残響ブルーム -bloom affection-

山の端さっど

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§03 樹待外れな擬態フラワー

九死に一生ナロー&ナロー

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 水色のレインコートを着て駆けてきたのは小柄な少女だった。フードを脱ぐと、艶やかな明るい藍色のポニテ髪とキラキラした大きな水色の瞳が2人を見てにっこり笑う。少女は美路道ミロドウカゲの前でぴしりと敬礼して、すぐに小折春樹こおりはるきへと向いた。

「バンダちゃんのげんじょーをざっくり小折こおりっちに説明すると、
①ウチらは馬喰ばくろっちを止めに来たっす!
末留那まどなっちはほんの軽傷っすけど念のため保護してお連れしたっす!
③影っちとは『ビーセトルド』に入る前からの旧友っす!
他に何かご質問は?」
 張りのある元気な声だった。

「な……何だと?」
「まるいちとかまるにとかって言い方になってるのは視認性だけに特化してるんで勘弁して欲しいっす」
「視認性?」
「質問無しっすね!」
 少女……「バンダちゃん」はすぐに笑顔を止めて、フードをかぶり直しもせずに影へと向き直る。

「早速本題に入るんっすけど、影っち。今のままだと響っち、死ぬっすよ」

「っ?!」
 息を呑む小折をよそに少女は話し続ける。影は無表情だった。
「響っちには、隙をついて窮地を突破する威力はあるっす。でも能力に使い方が追いついてない以上、長期戦は無茶っすよ。そもそも、響っちの能力は今のところ、馬喰っち向きじゃないっす」
「あの雑魚の能力を全部把握していない以上、断言しかねるな」
 薄っぺらい敬語を取り去った楽そうな話し方で影は首をすくめる。
「全部把握してなくても無理なのは分かるっすよね。影っちはどうしたいんっすか?」
「……もう失敗したくない」
「だったら」
「でも俺には『赤子を崖から突き落とす』真似はできない。だったら、たまたま落ちた赤子が上がってくるのを待つしかないだろう?」
「……マジで言ってるっすか影っち?」
「勿論。そして、早ければ早い方が隠さなくて良い」

「賢木響!」
 小折が叫ぶように言う。その視線の先、遠くに見える響が攻撃を止め、膝をついていた。様子がおかしい。飛び出そうとした小折を、影の体から突き出した黒い蔦が絡み付いて止める。
「何をする! 離せ!」

「……まさか」
 止めもせず何かを考えていた「バンダちゃん」が、ハッとしたように口を開く。
「まさか……まさか指輪、渡したんっすか」
 美路道影はニコリと笑う。
「うわあ……バンダちゃんは影っちの方針に従うっすけど……」
 少女は顔を手で覆った。



(……やっぱ、何かおかしい)
 響は息をつく。
 出血のせいか頭がクラクラしてきた。ずっと上げている腕が地味につらい。脚も震えている。体力の無さが如実に表れていた。
 それなのに、馬喰が攻撃を仕掛けてこない。隙だらけの響になぜか近づかず、避けに徹している。

「……あ?」
 視界が揺れた。脚から力が抜ける。
「やっと……ですか。随分と丈夫な体をお持ちのようですね」
 馬喰が動きを止めて、嗤った。
「なん、だコレ……」
 舌が急に回らなくなってくる。
「喋らないことをお勧めしますよ。口内の粘膜からも体内に取り込まれ続けますから」
「……毒、か」
 恐らくは、空気中に広がるタイプの。響の攻撃をただ避けていたのではなく、毒をばらまいて効くまで時間を稼いでいたらしい。リスクをとって攻撃する必要もないわけだ。
「確実でしょう?」
「確かにな……」
 上半身も揺れて、頭が地面に落ちる。泥水が盛大にはねた。
「あんた、は?」
「わたくしには効きません。正確には――いえ、私の事情など知っても幽冥ゆうめいの土産にはならないでしょう。そのまま事切れてください」

 りん。りん。りん。

 耳元で指輪が震え、高い音を出した。
(何だ、これ……)
 馬喰の反応はない。響にだけ聞こえるらしい。
(もしかしてこれ、「一度だけ守ってくれる」っていう奴か……)
 りん、りん。りん、りん。目の前が暗くなっていくのに合わせ、音と震えはどんどんと増してゆく。五月蠅い。
(俺が死んだら蘇生してくれんの? はは、頼もしー)
 で、生き返った直後が毒の中なのはどうするのか。
 りん、りん、りん。りん、りん、りん。りんりん、りんりん、りんりん……
(……っつーか、忘れてたけど影。あいつ何してんだ今)
 馬喰を全方位警戒していた響の視界には、
(……助けてくれなさそう、か)
 もしくは邪魔が入っているか。考えても仕方がない。
 りんりんりんりんりんりん――

