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しおりを挟む誰もが不死鳥を従えるレヴィに見惚れていたのだが、当の本人は、隣に立つ大好きな伴侶に、こっそりと熱い視線を送っていた――。
そこへ、王族が現れる。
緊張からか、ヴィルヘルム国王陛下は、普段の何倍も顔が強張っていた。
「辺境伯夫人……」
「はい。よろしければ、僕がバルドヴィーノ様のお言葉をお伝えしましょうか?」
ヴィルヘルムが、不死鳥と話したそうにしていることを察したレヴィは、通訳を名乗り出ていた。
動物と会話ができる人間は、レヴィ以外にいないのだから、容易には信じられないだろう。
だが、ヴィルヘルムは瞠目する。
「っ……頼めるだろうか」
国王までもがレヴィに対して恭しいような気もするが、レヴィは了承する。
紫色の双眸は、伝説の不死鳥への隠しきれない熱が宿っていた。
「バルドヴィーノ様。此度は、ドラッヘ王国のために、魔王討伐にお力を貸してくださり、誠に感謝申し上げます」
国を代表してヴィルヘルムが感謝の言葉を述べると、ロッティはすん、と匂いを嗅ぐ。
『あん? お前は……盗人の子孫か』
「っ……!?」
国王が深々と頭を下げているというのに、ロッティがとんでもない発言をするものだから、レヴィは生きた心地がしなかった。
『俺様は、ご主人様のために動いただけであって、お前たちのためじゃねぇよ。それから、俺様の名はロッティだ! そこんとこ間違えるんじゃねぇぞ』
重要なことだと、ツンとした態度のロッティ。
だが、他の者たちから見れば、威厳のある態度に見えていることだろう。
そう前向きに判断したレヴィは、きちんと通訳の仕事をすることにした。
「バルドヴィーノ様にとって、ドラッヘ王国の民を助けることは当然のこと。気にすることはないと、仰っておられます」
『っ、おい! 俺様はそんなこと言ってねぇぞ? しっかり通訳しろ!』
耳元で怒鳴られたレヴィだが、微笑みを絶やすことはない。
当たり障りのない言葉だったからか、周りの者たちはレヴィを注視している。
だが、ヴィルヘルムは有り難そうに、再度頭を下げていた。
『もう一度、きちんと俺様の言葉を伝えろ! ご主人様が舐められたままじゃ、納得いかねぇ』
不死鳥は、レヴィの頼みしか聞かないと伝えてほしいのだろう。
そうすれば、レヴィの評判は益々上がることになり、きっとアーデルヘルムのような英雄になる。
だが、レヴィは人々に崇められるより、ウィンクラー辺境伯領で、ベアテルと幸せに暮らせたら、それだけで幸せなのだ――。
不満げなロッティを納得させるため、レヴィは声を潜める。
「ロッティさんは、僕のために行動してくれたんでしょう? 僕は、貴族として生まれたのだから、民を助けることは当然のことだと思ってる。……つまり、間違ったことは言ってないよ?」
嘘はついていない。
オブラートに包んで話しただけだ。
そうレヴィが耳打ちすれば、ロッティは『……ぐぬぬ』と唸っていた。
レヴィはロッティと揉めていたのだが、周りの者たちから見れば、ただただ戯れあっているように映っている。
敬うべき存在である不死鳥と、気安い仲であるレヴィを、畏れ多いと思う者もいたが、大半の者が羨望の眼差しを向けていた――。
『あとよ、アカリのことだ。アイツは嘘は言ってねぇぞ? この国に来た時から、伴侶や子がいることは話していたが、無視されていたらしい』
「……そうだったんだ」
『まあ、アカリは幼顔だし、信じられないのも無理はねぇ。そんで、バカ王子と婚姻すれば、「異世界に帰る準備を早めることができる」と言われて、婚姻することに決めたんだ』
「っ……」
ロッティがつらつらと語っているが、信じられない話に、レヴィは息を呑んでいた。
