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 先程まで賑やかだった場は、まるでお通夜のように静まり返っていた――。

 レヴィに治癒を求めていた騎士は、実は大勢いたこと。
 それをテレンスが、レヴィに伝えることなく、独断で却下していたこと。
 そしてマリアンナは、テレンスの指示でレヴィのそばにいたこと。
 テレンスが、いつもレヴィを呼んでいたように、マリアンナにも『可愛い人』と呼んでいたこと。
 治癒を施す際は、手に触れるだけでなく、膝の上に乗り、まるで恋人のように密着していたこと。
 そして最後は、テレンスに見限られたマリアンナは、ハーバル男爵領に追放されたこと……。

 本当にテレンスのことを話しているのかと、確認したくなるような話だった――。

「私の治癒の力が失われつつあるのは、レヴィ様を裏切る行動を取ったからだと思います。清い心が、失われたから……っ。心から反省しています。二度と同じ過ちは犯しません。本当に申し訳ありませんでしたっ」

 包み隠すことなく、全てを話したマリアンナが、静かに涙を流している。
 未だ受け止めきれていないレヴィは、なんと声をかけたらいいのかわからない。
 だが、レヴィはマリアンナが嘘をついていないことだけは、感じ取っていた。

「マリアンナ様とテリーが、秘密の恋人のように接していたことには驚きました。でも、それはマリアンナ様だけが悪いわけではないと思います」

「っ……」

 暫く放心状態だったものの、レヴィが思ったことを口にすれば、マリアンナは息を呑んだ。
 元はと言えば、膝に乗るように導いた、テレンスが悪いだろう。
 もしマリアンナが断ったとしても、第二王子の指示に、子爵家の令嬢が逆らえるはずもない。
 どのみち、マリアンナはテレンスの命令に従わざるを得なかっただろうと、レヴィは思った。

「それに、マリアンナ様が僕に意地悪をしたことなんて、一度もありませんでしたよね?」

 マリアンナは、充分反省している。
 レヴィが許す旨を伝えれば、マリアンナの頬には大粒の涙が流れ続けていた。
 そして、黙って見守っていたスザンナは、冷めてしまった紅茶をそっと口に含む。

「マリアンナもだけれど、最初にテレンス殿下に追放されたのは、わたくしなの」

「っ、」

「わたくしは悪いことはしていないわ? ただ、あの男の所業を、レヴィ様に告げ口したからなの」

 スザンナの衝撃的な発言に、レヴィは開いた口が塞がらなかった。
 てっきりスザンナは、レヴィたちの代では最も優秀だから、辺境の地を任されたのだとばかり思っていたのだが、そうではなかったのだ。

 教会で過ごしている頃に、スザンナが何度もレヴィに話していた出来事が蘇る。
 テレンスが、己の率いる部隊の騎士に、手を出していると――。

「っ……まさか、テリーが、騎士の人たちをつまみ食いしてるって話しじゃ……」

「ええ、そうよ」

 レヴィが言い終える前に、スザンナが深く頷く。
 以前までは、スザンナに突っ掛かられているだけだと思っていたが、スザンナはレヴィを想って忠告してくれていたのだ。

(クローディアスくんの話は、真実だったんだっ)

 あれだけ愛を囁いていたテレンスが、陰でレヴィを裏切っていたことを知り、レヴィは愕然とする。

「自ら身を委ねた者もいれば、褒美のために体を売った者もいる。理由は様々だけれど、ハーバル男爵領には、テレンス殿下と関係を持ち、飽きて捨てられた騎士たちが大勢いるわ? 彼らもわたくしたちと同じく、テレンス殿下の被害者――」

「っ、」

「レヴィ様を傷付けまいと、今まで話さなかったけれど……。今は真実を知った方がいいと思ったの」

 悲しげな面持ちのスザンナだったが、レヴィのためを想い、話してくれたのだろう。
 事実をハッキリと伝えてくれたスザンナに、レヴィは心から感謝していた。

(つまりテリーは、僕がベアテル様としたようなことを、不特定多数の人としていた、ってことだよね……? 僕を愛していると告げていた口で、他の人の口を塞いでいたんだ……)

 現場を目撃したわけではないのだが、先日、ベアテルと口付けをしたばかりだったレヴィは、生々しい想像ができてしまった。

 急に吐き気が込み上げてくる――。

「っ……気持ち悪い」

 レヴィの口から驚く程するりと出てきた言葉。
 ハッと口元を押さえたが、スザンナもマリアンナも同意していた。

「ええ、ふしだらな性病男よッ! 治癒の際にマリアンナを膝に乗せていたのも、股間がキラキラしているところを隠すために違いないわ!?」

「「――……ッ!?!?」」

 貴族令嬢とは思えぬ発言をしたスザンナに、レヴィとマリアンナは驚きのあまり、あんぐりと口を開けてしまった。

(っ、こ、こかん、が、きら、きら……)

 確信しているように告げたスザンナの言葉が、レヴィの脳内で繰り返される。
 それでも先に復活したマリアンナは、悔しそうに唇を噛んだ。

「テレンス殿下が性病を患っていたことも衝撃的ですが、それを隠すために、私を膝の上に乗せていたとは思いもしませんでした……。情けないっ。もっと早くに気付けていたならっ!」

「それでも、結果は変わらなかったはずよ?」

 きつい口調だったが、スザンナなりにマリアンナを慰めたのだろうと、レヴィは思った。
 はあ、と三人揃って重い溜息が出る。
 伴侶となる相手にのみ、身を任せることが当たり前だと思っていた聖女たちにとって、テレンスの行動は理解できないと同時に、許し難いものだった。

 しかも、婚約者がいるというのに――。
 レヴィに対する裏切り行為である。

(あれだけ愛してるって言ってたのに、全部嘘だったんだ……。テリーに騙されていたなんて、これっぽっちも気付かなかった……)

 レヴィが長年信頼していたテレンスは、たくさん愛の言葉をくれたが、平気で嘘をつく人間だった――。
 落胆する気持ちはもちろんあるが、婚約者としてずっとそばにいたというのに、テレンスの本当の姿に気付けなかった自分が、レヴィは恥ずかしくてたまらなかった。


 未だ信じられない気持ちはあるものの、スザンナは『他の証人も、いくらでも呼ぶことができる』と話したため、レヴィは信じるほかない――。


 婚姻前に淫らな行為をしているのだから、婚姻後もテレンスは不貞を働くだろう。
 そう予想がついたレヴィは、テレンスの浮気癖に苦労していないだろうかと、アカリのことが心配になっていた。

「アカリ様は魅力的な人だから、心配いらないかもしれないけど……。テリーに浮気されて、心を病んでいないか、心配……」

「「…………はあ」」

 レヴィの発言に、ふたりが揃って溜息を吐いた。
 可愛らしく口を尖らせるスザンナは、眩しいものを見るかのように、レヴィを凝視している。

「こんなにも素敵なレヴィ様を手放したことを、あとで死ぬほど後悔するといいわ!!」

 語気鋭く告げたスザンナは、レヴィよりも怒り狂っていた。
 レヴィを想い、怒ってくれる人がいる。
 スザンナのおかげで、レヴィの心は救われた気がした。

 テレンスは大切な人だったが、レヴィにとっては既に過去の人――。
 レヴィにできることといえば、今後スザンナやマリアンナ、騎士たちのような被害者が出ないよう、祈ることだけだ。


 そして、次にテレンスに会った時、万が一にもレヴィに愛を囁くことがあったなら、レヴィはアカリのためにも、きつく注意しようと心に誓っていた。


















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