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しおりを挟む「――……見損ないました」
心底幻滅したように、レヴィが呟く。
怒りからか、自然と声が震えてしまう。
「そうだろう?」
テレンスが同意し、レヴィは信じられない気持ちのまま、顔を上げていた。
テレンスに向けた言葉だというのに、なぜ得意げな顔をしているのだろうか。
レヴィは非難するような目付きで、テレンスを睨み付けていた。
「ベアテル様は、テレンス殿下を悪く言ったことは一度もありませんっ」
ようやくレヴィが怒っていることに気付いたのか、テレンスが目を見張る。
「……なんだって?」
衝撃を受けるテレンスの青い瞳が、ベアテルに向けられる。
ベアテルは無言で、真っ直ぐにテレンスを見つめ返していた。
嘘偽りのない黄金色の瞳を見ていられなくなったのか、テレンスはさっと顔を逸らした。
「そんな馬鹿なっ。……ありえない」
愕然とするテレンスが、なにやらぶつぶつと呟き始めた。
どんどん顔色が悪くなっていく。
ベアテルが、テレンスのことを悪く言ったことなどなかったことを知り、テレンスは今、反省しているのだろう。
そう思った矢先、それはレヴィの勘違いだったと知ることになる――。
「つまり、レヴィはベアテルに同情しているわけではないと……? 今も、私を愛しているのではないのかい? レヴィは、私を裏切っていたの?」
嘘だと言ってくれと、テレンスが涙ながらに訴えかけてくる。
だが、レヴィを裏切っていたのは、テレンスだ。
それなのに、なぜレヴィがテレンスを裏切ったことになるのか。
(……全く話が通じない)
これ以上は、互いに不快な気持ちになるばかりだろう。
そう判断したレヴィが立ち上がり、使用人たちを呼んでいた。
「テレンス殿下がお帰りです」
「っ……レヴィ!? 話はまだ終わっていないよ!? 今なら許してあげる。だから、ベアテルではなく、私を愛していると言ってくれ!」
テレンスは、なにをそんなに必死になっているのだろうか。
異様なまでに焦っているテレンスに、レヴィは訝しげな目を向けていた。
「このままでは、兄上が国王に指名されてしまう」
小刻みに足を揺らし、苛立ちをあらわにするテレンスが、項垂れる。
「父上には、私の方が相応しいと訴えたが、レヴィを支持した兄上の方が、国王の器があると言われたんだ。レヴィは、私のものなのに……っ!!」
理不尽だと、テレンスが恨み言を話しているが、レヴィは当然の結果だと思っていた。
人の気持ちを理解できないテレンスに、国王の器があるとは思えない。
(テリーは、僕を愛しているわけじゃない。自分が大好きなんだ……)
「私が国王の座に就かなければ、レヴィを側妃に迎えられなくなるんだよ? それでもいいの?」
「…………なにを言っているの?」
「ホワイトタイガーの専属医にも指名されて、ドラゴンの鱗も見つけたんだろう? 今のレヴィなら、誰よりも私に相応しい。レヴィさえいれば、私は国の頂点に立つことができる。レヴィも、国母になれるんだよ? ベアテルなんかには、勿体無いっ! よく考えるんだ、レヴィ!!」
さも、レヴィのためだと、テレンスが熱く語っている。
反省するどころか、自分のことばかり考えているテレンスに、レヴィは嫌気がさしていた。
「出て行ってください。もう、顔も見たくないっ。二度とベアテル様の前に現れないでっ!!」
最後まで冷静に話そうと思っていたレヴィだが、叫んでいた。
すると、レヴィに拒絶されたテレンスが、傷ついたように顔を歪ませる。
だが、誰よりも傷ついたのは、ベアテルだ。
そのことにも気付けないテレンスを、レヴィはどうして好きだったのか、今ではわからなくなっていた――。
「なぜ、ベアテルを選ぶんだい? レヴィもアカリも、どうしてベアテルなんだ……」
