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§03 樹待外れな擬態フラワー
言うに事欠かぬパストディスライフ
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「まずはバンダちゃんの今生身の上話をするんっすけど……今回、スタートダッシュ大失敗して、うっかり幼少期から児童養護施設に保護されちゃったんっすよね」
リビングの椅子にぴょんと座った「バンダちゃん」と名乗る女子は、笑顔でとんでもない事を言い出した。
「しかも、そこがたまたま危ない組織と繋がってて、悪いことに児童を犯罪に利用してたんっすよ。ウチも数年閉じ込められてて、危うく全身の臓器売られる所だったっす!」
「待て待て待て。それいつの話?」
「生まれてから現在15歳7ヶ月半くらいなんで、ばりばり現代日本の話っすね! それで、12歳きっかりの日、いざ手術ってところで施設の調査依頼を受けて来た墓標っちに助けられたんっす! その恩を返すべく、影っちを見つけるまでって契約でウチは『ビーセトルド』で働いてたんっすよー。Bで始まる名前だから雇ってくれたんっすかね?」
「なるほど。ご苦労」
「いやー、こんなに遅くなって申し訳ないっす!」
「???」
話が合わない。16年に満たない人生のどこに、影と出会い仲良……交流する暇があったのだろう。
「響くん、バンダちゃんは意識が引き継がれるタイプの転生魔憑きなんですよ」
「転生……って、生まれ変わり……?」
「そうっす! ウチは変種サトリの魔憑きで、10回くらいの人生を影っちと過ごしてるっす。サトリっていっても人の考えてることそのまま読める訳じゃないんっすけどねー」
「じゅっかい……?」
「総合年齢の話はなしっす」
影が家主に勝手で淹れた紅茶を受け取って、にっこりと微笑まれる。
「……色々突っ込みたいところはあるけど……その、10人生くらい前? 影と何があってこうなったんだよ」
「んー、戦争で真っ先に影っち側についたとかそんなんっすよ?」
「せんそ……」
「だから、響っちに分かりやすいように言うと、ウチは、多少影っちに信頼していただいてる忠臣、っすかね?」
「ちゅうしん」
「忠臣。恋とか愛とか男女の仲で繋がってる訳ではないんで心底安堵して欲しいっすね!」
「いや、そこは心配して……ないけど」
スパっと言い切るつもりが歯切れ悪くなる。いやいや本当に、そこではない。
「響くん、彼女は問題ありませんよ。有益で有効で優秀で優等で有能で有望で勇猛で有用で有力で宥和的……」
「知ってた。あんたは心配しないし問題にしないよな」
「何が気に入らないんですか?」
「いや、気に入らないとかそんなんじゃなくて」
「『気になる』の方っすよね。馬喰っちの仕事のこと」
「……まあ……」
平然とした声で言い当てられて、響は反応に困る。
「誤魔化しはしないっす。言い訳もしないっす。バンダちゃんもきっちり殺しの手伝いしてたっすから」
「そう、かよ」
「憑き魔に乗っ取られて凶暴化した人、悪霊、悪魔憑き、法では裁けない極悪人。全部人っす。いくら必要悪だと考える人がいても、この掃除は人殺しであることに変わりないっす。なんならバンダちゃん、昔には戦争で直接罪のない人殺してるっすから。ウチ自身も良い事だなんて思ってないっす。響っちがそれを嫌だと思うのを、綺麗事だとも思わないっすよ」
「……」
「ただ、それがバンダちゃんの当時できる事だった、そしてウチの考えではタブーではなかった、決断に後悔はない、それだけの話っす。この価値観を響っちが認める必要もないっすよ」
