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第六話 LUNAtic
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○
「あっ暁ちゃんだ!」
「ほんとだ! しゃーるー!!」
ある昼下がり、ふたつの騒がしい声が、図書館へ向かう道のりの私を引き留めた。
ひとりは親友のユーリ。外跳ね気味の金髪にあひる口、快活な目付きの女性。いつもどおりの薄着で、こちらへ大袈裟に手を振っている。ちなみにシャルというのは彼女につけられたあだ名だ。
もうひとりは北方さん。紺色のくせっ毛と人懐こそうな丸い瞳の可愛い系男子は、暖かくなったのにファー付きの分厚い上着を着込んでいて対照的だ。
それにしても、面識は無いはずの二人が何故カフェのテラス席で仲良く茶をしばいているのか……?
「なんでって、血縁関係だからね~」
北方さんにさらっと明かされた。二人を見比べてみると、確かに目の形や雰囲気が似ている。しばらく声帯からは『ひぇ~~』しか出てこなかった。衝撃の事実。
驚きで軽い放心状態のこっちを置いて、二人は口々に喋り倒してくる。
「あーそうだ! シャルの言ってた後輩ちゃんに会ったでな。お嬢様って感じで可愛かったぞ」
「俺もこないだ喋ったよ、司書見習いの……不思議な感じの子だねぇ、霖羽ちゃんだっけ。御影さんが居ない間に新しく来たんだよね?」
「仕事頑張って偉い子ですなぁ~」
「お茶とか誘ってもらって楽しかったって言ってたよ。暁ちゃんもちゃんと先輩しててなんだか嬉しいね」
「親か! お節介ですよそりゃ。怖いとこまで来てるぞお兄ちゃん」
「あ、御影さんで思い出した。暁ちゃん、ついに両想い認知したってね! 結婚秒読みおめでとー」
「御影さんて誰よ? 上司? イケメン?」
「目が破壊されるくらいイケメンだよ」
「ひゃ~~どんな人なんだろ」
「いやっ、私この場に必要ですか?? というか、兄妹の事実そんな簡単にスルーできませんって」
「ごめんごめん」
隙を見つけて私がやっとツッコミを入れると、北方さんは表情豊かに笑いながら謝罪した。なるほど、兄妹そろってお喋りで明るい性格。よく似てるわ。
「そもそも、何のお話してたんですか」
「……ちょっと暗めでしんどいかな。それでも聞く?」
少し迷って首を縦に振ると、ユーリにすすめられて私はいそいそとテラスの空き席に着席した。
内容は次の通り。
二人の両親は物心つく前に喧嘩して離婚。それぞれユーリは父、北方さんは母に引き取られた。それきり会わずに(ユーリにいたっては兄の存在さえ忘れて)いたのだが、最近になって交流が再開したらしい。父が亡くなり別居の意味が無くなったためだ。それを受け、改めて母泉ユーリの三人で暮らそう、と相談していたところだという。……どっちも再婚しなかったあたりが、なんか胸が苦しい。
身内の死という暗い話題に私が少し顔を曇らせたのが目に入ったらしく、多分大丈夫だよシャル! とユーリが適当に元気付けてくれた。どうやら本人は全然落ち込んでいないようだ。
「は~~せいせいしやすわ。まったく」
「こら。思ってても言っちゃいけません悠璃」
「だってパパ思想汚染してきたし。……優しかったは優しかったけれども。そもそも論、わたしは神様は信じても、あんなに見知らぬ人いじめて狂信はできないっすよ」
「まさか、水神信仰過激派」
恐る恐る口を挟むと、ユーリが反応する。
「そうなの。『銀彊会』とかいうの」
「なんか結構な人数を抱える組織みたいだよ。巫女の人に学者さんとか、官僚さんまで居るって。都合の悪い人を粛清するらしいし、極端だねぇ……」
