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6話 分析魔法とかわいいオカン

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 試験管に直接分析魔法を当てるオカン。すごいな。あれで検査ができてるんだ。

 医療系分析魔法は、エヴァンジェリーナ嬢が作った。この世界では有名だ。
 回復魔法一本で解決するこの世界では、病気の分析はしていなかった。効かなければ仕方ない。そんな単純な世界だった。
 そこに一石を投じたのがエヴァンジェリーナ嬢だ。エヴァンジェリーナ嬢は分析魔法を作り、病気の種類を体系的にまとめた。そして、それに対応する回復魔法も新たに作成し、世に広めた。さすが、王太子の婚約者だと絶賛されていた。

 俺は、その時に何を考えていただろう。記憶にない。そう言えば、少し前までの俺は何をどう考えていたのか、それすら思い出せない。

 魔法を解いた気配を感じオカンを見る。オカンは俺をまっすぐ見る。医者の目だ。
「前世で言う麻薬に似た成分が入ってるわね」
「マジで?」

 俺の尿から麻薬成分が。じゃあ、ツルペタじゃなくて、ラウラ男爵令嬢からもらってた食べ物に入ってたって事か。

(でも目的はなんだろう)

「依存性があるわね。判断能力も落ちるわ。微妙に魔法の痕跡があるわ。ツルペタちゃんの魔力よ」

 もう、名前がツルペタになってる。
 オカンは昔からあだ名をつけたがる。本人曰く、名前を覚えるのが苦手らしい。だから体の特徴であだ名をつけて、そこに名前を繋げるらしい。
『雅也さん以外、興味ないの』っと、あっけらかんと言ってたっけ。どんだけオヤジが好きなんだよ。

「それってラウラ男爵令嬢に依存する薬って事?」
「そうね。そうなるように配合されてるわ。毎日摂取する事で、徐々に浸透していく。粘着質な女ね。ツルペタは」
「尿に反応があったって事は、俺の体内には薬の成分が残ってるって事だよね。でも俺、今はなんともないけど、これって前世の記憶が戻ったから?」

 オカンの手にあった試験官が消える。
 収納魔法かな?オカンってば、色んな魔法持ってるなぁ。

「おそらくだけど、昨日あんたは落馬したでしょ?その時に、頭を打ったのね。あんたの体は自動で回復魔法が発動する様になってるから、その効果で一時的に麻薬の効果を打ち消してるのよ」
「一時的?それだと困るけど」
「大丈夫よ。解毒薬を作ってあげる。そうね……。明日には届けるわ」
「え?早くない?治験とかさ」
「あんたが治験体よ。と言うか大丈夫よ。この世界の魔法の力は本当にすごいもの」
 オカンが興奮してきた。ヤバい。これは長くなりそうだ。俺は内心冷や汗をかく。
 
「そもそも、魔法やポーションで無くなった部位も元通りになるって、どんな理屈よ!ラノベとかだと、いかにも前世の方がすごいんです~的に、前世の知識でチート発揮してたけど、こっちの方が全然すごいっての!掃除も料理も魔法で簡単!お風呂も魔法であっという間に入れるし、一番心配だったトイレだって魔法できれい‼︎ レントゲンもCTも血液検査も魔法で簡単!医者やってた前世の知識も、一人で無駄なく発揮できる!魔法すごい!ビバ魔法‼︎」

(うん、分かったから落ち着こう。オカン)


「「――――‼︎」」

 門に気配が感じられた。オカンも俺も黙る。

「公爵が戻られたようだね」
 現実に戻る。姿勢を正し、王子モードにチェンジ!

「アダルベルト王子。わたくしからラウラ男爵令嬢の事を、お父様に説明させて頂きます。調査をして頂かなくては」
 オカンも公爵令嬢モードだ。いつの間にか防音魔法も消えてる。

「こうして誤解も解けた事ですし、わたくしの事はエヴァと呼んで頂けたら嬉しいですわ」
 にっこり笑うオカン。いや、エヴァンジェリーナ公爵令嬢。

「では、私の事はアダルと。両親もそう呼びますので」
 手を胸に当て、にっこり笑う。18年間の王太子教育の賜物だ。猫被りはお互いに完璧だ。

 扉をノックする音。咳払い一つ。
 扉を開くのは、サヴィーニ公爵家頭首。クレメンテ・サヴィーニ公爵。俺の父の弟にあたる。薄い金色の髪と、紫色の目を持つ。身長は俺より高い。鷲のような鋭い眼光で、俺を睨みつける。

「サヴィーニ公爵、久しぶりですね」
 微笑みながら、立ち上がり、握手を求める。ここが公爵家だろうと、原則、位が高い方から話しかけるのが基本だ。俺は王位継承権第1位。叔父であるサヴィーニ公爵は紫色の目なので王位継承権はない。