「R.I.P. Redo Innocent Previous life前世からやり直してきてください

 声が遠く聞こえる。
「あー……」
 りんっ、と一際強く指輪が震える。







「……影っち! ……どうやら、バンダちゃんの推察も影っちの目論見も、大外れかもしれないっすよ」
「何?」











[――っと。あぶねえあっぶねえ。生きてるな、よーし]

 何もない。真っ白で真っ黒で、声だけが感じられる静かな空間。そのくせに来たことのあるような感覚がつきまとう。

(……あんた、誰)
[うーん。お前さんに早いこと強くなってもらわないと困るなにか、かな]

 声は考え考え言う。30代くらいの男のようだ。

(いやそれ誰だよ……)
[お前さんも強くなりたいだろ。いや、思いとか願いとか事情とか、何かしら戦う理由があるわけだ。な?]
(あ?)
[だからこの力、使うんだろ]

 暗闇に一瞬、手が浮かび上がる。と思えば、ぽん、と、神社で拍手かしわでをするように両手を合わせた。
 風が巻き起こる。サイズは小さいが、手を中心に竜巻の噴き上がるような、力強い風だ。

(この風……)
[祈りをこめるんだよ]
(祈り?)
[別に神に祈れってんじゃない。おれは一人かみさまを知ってるが、ははっ、あれは悪神だな]

 男は笑って響の肩に手を置く。自分の体が今どうなっているか響自身にも分からないのだが、とにかく肩なのだ。

[自分の願いを祈るんだ。おれとしちゃそうあってほしい。他のやつのために力を使うことはないんだ。お前さんだけの願いをただ、ぽおんと放り出してやればいい。手と手を合わせてな。簡単だろ? もう一つ良いのは、手のひらが裂けないことだ。柔らかい所から出ないように、叩くその時に出してやれ]
(あんた、なんでそんな事……)
[ひとまず祈りだけでいい。手を打つだけでいい。それで十分使えるだろうさ。他のややっこしい強撃や技術は、必要にならないことを祈ってるぜ――]
(あんた、誰なんだ)

 相手は、もう響の声に応えない。









 ぱちん。



 風が吹き、打つ音がして、それから手を合わせた感触。自分のしたこととは信じられないまま、響は目を開いた。

「……何ですって?」
 馬喰の驚く顔が見える。声がする。クリアな感覚だ。
 簡単なことだ。毒を含んだ空気が吹き飛ばされていた。それでも毒の影響が残っているはずだが、不思議と体は軽い。まるで体内の毒素まで弾き出したかのようだ。
「……死ななかったみたいだな」
 響は立ち上がる。
「……計画の変更が必要、ですね」
 馬喰は顔をしかめた。これまでのようにすぐには動かない。初めて、立ち止まったまま響をじっと見すえている。
「……なあ、あんたさ」
 本当なら攻撃するチャンスなのだろう。だが響には今、そんな気が起きなかった。
「……」
 馬喰は答えない。
「あー、爪」
「……?」
「危険だから爪切れって言ったら、ケアまでしろって言うんだよ、影が。で今は、ネイルまでやってる。信じられるか?」
「……」
「何っつーか影って、あいつ、話ができないのとは違って……いや、話ができないときもある、けど、歩み寄ろうとしてくれるときもあるっつーか、条件付きだけど、嫌だって言ったら……そうだ、ミツダマのことも邪魔だって言ってたけど消さないでいてくれてるし……」
「……」
「だ、から……あいつ、影ってなんとか抑えられると思うんだよ。いや正直、倒したいってのは分か……」

 倒したいってのは分かる。俺も同じ気持ちだし。……そう言えなかった。

「……分か、りたいけど、聞いてくれよ。どうせ俺のこと殺したって、影には何もダメージ無いし……」
「……それは……」
 馬喰が小さく呟く。聞いてくれる気になったかと、響は身を乗り出した。



 その鼻先を、赤い直線がかすめた。
「っ」
 素早く後ろに退く。何本もの線がさらに空間を貫く。
(レーザー? ワイヤー?)
 いや、糸だ。赤いり糸。
「っ……騙したな」
 思いもかけない声色に、ハッとして焦点をずらす。
 馬喰は、響以上に赤糸に狙われていた。一本一本では素早く避けられる彼の邪魔になどならなかったのだろう。しかし数十、数百もの糸が次々と張りつめて籠となり、体をかすめ、縛るかのように動きを制限していく。……いつの間にか周囲に置かれていた赤い蝋燭ろうそくの照らす円陣の中で、あっという間に馬喰は動きを封じられていた。

