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 ドラッヘ王国の王族、先代ウィンクラー辺境伯夫夫に加えて、フワイト王国の王太子が集う煌びやかな晩餐会場では、にわかにピリピリと緊張した空気が流れていた――。

 第二王子殿下の愚かな行いにより、暗い雰囲気に包まれている、というわけではない。
 伝説の不死鳥と、隣国の守り神である白虎が、飛び入り参加しているからだった。

(席順がめちゃくちゃだと思うのは、僕だけじゃないよね……?)

 恐る恐るシャンパンに口をつけるレヴィは、己よりも身分の高い者たちの顔色を窺う。
 レヴィと離れる気がさらさらないロッティと、邸に置いてけぼりにされたと思い、若干拗ねているレイバンは、伴侶のベアテルを差し置いて、レヴィの隣を陣取っていた。

『レヴィ様が悪妻を演じることになった時は、ハラハラしましたが……。無事にベアテル様と結ばれ、私も嬉しく思います』

 不死鳥の不在時に、なにがあったのかを説明する白虎は、まるで己も人間であるかのように、スープを口に運ぶ。
 一切の音を立てないレイバンは、とてもマナーの良い白虎である。

『あん? ご主人様が、悪妻ぃ? ……なんだよ、随分と面白そうなことをしてるじゃねぇかっ!! 俺様がいない間に、そんな楽しそうなことをしていただなんて、聞いてねぇぞっ!?』

 興奮気味に告げた不死鳥が、ぼうっと全身を纏う炎を燃やす。
 その瞬間に、王族全員がビクリと反応する。
 不死鳥と白虎が一触即発状態なのかと、背筋が凍りついていたのだ。

 魔王が討伐され、平和が訪れたのだが、友好国であるフワイト王国と揉めることは避けたい。
 それはセドリックも同じ気持ちであり、レイバンの鎖を引いたものの、一瞥されていた。
 皆の思考をなんとなく察しているレヴィは、心配無用だと、微笑みを絶やさないよう心がける。

『面白いことなどありませんよ? レヴィ様は、真剣でした。ですが、夜更かしをしたりと、私から見れば可愛らしいだけでしたよ?』

『っ……ご主人様が、夜更かしだと!? 充分、不良行動じゃねぇかっ!!』

 案の定、『やるじゃねぇか!』とロッティには褒められたのだが、嘴には肉汁が垂れている。

(……レイバン様とは大違いだ。飼い主である僕が甘やかしたせい、かな……?)

 レヴィは内心呆れていたが、ロッティの口元をそっと拭っていた。
 緊張から、食事が喉を通らない者ばかりだというのに、不死鳥と白虎の会話は、緊張感のカケラもなかった――。

 皆がレヴィの言葉を待っていることが、ひしひしと伝わってくる。
 だが、通訳をすることなどできやしない。
 レヴィにとっては、黒歴史である。

「辺境伯夫人が愛し子様だったことには、私も納得しております。レイバンが、これだけ懐いているのですから……」

 優雅に食事を終えたセドリックが、レヴィに向かってにこりと微笑む。
 
「非常に喜ばしいことですが、マクシム殿とエミール殿は、長生きせねばなりませんね」

 セドリックの言葉に、マクシムは眉を顰めたが、エミールは気にしていない様子だった。
 今後、レヴィが魔王討伐に同行するのであれば、身重ではより危険な旅になってしまう。
 だから、マクシムとエミールが孫の顔を見るのはかなり先のことになるだろう、と告げたのだ。

(……そっか。そこまで考えられてなかった。まだまだだな、僕は……)

 ベアテルが魔王討伐部隊を率いる際は、聖女はレヴィでなくてはならない。
 その重要な役目を果たせなければ、リンドヴィルムに助言してもらった意味がない。
 大切なことに気付かせてくれたセドリックに、レヴィは心の中で感謝していた。

(僕は聖女でもあるから、すぐに子作りをしない方がいいのかも……)

 ベアテルと想いを通わせたことで、レヴィはいつ子が宿ってもいいと思っていた。
 むしろ、早くベアテルに似た子がほしいと、願っている――。
 それでも国のためならば、レヴィの気持ちは二の次だ。

(別に、悲しむことじゃない。だって、僕の治癒の力が失われたら、ベアテル様を助けることができなくなるんだもん)

 そうわかってはいるのだが、レヴィは無意識のうちに平らな腹を撫でていた。
 すると、ベアテルの纏う空気が変わり、レヴィはごくりと唾を飲む。
 表情にこそ出していないが、ベアテルが不機嫌であることは、伝わってきていた。

「私は、今すぐに後継者を欲しているわけではありません。レヴィとふたりだけの時間を、大切に過ごしたいと思っております」

「ははっ、そうでしたか。てっきり……」

 そこまで話して、口を閉じたセドリックに、意味深な視線を向けられる。

(っ……もしかして、僕がお茶会に参加できなかった理由に気付かれてる?)

 ベアテルが朝まで離してくれず、レヴィは足腰が立たなかったのだ。
 お茶会に欠席したことを王族には謝罪したが、まさかこの場で、セドリックに指摘されるとは思わなかった。

(っ、まさか! 僕たちが子作りに励んでいると勘違いしてるんじゃ……!? 愛し合うのは程々にって、忠告されちゃったのか……)

 レヴィは羞恥から顔に熱が集まり、誤魔化すようにシャンパンを一気に飲み干す。
 そんなレヴィを見つめるセドリックが、優しげな笑みを浮かべているのだが、エルネストはげんなりとしていた。

「ふふっ。余計なお節介でしたね?」

「いえ。セドリック王太子殿下が、私共の深い事情まで考えてくださり、恐縮です」

 ベアテルが感謝の言葉を告げ、セドリックは朗らかに笑っている。
 だが、ふたりの間で火花が散っているような気がするのは、レヴィの気のせいだろうか。

 ヴィルヘルムが咳払いし、皆の視線が集まる。

「辺境伯夫人が愛し子であること。リンドヴィルム様にお会いし、ドラゴンの鱗を分け与えられたことは、既に昨日のうちに国民に知らせておる。今後は民の対応に追われることとなるだろうが、今まで通り過ごしてほしい」

「承知しました」

 レヴィを気遣ってくれたヴィルヘルムだが、セドリックの言葉を否定することはなかった。
 つまり王族も、レヴィには後継者の件は慎重に判断してほしいと思っているのだろう。


『なにをグダグダ言ってんのか知らねぇけどよぉ。俺様のご主人様を、他の聖女たちと同じように考えてること自体が間違ってる、ってことに気付けよなぁ~? これだから無能な奴らは嫌いなんだよ』

『まあまあ、そう怒らずとも……。そのうち、リンドヴィルム様が解決してくださいますよ。ふふっ、ふふふふふっ……』


「……っ!?」

 セドリックの話は聞かなくてもいいと告げたレイバンが、不敵な笑みを漏らす。
 レヴィは単に励ましてくれたのだと思っていたが、後にリンドヴィルムと再会した際に、レヴィはレイバンの真意を知ることになる――。



























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