、噛み、血を舐め取っては別の場所へとまた手をかける。次から次へと肌を弄り回し、響に声を上げさせようとする。耐えるためには、自分で指に噛みつくしかない。
(こいつ……何、考えてやがる……)
暗がりに見え隠れする、ただひたすらに楽しげな笑みから真意は読めない。行動からも。痛めつけた直後には優しい愛撫。かと思えば肉を噛みちぎるほどの力。悲鳴を聞きたいのかと思いきや、響が声を抑えるのを止めようとはしない。そもそも、
(助けなんて求めるかよ! ……蝕橆みたいな危険、晶に関わらせるわけねえだろ……)
状況が悲鳴を上げられるようにできていない。
(何が目的……っ)
脇腹を不意にくすぐられる。響は思わず体をよじり、音を立ててしまう。
「……何の音?」
晶がタンスに近づいてくる。
(馬鹿!)
響は身を縮め、なんとか扉を開く前にやめる気になってくれるよう妹の気まぐれに祈る。
「もしかしてお兄ちゃん、ここに隠れてたりしてー。もしくは隠れ昼寝」
扉の隙間から指す光が消える。目の前に晶が立ったのだ。願いむなしく、晶はまっすぐに扉に手を伸ばした。
「……あれ、開かない」
ガタガタと扉が揺らされる。そのうちに扉を閉める鍵の構造を思い出したのかカチャカチャと探る音がし始めたが、なぜか開錠できないらしい。
「……え、も、もしかして壊しちゃった?」
焦る声と周りを見渡す気配。バラエティ映えしそうなほどのパニックっぷりだった。これがドッキリ番組なら撮れ高は十分、もう「大成功」の旗を大きく掲げられただろう。ただ、今の響にはありがたい。大きな音を立てたりパニックでいてくれたりして助かった。でなければ、ズボンの中に滑りこんでくる手に、首に食いこむ歯に、内臓を潰される感覚に、耐えきれず漏れた悲鳴が聞こえてしまっただろう。
「え、ど、どうしよ、え、え、開かない……」
晶は慌てたまま、パッと階段を駆け降りていった。「わひゃっ」と声がして、数段滑り落ちる音がしたが多分大丈夫だろう。
「……」
響は少しだけ冷静さを取り戻した頭に酸素を回して、指を口から外すと同時にフリーな肘を影に叩きつけた。
「おっと」
一ミリも攻撃になっていない、が別にいい。一瞬影の動きが止まったのをいいことに、響は腕を振り上げて磔の手に自由な手を打ちつけた。
「死ね!」
うまくは重ならなかったが、それでも風が巻き起こる。一瞬でどこからか新鮮な空気が舞いこみ、肺を満たす。狭いタンスの中でめちゃくちゃに渦を巻いて、影を引き剥がす……
「制御が上手くなりましたね、響くん。嬉しいですよ」
……までには至らなかった。何がどうなったのか、響の抵抗をうまくいなした影は、今度は両腕まとめて壁に押さえつけてにっこりと笑う。
「……っこの、悪魔」
「悪魔ではありませんよ。残念ながら」
「極悪人」
「人でもありませんが」
「凶悪蝕橆」
「はい」
「悪は否定しないのかよ」
「きみだって家畜からは悪動物扱いされていますよ、きっと。それを悪いとは思わないでしょう?」
「そうかもな!」
「悪で結構。来週分のきみのノルマを、まとめて今いただきます。今度はしっかりとズラすので、安心して悲鳴を上げてくださいね」
「うっ……や、めろ、その、触り方」
「そうそう、検証したいんですよ。こうやって優しく撫でるのと、できるだけ痛く引きちぎるのとで、どちらが好ましい味の悲鳴になるのか。それとも両方を、同時に」
「ぁあ゛あああああっっ!!!」
体の表面と内側、誰にも触れさせたことのない場所を焼けつくように探られる。削られ、嬲られ、暴かれてゆく。
「きみも集中して」
大きな葉が、スルリと肌を撫でながら目を塞いだ。
ガチャ。簡単な音を立てて錠は砕けた。金属片を丁寧に取り除けば、簡単に隠し扉は開く。
「はるか昔の記憶など探らずともこの程度、普通に開ければいいんですよ」
「『開ける』で表現、合ってんのか?」
