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駅前のカラオケルームにて(二十六)・河近家特製ロイヤルミルクティー
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そこに、青司君がちょうどお茶とお茶菓子を運んできてくれて、…ええ、今から考えれば、多分あの時、青司君は頃合いを見計らっていたんだなって思います。その青司君が、おもむろにお茶のお給仕をしてくれながら、「アネさん、立花サンとアネさんじゃ最初から比較にならんよ?…大体アネさんは色々と溜め込まなさ過ぎ…」って茶々入れて、紅麗さんが青司君を横目でじろりと睨んだ後、ちょうど青司君の手から茶器が離れたタイミングで、紅麗さんの気合いの入った蹴りが青司君の脇腹を急襲して、しばらくの間、青司君は床のラグの上で、大きな芋虫みたいに転がってのたうち回りながらも、「……ううぅ…。……だからさぁ…。俺が言うのはアネさんのそういうところだよ…」って、紅麗さんに文句を言ってました。
そんな弟御の姿を、その姉上で「加害者」の紅麗さんはあっさり無視すると、その、当の「被害者」の青司君が丁寧な手付きで淹れていたお茶のカップを、青司君の持ってきた長手盆の上からひとつ取り上げて、
「まあまあ立花サン、折角だし、お茶ひとつどうぞ?…グテイが用意したもんだから、はっきり言って味の保証はしないけどさ」
って、相変わらずの華やかな笑顔のまま、ごくしれっとした口調で言って、ラグの上で脇腹を押さえながら転がる青司君が、「…あ、…俺の特製ロイヤルミルクティー、…砂糖はもう入ってるから…。……一応角砂糖は用意したけど、…一口目はできればそのまま…」って、何やら臨終の遺言のように呻くのを、いっそ軽やかなまでに黙殺して私に勧めました。
私は内心、…『女王様と下僕』の図だ…と呟きつつ、有難く、その香しい湯気の立つ、やや茶色味の勝ったベージュ色の液体の満たされた、白地に薄紅色の薔薇の蕾が描かれたカップを手に取って、……頂きます。…青司さん…?お心遣い、有難く頂戴いたします、…って、私の目の前で、一見ごくにこやかに微笑む美少女と、その足元で、いまだ芋虫のまま転がるその弟という、何だか…少し様相を変えれば谷崎の小説にでも出て来そうな、一風変わった姉弟コンビの両方に声を掛けてから、二人の「どうぞー」っていう、妙に息の合った返事と共に、カップの中の香り高い液体を、恐る恐る口に含みました。
そのミルクティーは、茶葉の馥郁とした香り、それに乳成分のまろやかさと一緒に、決してきつくはありませんでしたけれど、しっかりしたスパイスの味と香りがしました。当時私は、スパイスティーというものの存在を知ったばかりで、たまに自宅の台所で「それらしきもの」を自作していましたが、その青司君の「特製ロイヤルミルクティー」は、「スパイスティー初心者」の私から見ても、我が家の台所で作る物とは、同じ方向性の飲料なのにも関わらず、明らかに段違いの味だ…と納得せざるを得ない出来栄えのものでした。
黙々とミルクティーを味わう私の方を、何やら面白いものを見るような表情で眺めている紅麗さんと、その足元で、相変わらずの「芋虫」状態から、そろそろ痛みが和らいだか…というくらいには、…そうですね、「茹で海老」から「ストローの蛇腹部分」くらいまでには回復した…という感じの青司君に、…これ、すごく美味しいね。淹れ方とか、スパイスの調合割合とかの秘訣ってあるの…?…って訊くと、紅麗さんは何やら、にんまりという感じの、言ってみれば少々以上に人の悪い笑顔を浮かべて、「ほら、グテイ、ご下問だよ?丁重にお答えしろよ?」って、青司君の脇腹、…他でもない、先程自分が蹴りを入れた部分に、更にご丁寧なことに、その蹴りを入れた当の左足の爪先を「うりうり」とめり込ませるので、さすがに見兼ねた私が、…あの、河近さん、その…弟さんを足蹴にするの、そういうの眼の前でされてると、まず私が落ち着いてお話しできないから…って、恐る恐る止めに入ったところ、河近さんは一瞬、豆鉄砲を喰らった鳩…と言うか、猫騙しを喰らった猫とでもいうような感じで、切れ長の目を大きく瞠って「…そっか…」と呟くと、おもむろに青司君の脇腹から自分の足先を退かせてから、
「……そっかそっか、…立花サン、ごめんねぇ…。いや、…うち、これが通常営業だからさぁ…。大体、うちに私らがお客さん呼ぶの、随分久し振りなモンで、その、加減…みたいの?…全然分からなくってさぁ…」
って、何やら決まり悪そうな、飼い主に叱られた猫…とでもいう様子で、一人掛けソファの上で身体を縮めてました。
その間に青司君は、やれやれ…と言った様子で、脇腹をさすりながらラグの上に起き上がって、