テレンスからの求婚に応じた際も、アカリは異世界に伴侶と子がいることを説明したそうだ。
婚姻は契約であって、テレンスとは関係を持つつもりはないとアカリが宣言していたところを、ロッティは見ていた。
そこまで話を聞いたレヴィは、先程アカリを責め立て、被害者のように涙するテレンスを思い出し、怒りや恐怖といった感情が芽生えていた。
『俺様は、すぐにバカ王子の嘘だと見抜いたから、アカリを止めようとしたんだが……。いかんせん、言葉が通じねぇからなぁ。それだけ、愛する息子に会いたかったってことだろうよ』
「……レヴィ、どうした?」
レヴィの異変にいち早く気付いたベアテルが、レヴィの顔を覗き込む。
アカリのためにも、ここは誤解を解く必要があるだろう。
ベアテルには大丈夫だと目配せをしたレヴィは、ヴィルヘルムに向かい合う。
「それから、アカリ様のことですが。異世界に伴侶や子がいることは、ドラッヘ王国に招かれた時に、お話ししていたそうです」
「「っ……」」
その発言に驚く者もいれば、心当たりがあったのか、何人かは目を逸らしていた。
それも高位貴族の者ばかりなのだから、レヴィは呆れてしまう。
「テレンス殿下と婚姻することを決意したのも、異世界に帰る準備を早めることができると、そう言われたからだそうです」
「っ……なんだと」
ヴィルヘルムが唸るように告げ、皆の視線が未だ腰を抜かし、情けない姿を晒し続けるテレンスに向けられた。
だが、テレンスの熱を帯びた青い瞳は、レヴィだけを見つめている。
まるで話が聞こえていないのか、恍惚とした表情で見つめられ、レヴィは頭を抱えたくなっていた。
「っ、やっぱりレヴィくんは、バルドヴィーノ様とお話ができるんだっ! だって私、その話はまだ誰にも話していないものっ!」
「「「――……ッ!!!!」」」
アカリの発言により、レヴィが不死鳥の言葉を聞き取れているのだと察した人々が、息を呑んだ。
ぱあっと黒い瞳を輝かせたアカリだが、マティアスを気にかけている。
おそらくアカリは、魔王討伐後にテレンスの嘘に気付いたのだろう。
それでも黙っていたのは、テレンスを愛するマティアスを、傷付けたくなかったのかもしれない。
「テレンスは、そんなに愚かなことをしていたのか……」
顔色が青褪め、今にも倒れそうになっているマティアスを見ると、胸が痛む。
(――それでも、真実を知るべきだ)
そう思ったレヴィは、拳を握りしめ、必死に怒りを堪えているであろうヴィルヘルムを見上げた。
「この件は、バルドヴィーノ様が証人です」
レヴィの言葉に、しんと静まり返る。
そしてロッティは、レヴィばかりを見ており、反省している様子が見られないテレンスに、不愉快だとばかりに、細い火を噴いた。
「っ、アッツッ!!!!」
丸焦げにするつもりはないし、火はテレンスに届いてもいない。
それなのに、テレンスは大袈裟に転げ回る。
(……会う度に、テレンスの情けない姿ばかり見てる気がするのは、僕だけかな……?)
これが本来のテレンスの姿なのだろう。
周囲の者たちから白い目で見られているテレンスに、レヴィが手を差し伸べることはない。
そして、ヴィルヘルムがアカリに謝罪したことで、アカリの名誉は守られた。
「この、大馬鹿者がっ!!」
「っ……ち、父上っ、違いますッ!! 誤解ですっ!! この私が、そんな卑怯なことをするわけがないではありませんかっ!!」
「黙れっ! お前のことは信用ならんっ!」
そして父親に叱責されてもなお、テレンスは無罪だと訴えていたが、バルドヴィーノが証人となった時点で、誰ひとりとしてテレンスを信じる者はいなかった――。
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