 空間が揺らぎ、急に小折春樹の姿が現れる。

「貴様の機動力は確かに頭抜けているが、あくまで仕事をこなす為の奇襲特化。十全に身構えての陣ならば、負ける気はしないな」
「ぐっ……」
「確保するぞ、馬喰ニム」
 小折が手の呪符らしきものを地面に置くと、さらに糸が張りつめる。
「あんた……」
「まあまあの手際だな、賢木響。罠を仕掛ける場所と時間を作ったことは褒めてやる」
 褒められても嬉しくはない。が、響が戦いながらずっと意図は伝わっていたようだった。
「罠どこに張るとか聞く暇なかったし。だったら俺が馬喰引き留めておくしかないだろ」
「フッ。今度から陣を張りやすい場所を選べ」
「うるせえ……」
 褒めただけでは終わらせられないらしい。肩を落とした響の前に、黒い恐怖の気配がするりと現れる。
「お疲れ様です、響くん。ああ可哀想に……こんなに怪我をして」
「うるせえ、元をたどればお前のせいだ」
「いけませんよ、手もこんなに」
「影?」
 より重症な首胸部を無視して影は響の両手を取ると頬に当てる。
「後は私が全部、全部済ませますから、きみはどうか休んで」
「おい影、どうしたあんた。ってか、馬喰は」
「大丈夫ですよ。ちゃんと禍根かこんなく始末します」
「殺すなよ!」
 響は大声を出すが、影は聞いているのか怪しい。傷を直すと響を腕に座らせるようにひょいと担ぎあげて、そのまま小折の結界に向かう。
「貴様、何をする気だ。それ以上近づくな」
「影っち駄目っす。バンダちゃんは別の償いをさせるべきだと推奨するっすよ」
「……やはり、話など通じない危険物のようですね」
「違うんだよいつもは……カーゲー! 聞いてんのか食事抜くぞ!」「大丈夫ですよ響くん」
「コレのどこが? いつもはどんな忠犬なんです?」「何も大丈夫ではない! 止まれ!」
「そうっす! まず話を聞いて「響くんを傷つけた小物に何の話があ「言っているだろう!「馬喰っちに発言権が無いのはしょうがないっすけど「貴様も下がれ! ええい何人も近づくな!」ウチの発言はお聞きいただきたく思うっす「……『バンダちゃん』、貴女はそちら側に「そちらもこちらも無いっす! そもそも墓標っちは襲っちゃダメって言っ「面倒だ。邪魔立てするなら全員まとめて「やってみるか?「わたくしを完全に無力化したおつもりで?「ダメっすよ馬喰っちも!」
 めいめいが止めたり喋ったりするのでややこしい。響には途中からさっぱり分からなくなっていた。聞き取れはするが脳内で処理している時間がない。
「……ってか、この青色髪誰だよ?」

「「「貴様は黙ってろ!」」」
「……あ、はい」

 空気は険悪なのにどうも小競り合い感があって危機感が沸かない。どうしたものかと高みから喧噪を見下ろすと顔を上げた藍色髪の少女と目が合う。
「あ、ウチは『バンダちゃん』っすー。敵ではないっす。電話信じてくれて良かったっす。それとバンダちゃんって呼んで欲しいっす!」
「はあ……」
「あ、あんなこと言ってるっすけど馬喰っちの切り札は今はそこまで効力ないんで多分大丈夫っす! 多分!」
「どんな事言ってるんだ?」
「んーと今は『それはどうでしょうね』って言ってるっす!」
「文脈分かんないんだけど」
 響の問いに「バンダちゃん」が答えようとしたとき、喧噪の中に炎が上がった。
「っ!」

 馬喰が燃える木製のナイフを持っていた。ほとんど動けないはずだが、無理に腕を腰にねじ込んだらしい。
「計画、続行……」
 赤い糸がより赤く燃える。火が糸を伝って広がっていく。
「わたくしは、この程度で止められません……」

「無理っすよ馬喰っち。分かってるっすよね?」

「バンダちゃん」が言うまでもなく、その場にいた者なら分かっていた。
 小折の作る円陣の蝋燭がのだ。小雨とはいえ雨の屋外では、火は普通消える。これはただの無駄な悪あがきだ。
「屋外で戦えってのは、こいつが火を使うからか」
「そうっす。火も爆弾も馬喰っちのメインウェポンっすからね。今日、澄谷すみがやが雨で本当に良かったっす……まあそもそも、小折っちのあの糸は簡単に燃えないんっすけど」

「……」
 馬喰はそれでももがくのを止めなかった。別の木製の武器を取り出しては火を放ち、火が効かないと分かればカミソリやヤスリ、様々なものをあちこちから取り出してぶつける。どれも糸を傷つけはしなかったが、壮絶な光景は影と小折の興奮も鎮めたらしい。
「……ひとまず、安全に確保するために術を重ねることになるか。最悪怪我を負わせることになるが……」
 小折が渋い顔をして影を押しのけ、進み出る。







「ああ、そこまで頑張って抑える必要はないよ。ほら馬喰、Ban on Nix」

 見知らぬ男の声が場に広がった。と思えば、馬喰ニムは急に、全身の力が抜けたように動きを止めてうなだれた。
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