「……認めるとか以前に、口から出まかせじゃないかってくらい現実感ねえ……」
いまだ響には殺人だの殺し屋だの魔憑きだのという言葉に違和感しかない。
「良い時代に生まれたっすね、響っちは。あ、嫌味じゃないっすよ! 嬉しいんっすよウチは。影っちのお隣にはやっぱり真っ当な考えの人が必要っす」
「誰が彼女だ」
「そこまでは言ってないっす」
……言っていなかった。
しかし「真っ当」。生理的に受け付けないうえに凶悪な、言葉が通じるだけの化け物とギリギリの共棲なんてしている、ましてやその化け物を狙われたくないとか言ってしまう人間が、果たして真っ当と言えるのだろうか。多分この化け物だって人殺しなのに。
(良い時代、って……さっきの身の上話を信じるなら、あんたが人身売買されそうになったのも同じ時代だろうが)
響はやっと向かいの椅子に座って少女に目を合わせた。
「馬喰……いや、バノンってどんな奴なんだよ」
「馬喰っちはウチよりずっと先輩所員っすね」
水色の瞳が水面のように揺らぐ。
「馬喰っちは元々病弱らしいんっすよ。魔憑きになったのは、長生きできないって言われてた病気に対抗する最後の手段だったとか。普段あんなに動けても、魔憑きの力を封じられるとすぐ倒れちゃうんっすよ。分の悪い話っすけどね。命には代えられぬとはいえ、デメリットがきつすぎるっす。……だから、馬喰っちが仕事で失敗しないのにはバンダちゃんや墓標っちのサポートが欠かせないんっすよ。それ無しだと、今日みたいな行き当たりばったりになっちゃうんっす」
喋り通しで疲れたのか、少女はゆっくりと紅茶を飲む。
「行き当たりばったりなのか、あれで」
「本気で墓標っちが依頼受けてたら、響っちの弱点調べあげてからそれ専用の方法を10は準備していくっすね。もっと油断したタイミングを狙って、尋問タイムなんてリスクある事も馬喰っちにはさせないっすよ。情報屋の役目っす。……1回目の奇襲で仕留める以外に、馬喰っちに道はないんっすから」
「そっ……か。そうだよな」
名前の音の一部を聞いただけで弱ってしまうのだ。うっかり相手がベラベラ喋るのを許したらどこで弱点を突かれるか分からない。縄での拘束が効いたのもたまたま、細長い物体による攻撃が自動反撃の対象外だったからだ。響に逃げられていたら毒も使えたか分からない。
そこまで考えたところで、薬草のような匂いのするカップを手渡される。
「はい、響くん」
「何だよこれ」
「毒消しです。念のため摂りましょう」
「……飲まないとダメか?」
「経口摂取が一番、きみの消耗が少ないかと。もちろん腹部に穴を開けて丸薬を直接入れたり味覚のない他の穴から注入することも選択肢には」
「分かった分かった口から飲ませていただきます」
響は深く息を吸った。息を止めて一気に中身を流しこむ。
「っ……うええ……ぅう゛、苦っ、青臭、不味っ」
すぐさま別のコップで渡された水を飲む。
「良い子だ。それでバンダちゃん、あの『墓標』とやらは?」
「墓標っちは強くて面白い人っすよ。ウチにも分からない方法で色んなものを持ってきたり操ったりするっす。多分魔憑きなんっすかね?」
「分からないと。ふむ……『ビーセトルド』の総戦力は?」
「んー、総員15人前後っすけど大抵あちこちに長期出張とか貸し出ししてて、常に事務所にいるのは墓標っち、馬喰っち、ウチ、胡蝶っちの4人だけっすね」
「胡蝶?」
「って呼んでるっすけど、本名は『坊胡蝶』。Bっす」
なるほど、ビーセトルドの構成員。
「胡蝶っちは外の仕事はしないっす。乱れがちなウチらの生活面のサポートをしてくれる可愛い子なんっすよ~。ずっと6歳くらいの見た目っすけど」
小学1年生が4年生になっても見た目が変わらないというのはちょっとありえない。多分何かしらの魔憑き、なのだろう。