響はタオルで汗を拭く。本当は響をではなくタンスの中全体を、血や内臓やら名状しがたい体液を拭い去るように拭くことになるはずなのだが、一瞬でいつもの通り元通りだ。残るのは痛みの記憶と疲労感だけ。病み上がりのように喋ったり動くのが怠くなる程度だ。慣れ始めている自分に、あらためてゾッとする。
「感覚麻痺しそ……」
「もうきみは麻痺してますよ。で?」
「見んなよ。今出す」
タンスの扉は常に開いた状態になるよう机で押さえている。身を乗り出して中を探らなくてもいいよう、ハンガーの服も全部出した。今度は閉じ込められないだろう。肩にタオルを掛けて隠し扉の中をのぞいた響は、しばし固まった。
それほど広くもないスペースには雑多に物が詰め込まれていた。修学旅行の土産ではしゃぎ過ぎて買ってきた木刀数本、小中学校で作った版画や工作や習字のあれこれやデカい絵、隠しておいたテストとトレーディングカードなどが入った宝物の箱。意外と見れば思い出せる。思い出せるだけに恥ずかしい。
「あ、こんなのまで入ってんのか」
響はつっかえるように入っていた小さい松葉杖をどうにか引っ張り出した。
「それは?」
「あー、小さい頃大怪我してそん時に……言わなかったか? 腹の傷のやつ」
「そうでしょうね」
「?」
「いいえ、何でも。他には何が?」
「……色々」
「何が入っているんですか?」
「察しろよ! ガキの時の下手くそな絵とか字とかなんで今になって見せなきゃいけねえんだよ! 日の目を見ずに捨てさせろ!」
本当は卒業アルバムとかも捨てたい。
「ご愁傷様ですが、もしお母上が存在を思い出したらこういう記念品は取っておきたがるでしょうねえ」
「こっそり持ち帰って向こうで捨てるか……」
影はくすくすと笑う。響は深く息をついた。
(……いつもの調子に戻った)
先ほどの暴力性はどこへやら、穏やかな様子だ。恐いのは変わらないが、今ならお願いの一つや二つ聞いてくれそうだ。
「……持ち帰るとき、荷物少し分担してくんねえ?」
「ふふ、いいですよ」
聞いてくれた。
「あれ? お兄ちゃんー? いるー?」
影とのやり取りの声が聞こえたのか、階下から大声がした。響も階段の踊り場に行き、大きめの声で聞こえるように返す。
「あ? いるけど何だよ」
「さっきまでどこいたのー?!」
「は?」
「あー、ううん、別にいいのいいの! えっと、今……」
「タンス片付けてるけど」
「えっ」
「鍵開けて中の物出してるから、下は手伝えない」
「あーうーんそっかー! 大丈夫ならいいんだ! じゃ! 頑張って!」
少し早口で誤魔化すように言うと晶は離れていった。
「可愛い妹ですね?」
「興味出たとか言うなよ。あと、あんたが扉閉めたせいだからな」
「どちらも分かっていますよ。信用がありませんねえ」
「ある訳ないだろ」
響は隠しスペースの整理に戻った。適当な大きめの袋いくつかに要らないものを放りこんで、細かくできるものは細かくしていく。主に絵とか習字紙とか模造紙とか原稿用紙だ。破った紙を紙資源にまとめるのは申し訳ないが、さすがに破ってしまえば記念に残したりしないだろう。……影がジグソーパズルのように繋ぎ合わせては笑っている気配を感じるが我慢だ。
「……うわ、学級アルバムとかも残ってんのかよ」
絶対に黒歴史だが内容を覚えていないアルバム。好奇心に負けて響はパラパラとページをめくった。
(懐……こんなの作ってたなそういや)
今では連絡も取れない友人も多い。適当にめくりながら思い出を反芻していると、途中に紙切れが挟まっているのに気付く。
(何だこれ、本から破ったみたいな)
全体に黒っぽい色が刷られた怪しいページだ。文面といい文字の大きさといい、なんとなく小学生を引っかけるオカルト本っぽさがある。……響の黒歴史のど真ん中、植物恐怖症克服のために黒魔術やらの本を読み漁っていた名残だ!
