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 高位貴族や資産家であれば、秘薬を目にしたことはあるだろう。
 だが、そんな彼らでも、ドラゴンの鱗を直に見た者はいないのだ。
 誰もが近くで見たいと願っているようで、レヴィはじりじりと迫り来るような圧を感じていた。

(秘薬が残り少なくなっている現状で、入手できたドラゴンの鱗。それも、大量に……。みんなが喜んでいることは伝わるけど、す、すごい圧だっ!)

 興奮に目を血走らせる者もいる。
 それは、ヴィルヘルムも例外ではなかった。
 しかし、皆の反応をわかっていたかのように、ベアテルは冷静なまま言葉を紡ぐ。

「リンドヴィルム様からは、今後の為になるお言葉も頂戴しております。レヴィだけでなく、私にも直接、お言葉を下さいました」

「っ、リンドヴィルム様から直接!?」

「なんという奇跡っ! ウィンクラー辺境伯も、選ばれし者だったのかっ!!」

「いえ、それは違います」

 興奮する皆を、ベアテルが否定する。

「神に愛されし者は、レヴィただひとり。私にはなんの力もありません。しかしながら、リンドヴィルム様は、我々の脳に直接話しかけることが可能なのです」

「そ、それはつまり……」

「はい。運良く、リンドヴィルム様にお会いした際には、ここに集まる方々の誰しもが、お言葉を頂戴することができることでしょう」

「「「おおおおおおッ!!!!」」」

 大歓声が上がる。
 実際にドラゴンと話せる者は、この中にいるかはわからない。
 なにせ、リンドヴィルムの気分によるからだ。
 それでもベアテルの言葉で、皆が希望に満ちた表情を浮かべていた。

(みんな、すっごく期待しているようだけど……。まずは、リンドヴィルム様のお姿を目撃しないと話にならないんだけどなあ……)

 歓喜する者たちの水を差すことはやめようと、レヴィは口をつぐむ。
 そして、大量の鱗を分けてくれた、太っ腹なドラゴンを思い出していた。
 独り身だと話していたリンドヴィルムも、長い間寂しい思いをしていたかもしれない。
 次に会えた時は、レヴィがリンドヴィルムに掛け合ってみようと考えていた。

(それに、ベアテル様以外の人たちとも、ドラゴンと話すことができる喜びを、分かち合いたい――)

 人間とドラゴンが交流する明るい未来を想像し、レヴィは胸を躍らせていた。
 そしてベアテルは、陛下にリンドヴィルムからの助言を報告する。

「今後、魔王が復活した際には、私が魔王討伐軍を率いること。その際には、愛し子のレヴィを同行させること。そうすれば、異世界から勇者を召喚する必要はなくなると、助言していただきました」

「そうであったか……。しかし、いくらレヴィが有能とはいえ、魔王討伐に連れて行くのは、いささか危険ではないか?」

 レヴィが愛し子だと確信したヴィルヘルムは、なによりもレヴィを失うことを恐れていた。
 しかし、ベアテルは心配無用だとばかりの堂々とした態度である。
 なんとも頼もしい伴侶に、レヴィはうっとりと見惚れてしまう。

「レヴィのことは、私が必ず守ります。私はレヴィがいれば、命を落とすことはありません。それに、どれだけ優れた治癒能力を持つ聖女でも、誰もレヴィの代わりは務まらない……」

 そう言ったベアテルに熱い視線を送られ、レヴィは微笑み返した。

「私の聖女は、レヴィただひとり――」

「っ、」

 甘い笑みを浮かべるベアテルが囁き、レヴィの顔はみるみるうちに朱に染まった。
 まるで愛の告白だ――。
 そう感じたのはレヴィだけではなかったようで、若者たちが頬を染めている。

(っ、た、大変だっ!! みんなが、甘々モードのベアテル様に魅了されてるっ!!!!)
 
 内心、焦りを覚えているレヴィは、不満げに口を尖らせていた。
 感情を表に出してしまうなど、辺境伯夫人としては失格だ。
 それでもベアテルのことになると、レヴィはたちまち悪妻化してしまう。

「レヴィ? ……怒っているのか?」

 独断で陛下に報告したことで、レヴィを怒らせたのだと勘違いしているのだろう。
 不服そうにするレヴィに、ベアテルは顔色を曇らせていた。

(……ベアテル様の伴侶の座だけは、誰にも譲りたくない――。そう願わずにはいられない僕は、とんでもない悪妻だった……)

 レヴィの醜い心の内を知られてしまえば、ベアテルに嫌われてしまうだろう。
 それでも、ベアテルを独占したい。
 レヴィだけを見てほしいと願ってしまう。
 ベアテルを困らせているとわかっているのに、レヴィは小さく頷いていた。


「ベアテル様の甘いお顔とお言葉は、僕だけのものだったのに……」


 なんとも可愛らしい理由で拗ねていたレヴィに、ベアテルは胸を撃ち抜かれる。
 潤む大きな瞳から目が離せない。
 ベアテルは今すぐ可愛いレヴィを掻っ攫い、深く愛したくてたまらない気分にさせられていた。


「っ…………ああ、レヴィ。すまない……。だが、今は無表情を保てそうにない」

 幸せそうに頬を緩めたベアテルだったが、忙しなく髪を掻き上げている。
 今にも耳が飛び出そうになっているのを、必死に堪えているようだった。


 強い絆で結ばれているふたりを眺める人々が、ドラッヘ王国の未来は安泰だと口々に告げ、未だ理解が追いついていないテレンスは、皆から忘れ去られていた――。


 その後、もう二度と異世界人を召喚することはないとわかったアカリも、満面の笑みで異世界へと帰っていった。
 レヴィの心の友であるアカリが、離ればなれになっていた愛する家族と再会し、これから幸せな日々を送ってほしいと、レヴィは願う。



 召喚された最強勇者が異世界に帰った後、ドラゴンの鱗で作られた、決して壊れることのない貴重な婚姻指輪をはめたウィンクラー辺境伯夫夫最強伝説が、始まりを告げる――。


















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