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第5章:ファレス武闘祭
プロローグ
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「もっと早くに会いにくればよかったよ」
草原で男と少年が向かい合っていた。片方は老人のような容貌で、もう片方は猛獣のような雰囲気を漂わせている少年だ。両者はお互いに金に近い琥珀色の瞳を向けて睨み合っている。髪の色は白と赤で異なるがどことなく顔が似ている。
片腕の無い男は、それを聞いて鼻で笑う。今更自分を殺しにくる価値などない。死にかけた身だ。覚悟はすでに済んでいる。
「言うじゃねえか、クソガキ。こんな爺の命を奪うためにわざわざ来るとはご苦労なことで」
その言葉を聞いて少し少年はムッとする。折角結界越えという痛い思いをしてまで会いに来たのに失礼ではないかと。
「まあね。でもあんたは必ず僕が殺すって言っただろ?老衰で死なれちゃ困るんだよ」
実際ギリギリだった。あと少し来るのが遅ければ男は死んでいただろう。人界での仕事に予想外に時間が掛かりすぎた上に、あの少年の修行がなかなか終わらなかったせいである。全くもって忌々しい。
「はっ、そんじゃあさっさとやろうぜ」
立っているだけでも奇跡だ。戦えるはずなどない。だが男の全身を青色の粒子が包み込むと見る見ると肉体が再生して行くかのように筋肉が隆起する。『蒼気』という闘気の最終形を身に纏い、強引に肉体を全盛期のものへと活性化させたのだ。
「行くぜクソガキ!」
「あは!来なよ父さん!」
男は猛スピードで少年に迫る。だが少年にとってそれは遅すぎた。戦いは一瞬だった。男の剣が振り下ろされる前に腕がちぎり取られ、両脚が切り飛ばされた。地面に転がる男に片腕を掴んだまま跨ると少年は尋ねる。
「あいつは今どこにいるんだい?」
「はっ、言うと思うか?」
痛みに顔をしかめながらそれでも強い意志を持った瞳を向けて笑う。
「いーや、思わない。それじゃあこれでサヨナラだけど何か言い残すことはないかな?」
「…1つだけ。地獄で待ってるぜレヴィ」
そう言ってウィルは水法術と雷神術の合わせた魔術『水爆』を発動する。周辺に凄まじい音が響き渡り、後には肉片が飛び散っていた。
大きなクレーターを上空から眺めながら、レヴィはゆっくりと着地する。かつて父と呼んだ男は粉々となった。だがレヴィにはかすり傷1つない。
「あは、あはは、あはははははははは!」
涙を流しながら狂ったように笑う少年は手に握っていた男の腕を喰らう。ようやく念願が叶ったのだ。ずっと喰うと誓っていた男だ。愚かにも自分に牙を剥き、死に体の状態で挑んできた。何もしなくても死ぬと分かっていたが止めだけは己の手でつけたいと考えていた。もはや原型を留めていない肉片になったそれに向けて愛おしそうに呟く。
「ごちそうさま」
龍形に戻ると空に飛び立つ。このままこの世界を蹂躙するのも楽しそうだ。だがその前にもう一人。どれぐらい強くなったか確認しておきたい。あのお方を満足させるに足る存在になったか否か、それを知りたい。
「待ってなよ、ジン」
レヴィは凶悪な双眸を人界へと向けた。場所は知っている。自分のプライドを傷つけたもう一人の相手の名を親愛の情を込めて囁いた。
~~~~~~~~~~~
廊下の掲示板に張り出されたポスターによると、再来週からファレス武闘祭の予選が始まるそうだ。
「なんだっけファレス武闘祭って?」
どこかで聞いたことのある名前だ。だがどうしても思い出すことができない。
「おいおいマジかよ。ちょいちょい世間知らず感漂わせてたけど、これも知らねえのかよ」
ジンの言葉にルースが驚愕する。しかしそんな反応をされても仕方がない。ジンの人間界での知識は7歳でストップしている。そもそもスラム時代は外の世界から容姿で疎まれていたため、そんなに表通りに出たこともなかった。
「もー、前に話したじゃん。シオンくんが優勝したってやつ」
「ああ、あれか」
マルシェが呆れたような目を人に向けてくる。そういえばそんなことを言っていた気がする。
季節は夏。燦々と降りかかる太陽の光に辟易としながらも、毎日を過ごしていると、掲示板に面白そうなものが掲載されていた。
