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第7章:再会編

開演

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「なんだよあれ……」

 その日、警備に出ていた男は、街を覆う壁の上に設置された見張り台の上から空を見上げて呆然と呟いた。彼の視線の先には小さな黒い人の様な点が存在していた。次の瞬間、巨大な光がその点から大地に降り注ぎ、そしてその光を見た彼は瞳が焼ける痛みを感じる前に、一瞬でこの世からその街ごと消え去った。

~~~~~~~~~~

「ウェラスが消えた?」

 その報告を聞いたキール神聖王国の王イースが眉を顰める。数日前から定時連絡が途絶えたため調査をしていたのだ。なにかしらの問題があるとは考えていたが、まさか街そのものが消えるとは予想だにしなかった。

「原因は?」

「状況からおそらく何らかの炎系の法術、あるいは光系の法術によるものではないかと推察します」

 話によると建物が溶け、人間が焼け焦げた、あるいは溶かされた様な跡があったのだそうだ。

「それで、生存者は?」

「街の中には誰も。偶然外に出ていた者たちが200人ほどいましたので保護しております」

「わかった。下がっていいぞ」

 その言葉に一礼すると、報告に来た兵士は足早に去って行った。

「ということらしい」

 イースは一緒に話を聞いていた王国の使徒たちと宰相に目を向ける。彼が今いる円卓には新たに2人の若者が加わり、彼を含めて合計8人の男女がついていた。

「なんというか、突拍子もない話っすね」

 濃緑色の、肩まであるカールヘアに法術師団の制服である法衣を豪快に改造して、もはや法術師団長に見えない使徒、ウィリアム・ハントがいつもの軽薄そうな表情を抑えて真剣な顔を浮かべて呟く。

「お前には可能か?」

 日に焼けた色黒の獣のような風貌の男で、真紅の短く刈り揃えられた髪と獰猛な目を持つ王国騎士団長のアレキウス・ビルストがウィリアムを睨みつけながら尋ねる。

「そんな睨まないでくださいよ。あ、もしかしてアレクさん疑ってます?」

「茶化すな。お前なら可能か?」

 ウィリアムの言葉に苛立ちを覚えてさらに目つきが鋭くなったアレキウスを見て、ウィリアムが降参とばかりに両手を上げて溜息をついた。

「まあ可能っちゃ可能です。でもウェラスってこの国で3番目にでかい街でしょ?報告によるとそれを一撃で消しちゃったんですよね。少なくても俺には無理です。俺なら……更地にするのに10発ぐらい必要かな」

「つまりお前より格上な存在が行ったということか」

「あ、その言い方酷い!」

「うるさい黙れ。それで、陛下はどの様にお考えですか?」

「十中八九、魔人の仕業だろうな」

「でも普通の魔人にそれほどの力ってあるのかしらぁ? 全く聞いたことがないんだけどぉ」

 20歳ほどの見た目のグラマラスな女性、この国の巫女であり、神官長であるナディア・シュラインがのんびりと艶のある声で喋る。金色の、腰までウェーブヘアの彼女は真っ白な神官服を、胸を強調するように着崩している。不思議なことに彼女の外見はここ10年一向に変化していないどころかむしろ若返っている。

「考えられるとしたら、法魔ではないでしょうか?」

 彼女の疑問に数年前に使徒に加わったアスラン・レイ・キールが答える。銀色の短く刈り揃えられた髪と、切れ長の目の奥に光る、濃緑色の瞳が印象的な貴公子然としたハンサムな青年だ。この国の第一王位継承者であり、かつて騎士学校に通っていた時はアスラン・レーギスと名乗っていた。

「お前もそう思うか」

「はい。四魔は同時期に連鎖する様に現れると以前文献で読んだ記憶があります。通常の魔人では考えられない様な力を持つ魔人、その中でもなにかしらの法術を用いて一撃で都市を壊滅させることができる存在であると考えると、可能性はかなり高いかと」

 イースの質問にアスランは答える。実際にこの事件を聞かされた時からイースは法魔による可能性が高いと踏んでいた。

「さて、どうするか。何か案のある奴はいるか?」

 イースは円卓に座している者をぐるりと見回すとサリカ・ネロが寝ていることに気がついた。

「はぁ、起きろ、馬鹿者が」

 溜息を一つ吐いて、イースは気怠そうに人差し指をサリカに向けると、突如サリカの頭の上に水の塊が現れ、彼女に襲い掛かった。不思議なことに被害があったのは彼女のみで、周囲には飛沫一つない。

「ふがっ!」

 大量の水をかけられてサリカが目覚める。目を擦りながら周囲を確認して、自分がなにに参加していたかを思い出し、慌てて居住まいを正した。その拍子に彼女の見事な水色のポニーテールが揺れた。その場にいる者たちの内何人かは呆れた表情を浮かべ、残りは笑いを堪えて肩を震わせている。ウィリアムに至っては隠す気も抑える気もなく口を開けて大笑いしている。

「まあいい。それで何か案のある奴はいるか?」

 再度イースが問いかける。誰もが解決策を真剣に考えるがなにも浮かばない。法魔という埒外の力を前に何をすればいいかは分かっているが、如何せんどこにいるかがわからないのでは、対策を取りようもない。

「調査を続けて目的が何かを知るのと、各地で警戒を強める以外に方法がないのでは?」

 結局、宰相であるシオンの父グルード・フィル・ルグレの言うとおり、現状できることは殆どない。

「ちっ、それしかないか」

 イースは思わず舌打ちをする。強大な敵であるため少しでも後手に回れば国が滅ぶ。しかし現状彼らは相手の顔すら知らないのだ。

「仕方ない。お前たち、各騎士団の指揮を任せたぞ。俺は書庫に行って記録を探る」

 この宮殿には王族しか入ることの許されない書庫がある。そこには多くの禁書が保管されており、許可なく入れば命すら落とす危険性がある。そこにならば四魔に対抗する術が記された本があるかもしれない。

「父上、私も手伝います」

「そうか、なら頼む。これでひとまず会議は以上だ。早急に今後の警備体制等の方針を決めて行動を開始しろ」

 そのイースの言葉に従って、ウィリアム、サリカはそれぞれの兵団に戻り、アレキウスは2年前に使徒になったばかりの宰相の娘であり、会議中一切口を開かなかったシオン・フィル・ルグレを引き連れて自身の騎士団へと向かった。

