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第6章:ギルド編
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「魔人の出現と救援要請が来たそうだ」
王国騎士団の制服に身を包んだ壮年の男性が、目の前で剣を振っている少女に話しかける。肩までありそうな銀色の髪を一つに束ねてポニーテールにしている少女は、切れ長の目と、160センチ半ばを超える身長、また特定の身体的特徴から一見すると少年にしか見えない。彼女は現在学校に通いながらも騎士団に見習いとして勤めている。
「どこにですか?」
少女が剣を振る手を止めて男に目を向ける。王国騎士団の副団長であるスコットは、彼女に先ほど届いた情報を掻い摘んで説明する。少女は真剣な表情でそれを聞いていた。彼女の記憶にある魔人と照合するためだ。結果、その魔人とは違う者である事がわかった。
「なぜそれを私に?」
少女は純粋な疑問を男にぶつける。襲われた街の人々が心配ではあるものの、自分とも彼とも関係ない存在にいちいち関わってはいられないという気持ちが、彼女の心のどこかにあった。あの魔人が彼を狙っていることを知った以上、彼女は一分一秒でも早く、強くなって彼の助けになりたかった。だからこそ無理を言って学生のうちから騎士団に見習いとしてではあるが入隊したのである。
この国の3つある軍団の中で最も武勇に優れる男が長を務める王国騎士団に入り、使徒としての力の使い方を彼から学んでいるのだ。同時に、時間がある時にちょくちょく法術師団に赴いては、王国にいるもう1人の使徒から法術の扱い方を習っていた。毎度毎度軽いセクハラをして来るので、少々うんざりはしているがそれを我慢してでも彼女は強さを求めていた。
彼女はこの努力がもしかしたら何の意味もないかもしれないことを重々理解している。自分の知らないところで彼はすでに死んでしまっているかもしれない。そんな悪い予感が心を苛む。しかし今彼女に出来ることは、彼の生存を信じ、再び会える日を願って、それまで努力をし続けることだけだった。
「面倒かもしれないが、お前にも出動要請が出ている」
「出動要請? 僕はまだ見習い騎士なんですけど」
わざわざ見習い騎士をこれほど危険な事案に出動させるなど前代未聞のことである。
「確かにな。だがお前は見習いの前に使徒だ。陛下も団長も今後現れる魔人たちを危惧しておられる。おそらく普通の魔人がどんなものかを経験させるためだろうな」
確かに彼女はまだ使徒に成ったばかりだ。魔物との訓練は積んでいるものの、魔人とはたった一度しか遭遇した事がない。その上相手は魔人たちの中でも最上位の存在だった。あれを基準に考えるのは早計である。
「わかりました。でもロヴォーラってここから馬でどんなに急いでも数ヶ月はかかりますよね。その頃にはもう色々と終わっているんでは?」
頭の中で現在彼女がいるオリジンと件の街との距離を考える。どう考えてもとてもではないが間に合いそうもない。
「しかもその魔人はいつ頃街を襲撃したんですか?」
「今から半日ほど前だそうだ」
「それじゃあやっぱり無理なのでは?」
「ああ、普通ならな。だから『あれ』を使う」
「『あれ』?」
「流石に親父さんにも聞いてないか。長距離転移、まあ簡単に言えば一瞬で遠方に移動する事ができる封術具だ」
「そんなのがあるんですか!?」
少女はそんな法術を聞いた事がない。いったいどのような術が込められているのかかなり気になった。
「まあ正確には、昔魔界に遠征した際に手に入れたものらしくてな。どのような構造になっているかわからないらしいが」
何代も前の王の時代に行われた遠征で、人界側の勢力はかなりのところまで攻め入った。その際、多くの命が失われた代わりに、当時魔界において多くの封術具を発明したとされるエルフの女王にして使徒であるサエルミアの討伐に成功したという。そうして手に入れた戦利品のうちの一つが転移門と呼ばれる封術具である。残念ながら一度に大量の兵を送れるものではないので、魔界への遠征には不便ではあるが、小規模な部隊を送ることには適しているので、魔人の出現に際し、数百人の兵を現地に送る場合には非常に優れている。
「いつ出発するんですか?」
「今から最短で3日後だ」
「3日後って、それじゃあ遅すぎませんか?」
今現在ロヴォーラは魔人に襲われているのだ。被害を少なくするためにも急ぐべきだと少女は考えたが、スコットは首を振った。
「まだ兵が集まっていない上に、演習に出ていた団長が戻って来るまでに、どんなに急いでも2日かかる。疲労も激しいだろうから休息が必要なはずだしな」
「でも、それなら僕が1人で」
「残念ながらそれは出来ない。さっきも言ったようにお前は見習いである前に使徒だ。龍魔王が現れた時点で、お前の命は数千、数万人の人命よりも重い。あくまでも今回の出動はお前に経験を積ませるためであって、死なせるためのものではない」
少女は歯噛みする。スコットの言い分は最もだ。自分1人では魔人を恐らく倒すことはできない。しかし3日はあまりにも長い。助けるべき人々が果たして彼女たちが到着した時にまだ生き残っているのだろうか。だが今の彼女はまだまだ弱い、弱すぎる。
『結局、僕には何も出来ないのか……』
少女は、シオンは今尚何も出来ない自分にひどい憤りと悔しさを感じていた。スコットは彼女の心情を理解し、心の中で賛同しながらも、その場から離れていった。シオンはしばらくしてまた剣を握り、素振りをし始めた。
それから2日後、王国騎士団長であるアレキウス・ビルストが率いる部隊が帰還し、さらに彼らの休息に1日を費やしてから、スコットが言ったように3日後、シオンたちは転移門を通ってロヴォーラの街付近の砦に到着した。
