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十八陥

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ネンマ
瞳の大きな少女。背は100cmほど。八尋の言葉は村のものと少し違うが問題なく聞き取れる。

 “ “ “ “ “ “ “ “
  ” ” ” ” ” ” ” ”



「うえ、ふたつあぁあえうあがれる
「大したものだね。この冥穴で限定的であれ、上へ登る手段が作れるというのは」

 赤毛の猿、ヌヌーは冥穴に迷い込んだめす猿から生まれた地下育ちの獣だ。幼い頃からネンマが育てたためにネンマの言うことをよく理解し、従う。
 そのヌヌーに紐をつけて動き回らせることで様々な場所の落下物を拾うのがネンマの役割だった。そして、普通は登れない肉襞にくひだの上の階層への通り道を作ることも、何度か成功していた。

「ヌヌー、ひとつうえ、あぁあえうあがれる。ヌヌー、『は』、みうえあぁみつけたら、わぁかはめ

「は」……つまり「歯」。肉襞から突き出て生える、あの白く硬い組織のことを村ではそう呼んでいた。冥穴の肉で作った軽い紐の先を大きな輪にしてヌヌーにくくりつける。ヌヌーは軽いので、村の力自慢が紐を振り回して投げ上げてやると1層上の肉壁の上に届く(ことがある)。ヌヌーは「歯」を見つけると鳴き声でネンマへ知らせ、身体に括りつけていた紐を解いて自ら先の輪を「歯」にめる。しっかり固定されたことを確認したら、丈夫な綱を身体に括ったネンマが今度は垂れ下がった紐を登り、大人でも登れるよう強度のある重い綱を「歯」に結え直す。そうしてふたつ上……2階層ぶん上へ村人が登れるようにしている。もう何度も成功させているらしい。

「……それは、いつか地上へ出たくて……はるか上までやり遂げるつもりで始めたのか」

 ネンマは首を振る。

「ノアマ、たあただやえうやれるかきい。ネンマ、やえう。やえあ。すおいすこし、もの、みうえうみつける
「ふゥン」
あいろやひろ、ノアマきあいきらい

 質問とも断定ともとれる言い方に、八尋やひろも曖昧な表情で返した。

「まァ……偶然と言えばそれまでだが、露骨というか……」
「あいろ?」
「いャ、何でもない。あるいは、何にせよ。ノアマを出し抜かないと私たちの望みは叶わないからな。敵対もするだろう」

 最初に揚羽あげはの解放を求めて突っぱねられた際の反応から、説得は通じないと八尋は結論づけていた。ネンマも同意見らしい。

「ネンマ、いくつか確認がある。揚羽の居場所に私が潜りこむことは可能か?」

 ネンマは頷く。これは想定内。

「それから、冥王のとき……30回の昼と夜が巡る間に1度は非常に強い風が吹くだろう。そのとき、冥穴と村はどうなる?」
「んー……」

 ネンマは手に持っていた肉の紐を噛み千切った。カチンと歯を鳴らす。

「むら、すあえうわれる。ネンマ、いーああっぱい、もつく。いも、たない」
「なるほど。常に紐を作り続けているわけだ」
「あ、ジャジャいーああいれぇれでて

 ジャジャ。肉の奥に棲む虫だ。

「ジャジャは何かに使うのか?」
「ん。すあえだけ、の。すおしと、『もおおぉう』? ノアマ、そうゆーいう……ネンマしない」
「? 私にもそれは分からないが、とにかくここの村人は、ジャジャを口にする機会があり、少し耐性がある可能性があるということか」

 重要な情報だ。作戦の決行時にノアマにジャジャを盛って無力化を狙うのは難しいかもしれない。

「……あいろやひろわああえうわらってる
「うん、そうだな」

 深く息をつく。

「一つだけやってみたい事ができた。光明かどうかは分からないが」

 ヒナ子から聞き、ネンマに確かめたことで、3種類の風の吹く複雑な法則は全て明らかになった。
 もうすぐ、冥穴内に冥王の鬨が吹く。そこに合わせて決行するのが監視が弱く成功確率が高い。

「ネンマに頼り通しの作戦になるが、頼めるか」

 ネンマはほぼ表情を動かさず、すぐに頷いた。







「……揚羽。……揚羽。聞こえるか」
「ン……」
「聞こえてないなら見捨てるが」
「……や……ひろ? えっ?! 本物? 夢?」
「寝てろ。騒ぐな」
「ヴッ」

 布の奥から腕だけを突き出し、ガバリと起き上がろうとした揚羽の胸少し下を押さえこむ。

「八尋の手だ……本物だ……」
「お前も性根が変わってなさそうで安心するな。何か着ないのか?」
「着てても急に来て脱がされるから……でも八尋の前だから着るねぐふっ」

 八尋はもう一度揚羽のみぞおちを叩いて寝かせた。

「お前体力無いな」
「同情するなら優しくして……僕ずっとひどい目に遭ってるんだけど……色々されて全身痛いし……」
「確認だが、村の女どもはお前の身体だけが目当てで、お前自身にはさほど興味を示していないな?」
「か、身体目当てってすごい言い方するね……」
「例えばそこに脱ぎ捨ててあるお前の服に興味は示さないか」
「まあ……元着てたのは取られて、代わりに渡された村のボロ布だし……」
「中にこれを隠しておけ」

 道具を渡す。取り返す、というか、村の補強に使われているのを見つけてこっそり肉の紐と取り替えるのに苦労した。

「これキャンプ道具の固定具じゃん! 剃刀かみそりも!」
「『冥王の鬨』に合わせて逃げるぞ。ここから白い布を差し入れて合図にするから、自力で拘束を切って逃げ出しネンマと合流しろ。ネンマは背の小さい女の子だ。買収して協力してもらっている。お前はとにかく、身体が痛かろうがとにかくネンマに従って動け」
「……助けてくれるの?」
「許してないからな。お前を訴える為には地上に引きずり出さないといけないだろう。他に建設的な質問は?」
「八尋はどうするの?」
「お前を連れ出し村の奴らから身を隠すまでの時間稼ぎだ。私はまだ警戒されてないからな。なに、捕まったりしないさ。奴らより私の方が体力がある」
「分かった! 気をつけてね。あ、そうだ。今回の鬨、皆は安全なところに籠るけど、おさだけは嵐のピークが過ぎたらすぐに村の見回りを始めるって聞いたよ」
「……分かった。もう行くから、後で」

 その待遇でどうやってそんな重要情報を聞き出したのか、とは聞けなかった。







 八尋はゆるく監視されながらしばらくの時を過ごした。幸い、肉の紐や板作りを手伝ってみせたことで、嵐を前に対策に励んでいた村人たちはそれ以上の要求をしなかった。暇があればヒナ子のところに通い、少し動けるようになった彼女と話を重ねた。

 そうしているうちに、ヒュルル、と奇妙な風が吹き始めた。

「始めようか、ヒナ子」
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