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第3章:魔人襲来
朝
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マリアはゆっくりと目を開けた。柔らかな布団に包まれ、朦朧としていた意識が徐々に覚醒し始める。だるい体に鞭を打って起き上がると、そこが自分の家で、自分の部屋の、自分のベッドであることに気がついた。
「なんでこんなところに?」
先ほどまでアーカイアの森にいたはずだった。それがいつの間にか自宅に帰っていたのだ。マリアは記憶を遡ろうとする。しかし何も思い出せなかった。ただ何かを確認したことだけは覚えていた。それを疑問に思いながらも立ち上がろうとすると、音に気がついたのかウィルがドアを開けて入ってきた。
「よお、起きたか」
「ええ、それでなんであたしはここにいるんだい?さっきまでアーカイアの森にいたはずなんだけど」
彼女の言葉にウィルの顔に影がさす。
「その前に、お前、どこまで覚えている?」
「どこまでってそりゃあ…」
マリアは自分の記憶をもう一度思い出そうとする。しかし彼女の脳が、その記憶を思い出させないようにしているのか、森に入って以降のことは全く思い出せなかった。
「やっぱり、なんも覚えてねえか。…お前は…お前は急に倒れたんだってよ。そんでミリエルがなんとか連れ帰ってきたんだよ」
何かを話そうとして何度もためらってからウィルがそう言った。
「…そう。それじゃあミリエルは今どうしているの?それに魔人は?」
「ミリエルは今ヴォルクのところに使いに出ている。そんで魔人は確認されなかった。代わりにドラゴンがいてな。そいつらの対策のために、ヴォルクのやつとティファニア様に協力をお願いしようと思っててな」
「ドラゴンだって?そいつは強いのかい?」
「ああ、ミリエルによると使徒数人がかりでも勝てるかどうからしい」
その言葉を聞いてマリアは考える。魔人だけでなく強力なドラゴンまで現れるとは。
「そんで、疲れているところ悪いが、お前には今すぐティファニア様に連絡を取ってもらいてえんだ」
「ん?ああ、そっかまだバジットの通信員は補充できてないだろうしね。わかった、ちょっと待ってて」
思案していた彼女にウィルが頼んできたので、マリアはすぐさま『氷鏡』を作り、ティファニア様を呼び出す。
「…ということです。それでそちらにも協力していただきたいのですが」
マリアとウィルの説明を神妙な顔をして聞いていたティファニアの横でサリオンが顔をしかめて、何かを言おうと口を開くがティファニアはそれを手をあげて止めた。
『それで具体的な日程はいつぐらいで必要な戦力はどれぐらいかしら?』
「まだ確定はしていませんが、使徒は少なくとも十人は欲しいです。あたしの方でもやるつもりですが、いかんせん、あいつらが近場にいないんで、そちらからも他の使徒に連絡して欲しいのですけど」
『いいでしょう、じゃあ誰に連絡しておけばいいかしら?』
「とりあえずなんですけど…」
そう言ってマリアは何人かの使徒の名前をティファニアに告げる。彼女が連絡を取れないが、今回の件で役立ちそうな面々だ。
「それとそいつらが集まり次第森に行くつもりです」
『わかりました。追って連絡するから待っててちょうだい』
ティファニアに連絡し終えると彼女は立ち上がって体をほぐした。やけに体が鈍っていたからだ。まるでここ数日動いていないかのように。
夜になると、ミリエルがバジットから戻ってきた。
「ヴォルクには会えたのか?」
「ええ。討伐隊の話もしてきたわ。ただこの前のスタンピード?の件があって今すぐ動くことは難しいそうよ。少なくとも一週間待って欲しいって。それでティファニア様は?」
「こっちも似たようなもんさね。方々に連絡を取ってくれたみたいだけど、近くにいるやつでも、少なくともここに来るまでに4、5日はかかるらしい」
ジンが寝ていることを確認していたマリアが部屋に入って来ながらそう言った。
「ああ、だから俺たちはしばらく待機だ。そんで戦いに備える」
「具体的な話し合いはしなくていいの?」
「ティファニア様の都合でな。明日の晩なら可能だそうだ」
「…わかった。それじゃあ少し休ませてもらってもいいかしら。さすがに疲れちゃって」
ここ数日、ミリエルは常に気を張り続け、ほぼ休み無しに走り続けていた。疲労が溜まりに溜まったために今にも倒れそうなほど眠かったのだ。
「もちろんいいよ。いつもの奥の部屋が空いているからそこで休んでちょうだい」