「でもパパは明らかにやりすぎだったぞ。思想ぶつけるために他人傷つけてさ、天罰ですよ、ありゃ。水神さまは望んでないってことよ!」
「まあ、氷漬けなんて、そうとしか思えないもんねぇ」
「氷漬けっ?」
おうむ返しの声が裏返った。文句を垂れるユーリに、目を閉じてしみじみと語る北方さん。真剣な話題に和やかなムードを演出する根明兄妹と逆に、私だけが青ざめている。
結構ショッキングな内容になるけど大丈夫? と断りは入れつつも、北方さんがその話をしてくれた。
「じゃあ言っちゃうね。父の遺体は町の外れの森で見つかったんだけど、おっきな氷のオブジェ?の中に閉じ込められてたらしくて。直接見てはないけど恐ろしすぎだよ。でも最近の捜査でね、強盗とか犯罪にも手を染めてたのが明らかになっちゃって。だからもう、当然だったのかもねって」
つい顔が険しくなってしまう。
氷に幽閉されるなんて自然じゃありえない。古い文献や伝承に度々出てくる、『水神の怒り』に酷似した怪現象だ。とはいえ、霊力の源になりそうな強烈な信者を、存在するかも不確かな神自らが罰することなどあり得るのだろうか。
私は精神状態を案じて二人に声を掛けた。すると元気そうな声が返ってくる。
「ありがとう暁ちゃん。俺たちは大丈夫。もちろん悲しいし寂しいけど、悠璃が解放されたし良かったかなぁとは思う。まあ、父の顔結局知らないんだけどね」
「親が犯罪者だったなんて、先が思いやられますなぁ。他人事であって欲しかった……」
「はい、暗いムードは終わり! 変な話に巻き込んじゃってごめんね、暁ちゃん」
「興味深い話だったので、問題ないです」
付き合ってくれてサンクス、とユーリにお礼の菓子を貰い、私は席を立ってカフェを後にした。いつ越そうかな~?、遺品整理してからでしょ、と兄妹が後ろで声を弾ませるのがしばらく聞こえていた。
「あっ暁ちゃんだ!」
「ほんとだ! しゃーるー!!」
ある昼下がり、ふたつの騒がしい声が、図書館へ向かう道のりの私を引き留めた。
ひとりは親友のユーリ。外跳ね気味の金髪にあひる口、快活な目付きの女性。いつもどおりの薄着で、こちらへ大袈裟に手を振っている。ちなみにシャルというのは彼女につけられたあだ名だ。
もうひとりは北方さん。紺色のくせっ毛と人懐こそうな丸い瞳の可愛い系男子は、暖かくなったのにファー付きの分厚い上着を着込んでいて対照的だ。
それにしても、面識は無いはずの二人が何故カフェのテラス席で仲良く茶をしばいているのか……?
「なんでって、血縁関係だからね~」
北方さんにさらっと明かされた。二人を見比べてみると、確かに目の形や雰囲気が似ている。しばらく声帯からは『ひぇ~~』しか出てこなかった。衝撃の事実。
驚きで軽い放心状態のこっちを置いて、二人は口々に喋り倒してくる。
「あーそうだ! シャルの言ってた後輩ちゃんに会ったでな。お嬢様って感じで可愛かったぞ」
「俺もこないだ喋ったよ、司書見習いの……不思議な感じの子だねぇ、霖羽ちゃんだっけ。御影さんが居ない間に新しく来たんだよね?」
「仕事頑張って偉い子ですなぁ~」
「お茶とか誘ってもらって楽しかったって言ってたよ。暁ちゃんもちゃんと先輩しててなんだか嬉しいね」
「親か! お節介ですよそりゃ。怖いとこまで来てるぞお兄ちゃん」
「あ、御影さんで思い出した。暁ちゃん、ついに両想い認知したってね! 結婚秒読みおめでとー」
「御影さんて誰よ? 上司? イケメン?」
「目が破壊されるくらいイケメンだよ」
「ひゃ~~どんな人なんだろ」
「いやっ、私この場に必要ですか?? というか、兄妹の事実そんな簡単にスルーできませんって」
