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青木華の場合
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その日は、全てが完璧だった。
朝起きた時、寝癖がなかった。朝ごはんの目玉焼きが、いい感じに半熟だった。お店に出す、チーズケーキがうまく焼けた。ハナサクカフェが、いつもより多くの親子で賑わっていた。
全てが完璧だと、怖くなる。
その後に、大きな不幸がやって来る気がして。
そして、その予感は的中するのだ。
晩御飯を櫻子さんのお家で食べてから、お風呂を借りる。その後、ハナサクカフェへ戻って、寝ようとした時だった。呼び鈴が鳴った。
心臓が飛び跳ねた。こんな時間に、呼び鈴が鳴るのは初めてだった。
「ハナさん」
押し殺した声が聞こえて、慌ててドアへ駆け寄った。
「かなえさん」
抱っこ紐に入った颯汰くんと、リュックを背負ったかなえさんが立っていた。
九月に入ってもまだ暖かい日が続いていたが、夜は肌寒い。ハナは、急いで二人を中へ招き入れた。
「何が、あったのですか?」
かなえさんのリュックを受け取りながら、尋ねた。顔色があまり良くなかった。
「旦那と喧嘩になって…飛び出してきちゃいました」
「飛び出して…」
どきりとした。胸の奥を、ぐるぐると火かき棒で、かき混ぜられているような気分になった。
「ごめんなさい。行く場所がなくて…気がついたらここに…」
ハッと我に返って、ハナは首を振った。かなえさんに座るよう促す。
「いいえ、よく来てくれました。颯汰くんは、眠って…?」
抱っこ紐の中を覗き込むと、颯汰くんはギュッと目を閉じている。
「歩いてるうちに、寝てしまったみたいです」
かなえさんもとても疲れているようだ。なるべく小声でハナは話した。
「櫻子さんに布団を借りてきます。私の布団でよければ、そこに颯汰くんを寝かせてあげて下さい」
ハナは「staff only」の看板が下がっている、ドアを開けて説明する。
「この階段を上がってすぐの部屋が、私が使っている部屋です。そこに布団が敷いてあるので、使って下さい」
「でも…」
「横に寝かせてあげた方がいいです。それに、布団を持って来るのに、時間がかかりそうなので…かなえさんも休んでいてください」
少し間をあけて、かなえさんは頷いた。
「櫻子さんのお家は隣なので、もしかしたら、櫻子さんも付いてきちゃうかもしれません」
ハナが微笑むと、かなえさんもやっと笑顔を見せてくれた。
ハナは安堵して、外へ出た。
櫻子さんは思いの外、夜更かしをしていた。
お陰で、布団を借りるのにさほど時間はかからなかった。
そして、思った通り櫻子さんは「一緒に行くわ」と目を輝かせてついてきた。
「せっかくだから、のりちゃんも呼びましょう」
と言って、スマホを取り出した。
「孫に教えてもらったのよ」
ハナの視線に気がついて、櫻子さんはウインクをした。
布団を何回かわけて運び、やっと落ち着いた時には、すでにのり子さんが到着していた。
「お騒がせして、すみません」
かなえさんが頭を下げた。
「いいのよ、勝手についてきたのだから」
櫻子さんは、ウキウキしていた。
「なんだか修学旅行みたいねぇ!」
「あんまり煩くすると、颯汰くんが起きちゃうだろう!」
のり子さんは、颯汰くんの横に座り「シー」っと指を口にあてた。
「ねえ、隣の部屋で話しましょう」
櫻子さんが廊下に出て、こっちと指をさす。隣の部屋は、空き部屋だった。
四人は、颯汰くんを起こさないように、そうっと枕だけを持って、隣の部屋へ移動した。颯汰くんが寝ている部屋のドアは、開けたままにしておいた。颯汰くんが泣いた時、すぐ対応するためだ。
朝起きた時、寝癖がなかった。朝ごはんの目玉焼きが、いい感じに半熟だった。お店に出す、チーズケーキがうまく焼けた。ハナサクカフェが、いつもより多くの親子で賑わっていた。
全てが完璧だと、怖くなる。
その後に、大きな不幸がやって来る気がして。
そして、その予感は的中するのだ。
晩御飯を櫻子さんのお家で食べてから、お風呂を借りる。その後、ハナサクカフェへ戻って、寝ようとした時だった。呼び鈴が鳴った。
心臓が飛び跳ねた。こんな時間に、呼び鈴が鳴るのは初めてだった。
「ハナさん」
押し殺した声が聞こえて、慌ててドアへ駆け寄った。
「かなえさん」
抱っこ紐に入った颯汰くんと、リュックを背負ったかなえさんが立っていた。
九月に入ってもまだ暖かい日が続いていたが、夜は肌寒い。ハナは、急いで二人を中へ招き入れた。
「何が、あったのですか?」
かなえさんのリュックを受け取りながら、尋ねた。顔色があまり良くなかった。
「旦那と喧嘩になって…飛び出してきちゃいました」
「飛び出して…」
どきりとした。胸の奥を、ぐるぐると火かき棒で、かき混ぜられているような気分になった。
「ごめんなさい。行く場所がなくて…気がついたらここに…」
ハッと我に返って、ハナは首を振った。かなえさんに座るよう促す。
「いいえ、よく来てくれました。颯汰くんは、眠って…?」
抱っこ紐の中を覗き込むと、颯汰くんはギュッと目を閉じている。
「歩いてるうちに、寝てしまったみたいです」
かなえさんもとても疲れているようだ。なるべく小声でハナは話した。
「櫻子さんに布団を借りてきます。私の布団でよければ、そこに颯汰くんを寝かせてあげて下さい」
ハナは「staff only」の看板が下がっている、ドアを開けて説明する。
「この階段を上がってすぐの部屋が、私が使っている部屋です。そこに布団が敷いてあるので、使って下さい」
「でも…」
「横に寝かせてあげた方がいいです。それに、布団を持って来るのに、時間がかかりそうなので…かなえさんも休んでいてください」
少し間をあけて、かなえさんは頷いた。
「櫻子さんのお家は隣なので、もしかしたら、櫻子さんも付いてきちゃうかもしれません」
ハナが微笑むと、かなえさんもやっと笑顔を見せてくれた。
ハナは安堵して、外へ出た。
櫻子さんは思いの外、夜更かしをしていた。
お陰で、布団を借りるのにさほど時間はかからなかった。
そして、思った通り櫻子さんは「一緒に行くわ」と目を輝かせてついてきた。
「せっかくだから、のりちゃんも呼びましょう」
と言って、スマホを取り出した。
「孫に教えてもらったのよ」
ハナの視線に気がついて、櫻子さんはウインクをした。
布団を何回かわけて運び、やっと落ち着いた時には、すでにのり子さんが到着していた。
「お騒がせして、すみません」
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「いいのよ、勝手についてきたのだから」
櫻子さんは、ウキウキしていた。
「なんだか修学旅行みたいねぇ!」
「あんまり煩くすると、颯汰くんが起きちゃうだろう!」
のり子さんは、颯汰くんの横に座り「シー」っと指を口にあてた。
「ねえ、隣の部屋で話しましょう」
櫻子さんが廊下に出て、こっちと指をさす。隣の部屋は、空き部屋だった。
四人は、颯汰くんを起こさないように、そうっと枕だけを持って、隣の部屋へ移動した。颯汰くんが寝ている部屋のドアは、開けたままにしておいた。颯汰くんが泣いた時、すぐ対応するためだ。
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