マリアに許可をもらったミリエルは、いつも遊びに来た時に泊まる部屋に向かった。そしてドアを開けて中に入り、そのままベッドに倒れこむとすぐに眠りに落ちた。
「さてと、ジンはどうする?連れて行くか?」
「冗談はよしとくれ、あの子はマチのところで見ていてもらおうと考えているよ」
「なるほどな。ここから離しておくってことか。だがあいつはバカじゃない、理由を説明しないでそんなことができるのか?」
「そりゃ、あんた、どうにかするんだよ」
その言葉にウィルはげんなりする。彼女のことだ、どうせジンがいうことを聞かなければ肉体言語を用いるのだろう。それはさておき彼らは今後の方針について話し合う。情報が乏しい現在、可能な限り最悪な状況を想定し、その対応策を考えなければいけない。二人は時間にも気づかずに夜遅くまで話し合いを続けた。
翌朝、ジンたちはまだ眠っているミリエルは寝かせておいて、朝食をとっていた。
「ジン、これから一ヶ月ほどマチのところに行ってくれるかい?」
「え?なんで?」
「この前の怪我のせいでまだ体調が良くないらしくてね。手伝ってあげてほしいんだよ。それにあたしとこいつはちょっと用があって長いこと家を空けなけりゃいけなくなってね」
「用って、この前のことと関係しているの?」
「ああ、もう少し森を調べなくちゃならなそうなんだよ」
「危なくないの?」
ウィルとマリアが同時に何か一つのことを調査しようとするのは今までにないことだった。いつもなら片方が家を空けている間、もう片方が家の管理とジンの修行を見てくれていた。初めてのことにジンは不安になったのだ。
「まあ、そんな大したことじゃねえよ。ただ念のためってだけだ」
「そうそう、あんたが気にするほどのことじゃないさ」
誤魔化すようにそう言う二人にジンは自分も手伝うと言いたかった。だがそれを言えば二人を困らせてしまうだろう。だから我慢することにした。自分の我儘で彼らの危険が増す事を良しとはできなかったからだ。
「…わかった。でもそれじゃあ修行はどうするの?」
「向こうに行ったら兵舎に行って、剣の稽古をつけてもらえるように手配しておいてやる。術の方はまあ…しばらくお休みだな」
「そうそう。そんで勉強の方は学園に行けるようにお願いしておくから安心しなさいな」
バジットには学園と呼ばれてはいるが、日々兵器や神術を発展させるための研究機関が存在する。その機密性と危険性から限られた者しか入る事を許されないが、使徒であるマリアたちは許可されていた。ジンも何度か行ったことがあるが、変人の巣窟であった事を覚えている。
「うぇ、あそこに行くの?変な事してくる人が多くて嫌なんだけど」
人間であるジンたちは彼らにとって貴重な兵力であると同時にサンプルである。とりわけジンは『加護なし』と呼ばれる極めて稀な存在であるため、彼らもジンから毛髪や血液、唾液に精液などを採取したがるのだ。学園に以前行った時は気づかないうちに眠らされて、危うくいろんなところにいろんな事をされそうになった。
「まあそう言いなさんな。向こうが何かやって来たら殺さない程度にぶん殴っちまえばいいんだよ」
「おう、俺なんか何人半殺しにしたかわからねえぜ。あいつら頭いい割にバカだからな」
そう言って笑う二人を見てジンは少し気分が晴れた。
「わかった。それじゃあ、いつから向こうに行けばいいの?」
「そうだねぇ、もう今日の昼には向かってもらおうかしら。だから午前中はいつも通り修行ね」
「おう、そんじゃあこれ食ったら早速組手から始めるか」
「了解!それじゃあ外で待ってるね!」
それを聞いたジンは急いで目の前にあるパンを口に詰め、飲み込むと部屋に戻って素早く着替えて、外に出て行った。
バタバタという音に目を覚ましたミリエルが食堂に現れると、マリアが食器を洗っていた。
「あらようやく起きたのかい?もうみんな朝食をとっちまったよ」
「おはようマリア、何か食べるものってあるかしら」
「ちょっと待ってな、今簡単なものを作ってやるから」
ぼーっとした頭でマリアの言葉を聞いていたミリエルは彼女が料理をするという言葉を聞いて瞬時に覚醒した。マリアの味覚は壊滅的なのだ。通常の者よりも感覚が鋭いダークエルフのミリエルにとって彼女の料理は劇毒に等しかった。
「あ、や、やっぱり大丈夫!ちょっとお腹の調子が良くないみたいで、今なんか食べたらちょっと…」
「あらそうなのかい?そんならおかゆでも作ろうか?」
「い、いや本当に、本当に大丈夫だから。あ、それよりウィルとジンはどこに行ったの?」
強引に話をずらされたことに不満そうな顔をしながらも、
「二人なら外にいるよ」