(よし、見なかったことにして捨てよう)
そのままアルバムを閉じようとした響だが、興味本位の続きか、なんとなく紙切れを裏返してみた。
(まあどうせ裏も胡散臭い…………あ?!)
裏側には、「ラファエルティティーニの魔除けの紋」とかいうタイトルと怪しくて仕方のない説明文が書かれていた。
そこまではいい。どうでもいい。
ただし、そこに描かれていた紋様……この本によれば「魔法陣」は、見覚えのあるデザインだった。
『子供だましのおまじない』
影から渡された、恐怖心を抑えるあのおまじないと全く同じ模様だった。
響はとっさにコートをひっ掴んだ。前のめりになった体を無理矢理持ち上げ、たいのだが上に影がいてぶつかりそうだ。仕方なく体の向きを仰向けに変え、タンスの奥にもたれて尻を落とす。見上げると闇よりも暗い塊が、すうと近づいてきた。
「ふざっけんなよ……」
「ふざけてなどいませんよ。真剣です」
「待て待て寄るな。毎晩きっちりあんたとの時間取ってたよな? 約束通り」
「ええ。物足りなくなってしまいまして」
閉じているとはいえ扉の隙間からはわずかに光が差し込む。響は見える限りに目を巡らせた。
ほんのりと人間の……影の輪郭が見える。ギラリと芽が光る。近すぎて表情が分からない。
「寄るなっつってんだろ!」
「そんなに大声を出して大丈夫ですか? 可愛い妹が聞いたら心配しますよ?」
「あん……あんたのせいだろうが!」
「やれやれ」
ビクつく響に影は粘りつくような息を吹きかける。
「うっ……」
息が苦しい。体の動きが鈍くなる。空気がズレる。
「きみの可愛いところでもあり、悩ましいところでもある。予想外に跳ね回り、掴めそうで掴めない。ずっと見ていたいのに追いかけるほど離れていこうとする」
「な、ん、」
「ーーところで、誰かが上がってくる音がしますね?」
「!」
軽やかな足音が階段を上ってくる。
「お兄ちゃーん」
(晶……!)
反射的に立ち上がろうとした響の肩に、腕が回される。斜め下へと押しつけられて背中がミシリ、と音を立てた。
「お兄ちゃーん? あれ? いないの? ……さっき2階に上がったと思ったんだけどな」
「んっ……」
響は口に手を当てた。
もう片手は腕ごと蔦の触手に絡め取られ、タンスの壁に磔にされて動かせない。腕を固定されているせいで身体が中途半端に浮く。横から見れば床と壁、響の上半身で平たい三角形ができているはずだ。肩に体重プラス影がのしかかる重さを支える力が集中しないよう、鍛えてもいない腹と背に力を入れなければいけない。
自由なままの片腕を使えばたぶん、もっと楽に体を支えられただろう。しかし……
「(おや、助けを求めないんですか?)」
必死に音を立てないよう耐える響を嘲笑うように、影が腿を撫ぜ、爪を立て、噛み、血を舐め取っては別の場所へとまた手をかける。次から次へと肌を弄り回し、響に声を上げさせようとする。耐えるためには、自分で指に噛みつくしかない。
(こいつ……何、考えてやがる……)
暗がりに見え隠れする、ただひたすらに楽しげな笑みから真意は読めない。行動からも。痛めつけた直後には優しい愛撫。かと思えば肉を噛みちぎるほどの力。悲鳴を聞きたいのかと思いきや、響が声を抑えるのを止めようとはしない。そもそも、
(助けなんて求めるかよ! ……蝕橆みたいな危険、晶に関わらせるわけねえだろ……)
状況が悲鳴を上げられるようにできていない。
(何が目的……っ)
脇腹を不意にくすぐられる。響は思わず体をよじり、音を立ててしまう。
「……何の音?」
晶がタンスに近づいてくる。
(馬鹿!)
