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青木華の場合
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「ハナさん…。ハナさんは、悪くないです」
かなえさんが、涙を流しながら叫んだ。
「息子さんとは、それきり会ってないのかい?」
鼻をすすりながら、のり子さんが静かに言った。
「夫は咲翔を連れて、実家に帰って。あの後、私も夫の実家に行ったのですが…義父に門前払いされてしまいました」
ハナは力なく微笑んだ。
「咲翔にあの日以来、会ったことはありません。一歳の誕生日に、義母がこっそり写真付きのメールをくれました。もう赤ちゃんって顔じゃなくて、子どもらしい顔してて。元気に成長してるんだって、わかったら、私…安心して…」
言葉が詰まって、上手く出てこなかった。咲翔を抱っこしている感覚が、今もこの両手は覚えている。
「私がいない方が、咲翔は幸せなんだって、そう思いました」
ハナは、かなえさんの方へ向き直って、彼女の目を真っ直ぐに見つめた。
「かなえさん、颯汰くんのこと、好きですか?」
「え?…もちろん、好きです。大好きです」
「離さないで下さい。離しちゃ、ダメです。私たちもサポートします。今日みたいに、お話聞きます。休みたい時は、ハナサクカフェに来て下さい。
だから、私みたいにならないで下さい」
さながら懇願するように、ハナは説得した。
かなえさんが、何度も頷く。もう、目からは怒りの涙は、流れていなかった。
彼女は、まだ戻れる。
初めてかなえさんに会った時、同じ顔をしていると思った。彼女の気持ちがわかると同時に、寂しさも一緒にやってきた。何とかして、力になりたいと思った。
「では、こうしましょう。明日、かなえさんは旦那さんに、お迎えに来てもらう。ハナサクカフェで、十分に話し合って下さい」
「わかりました」
ハナとかなえさんは、お互い見つめあってから、笑った。
「それじゃ、颯汰くんはあたしが見てるよ」
ありがとうございます、とハナがのり子さんにお礼を言い、それから櫻子さんを見た。
「カフェを、お願いできますか?」
「ハナさんも、行くのね」
頷いてから、ハナは座ったまま、深くお辞儀をした。
「なんだい、なんだい。ハナさんはどこに行くのさ」
のり子さんが、不安そうな顔をする。
「今日、夫に会いました」
ええっ、とのり子さんとかなえさんが声を上げた。
「閉店時間に、外へ出たら…夫が立っていました。一人でした」
「ハナさんを連れ戻しに?あたしが気づいてりゃ、一言くらい文句言ってやったのに…」
のり子さんは、悔しそうに言った。その優しさが、嬉しかった。
「話がしたい、と言われました。離婚したいとか、そういう話かもしれません…けれど、怖くなって。何も答えずに、店内へ逃げてしまいました」
また、私は逃げた。ハナは胸を押さえた。
咲翔に会いたい。でも、私にはその資格がない。ずっと、離れていた母親に会って、咲翔はどう思うだろうか。
「最後になっても、いい。咲翔を抱きしめたい。会いたい。会いたいです」
ハナサクカフェで、働きはじめて沢山の親子を見てきた。赤ちゃんを見る度、咲翔を想わない日はなかった。柚ちゃんの誕生日の時は、咲翔の一歳を祝えなかった悲しさ、咲翔を初めて抱いた日を、思い出さずにはいられなかった。
「明日、夫に連絡して、会いに行ってきます。勇気を出して、あの時ちゃんと伝えなかったこと、辛かったこと、夫と向き合わなかったこと、全部伝えてきます。その後、必ずハナサクカフェに帰ってきます。
かなえさんも、勇気を出して、話し合って下さい。まだ、家族なのですから…」
「ハナさんも、まだ家族よ」
櫻子さんは立ち上がり、パジャマのポケットから手紙を取り出した。 それは、あの差出人のない手紙だった。
かなえさんが、涙を流しながら叫んだ。
「息子さんとは、それきり会ってないのかい?」
鼻をすすりながら、のり子さんが静かに言った。
「夫は咲翔を連れて、実家に帰って。あの後、私も夫の実家に行ったのですが…義父に門前払いされてしまいました」
ハナは力なく微笑んだ。
「咲翔にあの日以来、会ったことはありません。一歳の誕生日に、義母がこっそり写真付きのメールをくれました。もう赤ちゃんって顔じゃなくて、子どもらしい顔してて。元気に成長してるんだって、わかったら、私…安心して…」
言葉が詰まって、上手く出てこなかった。咲翔を抱っこしている感覚が、今もこの両手は覚えている。
「私がいない方が、咲翔は幸せなんだって、そう思いました」
ハナは、かなえさんの方へ向き直って、彼女の目を真っ直ぐに見つめた。
「かなえさん、颯汰くんのこと、好きですか?」
「え?…もちろん、好きです。大好きです」
「離さないで下さい。離しちゃ、ダメです。私たちもサポートします。今日みたいに、お話聞きます。休みたい時は、ハナサクカフェに来て下さい。
だから、私みたいにならないで下さい」
さながら懇願するように、ハナは説得した。
かなえさんが、何度も頷く。もう、目からは怒りの涙は、流れていなかった。
彼女は、まだ戻れる。
初めてかなえさんに会った時、同じ顔をしていると思った。彼女の気持ちがわかると同時に、寂しさも一緒にやってきた。何とかして、力になりたいと思った。
「では、こうしましょう。明日、かなえさんは旦那さんに、お迎えに来てもらう。ハナサクカフェで、十分に話し合って下さい」
「わかりました」
ハナとかなえさんは、お互い見つめあってから、笑った。
「それじゃ、颯汰くんはあたしが見てるよ」
ありがとうございます、とハナがのり子さんにお礼を言い、それから櫻子さんを見た。
「カフェを、お願いできますか?」
「ハナさんも、行くのね」
頷いてから、ハナは座ったまま、深くお辞儀をした。
「なんだい、なんだい。ハナさんはどこに行くのさ」
のり子さんが、不安そうな顔をする。
「今日、夫に会いました」
ええっ、とのり子さんとかなえさんが声を上げた。
「閉店時間に、外へ出たら…夫が立っていました。一人でした」
「ハナさんを連れ戻しに?あたしが気づいてりゃ、一言くらい文句言ってやったのに…」
のり子さんは、悔しそうに言った。その優しさが、嬉しかった。
「話がしたい、と言われました。離婚したいとか、そういう話かもしれません…けれど、怖くなって。何も答えずに、店内へ逃げてしまいました」
また、私は逃げた。ハナは胸を押さえた。
咲翔に会いたい。でも、私にはその資格がない。ずっと、離れていた母親に会って、咲翔はどう思うだろうか。
「最後になっても、いい。咲翔を抱きしめたい。会いたい。会いたいです」
ハナサクカフェで、働きはじめて沢山の親子を見てきた。赤ちゃんを見る度、咲翔を想わない日はなかった。柚ちゃんの誕生日の時は、咲翔の一歳を祝えなかった悲しさ、咲翔を初めて抱いた日を、思い出さずにはいられなかった。
「明日、夫に連絡して、会いに行ってきます。勇気を出して、あの時ちゃんと伝えなかったこと、辛かったこと、夫と向き合わなかったこと、全部伝えてきます。その後、必ずハナサクカフェに帰ってきます。
かなえさんも、勇気を出して、話し合って下さい。まだ、家族なのですから…」
「ハナさんも、まだ家族よ」
櫻子さんは立ち上がり、パジャマのポケットから手紙を取り出した。 それは、あの差出人のない手紙だった。
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