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二十四落
しおりを挟む「お姉さまは意地悪ですわ」
ゆっくりと気球は上がる。
「え、何。僕も八尋は意地悪だと思うけどさ」
冥穴をほぼ抜ける頃となると、念の為を考えてあまり火力を出せない。
「わたくしはほとんど動けないんですのよ。ですのに、ネンマちゃんに厳重な見張りを言いつけるなんて」
「イヤ、それさぁ、ヒナ子けっこう動けてたじゃん。僕の目潰そうとしたし。全然動けないってフリしてたの、ただ八尋に抱っこで運んで欲しかったからでしょ?」
「抱っこではございません。お姫様抱っこですわ。それに揚羽が危ないことばかりするから貴方を拘束すると決めたんでしょう、お姉さまは。」
「はー、そういうとこ。抱っこされた時に動けるってバレたんだよ。でなきゃ八尋助けに行けたじゃん。……ねーネンマ、そろそろヒナ子ウザくなってこない? 捨ててこ?」
「ん。うあくなう、なあい?」
ネンマは首をかしげて気球の進路を調整する。
「ネンマちゃんにそんな俗な言葉を教えるなんて酷いですわ」
「ウザいくらい誰だって言うじゃん。ってか! 何度でも言うけどその澄ました? 感じ、やめてよ。昔はもうちょっと違ったじゃん……別に今さら僕にどう話してもいいけどさ。でも別に、その方が八尋に好かれるってわけでもあるまいし」
「む、無理ですわ、今さら」
「ハ?」
「だって、緊張してしまうんですもの」
「嘘でしょ? マジで言ってる?!」
「あなたに嘘を言ってももう何にもなりませんわ……」
「マジか……告白してないんだとは一瞬思ったけど……」
気球のバスケットに、ふいに薄い光が差した。
「もしかしてもうすぐ地上?!」
「あら……そういえば、幻聴も治まってまいりましたわ」
「ああ、声が聞こえるってやつ? 僕そんな感じないんだけど」
「ええ。殿方には興味がないのではなくて? 確かに、揚羽と同じくらい耳障りだわ」
「あームカつくなー……帰ってきちゃった」
「ええ、帰ってまいりましたわ」
外は夜。月は雲に隠れて見えない。ひどく暗い山に浮き上がった気球をつなぐ。屋根のない社殿には綱を引っ掛ける場所はいくらでもあった。
「……よし、早く降りよう! 外どうなってるか分かんないけど、早く!」
「ええ、早くお姉さまを助けに行かなくては!」
「まぁあ!」
つい語気の強くなる2人を、ネンマが引き戻した。
「ぐえっ……なに?」
「あえか、くう!」
闇の中に静かな音がする。
どこかの襖を開く音。
きしむ畳の上を歩いてくる音。
迷いなく近づいてきて、冥穴のある広間へ届くと同時に手を振った。
「……ヒナ子! 揚羽! ネンマ! 無事だな?」
「八尋?!」
「お姉さま?!」
「驚きましたわ……では、下に、冥穴から出られる場所があったんですのね……」
「そう。といっても、最終的にヌヌーが道を教えてくれなければ分からなかったな。ノアマから私を遠ざける手伝いもしてくれて。ネンマとヌヌーには感謝しかないな。それから……」
「?」
「……いや、何でもない」
「ネンマ、ええうこお、あぁあ」
「ああ、ありがとう。……ヌヌーは、外に出てこようとはしなかったよ」
「ん。ネンマ、ヌヌーのこお、わあう」
「いやでも、ほんと、本当良かったぁ……!」
ネンマの働きぶりは見事なものだった。上に避難させた揚羽を縛ってバスケットに放りこみ、ヒナ子と合わせて監視して八尋を追って冥穴を降りてしまわないようにしてくれた。それでもどうにか八尋を助けたいと2人に懇願されてヌヌーを下へ放ち、風を読んで気球を作動させた。
「お姉さま?」
「……あァ、いャ……こうして3人で話すのは、久しぶりだなと思って」
揚羽とヒナ子は互いに顔を見合わせた。
「そうだっけ」
「そうでしたっけ」
「そうだよ。……2人とも、いつの間にか仲良くなっていないか? 気球で何があったんだ?」