「ごめんごめん」
隙を見つけて私がやっとツッコミを入れると、北方さんは表情豊かに笑いながら謝罪した。なるほど、兄妹そろってお喋りで明るい性格。よく似てるわ。
「そもそも、何のお話してたんですか」
「……ちょっと暗めでしんどいかな。それでも聞く?」
少し迷って首を縦に振ると、ユーリにすすめられて私はいそいそとテラスの空き席に着席した。
内容は次の通り。
二人の両親は物心つく前に喧嘩して離婚。それぞれユーリは父、北方さんは母に引き取られた。それきり会わずに(ユーリにいたっては兄の存在さえ忘れて)いたのだが、最近になって交流が再開したらしい。父が亡くなり別居の意味が無くなったためだ。それを受け、改めて母泉ユーリの三人で暮らそう、と相談していたところだという。……どっちも再婚しなかったあたりが、なんか胸が苦しい。
身内の死という暗い話題に私が少し顔を曇らせたのが目に入ったらしく、多分大丈夫だよシャル! とユーリが適当に元気付けてくれた。どうやら本人は全然落ち込んでいないようだ。
「は~~せいせいしやすわ。まったく」
「こら。思ってても言っちゃいけません悠璃」
「だってパパ思想汚染してきたし。……優しかったは優しかったけれども。そもそも論、わたしは神様は信じても、あんなに見知らぬ人いじめて狂信はできないっすよ」
「まさか、水神信仰過激派」
恐る恐る口を挟むと、ユーリが反応する。
「そうなの。『銀彊会』とかいうの」
「なんか結構な人数を抱える組織みたいだよ。巫女の人に学者さんとか、官僚さんまで居るって。都合の悪い人を粛清するらしいし、極端だねぇ……」
「でもパパは明らかにやりすぎだったぞ。思想ぶつけるために他人傷つけてさ、天罰ですよ、ありゃ。水神さまは望んでないってことよ!」
「まあ、氷漬けなんて、そうとしか思えないもんねぇ」
「氷漬けっ?」
おうむ返しの声が裏返った。文句を垂れるユーリに、目を閉じてしみじみと語る北方さん。真剣な話題に和やかなムードを演出する根明兄妹と逆に、私だけが青ざめている。
結構ショッキングな内容になるけど大丈夫? と断りは入れつつも、北方さんがその話をしてくれた。
「じゃあ言っちゃうね。父の遺体は町の外れの森で見つかったんだけど、おっきな氷のオブジェ?の中に閉じ込められてたらしくて。直接見てはないけど恐ろしすぎだよ。でも最近の捜査でね、強盗とか犯罪にも手を染めてたのが明らかになっちゃって。だからもう、当然だったのかもねって」
つい顔が険しくなってしまう。
氷に幽閉されるなんて自然じゃありえない。古い文献や伝承に度々出てくる、『水神の怒り』に酷似した怪現象だ。とはいえ、霊力の源になりそうな強烈な信者を、存在するかも不確かな神自らが罰することなどあり得るのだろうか。
私は精神状態を案じて二人に声を掛けた。すると元気そうな声が返ってくる。
「ありがとう暁ちゃん。俺たちは大丈夫。もちろん悲しいし寂しいけど、悠璃が解放されたし良かったかなぁとは思う。まあ、父の顔結局知らないんだけどね」
「親が犯罪者だったなんて、先が思いやられますなぁ。他人事であって欲しかった……」
「はい、暗いムードは終わり! 変な話に巻き込んじゃってごめんね、暁ちゃん」
「興味深い話だったので、問題ないです」
付き合ってくれてサンクス、とユーリにお礼の菓子を貰い、私は席を立ってカフェを後にした。いつ越そうかな~?、遺品整理してからでしょ、と兄妹が後ろで声を弾ませるのがしばらく聞こえていた。
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