「出場条件は、っと」
マルシェとルースから向けられる視線を無視しつつ、読み上げる。
「年齢は13歳~18歳まで、装備は自由、法術使用OK、階級は無し、死亡する危険性もあるのでよく考えて参加するか否かを決めるように、か……これ学校で開いていいやつじゃなくね?」
『死亡する』という表現が含まれている時点で相当危険な大会であるというのが見て取れる。
「まあその文だけだとそんな感じするけどな。でも実際ここ50年で死んだ奴はゼロだったはずだぜ」
「嘘だろ?」
なんでもありで死者数がゼロとは一体どんな大会なのか。
「いや嘘じゃねえって。ただ…」
「大会参加者には事前にタリスマンが配られるんだよー。一定量のダメージとか、絶対に死ぬだろって攻撃に対して防御結界が張られる奴」
ルースの言葉を遮ってマルシェが代わりに説明してくれる。
「はあ、なるほど。それで、ルースは出るつもりなのか?」
「おおよ、ここで活躍して騎士団にアピールするぜ」
拳を握りしめてやる気満々の様子の彼にマルシェが冷めた目を向ける。
「えー、やめときなよ。ルース弱いじゃん。それに予選でシオンくんとかあんたが前に言ってたファルスっていう人とか、あとはアスラン様にぶつかるかもしれないんだよ?本戦に出られるのも16人じゃん。無理無理」
「な!?」
ルースも弱くはないのだが、確かに上のクラスの面々から見れば見劣りするだろう。マルシェにバッサリと切り捨てられてがっくりと肩を落とす。
「それよりジンくんはどう?出たりしないの?」
そんなルースを無視してマルシェが目を輝かせながらジンに尋ねてくる。
「俺?んー、気になりはするけど別にいいや」
「えー、ジンくんなら絶対予選だって突破できるよ?」
「いやいや無理だって」
「いやいやそんなことないって」
「いやいや」
「いやいや」
「お、俺だって…」
「あんたは無理だって」
ルースを再びバッサリと切り捨てる。マルシェに言われてついにルースもいじけ始めた。慌ててジンが慰めようとするも、
「くそぉ、今に見てろよ!」
バッ、と立ち上がって走り去って行った。
「なんなんだろ?」
「マルシェがあんなにはっきり無理だっていうからだろ」
ジンはジト目でマルシェを見る。しかし当の彼女は全く理解できていないようだ。
「え?私のせいなの?」
好きな女に再三弱いと断言された男の気持ちなど、この鈍い少女には分からないのだろう。
「それにしても暑い…」
「ねー」
こんな猛暑の中で戦うなんて馬鹿なんじゃないかとジンは強く思った。一応大会の本戦は秋にあるそうなので気温的にはもっと楽に戦えるだろうが、予選が行われる時期は夏真っ盛りだ。誰が好き好んでこんな大会に出るものか。
「そういえばシオンとかテレサは出るのか?」
「あー、シオンくんは多分出るんじゃないかな。あの子なんだかんだでこういうの好きだし。テレサちんは多分でないと思うよ。暑いの嫌いだから、この時期にわざわざ動きたくないだろうしね」
「ふーん」
~~~~~~~~~~~~
春先より少し伸びた銀色の髪をなびかせて、少し日に焼けた少年、もとい少女が掲示板の前まで歩いてきた。現在身長が167センチを超え、未だに伸び続けている節がある。このままいけば170センチを超えるのではないかと目下不安に思っているところだ。そんな彼女は掲示板に貼られた紙を読んで獰猛な笑みを浮かべた。
「もうそんな時期か」
ぼそりと呟いた言葉を向かい側から歩いてきた二人の少女は、その笑みと言葉を聞いてビクリと体を震わせた。だがシオンはそれに一切気がついていなかった。
『そういえばあいつも出るのかな?』
ふと頭の中にあの赤茶色の髪の少年が過ぎる。忌々しいが確かにあの少年、ジンは強い。そんなことを考えていると先日やらかしたことを思い出して顔を真っ赤にする。なぜあんなことをやってしまったのかと、部屋に帰ってからベッドの中で身悶えした。数日は彼と顔を合わせないように慎重に行動までしていた。
そんな彼女の恥じらう顔を見て向かい側から歩いてきた3人組の少年がポーッと見つめる。唯でさえ美形なのだ。それに少しだけ色っぽさが混じると、男性を誘惑してしまうのはしょうがない。その視線に気がついて威嚇すると蜘蛛の子を散らすように慌てて通り過ぎて行った。