「残りの11人前後は?」
「影っちに比べると雑魚っすけど一応、戦闘やらスパイやら呪いやら霊力やらのプロっすね。あと全員B。お望みなら後で情報提出するっす」
「では後ほど」
影は随分とビーセトルドを警戒しているらしい。いや、あの墓標という男を、だろうか。確かに胡乱だったが……。
「響くん、あの男に近づいてはいけませんよ」
釘まで刺された。
「あ? なんでだよ」
「あの男……」
やけに真剣な顔をする。響には分からない何かに気づいたのだろうか。
「……きみを物欲しげにしていました」
「は?」
「雰囲気で分かるでしょう? 食欲か肉欲か征服欲か略奪欲か、隙あらばきみに擦り寄ろうとしていた」
響はため息をついてしまった。
「真面目な話するかと思ったらあんたは……俺はオマケで、あいつの狙いはあんただろ」
「そう思っています?」
「少なくとも馬喰は、俺をやればあんたが弱ると思ってただろ。あの墓標って奴も捨て台詞みたいなの言ってたし」
わざと聞かせるような声を影も聞いていたはずだ。が、影は目を細めて響の頬に手をかざす。
「響くん、きみは自分の魅力をもっと自覚すべきですよ。欲しがるのは、私だけじゃない」
「そういう台詞をサラッと言いやがるのはあんただけだろうな!」
手を振り払ったとき、インターホンが鳴った。来客だ。
「このタイミングで……?」
座っているよう部屋の面々に促して、響は一人インターホンの前に向かった。
警戒しながら画面をつけると……ややふくよかな女性の姿が映る。
「……母さん?!」
「あ、いたいた響ー。なによ、びっくりしちゃって」
のんびりした声で手を振るのは響の母、賢木遥だった。
「さっぱり連絡よこさないし、電話してもいそがしいって切られるし、そのあとはつながらなくなるし。だからきちゃった」
「『きちゃった』って……」
そういえば、すっ飛んだスマホを回収し損ねていた。と思った瞬間、背後からスマホを手渡される。拾っておいてくれたらしい。
「(響っち、ウチはこれから響っちの後輩っす)」
同時にとんでもないことを囁かれた。
「は?」
「(だから、響っちはウチのことをバンダちゃんって呼んで欲しいっす!)」
「いや、ちょっとそれは」
後輩女子だとして、それをちゃん付けで呼ぶのは響にははばかられる。
「(ふっふっふ、バンダちゃんは親しい方全員にそう呼んでもらってるんで、逆にそう呼ばない方が浮くっす。不自然っす。そんなことしたら、バンダちゃんのことめちゃくちゃ避けてる人って思われるっすよー、響っち先輩)」
「なっ」
「(そもそも響っちはウチの名字を知らないんっすよ。母上の前で『こいつ』呼びするんっすか?)」
「それは……」
「響ー? はやく開けなさいよー」
母親の声まで混ざって響を焦らせる。これがあの影にすらちゃん付けで名を呼ばせる手腕らしい。
「……あー分かったよ! 今開ける!」
響は玄関を勢いよく開けた。
「どうしたのよ響。ドア痛んじゃうじゃない」
「……ごめん」
「それと、庭の手いれ、ちゃんとしてないでしょ。こんなことだろうと思ったのよ、もったいない。ちゃんとととのえておいたから、ぜったい枯らしちゃだめよ」
「いや、ちょっと今実は忙しいから」
「それに、入居希望者がいるんでしょ? さすがにそこはあたしがやるわよ」
「入居希望者……?」
「ほら、あんたの後輩の、バンダちゃんだったかしら」
「うっす! 今度先輩の代わりにハイツみなも202号室に入ることになったっす!」
いつの間にか「バンダちゃん」が書類を持って隣に立っている。
「いや、いつの間に」