「アダルベルト・フォルトゥーナ・ミケーレ王太子様におかれましては、お元気そうで何よりにございます。最近は政務も放って、桃色のネズミを追いかけていると聞いております。残念ながら、拙宅にはネズミ1匹おりません。常日頃から、清掃を心がけておりますのでね。いやはや、王宮の清掃係は何をしてるのか。よろしければ、我が公爵家の清掃係をお貸ししましょうか?」

「…………」
 握手は返されず、嫌味を返される。まるで準備していたかの様な滑らかな嫌味だ。
「王宮の清掃係は優秀ですよ。ネズミは追い出されました。今日は心を癒すために、美しい花を愛でに来たのです」
 睨む公爵を無視して、ニッコリ笑う。握手を求めた手は、何事もなかった様に胸に当てた。

(王太子教育舐めんな!そんな嫌味如きで凹む俺ではない)

「美しい花を愛でるのであれば、執事やメイドはいても良いでしょう。愛でるだけならば!!彼らを追い出したのは、手折るつもりでもあったからではないでしょうか。ネズミを追いかけている間に、倫理観も失くしてしまった様ですね」

「まさか、手折るつもりなど…
「お父様!お話しがございますの」

 俺の話を遮った。オカンが。いや、エヴァンジェリーナ公爵令嬢が!
 淑女が男同士の会話を遮る事はNGだ。ましてやクレメンテ公爵は規律を重んじる事で有名な男。オカンを庇わなければと、ついエヴァンジェリーナ嬢を見る。

「エヴァ、今はお父様がこのバカと喋ってるんだよ。邪魔しちゃダメだろう?」
 甘ったるい声が聞こえた。その声の持ち主はクレメンテ公爵⁉︎
 あれ?今、俺の事をバカって言った?

「アダル様がこちらにいらしてる時点でお父様はお気付きのはずだわ。わたくしのお父様は、かしこいもの。わたくしのために、アダル様に嫌味を仰って下さるのは分かりますけど、もうそれ位になさって?わたくし、お父様の険しいお顔は見たくないわ」

 うーわー、オカンがかわいい顔してる~。オカンなのに甘えてる~。
 なんなの、そのかわいい上目遣い。
 どうやってるの、そのはにかんだ笑顔。
 どこからだしてるの、その甘えた声。
 美女のくせにかわいいって反則じゃない⁉︎
 オカンくせに!中身は、日本酒大好き、ツマミはサラミ丸齧りのオヤジオカンのくせに‼︎

「エヴァがそう言うなら仕方ないな。それで、結局、洗脳されていたって事ですかな?」
 エヴァ嬢には甘い顔。俺には塩対応。その変わり身の早さに驚きですよ。クレメンテ公爵。

「あ!はい。お恥ずかしい話、薬で洗脳されていた様です」
「では、ラウラ男爵令嬢の取巻き4人も」
「おそらく。冷静になって考えると私を含め、判断力が狂っているとしか思えません」

 クレメンテ公爵がエヴァ嬢の横に座る。俺も着座する。メイドがさっと入ってきて、紅茶と茶菓子を置き、お辞儀をして、扉を閉める。と、同時にクレメンテ公爵が防音魔法をかける。オカンと同じで見事な腕前だ。

「正直、こうして目の前にいらっしゃるのを見ると、怒りが込み上がってきますが、薬のせいでもありますし、エヴァも許している様なので、私の胸に納めましょう」
 クレメンテ公爵は右手を胸に当て、軽く頭を下げ、謝罪の意を示す。が、その目は俺を睨みつけたままだ。俺はにっこり笑って、返す。
 相手にしたら負けだ。

「アダル様のお体にはまだ薬の成分が残っていますわ。お父様、わたくし、アダル様にお薬をお作りしたいの。許して頂けないでしょうか?」
「エヴァがそこまで言うなら仕方ないなぁ」
 エヴァ嬢の上目遣い&ウルウルした瞳がクレメンテ公爵に炸裂する。それを受けた公爵に勝ち目はないらしい。あの厳格で恐れられているクレメンテ公爵の意外な姿だ。
 
 記憶が戻る前はどうだったんだろう。覚えていない。前世の記憶と違い、今世の記憶はセピア色だ。

「とりあえず、私の方でラウラ男爵令嬢をもう一度調べましょう。アダルベルト様の方でも調べて頂けますかな?」
「そうですね。正直、なぜ彼女がそこまでするのかが分かりません。父に話して王家の方でも調査します」

「ゲームだから」

(とか口パクで言わないの!オカン‼︎)
 思ったよりやりたい放題やってるオカンの姿に呆れつつも、安心する。

 オカンはゲームですまそうとしてるけど、ここは現実だ。俺達を薬漬けにしてまで攻略するのは意味があるはずだ。

 まずは王宮に戻り、父への謁見許可を取ろう。俺はこの国の王太子として、陰謀を防がなくていけないのだから。
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