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閑話 小川櫻子の場合
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「次はね、カフェを開こうと思ってるの」
孫の小川杏奈は、スマホから顔を上げて
「かふぇー!?」
と、間の抜けた声をあげた。
「そう、もう死ぬまでにやりたい事は、全てやってきたわ。最後は、カフェだけ」
夫が先立ってから、一年。ずっと寄り添ってきた夫が、いなくなってしまった事は、櫻子にとって世界が終わったのと同じくらいの出来事だった。
そんな時、孫の杏奈が一冊のノートを持ってやってきた。ノートの表紙には、『死ぬまでに、やりたいこと』と書かれていた。
眉根を寄せて、孫を睨むと、杏奈はニタっと笑って、こう言った。
「おばあちゃん、死ぬのは、まだでいいでしょ?」
全く、最近の若い子ったら!という怒りは、ノートを受け取った瞬間に、不思議と消え失せた。
「そうね、まだでいいわ」
その日から、二人は「おばあちゃんの死ぬまでに、やりたいこと」を一つづつ遂行していった。
麻雀に行ってみたり、眠い目を擦りながら深夜テレビを見たり、朝からお酒を飲んで、夕方まで寝たり。他愛もないことを一つ一つこなしていくのは、楽しかった。
「最後のやりたいことが、デカすぎて、流石にあたしもお手上げなんだけど…」
いじっていたスマホを机に置いて、杏奈はンーと喉を鳴らした。
「おばあちゃん。カフェって言っても、一人じゃ出来ないよ?それにさ、どこにカフェ作るの?お金は?」
「大丈夫。お金も人手も考えてあるわ。それに、場所ならあるわ」
櫻子は大げさに、一呼吸置いてから、
「ココよ!」
と両手をバンザイして、叫んだ。杏奈は、頬杖をつきながら再び、ンーと言った。
「いーじゃん、いーじゃん!賛成!だって、おばあちゃんのやりたい事だもん!」
櫻子と杏奈は手を取り合って、はしゃいだ。杏奈の楽観的な性格は、誰に似たのかしらと櫻子は考える。…私?
「あ、でもおばあちゃん。その髪色は直した方がいいよ。お客さん、びっくりしちゃうよ」
「えー、ダメ?」
櫻子は、毛先をつまんで自分の髪を名残惜しそうに見つめた。櫻子だから、サクラ色に染めたのに…。
孫の小川杏奈は、スマホから顔を上げて
「かふぇー!?」
と、間の抜けた声をあげた。
「そう、もう死ぬまでにやりたい事は、全てやってきたわ。最後は、カフェだけ」
夫が先立ってから、一年。ずっと寄り添ってきた夫が、いなくなってしまった事は、櫻子にとって世界が終わったのと同じくらいの出来事だった。
そんな時、孫の杏奈が一冊のノートを持ってやってきた。ノートの表紙には、『死ぬまでに、やりたいこと』と書かれていた。
眉根を寄せて、孫を睨むと、杏奈はニタっと笑って、こう言った。
「おばあちゃん、死ぬのは、まだでいいでしょ?」
全く、最近の若い子ったら!という怒りは、ノートを受け取った瞬間に、不思議と消え失せた。
「そうね、まだでいいわ」
その日から、二人は「おばあちゃんの死ぬまでに、やりたいこと」を一つづつ遂行していった。
麻雀に行ってみたり、眠い目を擦りながら深夜テレビを見たり、朝からお酒を飲んで、夕方まで寝たり。他愛もないことを一つ一つこなしていくのは、楽しかった。
「最後のやりたいことが、デカすぎて、流石にあたしもお手上げなんだけど…」
いじっていたスマホを机に置いて、杏奈はンーと喉を鳴らした。
「おばあちゃん。カフェって言っても、一人じゃ出来ないよ?それにさ、どこにカフェ作るの?お金は?」
「大丈夫。お金も人手も考えてあるわ。それに、場所ならあるわ」
櫻子は大げさに、一呼吸置いてから、
「ココよ!」
と両手をバンザイして、叫んだ。杏奈は、頬杖をつきながら再び、ンーと言った。
「いーじゃん、いーじゃん!賛成!だって、おばあちゃんのやりたい事だもん!」
櫻子と杏奈は手を取り合って、はしゃいだ。杏奈の楽観的な性格は、誰に似たのかしらと櫻子は考える。…私?
「あ、でもおばあちゃん。その髪色は直した方がいいよ。お客さん、びっくりしちゃうよ」
「えー、ダメ?」
櫻子は、毛先をつまんで自分の髪を名残惜しそうに見つめた。櫻子だから、サクラ色に染めたのに…。
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