「よう、やっぱりお前も出るのか」
今度は後ろから声をかけてくる男がいた。その声ですぐに誰か分かってうんざりする。
「はあ、そのつもりだよフォルス」
振り返るとワインレッドの奇怪な模様の剃り込みを入れた5分刈りの少年がお供を二人連れて、腕を組んで立っていた。野獣のような荒々しい笑みを浮かべている彼は、入学以来何度もシオンに喧嘩を吹っ掛けてくる。彼曰く、学年最強を決めたいとのことだ。馬鹿馬鹿しいと一笑に付しても何度も何度も言い寄ってくるので、そろそろ本当に決着をつけるかと思っているところだ。
「いいぜ、そんじゃあ本戦でてめえをぶっ潰してやるよ」
「フォルス様にかかればいくら4属性保持者だからってまともに戦えるわけありませんよ」
「そうですって、むしろ女の子なんだから手加減してあげた方がいいですって」
「ふっ、そっちこそ予選負けしたら笑いもんだよ」
フォルスの太鼓持ちをする二人にムッとしたのでつい売り言葉に買い言葉というように言い返してしまった。
「へえ、言うじゃねえか。てめえは俺が直々にぶっ殺すから、それまで待ってろよ。行くぞおめえら」
その言葉に鼻息を荒くしてフォルスは去って行った。シオンはそれを見ながら静まり返った廊下で大きく溜息をついた。井の中の蛙大海を知らずとは彼のことだろう。狭い世界で生きてきた自分同様、あの少年も周囲に隠れている影の実力者に気がついていないのだ。自分もつい最近まで『ああ』だったのかと少し自嘲する。
ふとあの臆病だった少年を思い出す。突然消えて以来完全に消息をたった少年は今どうしているのだろうか。未だに悲しみで苦しみながらどこかで生きているのだろうか。それともすでに死んでしまったのだろうか。考えても仕方のないことだ。だがあの事件が彼女の心に打ち込んだ棘は大きかった。今でも度々思い出してしまう。
頭を振って、それらの考えを吹き飛ばし、もう一度大きく溜息をついて歩き去った。
彼女が掲示板の前を去ると遠くから濃い緑色のソフトモヒカンの一人の少年がコソコソと駆けてきた。彼は掲示された内容の、出場方法の欄を熟読すると事務課に向けて走り出した。二人分の登録をするために。
草原で男と少年が向かい合っていた。片方は老人のような容貌で、もう片方は猛獣のような雰囲気を漂わせている少年だ。両者はお互いに金に近い琥珀色の瞳を向けて睨み合っている。髪の色は白と赤で異なるがどことなく顔が似ている。
片腕の無い男は、それを聞いて鼻で笑う。今更自分を殺しにくる価値などない。死にかけた身だ。覚悟はすでに済んでいる。
「言うじゃねえか、クソガキ。こんな爺の命を奪うためにわざわざ来るとはご苦労なことで」
その言葉を聞いて少し少年はムッとする。折角結界越えという痛い思いをしてまで会いに来たのに失礼ではないかと。
「まあね。でもあんたは必ず僕が殺すって言っただろ?老衰で死なれちゃ困るんだよ」
実際ギリギリだった。あと少し来るのが遅ければ男は死んでいただろう。人界での仕事に予想外に時間が掛かりすぎた上に、あの少年の修行がなかなか終わらなかったせいである。全くもって忌々しい。
「はっ、そんじゃあさっさとやろうぜ」
立っているだけでも奇跡だ。戦えるはずなどない。だが男の全身を青色の粒子が包み込むと見る見ると肉体が再生して行くかのように筋肉が隆起する。『蒼気』という闘気の最終形を身に纏い、強引に肉体を全盛期のものへと活性化させたのだ。
「行くぜクソガキ!」
「あは!来なよ父さん!」
男は猛スピードで少年に迫る。だが少年にとってそれは遅すぎた。戦いは一瞬だった。男の剣が振り下ろされる前に腕がちぎり取られ、両脚が切り飛ばされた。地面に転がる男に片腕を掴んだまま跨ると少年は尋ねる。
「あいつは今どこにいるんだい?」
「はっ、言うと思うか?」
痛みに顔をしかめながらそれでも強い意志を持った瞳を向けて笑う。
「いーや、思わない。それじゃあこれでサヨナラだけど何か言い残すことはないかな?」
「…1つだけ。地獄で待ってるぜレヴィ」
そう言ってウィルは水法術と雷神術の合わせた魔術『水爆』を発動する。周辺に凄まじい音が響き渡り、後には肉片が飛び散っていた。