「こんなかわいい後輩がいたなんて聞いてないわよ? 幽霊も出なくなったとか言ってくれないし。そこらへん、来週みっちり聞かせてもらうからね」
「来週?」
「あんた来週かえってくるでしょ? 誕生日なんだから」
「あ」
賢木響の誕生日は6月12日。今年は日曜日だった。
「それで来週末がどうとか電話してきたのか、千早……」
「なあに、わすれてたの? ふふふ! そんなにいそがしいの、学校って」
「いや、まあ、忙しいけど」
主に学校外活動で。
「いそがしくても電話くらいしなさいよー。あら」
「初めまして。響……くんの友達のカゲヒトです」
いつの間にか後ろに来ていた影が、とんでもない営業スマイルで挨拶した。
「何やってんだよ影!」
「別に良いだろ、挨拶くらい」
まるで同級生のような態度。いつ着替えたのか服装も洒落たパーカーにジーンズ姿で、顔面以外はオフの高校生男子にしか見えない。
「あんた……」
「あらあら、いつも響がお世話になってます。もー、響ったら気がきかないんだから。どうせなにも用意してないんでしょ、いまからなにか甘いもの買ってきて」
「いや、こいつらすぐ帰すし」
「なーに言ってんの! はい、さっさといく」
千円札を押しつけられる。
「分かったよ……」
「それで、響って学校ではどんなかんじなの?」
「っ、母さん!」
「まだいたの、響。あ、そうだ。来週のお誕生会、あなたたちもこない? きっとたのしくなるわよー」
「はい、ぜひ」「いいんっすか?!」
「~ぁぁあああっ……!」
声にならない唸り声をあげて響は自転車に飛び乗った。
「もしもしお母さん、どしたの? お兄ちゃん帰ってくる? ……えー! 友達? どうしよどうしよ、部屋片付けないと。なんで今年になって友達連れて来んの?! あー、とにかく分かったー」
電話を切った少女はソファーにまた自堕落に転がった。
「えー、お兄ちゃんそんな仲良い友達いるんだー。いーなそういうの」
賢木晶14歳、サブカルをふんわり愛す中学2年生はのどかに目をつむる。
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次回更新日:2021.4.18 19:00
リビングの椅子にぴょんと座った「バンダちゃん」と名乗る女子は、笑顔でとんでもない事を言い出した。
「しかも、そこがたまたま危ない組織と繋がってて、悪いことに児童を犯罪に利用してたんっすよ。ウチも数年閉じ込められてて、危うく全身の臓器売られる所だったっす!」
「待て待て待て。それいつの話?」
「生まれてから現在15歳7ヶ月半くらいなんで、ばりばり現代日本の話っすね! それで、12歳きっかりの日、いざ手術ってところで施設の調査依頼を受けて来た墓標っちに助けられたんっす! その恩を返すべく、影っちを見つけるまでって契約でウチは『ビーセトルド』で働いてたんっすよー。Bで始まる名前だから雇ってくれたんっすかね?」
「なるほど。ご苦労」
「いやー、こんなに遅くなって申し訳ないっす!」
「???」
話が合わない。16年に満たない人生のどこに、影と出会い仲良……交流する暇があったのだろう。
「響くん、バンダちゃんは意識が引き継がれるタイプの転生魔憑きなんですよ」
「転生……って、生まれ変わり……?」
「そうっす! ウチは変種サトリの魔憑きで、10回くらいの人生を影っちと過ごしてるっす。サトリっていっても人の考えてることそのまま読める訳じゃないんっすけどねー」
「じゅっかい……?」
「総合年齢の話はなしっす」
影が家主に勝手で淹れた紅茶を受け取って、にっこりと微笑まれる。
「……色々突っ込みたいところはあるけど……その、10人生くらい前? 影と何があってこうなったんだよ」
「んー、戦争で真っ先に影っち側についたとかそんなんっすよ?」