「仲良くなどなっておりませんわ」
「ヒナ子に同じ。ヒナ子が上ってる間何してたか聞いてよ!」
「何を言いますの? わたくしにだって手札はございますわよ、泣き虫さん」
「ちょっとしんみりしちゃったのはしょーがないじゃん! ヒナ子があんな事言うから!」
「揚羽だって!」
「ハハッ。妬けるな」
弱々しい掴み合いのケンカになりそうなところを止める。八尋の体力もたいがい尽きているから、全員ヘロヘロだ。そのままお互いの身体を抱きしめて、自然と黙る。
口にはしないが感じているはずだ。……今後、きっとこの3人で会うことは、もう二度とない。
「もう少し話そうか。気球を見つけた誰かさん達が来る前に」
社殿にやたら細かく書かれていた兄からの状況説明のメッセージを思い出して八尋はまた少し笑う。
地上では思いがけず良い方に話が進んでいたらしい。明日にも捜索隊がこの山に来るところだったとは、あまりにタイミングが良すぎる。今日でなければ、こうして話せなかった。
「そうだ、悪いものは先に。君たちを路頭に迷わす話をしてもいいか?」
「え?」
「冥穴の下には麻薬の一種が自生していて、それを運び出す通路が麓村の氷室に繋がっていた」
「……はい?」
「村ぐるみで一部の大人どもが密かにやっていた麻薬製造・売買事業があったんだよ。その通路から私が出てきたし、色々隠し扉なんかも壊してしまったから、もはや警察に隠せない。私ら全員、氷室に関わる家族が犯罪者だ。君たちを傷つけない方法や村を穏便に出る方法なんて、考えていたのが馬鹿らしくなるな」
まだポカンとしている2人と無表情のネンマをよそに、八尋は大声で笑って畳に背を預けた。
「悪いな、2人とも」
「いや、謝ることないけど……」
「……ええ、お姉さまは悪くありませんわ」
「ハハハ。それでもさ」
この場所も怖くない。もう。
” ” ” ” ” ” ” ”
Happy End.
” ” ” ” ” ” ” ”
それから、八尋が体育大学に通うようになるまでのほとんどのことは、わざわざ言うまでもない。今は兄の尋壱と小さなアパートで2人暮らしだ。まだ距離感のある兄との生活も生計のことも、まだ今の八尋には満足とも不満とも言えない。
最近でいえば、揚羽との別れも、ヒナ子への返事も完璧にはできなかった。八尋がようやく手に入れて取り戻した八尋自身を守るために傷つけもした。うまい別れ方はできなかったが、良い別れはできたらしい。お互い笑って背を向けたのだから上等だった。
だから、語るまでもない。蛇足だ。
ネンマの里親を訪ねた後の昼下がりの、公園の待ち合わせのことなど。
「……待たせたな」
「やあ、八尋。外というのは案外悪くない場所だな」
「そうか。挨拶代わりに人を殴りつける気にならなければ幸いだな」
「しないさ。冥穴は開かれた。もうあれの一部ではないし、取り分でもない」
「お前の言い方は相変わらず人を食っている」
「食べていたからね」
「……警察の捜査で、村人が1人も見つからなかったと聞いた」
「そうだね」
「……お前のように、外に出たのか」
「どうかな。私はもう、だいぶ冥穴から切り離された」
「……冥穴の底で行われた占いの結果は、村人に伝えられていたんだろう。そこまで村の神事は続いていた。麻薬の管理や取引の窓口もお前。だからお前は訛りなく話すことができる。出ようと思えばお前は外に出られたはずだ」
「……それは、彼女が赦すまでできないな」
子猿を操り、八尋に逃げるよう合図した女の顔がふと八尋の脳裏をよぎったとして、誰も知りはしないし。
「……お前は、いや、お前たちは結局……」
「それより。今の私の一番の興味は君だ。話をしよう」
八尋の返事も他に誰も知らない。
「お前を野放しにするくらいなら喜んで。ようこそ地上へ。赤の他人でも歓迎するよ」
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