大きなクレーターを上空から眺めながら、レヴィはゆっくりと着地する。かつて父と呼んだ男は粉々となった。だがレヴィにはかすり傷1つない。
「あは、あはは、あはははははははは!」
涙を流しながら狂ったように笑う少年は手に握っていた男の腕を喰らう。ようやく念願が叶ったのだ。ずっと喰うと誓っていた男だ。愚かにも自分に牙を剥き、死に体の状態で挑んできた。何もしなくても死ぬと分かっていたが止めだけは己の手でつけたいと考えていた。もはや原型を留めていない肉片になったそれに向けて愛おしそうに呟く。
「ごちそうさま」
龍形に戻ると空に飛び立つ。このままこの世界を蹂躙するのも楽しそうだ。だがその前にもう一人。どれぐらい強くなったか確認しておきたい。あのお方を満足させるに足る存在になったか否か、それを知りたい。
「待ってなよ、ジン」
レヴィは凶悪な双眸を人界へと向けた。場所は知っている。自分のプライドを傷つけたもう一人の相手の名を親愛の情を込めて囁いた。
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「なんだっけファレス武闘祭って?」
どこかで聞いたことのある名前だ。だがどうしても思い出すことができない。
「おいおいマジかよ。ちょいちょい世間知らず感漂わせてたけど、これも知らねえのかよ」
ジンの言葉にルースが驚愕する。しかしそんな反応をされても仕方がない。ジンの人間界での知識は7歳でストップしている。そもそもスラム時代は外の世界から容姿で疎まれていたため、そんなに表通りに出たこともなかった。
「もー、前に話したじゃん。シオンくんが優勝したってやつ」
「ああ、あれか」
マルシェが呆れたような目を人に向けてくる。そういえばそんなことを言っていた気がする。
季節は夏。燦々と降りかかる太陽の光に辟易としながらも、毎日を過ごしていると、掲示板に面白そうなものが掲載されていた。
「出場条件は、っと」
マルシェとルースから向けられる視線を無視しつつ、読み上げる。
「年齢は13歳~18歳まで、装備は自由、法術使用OK、階級は無し、死亡する危険性もあるのでよく考えて参加するか否かを決めるように、か……これ学校で開いていいやつじゃなくね?」
『死亡する』という表現が含まれている時点で相当危険な大会であるというのが見て取れる。
「まあその文だけだとそんな感じするけどな。でも実際ここ50年で死んだ奴はゼロだったはずだぜ」
「嘘だろ?」
なんでもありで死者数がゼロとは一体どんな大会なのか。
「いや嘘じゃねえって。ただ…」
「大会参加者には事前にタリスマンが配られるんだよー。一定量のダメージとか、絶対に死ぬだろって攻撃に対して防御結界が張られる奴」
ルースの言葉を遮ってマルシェが代わりに説明してくれる。
「はあ、なるほど。それで、ルースは出るつもりなのか?」
「おおよ、ここで活躍して騎士団にアピールするぜ」
拳を握りしめてやる気満々の様子の彼にマルシェが冷めた目を向ける。
「えー、やめときなよ。ルース弱いじゃん。それに予選でシオンくんとかあんたが前に言ってたファルスっていう人とか、あとはアスラン様にぶつかるかもしれないんだよ?本戦に出られるのも16人じゃん。無理無理」
「な!?」
ルースも弱くはないのだが、確かに上のクラスの面々から見れば見劣りするだろう。マルシェにバッサリと切り捨てられてがっくりと肩を落とす。
「それよりジンくんはどう?出たりしないの?」
そんなルースを無視してマルシェが目を輝かせながらジンに尋ねてくる。
「俺?んー、気になりはするけど別にいいや」
「えー、ジンくんなら絶対予選だって突破できるよ?」
「いやいや無理だって」
「いやいやそんなことないって」
「いやいや」
「いやいや」
「お、俺だって…」
「あんたは無理だって」
ルースを再びバッサリと切り捨てる。マルシェに言われてついにルースもいじけ始めた。慌ててジンが慰めようとするも、
「くそぉ、今に見てろよ!」
バッ、と立ち上がって走り去って行った。
「なんなんだろ?」
「マルシェがあんなにはっきり無理だっていうからだろ」
ジンはジト目でマルシェを見る。しかし当の彼女は全く理解できていないようだ。
「え?私のせいなの?」
好きな女に再三弱いと断言された男の気持ちなど、この鈍い少女には分からないのだろう。
