上 下
102 / 131

98

しおりを挟む


 翌朝、ウィンクラー辺境伯領では、ちらほらと雪が降り始めていた。
 刺すような風も冷たく、吐く息も白い。
 だが、レヴィは寒さなんてへっちゃらだった。
 なにせ、日頃の感謝と、ベアテルと結ばれた祝いの品として、使用人たちから暖かなコートをプレゼントしてもらったのだ。

(すごく可愛いし、とってもあったかいっ……。僕の宝物だっ!)

 ふわふわと軽い、ミルクティー色のコートは、使用人たちが意見を出し合いデザインした、特別なコートだ。
 喜びが爆発しているレヴィは、意気揚々と馬車に乗り込んでいた。

「レヴィ様、またあとでっ!」

 笑顔で手を振るマリアンナが、スザンナと共に後方の馬車に乗り込む。
 ベアテルとレヴィを祝福してくれたマリアンナにも、良い縁があればと、共にパーティーに出席することにしたのだ。
 そしてスザンナは、テレンスの被害者たちの治癒を希望しており、アニカの許可を得る為に、共に王都に向かう予定であった。

「少し寒いですね? みんな、大丈夫かな?」

 窓の外を見れば、凛と背筋を正す使用人たちが、馬で並走している。
 ドラゴンの鱗を運んでいる為、使用人三十名全員がついてきてくれているのだ。
 レヴィは手を振ったものの、皆が視線を彷徨わせていた。

「…………僕、何かみんなの気に触ることをしちゃったのかな?」

「アイツらのことは気にしなくていい。レヴィに見惚れているだけだろう。……俺の色が、よく似合ってる」

 さらりと告げたベアテルが、窓の外の景色を見ることもなく、レヴィだけを見つめている。

(っ……ベアテル様のことだ。きっとお世辞じゃないから、余計に恥ずかしいっ!)

 ベアテルが、自身の瞳の色を連想させる、金糸の刺繍が美しい衣装を褒めてくれ、レヴィはたまらず両手で顔を隠していた。

 本日、レヴィが着ている衣装は、以前、悪妻化していたレヴィが購入したものだ。
 急なパーティーの時に必要になるだろう、と助言してくれていた商人たちに、レヴィは心から感謝していた。

 一方のベアテルは、白を基調とした衣装だが、所々にレヴィの瞳と同じ、薄紫色のものを取り合わせている為、普段より柔らかな雰囲気にも見える。
 だが、レヴィの瞳に映るベアテルは、大人の色気のある王子様でしかなかった。

「そういえば、勇者様からの手紙があったな」

 すっかり忘れていたと、ベアテルから封筒を預かる。
 ぱあっと笑みを浮かべたレヴィは封を切ったが、読み進めるにつれて、レヴィは胃がムカムカとし始めていた。

 なにせ手紙には、テレンスとアカリが想い合っていないことや、アカリはベアテルを愛しているから離縁してほしいなどといった、世迷言が綴られていたのだ――。

 そして、レヴィがなにより腹立たしかったのは、アカリの字ではなかったことだった。
 字を書くことが苦手なアカリのために、テレンスが代筆したと書いてあるが、真っ赤な嘘だろう。

「こんなもので、僕を騙せるとでも思っていたのでしょうか……? 僕は、アカリ様と一緒に授業を受けていたんですよ?」

 最初こそ、読み書きができないことに苦戦していたアカリだが、彼女は努力家なのだ。
 あっという間に習得していた。
 だが、アカリが寝る間も惜しんで、読み書きの練習をしていたであろうことを知っているレヴィは、偽りの文を寄越したテレンスに対する怒りで、手紙を思い切り丸めていた。

(馬車の中でも、ベアテル様と幸せな時間を過ごせると思っていたのに、最悪な気分……)

 レヴィはむっとしていたが、レヴィの隣に座り、長い足を持て余しているベアテルは、ふっと笑みをこぼした。

「俺の予想通りだったか……。レヴィに渡すタイミングを間違えなくて、本当によかった……」

 そうでなければ、むしゃくしゃとした気分のまま初夜を迎えていただろう。
 そう言外から汲み取ったレヴィは、瞬く間にテレンスのことなど忘れてしまっていた。

「これは、何かあった時の為に取っておこう。だが、さすがに勇者様には見せられないな」

「……そうですね。我が国の恥を晒すことになりますし、なによりアカリ様の気分を害すると思います」

 手紙を懐に仕舞い、苦笑いを浮かべるベアテルが、レヴィに同意する。
 王都に到着する前から、重い気分にさせられてしまった。
 会話がぷつりと途切れ、沈黙が流れる。

(っ、せっかくベアテル様と一緒にいられるのに、僕が暗い顔をしてちゃ、ダメだっ)

 暗い空気を変えるべく、ミルクティー色のふわふわとしたフードを被ったレヴィは、ベアテルに耳打ちする。

「僕も、ベアテル様と同じ、熊さんになっちゃいましたっ! お揃いですね?」

 フードについたふたつの耳に触れるレヴィが、にっこりと微笑めば、ベアテルは鋭い瞳を見開く。
 羽織るだけでテディベアに変身できるコートは、小柄なレヴィによく似合っていた。