「せんそ……」
「だから、響っちに分かりやすいように言うと、ウチは、多少影っちに信頼していただいてる忠臣、っすかね?」
「ちゅうしん」
「忠臣。恋とか愛とか男女の仲で繋がってる訳ではないんで心底安堵して欲しいっすね!」
「いや、そこは心配して……ないけど」
スパっと言い切るつもりが歯切れ悪くなる。いやいや本当に、そこではない。
「響くん、彼女は問題ありませんよ。有益で有効で優秀で優等で有能で有望で勇猛で有用で有力で宥和的……」
「知ってた。あんたは心配しないし問題にしないよな」
「何が気に入らないんですか?」
「いや、気に入らないとかそんなんじゃなくて」
「『気になる』の方っすよね。馬喰っちの仕事のこと」
「……まあ……」
平然とした声で言い当てられて、響は反応に困る。
「誤魔化しはしないっす。言い訳もしないっす。バンダちゃんもきっちり殺しの手伝いしてたっすから」
「そう、かよ」
「憑き魔に乗っ取られて凶暴化した人、悪霊、悪魔憑き、法では裁けない極悪人。全部人っす。いくら必要悪だと考える人がいても、この掃除は人殺しであることに変わりないっす。なんならバンダちゃん、昔には戦争で直接罪のない人殺してるっすから。ウチ自身も良い事だなんて思ってないっす。響っちがそれを嫌だと思うのを、綺麗事だとも思わないっすよ」
「……」
「ただ、それがバンダちゃんの当時できる事だった、そしてウチの考えではタブーではなかった、決断に後悔はない、それだけの話っす。この価値観を響っちが認める必要もないっすよ」
「……認めるとか以前に、口から出まかせじゃないかってくらい現実感ねえ……」
いまだ響には殺人だの殺し屋だの魔憑きだのという言葉に違和感しかない。
「良い時代に生まれたっすね、響っちは。あ、嫌味じゃないっすよ! 嬉しいんっすよウチは。影っちのお隣にはやっぱり真っ当な考えの人が必要っす」
「誰が彼女だ」
「そこまでは言ってないっす」
……言っていなかった。
しかし「真っ当」。生理的に受け付けないうえに凶悪な、言葉が通じるだけの化け物とギリギリの共棲なんてしている、ましてやその化け物を狙われたくないとか言ってしまう人間が、果たして真っ当と言えるのだろうか。多分この化け物だって人殺しなのに。
(良い時代、って……さっきの身の上話を信じるなら、あんたが人身売買されそうになったのも同じ時代だろうが)
響はやっと向かいの椅子に座って少女に目を合わせた。
「馬喰……いや、バノンってどんな奴なんだよ」
「馬喰っちはウチよりずっと先輩所員っすね」
水色の瞳が水面のように揺らぐ。
「馬喰っちは元々病弱らしいんっすよ。魔憑きになったのは、長生きできないって言われてた病気に対抗する最後の手段だったとか。普段あんなに動けても、魔憑きの力を封じられるとすぐ倒れちゃうんっすよ。分の悪い話っすけどね。命には代えられぬとはいえ、デメリットがきつすぎるっす。……だから、馬喰っちが仕事で失敗しないのにはバンダちゃんや墓標っちのサポートが欠かせないんっすよ。それ無しだと、今日みたいな行き当たりばったりになっちゃうんっす」
喋り通しで疲れたのか、少女はゆっくりと紅茶を飲む。
「行き当たりばったりなのか、あれで」
「本気で墓標っちが依頼受けてたら、響っちの弱点調べあげてからそれ専用の方法を10は準備していくっすね。もっと油断したタイミングを狙って、尋問タイムなんてリスクある事も馬喰っちにはさせないっすよ。情報屋の役目っす。……1回目の奇襲で仕留める以外に、馬喰っちに道はないんっすから」
「そっ……か。そうだよな」