とマリアは言った。それを聞いてその場から逃げるようにミリエルは、
「じゃ、じゃあちょっと様子を見てくるわね!」
玄関に向かった。
空をふと見上げると黒い雲が広がりつつあった。
「今日は雨ね」
そうミリエルは呟きながら、ジンたちの方へと歩いて行った。
「なんでこんなところに?」
先ほどまでアーカイアの森にいたはずだった。それがいつの間にか自宅に帰っていたのだ。マリアは記憶を遡ろうとする。しかし何も思い出せなかった。ただ何かを確認したことだけは覚えていた。それを疑問に思いながらも立ち上がろうとすると、音に気がついたのかウィルがドアを開けて入ってきた。
「よお、起きたか」
「ええ、それでなんであたしはここにいるんだい?さっきまでアーカイアの森にいたはずなんだけど」
彼女の言葉にウィルの顔に影がさす。
「その前に、お前、どこまで覚えている?」
「どこまでってそりゃあ…」
マリアは自分の記憶をもう一度思い出そうとする。しかし彼女の脳が、その記憶を思い出させないようにしているのか、森に入って以降のことは全く思い出せなかった。
「やっぱり、なんも覚えてねえか。…お前は…お前は急に倒れたんだってよ。そんでミリエルがなんとか連れ帰ってきたんだよ」
何かを話そうとして何度もためらってからウィルがそう言った。
「…そう。それじゃあミリエルは今どうしているの?それに魔人は?」
「ミリエルは今ヴォルクのところに使いに出ている。そんで魔人は確認されなかった。代わりにドラゴンがいてな。そいつらの対策のために、ヴォルクのやつとティファニア様に協力をお願いしようと思っててな」
「ドラゴンだって?そいつは強いのかい?」
「ああ、ミリエルによると使徒数人がかりでも勝てるかどうからしい」
その言葉を聞いてマリアは考える。魔人だけでなく強力なドラゴンまで現れるとは。
「そんで、疲れているところ悪いが、お前には今すぐティファニア様に連絡を取ってもらいてえんだ」
「ん?ああ、そっかまだバジットの通信員は補充できてないだろうしね。わかった、ちょっと待ってて」
思案していた彼女にウィルが頼んできたので、マリアはすぐさま『氷鏡』を作り、ティファニア様を呼び出す。
「…ということです。それでそちらにも協力していただきたいのですが」
マリアとウィルの説明を神妙な顔をして聞いていたティファニアの横でサリオンが顔をしかめて、何かを言おうと口を開くがティファニアはそれを手をあげて止めた。
『それで具体的な日程はいつぐらいで必要な戦力はどれぐらいかしら?』
「まだ確定はしていませんが、使徒は少なくとも十人は欲しいです。あたしの方でもやるつもりですが、いかんせん、あいつらが近場にいないんで、そちらからも他の使徒に連絡して欲しいのですけど」
『いいでしょう、じゃあ誰に連絡しておけばいいかしら?』
「とりあえずなんですけど…」
そう言ってマリアは何人かの使徒の名前をティファニアに告げる。彼女が連絡を取れないが、今回の件で役立ちそうな面々だ。
「それとそいつらが集まり次第森に行くつもりです」
『わかりました。追って連絡するから待っててちょうだい』
ティファニアに連絡し終えると彼女は立ち上がって体をほぐした。やけに体が鈍っていたからだ。まるでここ数日動いていないかのように。
夜になると、ミリエルがバジットから戻ってきた。
「ヴォルクには会えたのか?」
「ええ。討伐隊の話もしてきたわ。ただこの前のスタンピード?の件があって今すぐ動くことは難しいそうよ。少なくとも一週間待って欲しいって。それでティファニア様は?」
「こっちも似たようなもんさね。方々に連絡を取ってくれたみたいだけど、近くにいるやつでも、少なくともここに来るまでに4、5日はかかるらしい」
ジンが寝ていることを確認していたマリアが部屋に入って来ながらそう言った。
「ああ、だから俺たちはしばらく待機だ。そんで戦いに備える」
「具体的な話し合いはしなくていいの?」
「ティファニア様の都合でな。明日の晩なら可能だそうだ」
「…わかった。それじゃあ少し休ませてもらってもいいかしら。さすがに疲れちゃって」
ここ数日、ミリエルは常に気を張り続け、ほぼ休み無しに走り続けていた。疲労が溜まりに溜まったために今にも倒れそうなほど眠かったのだ。
「もちろんいいよ。いつもの奥の部屋が空いているからそこで休んでちょうだい」
マリアに許可をもらったミリエルは、いつも遊びに来た時に泊まる部屋に向かった。そしてドアを開けて中に入り、そのままベッドに倒れこむとすぐに眠りに落ちた。
「さてと、ジンはどうする?連れて行くか?」
「冗談はよしとくれ、あの子はマチのところで見ていてもらおうと考えているよ」
