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服を着ていない。
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12月12日。この日を忘れない。
子どもが産まれる予定だった日だ。大きくなったお腹に向かって私はよく、
「イチ、ニー、イチ、ニーに産まれてくるんだよ」
と話しかけていた。
だが息子が誕生したのは、11月22日であった。数字的には間違っていないけれども。
予定日より三週間も早く産まれてくるとは知らず、私は11月22日の深夜、激痛で目を覚ますのだ。
とても横になっていることが出来ず、旦那さんを起こさないように、リビングでウロウロしたり、しゃがみ込んだり、スクワットをしたりを繰り返していた。
「きっとこれは、アレだ。余震的なやつ」
前駆陣痛。
いつだったかネットや雑誌で読んだことがあった。出産にむけて、少しずつお腹が痛くなることが増えてくる……だった気がする。
「たえろ。たえるのじゃあ。これしきの痛み……」
私は武士の如く、痛みにたえた。
そう、武士の如く。
この痛みにたえられなければ、本当の陣痛は死んでしまうのではないかと、心細さに涙を流した。
あまりの騒がしさに、旦那さんが起きてきて寝ぼけながらにこう言い放った。
「ねえ、それって陣痛じゃない?」
そう、正解。男性でありながら、的確で明確な素晴らしいアドバイス。けれども、武者修行中の私にはその言葉は通じない。
これは前駆陣痛なのだと無駄な蘊蓄を述べ、ひたすら痛みにたえた。そして、嘔吐した。
もう気がつけば良いものを、動転に動転を重ね、身体の異変に天変地異では? と悲鳴をあげ、再び眠りについた旦那さんを揺り起こし、
「吐いた! 食中毒かも!」
と早朝に叫んだのだ。
食中毒にあらず、子が産まれるのである。
「よし、わかった」と神妙にうなずいた旦那さんは、病院へ連絡をし「もう産まれるかもってよ」と私を病院へ連れて行った。
病院へ着いたころには、もういつ出てきても良さそうな状態であった。
なんだ。これが陣痛だったのか……。拍子抜けした私は恥ずかしくなった。スクワットなんかしなければよかった。豆ッ恥である。
やがて屈強な助産婦さんが「私が来たからには、安心しなさい」とカッコイイ台詞を言いながらやってきた。
頼もしい。だが、腹は痛い。ものすごく痛い。あまりの痛さに思わず唸り声をあげた。
映画の拷問シーンで「もう殺してくれ~」と叫ぶ人のように「もうお腹を切ってくれないか」と私は提案した。今までの武士はどこへいったのか、問いただしたい。
「考えておくね」
屈強な助産婦さんはそう言った。私は安心した。「考えてくれるなら、まあ、いいか」と思った。
後になって思う。この「考えておくね」という言葉は、ほぼノーであるということだ。だが、一時的に相手を麻痺させる効果を持つ。実にイイ言葉である。私もこれから仕事で使っていきたいと思う。
考えておくね、から数時間後、オルゴールを手にした医院長先生がやって来た。キャラが濃い病院である。なぜ、オルゴールを。いや、今はそれどころではない。
言われるがまま、フン! と力むと、何がなんだかわからないうちに、子が誕生した。
「はい! 産まれました!」
と屈強な助産婦さんが子を持ち上げた。医院長先生はにこやかに笑って、手元のオルゴールを巻き始めた。そして、私の枕元にそれを置いた。可愛らしいメロディーが流れた。ハッピーバースデーの曲だ。
だが、マラソンを走りきって、息を切らしている選手に向かってオルゴールを差し出す者がいるだろうか。
間抜けな音になってしまったハッピーバースデーのBGMを背景に、朦朧とする意識の中で、私が息子を見て一番に思った感想は、
「服、着てない!」
であった。何? とみなさん思ったことであろう。友人にも「逆に服着てたら怖い」と白い目をむけられた。
私だって、ほぼ一年近くお腹の中で子どもを育ててきたのに、その感想かい! と自分にツッコミをいれたくらいだ。
けれども、その時は本当にそう思ったのだ。人間がお腹の中に入っていたこと、当たり前だけれど、服を着てないこと。
一人で勝手に誕生日を決めて、生まれてこようと、それは必死に、生死をかけてもがいていたこと。なんという、力を持って我々は生まれてくるのか。
誰もがもう記憶していない自分の誕生の瞬間を、はるか昔から、ずっとずっと同じことを繰り返して、生きるを繋いできたのだろう。
ハッピーバースデーの曲が流れている。
生まれたての、ぷりっぷりのお尻をなでながら、声に出して笑った。
人間って、オモシロい!