名前の音の一部を聞いただけで弱ってしまうのだ。うっかり相手がベラベラ喋るのを許したらどこで弱点を突かれるか分からない。縄での拘束が効いたのもたまたま、細長い物体による攻撃が自動反撃の対象外だったからだ。響に逃げられていたら毒も使えたか分からない。
そこまで考えたところで、薬草のような匂いのするカップを手渡される。
「はい、響くん」
「何だよこれ」
「毒消しです。念のため摂りましょう」
「……飲まないとダメか?」
「経口摂取が一番、きみの消耗が少ないかと。もちろん腹部に穴を開けて丸薬を直接入れたり味覚のない他の穴から注入することも選択肢には」
「分かった分かった口から飲ませていただきます」
響は深く息を吸った。息を止めて一気に中身を流しこむ。
「っ……うええ……ぅう゛、苦っ、青臭、不味っ」
すぐさま別のコップで渡された水を飲む。
「良い子だ。それでバンダちゃん、あの『墓標』とやらは?」
「墓標っちは強くて面白い人っすよ。ウチにも分からない方法で色んなものを持ってきたり操ったりするっす。多分魔憑きなんっすかね?」
「分からないと。ふむ……『ビーセトルド』の総戦力は?」
「んー、総員15人前後っすけど大抵あちこちに長期出張とか貸し出ししてて、常に事務所にいるのは墓標っち、馬喰っち、ウチ、胡蝶っちの4人だけっすね」
「胡蝶?」
「って呼んでるっすけど、本名は『坊胡蝶』。Bっす」
なるほど、ビーセトルドの構成員。
「胡蝶っちは外の仕事はしないっす。乱れがちなウチらの生活面のサポートをしてくれる可愛い子なんっすよ~。ずっと6歳くらいの見た目っすけど」
小学1年生が4年生になっても見た目が変わらないというのはちょっとありえない。多分何かしらの魔憑き、なのだろう。
「残りの11人前後は?」
「影っちに比べると雑魚っすけど一応、戦闘やらスパイやら呪いやら霊力やらのプロっすね。あと全員B。お望みなら後で情報提出するっす」
「では後ほど」
影は随分とビーセトルドを警戒しているらしい。いや、あの墓標という男を、だろうか。確かに胡乱だったが……。
「響くん、あの男に近づいてはいけませんよ」
釘まで刺された。
「あ? なんでだよ」
「あの男……」
やけに真剣な顔をする。響には分からない何かに気づいたのだろうか。
「……きみを物欲しげにしていました」
「は?」
「雰囲気で分かるでしょう? 食欲か肉欲か征服欲か略奪欲か、隙あらばきみに擦り寄ろうとしていた」
響はため息をついてしまった。
「真面目な話するかと思ったらあんたは……俺はオマケで、あいつの狙いはあんただろ」
「そう思っています?」
「少なくとも馬喰は、俺をやればあんたが弱ると思ってただろ。あの墓標って奴も捨て台詞みたいなの言ってたし」
わざと聞かせるような声を影も聞いていたはずだ。が、影は目を細めて響の頬に手をかざす。
「響くん、きみは自分の魅力をもっと自覚すべきですよ。欲しがるのは、私だけじゃない」
「そういう台詞をサラッと言いやがるのはあんただけだろうな!」
手を振り払ったとき、インターホンが鳴った。来客だ。
「このタイミングで……?」
座っているよう部屋の面々に促して、響は一人インターホンの前に向かった。
警戒しながら画面をつけると……ややふくよかな女性の姿が映る。
「……母さん?!」
「あ、いたいた響ー。なによ、びっくりしちゃって」
のんびりした声で手を振るのは響の母、賢木遥だった。
「さっぱり連絡よこさないし、電話してもいそがしいって切られるし、そのあとはつながらなくなるし。だからきちゃった」
「『きちゃった』って……」
そういえば、すっ飛んだスマホを回収し損ねていた。と思った瞬間、背後からスマホを手渡される。拾っておいてくれたらしい。
「(響っち、ウチはこれから響っちの後輩っす)」