「なるほどな。ここから離しておくってことか。だがあいつはバカじゃない、理由を説明しないでそんなことができるのか?」
「そりゃ、あんた、どうにかするんだよ」
その言葉にウィルはげんなりする。彼女のことだ、どうせジンがいうことを聞かなければ肉体言語を用いるのだろう。それはさておき彼らは今後の方針について話し合う。情報が乏しい現在、可能な限り最悪な状況を想定し、その対応策を考えなければいけない。二人は時間にも気づかずに夜遅くまで話し合いを続けた。
翌朝、ジンたちはまだ眠っているミリエルは寝かせておいて、朝食をとっていた。
「ジン、これから一ヶ月ほどマチのところに行ってくれるかい?」
「え?なんで?」
「この前の怪我のせいでまだ体調が良くないらしくてね。手伝ってあげてほしいんだよ。それにあたしとこいつはちょっと用があって長いこと家を空けなけりゃいけなくなってね」
「用って、この前のことと関係しているの?」
「ああ、もう少し森を調べなくちゃならなそうなんだよ」
「危なくないの?」
ウィルとマリアが同時に何か一つのことを調査しようとするのは今までにないことだった。いつもなら片方が家を空けている間、もう片方が家の管理とジンの修行を見てくれていた。初めてのことにジンは不安になったのだ。
「まあ、そんな大したことじゃねえよ。ただ念のためってだけだ」
「そうそう、あんたが気にするほどのことじゃないさ」
誤魔化すようにそう言う二人にジンは自分も手伝うと言いたかった。だがそれを言えば二人を困らせてしまうだろう。だから我慢することにした。自分の我儘で彼らの危険が増す事を良しとはできなかったからだ。
「…わかった。でもそれじゃあ修行はどうするの?」
「向こうに行ったら兵舎に行って、剣の稽古をつけてもらえるように手配しておいてやる。術の方はまあ…しばらくお休みだな」
「そうそう。そんで勉強の方は学園に行けるようにお願いしておくから安心しなさいな」
バジットには学園と呼ばれてはいるが、日々兵器や神術を発展させるための研究機関が存在する。その機密性と危険性から限られた者しか入る事を許されないが、使徒であるマリアたちは許可されていた。ジンも何度か行ったことがあるが、変人の巣窟であった事を覚えている。
「うぇ、あそこに行くの?変な事してくる人が多くて嫌なんだけど」
人間であるジンたちは彼らにとって貴重な兵力であると同時にサンプルである。とりわけジンは『加護なし』と呼ばれる極めて稀な存在であるため、彼らもジンから毛髪や血液、唾液に精液などを採取したがるのだ。学園に以前行った時は気づかないうちに眠らされて、危うくいろんなところにいろんな事をされそうになった。
「まあそう言いなさんな。向こうが何かやって来たら殺さない程度にぶん殴っちまえばいいんだよ」
「おう、俺なんか何人半殺しにしたかわからねえぜ。あいつら頭いい割にバカだからな」
そう言って笑う二人を見てジンは少し気分が晴れた。
「わかった。それじゃあ、いつから向こうに行けばいいの?」
「そうだねぇ、もう今日の昼には向かってもらおうかしら。だから午前中はいつも通り修行ね」
「おう、そんじゃあこれ食ったら早速組手から始めるか」
「了解!それじゃあ外で待ってるね!」
それを聞いたジンは急いで目の前にあるパンを口に詰め、飲み込むと部屋に戻って素早く着替えて、外に出て行った。
バタバタという音に目を覚ましたミリエルが食堂に現れると、マリアが食器を洗っていた。
「あらようやく起きたのかい?もうみんな朝食をとっちまったよ」
「おはようマリア、何か食べるものってあるかしら」
「ちょっと待ってな、今簡単なものを作ってやるから」
ぼーっとした頭でマリアの言葉を聞いていたミリエルは彼女が料理をするという言葉を聞いて瞬時に覚醒した。マリアの味覚は壊滅的なのだ。通常の者よりも感覚が鋭いダークエルフのミリエルにとって彼女の料理は劇毒に等しかった。
「あ、や、やっぱり大丈夫!ちょっとお腹の調子が良くないみたいで、今なんか食べたらちょっと…」
「あらそうなのかい?そんならおかゆでも作ろうか?」
「い、いや本当に、本当に大丈夫だから。あ、それよりウィルとジンはどこに行ったの?」
強引に話をずらされたことに不満そうな顔をしながらも、
「二人なら外にいるよ」
とマリアは言った。それを聞いてその場から逃げるようにミリエルは、
「じゃ、じゃあちょっと様子を見てくるわね!」
玄関に向かった。
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