「――……クハッ」

「っ、ベアテル様!? 大丈夫ですか!?」

「…………心臓がいくつあっても足りない」

 苦しそうに胸を押さえているものの、ベアテルの顔は真っ赤だ。
 レヴィをじっくりと見ていたかと思えば、無言で頭を撫でられる。
 だが、ベアテルの頭にも耳が飛び出していた。
 
「そういえば、婚姻前は、一度も耳が飛び出たことはありませんでしたよね? それなのに、今はどうして……」

「――……幼少期は、うまく制御できなかったが、成長するにつれて隠すことができるようになった。だが、愛する人の前では制御不能になる」

「っ、」

 レヴィの前でだけだ、と。
 ベアテルが、レヴィを特別に想っているからだと伝わったレヴィは、嬉しいやら恥ずかしいやらで、フードを深く被り、火照る顔を隠していた。

「ククッ。俺自身が、一番驚いているんだぞ? だから、パーティーでは愛らしい姿を見せないでほしい。俺もなるべく、レヴィを見ないように努力はするが……」

 レヴィはベアテルの耳を可愛いと思うが、他の者たちはきっと驚くだろう。

(今まで耳を隠していたベアテル様は、自分の耳があまり好きじゃないのかもしれない。もしくは、他の人たちを怖がらせてしまうから、かも……)

 優しいベアテルであれば、おそらく後者だろう、とレヴィは思った。
 人喰い熊の異名もある為、仲睦まじくするのは、ふたりきりの時だけにしようと、約束した。

「やっぱり、本物には敵わないやっ!」

「――……誰の目から見ても、俺よりレヴィの方が似合っていると思うが……」

 互いに耳を触り合い、大好きな人と戯れつくレヴィは、失念していた。
 テレンスの人気が落ち着いた今。
 有能な獣医として名を馳せるレヴィだけでなく、荒れた領地を蘇らせた領主として、ベアテルも高く評価されていることを――。



















しおりを挟む
感想 61

あなたにおすすめの小説

幽閉王子は最強皇子に包まれる

皇洵璃音
BL
魔法使いであるせいで幼少期に幽閉された第三王子のアレクセイ。それから年数が経過し、ある日祖国は滅ぼされてしまう。毛布に包まっていたら、敵の帝国第二皇子のレイナードにより連行されてしまう。処刑場にて皇帝から二つの選択肢を提示されたのだが、二つ目の内容は「レイナードの花嫁になること」だった。初めて人から求められたこともあり、花嫁になることを承諾する。素直で元気いっぱいなド直球第二皇子×愛されることに慣れていない治癒魔法使いの第三王子の恋愛物語。 表紙担当者:白す(しらす)様に描いて頂きました。

転生令息は冒険者を目指す!?

葛城 惶
BL
ある時、日本に大規模災害が発生した。  救助活動中に取り残された少女を助けた自衛官、天海隆司は直後に土砂の崩落に巻き込まれ、意識を失う。  再び目を開けた時、彼は全く知らない世界に転生していた。  異世界で美貌の貴族令息に転生した脳筋の元自衛官は憧れの冒険者になれるのか?!  とってもお馬鹿なコメディです(;^_^A

転移したらなぜかコワモテ騎士団長に俺だけ子供扱いされてる

塩チーズ
BL
平々凡々が似合うちょっと中性的で童顔なだけの成人男性。転移して拾ってもらった家の息子がコワモテ騎士団長だった! 特に何も無く平凡な日常を過ごすが、騎士団長の妙な噂を耳にしてある悩みが出来てしまう。

【完結】伴侶がいるので、溺愛ご遠慮いたします

  *  
BL
3歳のノィユが、カビの生えてないご飯を求めて結ばれることになったのは、北の最果ての領主のおじいちゃん……え、おじいちゃん……!? しあわせの絶頂にいるのを知らない王子たちが吃驚して憐れんで溺愛してくれそうなのですが、結構です! めちゃくちゃかっこよくて可愛い伴侶がいますので! 本編完結しました! 時々おまけを更新しています。

【完結】異世界から来た鬼っ子を育てたら、ガッチリ男前に育って食べられた(性的に)

てんつぶ
BL
ある日、僕の住んでいるユノスの森に子供が一人で泣いていた。 言葉の通じないこのちいさな子と始まった共同生活。力の弱い僕を助けてくれる優しい子供はどんどん大きく育ち――― 大柄な鬼っ子(男前)×育ての親(平凡) 20201216 ランキング1位&応援ありがとうごございました!

乙女ゲームが俺のせいでバグだらけになった件について

はかまる
BL
異世界転生配属係の神様に間違えて何の関係もない乙女ゲームの悪役令状ポジションに転生させられた元男子高校生が、世界がバグだらけになった世界で頑張る話。

侯爵令息は婚約者の王太子を弟に奪われました。

克全
BL
「カクヨム」と「小説家になろう」にも投稿しています。

転生したら同性の婚約者に毛嫌いされていた俺の話

鳴海
BL
前世を思い出した俺には、驚くことに同性の婚約者がいた。 この世界では同性同士での恋愛や結婚は普通に認められていて、なんと出産だってできるという。 俺は婚約者に毛嫌いされているけれど、それは前世を思い出す前の俺の性格が最悪だったからだ。 我儘で傲慢な俺は、学園でも嫌われ者。 そんな主人公が前世を思い出したことで自分の行動を反省し、行動を改め、友達を作り、婚約者とも仲直りして愛されて幸せになるまでの話。

処理中です...