子どもが産まれる予定だった日だ。大きくなったお腹に向かって私はよく、
「イチ、ニー、イチ、ニーに産まれてくるんだよ」
と話しかけていた。
だが息子が誕生したのは、11月22日であった。数字的には間違っていないけれども。
予定日より三週間も早く産まれてくるとは知らず、私は11月22日の深夜、激痛で目を覚ますのだ。
とても横になっていることが出来ず、旦那さんを起こさないように、リビングでウロウロしたり、しゃがみ込んだり、スクワットをしたりを繰り返していた。
「きっとこれは、アレだ。余震的なやつ」
前駆陣痛。
いつだったかネットや雑誌で読んだことがあった。出産にむけて、少しずつお腹が痛くなることが増えてくる……だった気がする。
「たえろ。たえるのじゃあ。これしきの痛み……」
私は武士の如く、痛みにたえた。
そう、武士の如く。
この痛みにたえられなければ、本当の陣痛は死んでしまうのではないかと、心細さに涙を流した。
あまりの騒がしさに、旦那さんが起きてきて寝ぼけながらにこう言い放った。
「ねえ、それって陣痛じゃない?」
そう、正解。男性でありながら、的確で明確な素晴らしいアドバイス。けれども、武者修行中の私にはその言葉は通じない。
これは前駆陣痛なのだと無駄な蘊蓄を述べ、ひたすら痛みにたえた。そして、嘔吐した。
もう気がつけば良いものを、動転に動転を重ね、身体の異変に天変地異では? と悲鳴をあげ、再び眠りについた旦那さんを揺り起こし、
「吐いた! 食中毒かも!」
と早朝に叫んだのだ。
食中毒にあらず、子が産まれるのである。
「よし、わかった」と神妙にうなずいた旦那さんは、病院へ連絡をし「もう産まれるかもってよ」と私を病院へ連れて行った。
病院へ着いたころには、もういつ出てきても良さそうな状態であった。
なんだ。これが陣痛だったのか……。拍子抜けした私は恥ずかしくなった。スクワットなんかしなければよかった。豆ッ恥である。
やがて屈強な助産婦さんが「私が来たからには、安心しなさい」とカッコイイ台詞を言いながらやってきた。
頼もしい。だが、腹は痛い。ものすごく痛い。あまりの痛さに思わず唸り声をあげた。
映画の拷問シーンで「もう殺してくれ~」と叫ぶ人のように「もうお腹を切ってくれないか」と私は提案した。今までの武士はどこへいったのか、問いただしたい。
「考えておくね」
屈強な助産婦さんはそう言った。私は安心した。「考えてくれるなら、まあ、いいか」と思った。
後になって思う。この「考えておくね」という言葉は、ほぼノーであるということだ。だが、一時的に相手を麻痺させる効果を持つ。実にイイ言葉である。私もこれから仕事で使っていきたいと思う。
考えておくね、から数時間後、オルゴールを手にした医院長先生がやって来た。キャラが濃い病院である。なぜ、オルゴールを。いや、今はそれどころではない。
言われるがまま、フン! と力むと、何がなんだかわからないうちに、子が誕生した。
「はい! 産まれました!」
と屈強な助産婦さんが子を持ち上げた。医院長先生はにこやかに笑って、手元のオルゴールを巻き始めた。そして、私の枕元にそれを置いた。可愛らしいメロディーが流れた。ハッピーバースデーの曲だ。
だが、マラソンを走りきって、息を切らしている選手に向かってオルゴールを差し出す者がいるだろうか。
間抜けな音になってしまったハッピーバースデーのBGMを背景に、朦朧とする意識の中で、私が息子を見て一番に思った感想は、
「服、着てない!」
であった。何? とみなさん思ったことであろう。友人にも「逆に服着てたら怖い」と白い目をむけられた。
私だって、ほぼ一年近くお腹の中で子どもを育ててきたのに、その感想かい! と自分にツッコミをいれたくらいだ。
けれども、その時は本当にそう思ったのだ。人間がお腹の中に入っていたこと、当たり前だけれど、服を着てないこと。
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誰もがもう記憶していない自分の誕生の瞬間を、はるか昔から、ずっとずっと同じことを繰り返して、生きるを繋いできたのだろう。
ハッピーバースデーの曲が流れている。
生まれたての、ぷりっぷりのお尻をなでながら、声に出して笑った。
人間って、オモシロい!
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