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二落

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晶玉しょうぎょく八尋やひろ
短髪で飾り気がなく私服も喋り方も中性的だが本人には男装しているつもりがなく性自認は女寄り。

 “ “ “ “ “ “ “ “
  ” ” ” ” ” ” ” ”



 歩き始めて推定半日。
 肉襞にくひだの道は直径50メートルはあるだろう穴の内壁に沿って不安定に続いた。歩きづらいほどの急角度になり、一歩一歩足を深く沈み込ませて進まなければならない時もあれば、歩ける幅や上下の幅が狭いこともある。平らな面ばかりでもない。道として作られているのではなく、たまたま人が通れるだけだ。いつのものなのか、かすかに足跡らしきものが残っていることがあった。穴を掘ったりしばらく留まった痕跡もある。木片や布を燃した跡もあった。火を起こす道具があっても苦労しただろう。周囲はほとんど焦げていない。どれだけ古いものか、分からない。

「……いヤ……新しい……?」

 火を起こし周囲が乾燥したせいで、比較的鮮明に足跡が残ったらしい。だとしても綺麗過ぎる。生贄を冥穴に捧げたという噂の残る百年前のものではないどころか、ごく最近のものに見える。「花嫁」に履かせられるだろう草履や下駄ではなく、シューズの跡だ。新しい靴の新しい靴跡。触れるとくぼみに、かすかに灰の粉が残っていた。頻繁に竜巻が吹きあげるこの環境で火の跡が残っているとすると、ほんの数日以内かもしれない。

 村民や付近の滞在者が不審に消えた、消されたなど噂にも聞かない。過去は消せないとして現代にそんな風習、いや犯罪が続いていても困る。

(……最近姿を消したといえば揚羽あげはくらいだ)

 近所の家の同い年の男だ。別に行方不明になったのではない。高校進学で村を出ていただけで、1週間ほど前には元気に帰省してきた。そして帰って早々、村で問題を起こし、実家を追い出されていた。都会の寮に戻るだけだ。関係無いだろう。

(そういえば久々に会うのに揚羽とはろくに話をしないままだったな)

 出口が見つからなければもう一生話せない。
 思考を戻す。生贄の「花嫁」に、火を起こす道具やシューズのようなものが与えられるわけがない。となると、勝手に低山に立ち入り、勝手に転落したよそ者がいた可能性が高い。
 今、まだ生きているだろうか。分からない。



 痕跡に気をつけながら丁寧に周囲を見ていけば、少し先に、誰かが壁を削り続けて出来たような横穴があった。ぎりぎり人ひとり通れるくらいのものだ。それでも、かなりの労力がかかっていることは分かる。中の方からは、かすかに光が差していた。
 奥へ入ってみる。横穴の壁の肉は、進むと途中から筋ばった硬い肉の層に変化していた。熟成した塊肉を噛み切ったような黒ずんだ見た目だ。さらに奥、掘られた最奥の壁に至ると、白くひどく硬い組織が現れていた。骨や軟骨ではないように見えるがひどく固い。軟らかい肉と赤黒い肉の二層までは人力で掘れるだろうが、その先は無理だ。その先からうっすらとだが光が入り込んでいるのが分かるだけに、掘り進めた者は絶望しただろう。
 硬い組織の感触を確かめる八尋の指が丸いものに触れた。
 頭部だ。
 人骨がひとつ、坐禅でもしていたような体勢で、半ば肉に埋もれて座っていた。

「!」

 白い組織に半ば埋もれていたため気づくのが遅れた。おそらく女だが、知識がないし、この洞窟の表面と同じ軟らかい肉が半身ほどを覆うようにかぶさっているので分からない。よく見れば、赤黒い筋繊維のようなものも細やかに横穴と白骨を繋ぎ、包むように伸びていた。洞穴の肉がゆっくりと穴を塞ぎながら再生しているかのように。あるいはおりとなって異物を閉じ込めるように。筋が1本、ぴくりと震えた。
 横穴を出て、素手で床の肉をえぐり取り、八尋は吐いた。吐瀉物は口元を拭った肉を載せて埋めた。ここまで来る間、排泄物を処理してきたのと同じ手順で。拭ってもこそぎ取っても、短い爪と指の間には細かな肉がすぐに詰まる。

(何故、こんな場所で諦めた)



 八尋はそこから、ほとんど立ち止まらずに歩き続けた。
 またしばらく降りると、肉の道が歩けないほどに細くなってきた。幸い、すぐ下にある別の幅広い肉襞に降り映るのに苦労はしない。

(……ここはやけに平らだな)

 小銭を何枚か目印に置いて回ると、一周して同じ場所に戻って来る。回る間に見つけた、人ひとり分ほどの狭い穴から飛び降りなければ安全に下へ進む事はできなさそうだ。
 3メートルほどの肉の層の下、穴の下に肉の床があるのは見える。落ちて死んだ者の骨や衣服のようなものは見えない。受け身の心構えだけ済ませ、穴から下へ飛び降りる。



 ぐさり。



「え……?」

 ある程度服を着重ねたままにしていたのは幸いだった。布を突き通した鋭い衝撃は脚を掠める程度で、足をつけた場所も幸運にも何もない肉の上。体勢を立て直し、着物に刺さったものを引き抜く。
 骨だった。端が欠けて鋭くなった長い骨の欠片。恐らく脚の。

(ここで亡くなった……いや……)

 それにしては骨の本数が足りなさ過ぎる。それに、自然にこんな刺さりやすい形と配置になるものか。

「ここまで、見かけた人間は……」

 パッと周囲を見渡す。耳を澄ませる。下へと続く傾いだ肉の道を駆け進む。……生者の気配も死者の姿も、ない。

 先ほど亡くなっていた坐禅姿の骸、骨は足りていたか。
 横穴の先の空間の肉は硬かったのに、骨を覆う一部の肉だけが軟らかかったのはよく考えれば奇妙ではないか。
 上へ戻れない以上確かめようもないが、誰かが遺体から骨を抜き取り、軟らかい肉を被せて隠したのだとすれば。穴から落ちてくる時に必ず着地する場所に、あえて鋭く割った骨を突き立てて置いていたら。上からは見えないよう、千切った肉を薄く乗せて細工をしたのだと、すれば。

「新しい足跡……お前か」

 怪我の処置を後回しにし、残るシューズの足跡に触れる。
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