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まだ雨はやまない
第18話 ひとり
しおりを挟むいつも遊んでいたこの公園には、すべり台もブランコも、砂場もあった。そしてベンチの辺りにお母さんたちが集まっておしゃべりしていたと思う。
ジャングルジム。ひょいひょい登る男の子がうらやましくて、私もムキになって追いかけたよね。
てっぺんまで行ったはいいけど、下を見て高さにびっくりして……大泣きしたんだった。うわあ、恥ずかしい。
「――あの時の子が、レイくんなのかな」
そんな思い出のジャングルジムに足をかけ、少し登ってみた。
『だいじょぶだよ、はこべ! おれがいっしょにおりてやるから、なくな!』
びーびー泣く私の隣で、そう言った男の子。私の泣き声に飛んできたお母さんに支えられながら下りる私の横で、心配そうに付きそってくれていた。
『はこべ!』
私を呼ぶ声が聞こえたような気がして振り向く。そこには遊んでいる子どもなんていないけど。
誰もいない公園をジャングルジムから見おろすと、子どもたちが走り抜けるように風が吹く。
「あの子の、名前――」
なんて呼んでいたっけ。
それはきっと風みたいな音。ジャングルジムのてっぺんを吹き抜ける、やんちゃな風だ。
私は、この世界の風が好きになった。
次に私は公園を出てみることにした。私とレイくんが通っていたはずの幼稚園の方に向かう。
道路にはくっきりと白線が引かれていた。端っこの歩行者用のしるし。これの上を平均台のようにたどって歩くの、やってたなあ。
なのにその脇に建ち並ぶ家はなんだかテキトーで、門も壁も似たような感じだった。おかしいな、もっときれいな花の咲く植え込みや、鉢植えが並ぶ玄関先なんかもあったんだけど。
これはきっと、レイくんの記憶の方に問題があるに違いない。
小さなレイくんは花なんかに興味がなかったんだろう。さっきの公園にも花壇があったはずなのに、跡形もなかったもん。
なんだか不思議。同じ道を歩いていても、見えているものは別なんだね。私の思い出の世界があったらどんな感じかな。
でもこれはレイくんの心の中。ここに残されたレイくんの想いはどんなものだろうか。私はその願いを叶えることができるだろうか。
まずは名前を思い出さなきゃいけないんだけどね。
すると私の真後ろで、何かの息づかいが聞こえた。
「え――きゃあああァァッ!」
振り向いた私は大きな悲鳴を上げる。目の前にいたのは私と同じぐらいの大きさのケモノ――犬が二頭。
反射的に跳びのいたら車道側にはみ出してしまった。そこに一台の車が突っ込んでくる。
甲高いブレーキ音。そしてクラクションが鳴り響く。
私は反復横跳びのように逃げた。逃げすぎて家の壁にぶつかる。そこで座り込んだ私の目の前で、犬も車もかき消えた。
「ハッ……ハアッ……!」
び、びっくりした!
ちょっとレイくん、ここはあなたの世界でしょ何するの? 死ぬかと思ったじゃない!
――あ、違う。
こんなことが、あったよ。
お母さんより前でピョンピョン歩いていた私。大きな犬を散歩させていた人が、車をよけようと私とお母さんの間に入った。ちょうどそこで私が振り返って――。
あの時、飛びついて私を後ろに引っ張ってくれた子がいた。
それで助かったのかどうかはわからない。ただ一緒に転んだだけかもしれない。車は私たちの前で停まってくれた。
とにかくびっくりして泣き出した私のことを、その子――レイくんは自分も膝をすりむいているのにヨシヨシとなぐさめてくれたんだ。
……こうして思い出すと、私とんでもなく情けないなあ?
あの頃いつもレイくんにヨシヨシされてたんじゃない。ていうか泣きすぎ。レイくんもよく面倒みてくれたもんだ。
なのにその人のさ、名前も覚えていないってひどくない? 早く思い出さなくちゃ。
名前を呼んで、レイくんに会う。
そしてレイくんの想い残りがなんなのか聞いて、解決する。
そうしなくちゃならない。
「……でも、こわいな」
だって想い残りがなくなったら、レイくんも消えてしまう。名前を当てただけなら大丈夫だと言っていたけど、最後にはお別れすることが決まっているんだよね。
私はレイくんがいなくなるのは嫌だ。だけどこのままじゃだめなのもわかっている。それにこうして私ひとりでさまよっていてもレイくんには会えないままなんだから、やるしかない。
このまま雨がやんで現実からはぐれてしまったら、ひとりでここに閉じこめられることになるの? そんなの嫌。
雨がやむまでのわずかな時間に、私は彼を見つけなければいけない。外の世界の雨がいつやむのかすら、私にはわからないけれど。
私はひとり、立ち上がった。
見上げた空からは、やさしい光がさしている。
「レイくん――私、この世界の光も、好きだよ」
つぶやいたけど、ひとりって辛いね。撫子が言ってたよ、『ひとりでがんばらなきゃいけないのかな』って。
私、今はひとりでもがんばるけどさ。
いつもの私はひとりじゃない。
撫子がいた。友だちもいた。
私が入院してお母さんは泣いた。私が生きていて嬉しいとお父さんは言った。
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小さい時も、私のそばには誰かがいた。そしてこれからだって私はひとりにはならない。きっと誰かが私のことを見ていてくれるだろう、たぶん。
だけどもし誰もいなくなってしまったら――私の方から行けばいい。誰かのそばに。
私から、手を伸ばして。
撫子が空に手をのべたように。
私は私の空をゆく。私の空を、これから探す。
だから今はまずレイくんを見つけよう。私ひとりの力で。
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