「ほら見ろアネさん。結局、一番『お客様へのおもてなし』から遠いの、アネさんのそういうとこなんだぜ?…いやぁ立花サン、ホントごめんね…?ウチのアネさん、物心付いた辺りからこういうヒトでさぁ…」
って、ぼやき混じりに私に頭を下げてみせ、それに対して紅麗さんがいかにも憎たらしいという様子で「……うっさい、なにさグテイが偉そうに…!」って言い返してましたけれど、どうやら「客人の前」という自制が働いているらしく、実際に手なり足なりを振るうのを、自分なりに堪えている様子でした。
そんな弟御の姿を、その姉上で「加害者」の紅麗さんはあっさり無視すると、その、当の「被害者」の青司君が丁寧な手付きで淹れていたお茶のカップを、青司君の持ってきた長手盆の上からひとつ取り上げて、
「まあまあ立花サン、折角だし、お茶ひとつどうぞ?…グテイが用意したもんだから、はっきり言って味の保証はしないけどさ」
って、相変わらずの華やかな笑顔のまま、ごくしれっとした口調で言って、ラグの上で脇腹を押さえながら転がる青司君が、「…あ、…俺の特製ロイヤルミルクティー、…砂糖はもう入ってるから…。……一応角砂糖は用意したけど、…一口目はできればそのまま…」って、何やら臨終の遺言のように呻くのを、いっそ軽やかなまでに黙殺して私に勧めました。
私は内心、…『女王様と下僕』の図だ…と呟きつつ、有難く、その香しい湯気の立つ、やや茶色味の勝ったベージュ色の液体の満たされた、白地に薄紅色の薔薇の蕾が描かれたカップを手に取って、……頂きます。…青司さん…?お心遣い、有難く頂戴いたします、…って、私の目の前で、一見ごくにこやかに微笑む美少女と、その足元で、いまだ芋虫のまま転がるその弟という、何だか…少し様相を変えれば谷崎の小説にでも出て来そうな、一風変わった姉弟コンビの両方に声を掛けてから、二人の「どうぞー」っていう、妙に息の合った返事と共に、カップの中の香り高い液体を、恐る恐る口に含みました。
そのミルクティーは、茶葉の馥郁とした香り、それに乳成分のまろやかさと一緒に、決してきつくはありませんでしたけれど、しっかりしたスパイスの味と香りがしました。当時私は、スパイスティーというものの存在を知ったばかりで、たまに自宅の台所で「それらしきもの」を自作していましたが、その青司君の「特製ロイヤルミルクティー」は、「スパイスティー初心者」の私から見ても、我が家の台所で作る物とは、同じ方向性の飲料なのにも関わらず、明らかに段違いの味だ…と納得せざるを得ない出来栄えのものでした。
黙々とミルクティーを味わう私の方を、何やら面白いものを見るような表情で眺めている紅麗さんと、その足元で、相変わらずの「芋虫」状態から、そろそろ痛みが和らいだか…というくらいには、…そうですね、「茹で海老」から「ストローの蛇腹部分」くらいまでには回復した…という感じの青司君に、…これ、すごく美味しいね。淹れ方とか、スパイスの調合割合とかの秘訣ってあるの…?…って訊くと、紅麗さんは何やら、にんまりという感じの、言ってみれば少々以上に人の悪い笑顔を浮かべて、「ほら、グテイ、ご下問だよ?丁重にお答えしろよ?」って、青司君の脇腹、…他でもない、先程自分が蹴りを入れた部分に、更にご丁寧なことに、その蹴りを入れた当の左足の爪先を「うりうり」とめり込ませるので、さすがに見兼ねた私が、…あの、河近さん、その…弟さんを足蹴にするの、そういうの眼の前でされてると、まず私が落ち着いてお話しできないから…って、恐る恐る止めに入ったところ、河近さんは一瞬、豆鉄砲を喰らった鳩…と言うか、猫騙しを喰らった猫とでもいうような感じで、切れ長の目を大きく瞠って「…そっか…」と呟くと、おもむろに青司君の脇腹から自分の足先を退かせてから、
「……そっかそっか、…立花サン、ごめんねぇ…。いや、…うち、これが通常営業だからさぁ…。大体、うちに私らがお客さん呼ぶの、随分久し振りなモンで、その、加減…みたいの?…全然分からなくってさぁ…」
って、何やら決まり悪そうな、飼い主に叱られた猫…とでもいう様子で、一人掛けソファの上で身体を縮めてました。
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って、ぼやき混じりに私に頭を下げてみせ、それに対して紅麗さんがいかにも憎たらしいという様子で「……うっさい、なにさグテイが偉そうに…!」って言い返してましたけれど、どうやら「客人の前」という自制が働いているらしく、実際に手なり足なりを振るうのを、自分なりに堪えている様子でした。
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