響は身を縮め、なんとか扉を開く前にやめる気になってくれるよう妹の気まぐれに祈る。
「もしかしてお兄ちゃん、ここに隠れてたりしてー。もしくは隠れ昼寝」
扉の隙間から指す光が消える。目の前に晶が立ったのだ。願いむなしく、晶はまっすぐに扉に手を伸ばした。
「……あれ、開かない」
ガタガタと扉が揺らされる。そのうちに扉を閉める鍵の構造を思い出したのかカチャカチャと探る音がし始めたが、なぜか開錠できないらしい。
「……え、も、もしかして壊しちゃった?」
焦る声と周りを見渡す気配。バラエティ映えしそうなほどのパニックっぷりだった。これがドッキリ番組なら撮れ高は十分、もう「大成功」の旗を大きく掲げられただろう。ただ、今の響にはありがたい。大きな音を立てたりパニックでいてくれたりして助かった。でなければ、ズボンの中に滑りこんでくる手に、首に食いこむ歯に、内臓を潰される感覚に、耐えきれず漏れた悲鳴が聞こえてしまっただろう。
「え、ど、どうしよ、え、え、開かない……」
晶は慌てたまま、パッと階段を駆け降りていった。「わひゃっ」と声がして、数段滑り落ちる音がしたが多分大丈夫だろう。
「……」
響は少しだけ冷静さを取り戻した頭に酸素を回して、指を口から外すと同時にフリーな肘を影に叩きつけた。
「おっと」
一ミリも攻撃になっていない、が別にいい。一瞬影の動きが止まったのをいいことに、響は腕を振り上げて磔の手に自由な手を打ちつけた。
「死ね!」
うまくは重ならなかったが、それでも風が巻き起こる。一瞬でどこからか新鮮な空気が舞いこみ、肺を満たす。狭いタンスの中でめちゃくちゃに渦を巻いて、影を引き剥がす……
「制御が上手くなりましたね、響くん。嬉しいですよ」
……までには至らなかった。何がどうなったのか、響の抵抗をうまくいなした影は、今度は両腕まとめて壁に押さえつけてにっこりと笑う。
「……っこの、悪魔」
「悪魔ではありませんよ。残念ながら」
「極悪人」
「人でもありませんが」
「凶悪蝕橆」
「はい」
「悪は否定しないのかよ」
「きみだって家畜からは悪動物扱いされていますよ、きっと。それを悪いとは思わないでしょう?」
「そうかもな!」
「悪で結構。来週分のきみのノルマを、まとめて今いただきます。今度はしっかりとズラすので、安心して悲鳴を上げてくださいね」
「うっ……や、めろ、その、触り方」
「そうそう、検証したいんですよ。こうやって優しく撫でるのと、できるだけ痛く引きちぎるのとで、どちらが好ましい味の悲鳴になるのか。それとも両方を、同時に」
「ぁあ゛あああああっっ!!!」
体の表面と内側、誰にも触れさせたことのない場所を焼けつくように探られる。削られ、嬲られ、暴かれてゆく。
「きみも集中して」
大きな葉が、スルリと肌を撫でながら目を塞いだ。
ガチャ。簡単な音を立てて錠は砕けた。金属片を丁寧に取り除けば、簡単に隠し扉は開く。
「はるか昔の記憶など探らずともこの程度、普通に開ければいいんですよ」
「『開ける』で表現、合ってんのか?」
響はタオルで汗を拭く。本当は響をではなくタンスの中全体を、血や内臓やら名状しがたい体液を拭い去るように拭くことになるはずなのだが、一瞬でいつもの通り元通りだ。残るのは痛みの記憶と疲労感だけ。病み上がりのように喋ったり動くのが怠くなる程度だ。慣れ始めている自分に、あらためてゾッとする。
「感覚麻痺しそ……」
「もうきみは麻痺してますよ。で?」
「見んなよ。今出す」
タンスの扉は常に開いた状態になるよう机で押さえている。身を乗り出して中を探らなくてもいいよう、ハンガーの服も全部出した。今度は閉じ込められないだろう。肩にタオルを掛けて隠し扉の中をのぞいた響は、しばし固まった。