王国騎士団の制服に身を包んだ壮年の男性が、目の前で剣を振っている少女に話しかける。肩までありそうな銀色の髪を一つに束ねてポニーテールにしている少女は、切れ長の目と、160センチ半ばを超える身長、また特定の身体的特徴から一見すると少年にしか見えない。彼女は現在学校に通いながらも騎士団に見習いとして勤めている。
「どこにですか?」
少女が剣を振る手を止めて男に目を向ける。王国騎士団の副団長であるスコットは、彼女に先ほど届いた情報を掻い摘んで説明する。少女は真剣な表情でそれを聞いていた。彼女の記憶にある魔人と照合するためだ。結果、その魔人とは違う者である事がわかった。
「なぜそれを私に?」
少女は純粋な疑問を男にぶつける。襲われた街の人々が心配ではあるものの、自分とも彼とも関係ない存在にいちいち関わってはいられないという気持ちが、彼女の心のどこかにあった。あの魔人が彼を狙っていることを知った以上、彼女は一分一秒でも早く、強くなって彼の助けになりたかった。だからこそ無理を言って学生のうちから騎士団に見習いとしてではあるが入隊したのである。
この国の3つある軍団の中で最も武勇に優れる男が長を務める王国騎士団に入り、使徒としての力の使い方を彼から学んでいるのだ。同時に、時間がある時にちょくちょく法術師団に赴いては、王国にいるもう1人の使徒から法術の扱い方を習っていた。毎度毎度軽いセクハラをして来るので、少々うんざりはしているがそれを我慢してでも彼女は強さを求めていた。
彼女はこの努力がもしかしたら何の意味もないかもしれないことを重々理解している。自分の知らないところで彼はすでに死んでしまっているかもしれない。そんな悪い予感が心を苛む。しかし今彼女に出来ることは、彼の生存を信じ、再び会える日を願って、それまで努力をし続けることだけだった。
「面倒かもしれないが、お前にも出動要請が出ている」
「出動要請? 僕はまだ見習い騎士なんですけど」
わざわざ見習い騎士をこれほど危険な事案に出動させるなど前代未聞のことである。
「確かにな。だがお前は見習いの前に使徒だ。陛下も団長も今後現れる魔人たちを危惧しておられる。おそらく普通の魔人がどんなものかを経験させるためだろうな」
確かに彼女はまだ使徒に成ったばかりだ。魔物との訓練は積んでいるものの、魔人とはたった一度しか遭遇した事がない。その上相手は魔人たちの中でも最上位の存在だった。あれを基準に考えるのは早計である。
「わかりました。でもロヴォーラってここから馬でどんなに急いでも数ヶ月はかかりますよね。その頃にはもう色々と終わっているんでは?」
頭の中で現在彼女がいるオリジンと件の街との距離を考える。どう考えてもとてもではないが間に合いそうもない。
「しかもその魔人はいつ頃街を襲撃したんですか?」
「今から半日ほど前だそうだ」
「それじゃあやっぱり無理なのでは?」
「ああ、普通ならな。だから『あれ』を使う」
「『あれ』?」
「流石に親父さんにも聞いてないか。長距離転移、まあ簡単に言えば一瞬で遠方に移動する事ができる封術具だ」
「そんなのがあるんですか!?」
少女はそんな法術を聞いた事がない。いったいどのような術が込められているのかかなり気になった。
「まあ正確には、昔魔界に遠征した際に手に入れたものらしくてな。どのような構造になっているかわからないらしいが」
何代も前の王の時代に行われた遠征で、人界側の勢力はかなりのところまで攻め入った。その際、多くの命が失われた代わりに、当時魔界において多くの封術具を発明したとされるエルフの女王にして使徒であるサエルミアの討伐に成功したという。そうして手に入れた戦利品のうちの一つが転移門と呼ばれる封術具である。残念ながら一度に大量の兵を送れるものではないので、魔界への遠征には不便ではあるが、小規模な部隊を送ることには適しているので、魔人の出現に際し、数百人の兵を現地に送る場合には非常に優れている。
「いつ出発するんですか?」
「今から最短で3日後だ」
「3日後って、それじゃあ遅すぎませんか?」
今現在ロヴォーラは魔人に襲われているのだ。被害を少なくするためにも急ぐべきだと少女は考えたが、スコットは首を振った。
「まだ兵が集まっていない上に、演習に出ていた団長が戻って来るまでに、どんなに急いでも2日かかる。疲労も激しいだろうから休息が必要なはずだしな」
「でも、それなら僕が1人で」
「残念ながらそれは出来ない。さっきも言ったようにお前は見習いである前に使徒だ。龍魔王が現れた時点で、お前の命は数千、数万人の人命よりも重い。あくまでも今回の出動はお前に経験を積ませるためであって、死なせるためのものではない」
少女は歯噛みする。スコットの言い分は最もだ。自分1人では魔人を恐らく倒すことはできない。しかし3日はあまりにも長い。助けるべき人々が果たして彼女たちが到着した時にまだ生き残っているのだろうか。だが今の彼女はまだまだ弱い、弱すぎる。
『結局、僕には何も出来ないのか……』
少女は、シオンは今尚何も出来ない自分にひどい憤りと悔しさを感じていた。スコットは彼女の心情を理解し、心の中で賛同しながらも、その場から離れていった。シオンはしばらくしてまた剣を握り、素振りをし始めた。
それから2日後、王国騎士団長であるアレキウス・ビルストが率いる部隊が帰還し、さらに彼らの休息に1日を費やしてから、スコットが言ったように3日後、シオンたちは転移門を通ってロヴォーラの街付近の砦に到着した。
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