同時にとんでもないことを囁かれた。
「は?」
「(だから、響っちはウチのことをバンダちゃんって呼んで欲しいっす!)」
「いや、ちょっとそれは」
後輩女子だとして、それをちゃん付けで呼ぶのは響にははばかられる。
「(ふっふっふ、バンダちゃんは親しい方全員にそう呼んでもらってるんで、逆にそう呼ばない方が浮くっす。不自然っす。そんなことしたら、バンダちゃんのことめちゃくちゃ避けてる人って思われるっすよー、響っち先輩)」
「なっ」
「(そもそも響っちはウチの名字を知らないんっすよ。母上の前で『こいつ』呼びするんっすか?)」
「それは……」
「響ー? はやく開けなさいよー」
母親の声まで混ざって響を焦らせる。これがあの影にすらちゃん付けで名を呼ばせる手腕らしい。
「……あー分かったよ! 今開ける!」
響は玄関を勢いよく開けた。
「どうしたのよ響。ドア痛んじゃうじゃない」
「……ごめん」
「それと、庭の手いれ、ちゃんとしてないでしょ。こんなことだろうと思ったのよ、もったいない。ちゃんとととのえておいたから、ぜったい枯らしちゃだめよ」
「いや、ちょっと今実は忙しいから」
「それに、入居希望者がいるんでしょ? さすがにそこはあたしがやるわよ」
「入居希望者……?」
「ほら、あんたの後輩の、バンダちゃんだったかしら」
「うっす! 今度先輩の代わりにハイツみなも202号室に入ることになったっす!」
いつの間にか「バンダちゃん」が書類を持って隣に立っている。
「いや、いつの間に」
「こんなかわいい後輩がいたなんて聞いてないわよ? 幽霊も出なくなったとか言ってくれないし。そこらへん、来週みっちり聞かせてもらうからね」
「来週?」
「あんた来週かえってくるでしょ? 誕生日なんだから」
「あ」
賢木響の誕生日は6月12日。今年は日曜日だった。
「それで来週末がどうとか電話してきたのか、千早……」
「なあに、わすれてたの? ふふふ! そんなにいそがしいの、学校って」
「いや、まあ、忙しいけど」
主に学校外活動で。
「いそがしくても電話くらいしなさいよー。あら」
「初めまして。響……くんの友達のカゲヒトです」
いつの間にか後ろに来ていた影が、とんでもない営業スマイルで挨拶した。
「何やってんだよ影!」
「別に良いだろ、挨拶くらい」
まるで同級生のような態度。いつ着替えたのか服装も洒落たパーカーにジーンズ姿で、顔面以外はオフの高校生男子にしか見えない。
「あんた……」
「あらあら、いつも響がお世話になってます。もー、響ったら気がきかないんだから。どうせなにも用意してないんでしょ、いまからなにか甘いもの買ってきて」
「いや、こいつらすぐ帰すし」
「なーに言ってんの! はい、さっさといく」
千円札を押しつけられる。
「分かったよ……」
「それで、響って学校ではどんなかんじなの?」
「っ、母さん!」
「まだいたの、響。あ、そうだ。来週のお誕生会、あなたたちもこない? きっとたのしくなるわよー」
「はい、ぜひ」「いいんっすか?!」
「~ぁぁあああっ……!」
声にならない唸り声をあげて響は自転車に飛び乗った。
「もしもしお母さん、どしたの? お兄ちゃん帰ってくる? ……えー! 友達? どうしよどうしよ、部屋片付けないと。なんで今年になって友達連れて来んの?! あー、とにかく分かったー」
電話を切った少女はソファーにまた自堕落に転がった。
「えー、お兄ちゃんそんな仲良い友達いるんだー。いーなそういうの」
賢木晶14歳、サブカルをふんわり愛す中学2年生はのどかに目をつむる。
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