それほど広くもないスペースには雑多に物が詰め込まれていた。修学旅行の土産ではしゃぎ過ぎて買ってきた木刀数本、小中学校で作った版画や工作や習字のあれこれやデカい絵、隠しておいたテストとトレーディングカードなどが入った宝物の箱。意外と見れば思い出せる。思い出せるだけに恥ずかしい。
「あ、こんなのまで入ってんのか」
響はつっかえるように入っていた小さい松葉杖をどうにか引っ張り出した。
「それは?」
「あー、小さい頃大怪我してそん時に……言わなかったか? 腹の傷のやつ」
「そうでしょうね」
「?」
「いいえ、何でも。他には何が?」
「……色々」
「何が入っているんですか?」
「察しろよ! ガキの時の下手くそな絵とか字とかなんで今になって見せなきゃいけねえんだよ! 日の目を見ずに捨てさせろ!」
本当は卒業アルバムとかも捨てたい。
「ご愁傷様ですが、もしお母上が存在を思い出したらこういう記念品は取っておきたがるでしょうねえ」
「こっそり持ち帰って向こうで捨てるか……」
影はくすくすと笑う。響は深く息をついた。
(……いつもの調子に戻った)
先ほどの暴力性はどこへやら、穏やかな様子だ。恐いのは変わらないが、今ならお願いの一つや二つ聞いてくれそうだ。
「……持ち帰るとき、荷物少し分担してくんねえ?」
「ふふ、いいですよ」
聞いてくれた。
「あれ? お兄ちゃんー? いるー?」
影とのやり取りの声が聞こえたのか、階下から大声がした。響も階段の踊り場に行き、大きめの声で聞こえるように返す。
「あ? いるけど何だよ」
「さっきまでどこいたのー?!」
「は?」
「あー、ううん、別にいいのいいの! えっと、今……」
「タンス片付けてるけど」
「えっ」
「鍵開けて中の物出してるから、下は手伝えない」
「あーうーんそっかー! 大丈夫ならいいんだ! じゃ! 頑張って!」
少し早口で誤魔化すように言うと晶は離れていった。
「可愛い妹ですね?」
「興味出たとか言うなよ。あと、あんたが扉閉めたせいだからな」
「どちらも分かっていますよ。信用がありませんねえ」
「ある訳ないだろ」
響は隠しスペースの整理に戻った。適当な大きめの袋いくつかに要らないものを放りこんで、細かくできるものは細かくしていく。主に絵とか習字紙とか模造紙とか原稿用紙だ。破った紙を紙資源にまとめるのは申し訳ないが、さすがに破ってしまえば記念に残したりしないだろう。……影がジグソーパズルのように繋ぎ合わせては笑っている気配を感じるが我慢だ。
「……うわ、学級アルバムとかも残ってんのかよ」
絶対に黒歴史だが内容を覚えていないアルバム。好奇心に負けて響はパラパラとページをめくった。
(懐……こんなの作ってたなそういや)
今では連絡も取れない友人も多い。適当にめくりながら思い出を反芻していると、途中に紙切れが挟まっているのに気付く。
(何だこれ、本から破ったみたいな)
全体に黒っぽい色が刷られた怪しいページだ。文面といい文字の大きさといい、なんとなく小学生を引っかけるオカルト本っぽさがある。……響の黒歴史のど真ん中、植物恐怖症克服のために黒魔術やらの本を読み漁っていた名残だ!
(よし、見なかったことにして捨てよう)
そのままアルバムを閉じようとした響だが、興味本位の続きか、なんとなく紙切れを裏返してみた。
(まあどうせ裏も胡散臭い…………あ?!)
裏側には、「ラファエルティティーニの魔除けの紋」とかいうタイトルと怪しくて仕方のない説明文が書かれていた。
そこまではいい。どうでもいい。
ただし、そこに描かれていた紋様……この本によれば「魔法陣」は、見覚えのあるデザインだった。
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