~~~~~~~~~~~~

「一体なにがあったんだろう?」

 街道が通行を規制していたのでミコトが不思議に思う。この先には立ち寄る予定だったウェラスの街がある。しかし、どうやらそちらで何かあったらしく、現在近寄ることが出来ないとのことだった。

「さあ。尋ねて参りましょうか?」

 ハンゾーがそう聞きながら規制をしている兵士を指差すと、ミコトが頷いたので彼は小走りで兵士に駆け寄っていった。

 しばらくして、戻ってきたハンゾーの話によるとウェラスがなんらかの原因によって壊滅したのだと言う。最近、魔物が増加しているため、それが原因なのではないかということで調査が行われているらしい。ただ詳しいことはまだ分かっていないとのことだった。

「どうするんだ?」

 ゴウテンがジンに顔を向けてきたので、ジンはしばし考える。

「あの街で補給とか諸々したかったんだけど仕方ないか。街道以外は通れるのか?」

「はい、その様に申しておりました」

「分かった。遠回りになるがリウーネ経由で行こう」

 ジンがそう決断すると、ミコトとゴウテン、ハンゾーは彼に付き従い、オリジンまで繋がっている街道を外れ、リウーネの街に向かった。

~~~~~~~~~~~~

 キール神聖王国の首都であるオリジンから北に100キロ程行った所にリウーネという街があった。街の規模はそれほど大きくないものの、キール神聖王国と、その北に隣接するアルケニア帝国を結ぶ中継点の役割を果たしており、時折進軍してくるアルケニア帝国に対応するための城塞都市であった。今まさにその街ではフィリアが結界を覆い、世界を救ったことを祝う『救界祭』という祭りの真っ只中だった。

「あ、次はあれね!」

 20歳ほどの女性が指差す先にある屋台から、胃袋を刺激する美味しそうな匂いが流れてくる。ズンズンと近寄っていく女性に手を掴まれ、引っ張られて少年が転びそうになる。どことなく幼さの残るその少年の面影はパッと見ただけでは10代前半にしか思えない。しかし、その目の奥には普通の生活をしてきたその年齢の子供が持ち得ないほど深い闇が潜んでいる。

「ほらほら、早く早く! そんなにノロノロしていたら売り切れちゃうよ! ほらエルマー!」

「ま、待ってください、ナギ様!」

 笑顔を浮かべるナギに釣られる様にエルマーが笑みを溢した。そんな彼らの横を食料の入った紙袋を抱え、フードを被った老人が通り過ぎようとして、信じられないものを見たかの様な表情を浮かべて立ち止まり手から紙袋を落とした。

「あらら、大丈夫ですか?」

 ナギが道に落ちた食料を拾い上げるためにしゃがむと、老人が相変わらず茫然とした表情を浮かべたまま呟いた。

「ア、アカリ様?」

「へ?」

「誰だお前は?」

 突然話しかけてきた老人にナギは困惑する。エルマーは怪しい相手とナギの前に自分の体を入れて、彼女を庇う様な姿勢をとり、老人を睨みつける。

「い、いや、そんなはずはない。しかしあまりにも……」

 老人がぶつぶつと何かを言い続けていたが、ナギにもエルマーにもサッパリわからなかった。

~~~~~~~~~~~~

「くははは! いよいよだ、いよいよ始まる! さあ、君は僕にどんなことを見せてくれるのかな! ひはははは!」

 白い部屋の中で男が狂喜乱舞する。魔性の美貌を持つその男は、氷鏡の中に映された人物を見て狂った様に笑った。そんな彼の後ろに神秘的な美を備えた女性が現れ、歩き寄ってきた。

「なんだい。見に来たのかい?」

「ええ。あなたが用意した舞台だし。せっかくだからね」

 にっこりと微笑む彼女は、誰しもが魅了されるほどの美しさだ。そんな彼女に対して、男は一切の関心を持たない。彼の心は視線の先にいる人物に注がれている。

「そう。じゃあ、楽しんでいってよ。最高に悲しくて、最高に哀れで、最高に嗤えて、最高に惨めで、最高に愚かで、最高に虚しい、そんな僕のためだけの物語を!」

 演技の様にわざとらしくお辞儀をする彼に、女は改めて微笑んだ。
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