コンラートたちに拘束されるテレンスが、部屋から連れ出される。
部屋の前では、スザンナやマリアンナたちも、待機していた。
その際に、嫉妬に狂うテレンスの言葉が、レヴィの耳に届く。
選ぶもなにも、テレンスがアカリの伴侶に名乗り出ていなければ、レヴィはベアテルに想いを寄せられていたことにすら、気付かなかっただろう。
自ら決めた結果だというのに、なぜ嘆いているのかわからない。
(でも、テリーがベアテル様を逆恨みしてるままだと、なにをされるかわからない……)
スザンナに目配せをしたレヴィは、テレンスの手を取っていた。
テレンスの右手をレヴィ、左手をスザンナが握り、ふたりで祈りを捧げれば、テレンスの下腹部がきらきらと眩い光を放つ。
婚姻後も、テレンスはアカリを裏切り、不貞を働いていたことが証明された――。
「まあっ!! テレンス殿下の股間が、きらきらと輝いていますわっ!?」
死の森にまで届きそうな大声でスザンナが告げれば、テレンスの顔はみるみるうちに青褪めた。
「…………ブフッ、顔より股間がキラキラしてる王子だなんて、初めて見たぞ」
「英雄じゃなく、王家の恥だな」
使用人たちが笑いを堪え、人前で恥を晒したテレンスは、今は真っ赤な顔で震えていた。
「ベアテル様を逆恨みするのは、間違っていると思います。僕とアカリ様を裏切っていたのは、テレンス殿下なのですから……」
全て知っているのだとレヴィが目で告げれば、テレンスが狼狽える。
「っ!! レ、レヴィ、違うんだっ。これは、なにかの罠だっ!! ……スザンナ、貴様っ!!」
そう叫んだテレンスが、今度はスザンナに罪を擦りつけようとし、レヴィは頭が痛くなった。
だが、ツンと顎を突き出すスザンナは、テレンスを笑い飛ばした。
「心配いりませんわ? レヴィ様。わたくし、テレンス殿下の被害者の治癒をして回ろうと思っておりますの。きっと多くの方々が、テレンス殿下との関係を証言してくださるわ?」
「っ……」
ぐうの音も出ないテレンスが邸から放り出され、レヴィはどっと疲労が押し寄せてきていた。
(とりあえず、テリーには反省してほしい。それより……アカリ様も、ベアテル様が好きなの……?)
強力なライバルの出現に、レヴィは居ても立っても居られない。
ふらつく体を支えてくれたベアテルの腕に、レヴィはぎゅうっとしがみついていた。
「レヴィ、大丈夫か……?」
「っ、ベアテル様は……アカリ様のことを、どう、思っています、か……?」
「異世界人の女性だ。それ以上でも、それ以下でもない」
不思議そうに首を傾げたベアテルだが、レヴィの問いに即答する。
それでも、レヴィのほしい答えではなかった。
「そ、そうじゃなくって……。アカリ様は、魅力的な人だから――」
「…………ああ、俺の言い方が悪かった。彼女には悪いが、全く興味がない」
「っ、」
ひとまず安心したレヴィは、ベアテルにさっと抱き上げられていた。
当主の部屋まで行き、ベアテルがコンラートに、「部屋には誰も入れないように」と告げ、扉を閉める。
「もしかして、俺が勇者様に好意を抱いていると思っているのか? もし、レヴィが嫉妬してくれているのなら、俺としては嬉しいが……」
恥ずかしそうに咳払いをしたベアテルだが、口元は緩んでいた。
「レヴィは、俺のことを全然わかっていないな? 昔からそうだった」
「……昔から?」
「いや。俺の気持ちを、レヴィに伝えられる状況ではなかったせいでもあるが……。俺が、どれだけレヴィを愛しているのかを、これから知ってほしい」
「っ……」
熱の孕む黄金色の瞳に見下ろされたレヴィは、ドキドキとしながら頷き、大好きな人との初夜を迎えることとなっていた――。
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