「それにしても暑い…」
「ねー」
こんな猛暑の中で戦うなんて馬鹿なんじゃないかとジンは強く思った。一応大会の本戦は秋にあるそうなので気温的にはもっと楽に戦えるだろうが、予選が行われる時期は夏真っ盛りだ。誰が好き好んでこんな大会に出るものか。
「そういえばシオンとかテレサは出るのか?」
「あー、シオンくんは多分出るんじゃないかな。あの子なんだかんだでこういうの好きだし。テレサちんは多分でないと思うよ。暑いの嫌いだから、この時期にわざわざ動きたくないだろうしね」
「ふーん」
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春先より少し伸びた銀色の髪をなびかせて、少し日に焼けた少年、もとい少女が掲示板の前まで歩いてきた。現在身長が167センチを超え、未だに伸び続けている節がある。このままいけば170センチを超えるのではないかと目下不安に思っているところだ。そんな彼女は掲示板に貼られた紙を読んで獰猛な笑みを浮かべた。
「もうそんな時期か」
ぼそりと呟いた言葉を向かい側から歩いてきた二人の少女は、その笑みと言葉を聞いてビクリと体を震わせた。だがシオンはそれに一切気がついていなかった。
『そういえばあいつも出るのかな?』
ふと頭の中にあの赤茶色の髪の少年が過ぎる。忌々しいが確かにあの少年、ジンは強い。そんなことを考えていると先日やらかしたことを思い出して顔を真っ赤にする。なぜあんなことをやってしまったのかと、部屋に帰ってからベッドの中で身悶えした。数日は彼と顔を合わせないように慎重に行動までしていた。
そんな彼女の恥じらう顔を見て向かい側から歩いてきた3人組の少年がポーッと見つめる。唯でさえ美形なのだ。それに少しだけ色っぽさが混じると、男性を誘惑してしまうのはしょうがない。その視線に気がついて威嚇すると蜘蛛の子を散らすように慌てて通り過ぎて行った。
「よう、やっぱりお前も出るのか」
今度は後ろから声をかけてくる男がいた。その声ですぐに誰か分かってうんざりする。
「はあ、そのつもりだよフォルス」
振り返るとワインレッドの奇怪な模様の剃り込みを入れた5分刈りの少年がお供を二人連れて、腕を組んで立っていた。野獣のような荒々しい笑みを浮かべている彼は、入学以来何度もシオンに喧嘩を吹っ掛けてくる。彼曰く、学年最強を決めたいとのことだ。馬鹿馬鹿しいと一笑に付しても何度も何度も言い寄ってくるので、そろそろ本当に決着をつけるかと思っているところだ。
「いいぜ、そんじゃあ本戦でてめえをぶっ潰してやるよ」
「フォルス様にかかればいくら4属性保持者だからってまともに戦えるわけありませんよ」
「そうですって、むしろ女の子なんだから手加減してあげた方がいいですって」
「ふっ、そっちこそ予選負けしたら笑いもんだよ」
フォルスの太鼓持ちをする二人にムッとしたのでつい売り言葉に買い言葉というように言い返してしまった。
「へえ、言うじゃねえか。てめえは俺が直々にぶっ殺すから、それまで待ってろよ。行くぞおめえら」
その言葉に鼻息を荒くしてフォルスは去って行った。シオンはそれを見ながら静まり返った廊下で大きく溜息をついた。井の中の蛙大海を知らずとは彼のことだろう。狭い世界で生きてきた自分同様、あの少年も周囲に隠れている影の実力者に気がついていないのだ。自分もつい最近まで『ああ』だったのかと少し自嘲する。
ふとあの臆病だった少年を思い出す。突然消えて以来完全に消息をたった少年は今どうしているのだろうか。未だに悲しみで苦しみながらどこかで生きているのだろうか。それともすでに死んでしまったのだろうか。考えても仕方のないことだ。だがあの事件が彼女の心に打ち込んだ棘は大きかった。今でも度々思い出してしまう。
頭を振って、それらの考えを吹き飛ばし、もう一度大きく溜息をついて歩き去った。
彼女が掲示板の前を去ると遠くから濃い緑色のソフトモヒカンの一人の少年がコソコソと駆けてきた。彼は掲示された内容の、出場方法の欄を熟読すると事務課に向けて走り出した。二人分の登録をするために。
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