81 / 131
77
しおりを挟む先程まで賑やかだった場は、まるでお通夜のように静まり返っていた――。
レヴィに治癒を求めていた騎士は、実は大勢いたこと。
それをテレンスが、レヴィに伝えることなく、独断で却下していたこと。
そしてマリアンナは、テレンスの指示でレヴィのそばにいたこと。
テレンスが、いつもレヴィを呼んでいたように、マリアンナにも『可愛い人』と呼んでいたこと。
治癒を施す際は、手に触れるだけでなく、膝の上に乗り、まるで恋人のように密着していたこと。
そして最後は、テレンスに見限られたマリアンナは、ハーバル男爵領に追放されたこと……。
本当にテレンスのことを話しているのかと、確認したくなるような話だった――。
「私の治癒の力が失われつつあるのは、レヴィ様を裏切る行動を取ったからだと思います。清い心が、失われたから……っ。心から反省しています。二度と同じ過ちは犯しません。本当に申し訳ありませんでしたっ」
包み隠すことなく、全てを話したマリアンナが、静かに涙を流している。
未だ受け止めきれていないレヴィは、なんと声をかけたらいいのかわからない。
だが、レヴィはマリアンナが嘘をついていないことだけは、感じ取っていた。
「マリアンナ様とテリーが、秘密の恋人のように接していたことには驚きました。でも、それはマリアンナ様だけが悪いわけではないと思います」
「っ……」
暫く放心状態だったものの、レヴィが思ったことを口にすれば、マリアンナは息を呑んだ。
元はと言えば、膝に乗るように導いた、テレンスが悪いだろう。
もしマリアンナが断ったとしても、第二王子の指示に、子爵家の令嬢が逆らえるはずもない。
どのみち、マリアンナはテレンスの命令に従わざるを得なかっただろうと、レヴィは思った。
「それに、マリアンナ様が僕に意地悪をしたことなんて、一度もありませんでしたよね?」
マリアンナは、充分反省している。
レヴィが許す旨を伝えれば、マリアンナの頬には大粒の涙が流れ続けていた。
そして、黙って見守っていたスザンナは、冷めてしまった紅茶をそっと口に含む。
「マリアンナもだけれど、最初にテレンス殿下に追放されたのは、わたくしなの」
「っ、」
「わたくしは悪いことはしていないわ? ただ、あの男の所業を、レヴィ様に告げ口したからなの」
スザンナの衝撃的な発言に、レヴィは開いた口が塞がらなかった。
てっきりスザンナは、レヴィたちの代では最も優秀だから、辺境の地を任されたのだとばかり思っていたのだが、そうではなかったのだ。
教会で過ごしている頃に、スザンナが何度もレヴィに話していた出来事が蘇る。
テレンスが、己の率いる部隊の騎士に、手を出していると――。
「っ……まさか、テリーが、騎士の人たちをつまみ食いしてるって話しじゃ……」
「ええ、そうよ」
レヴィが言い終える前に、スザンナが深く頷く。
以前までは、スザンナに突っ掛かられているだけだと思っていたが、スザンナはレヴィを想って忠告してくれていたのだ。
(クローディアスくんの話は、真実だったんだっ)
あれだけ愛を囁いていたテレンスが、陰でレヴィを裏切っていたことを知り、レヴィは愕然とする。
「自ら身を委ねた者もいれば、褒美のために体を売った者もいる。理由は様々だけれど、ハーバル男爵領には、テレンス殿下と関係を持ち、飽きて捨てられた騎士たちが大勢いるわ? 彼らもわたくしたちと同じく、テレンス殿下の被害者――」
「っ、」
「レヴィ様を傷付けまいと、今まで話さなかったけれど……。今は真実を知った方がいいと思ったの」
悲しげな面持ちのスザンナだったが、レヴィのためを想い、話してくれたのだろう。
事実をハッキリと伝えてくれたスザンナに、レヴィは心から感謝していた。
(つまりテリーは、僕がベアテル様としたようなことを、不特定多数の人としていた、ってことだよね……? 僕を愛していると告げていた口で、他の人の口を塞いでいたんだ……)
現場を目撃したわけではないのだが、先日、ベアテルと口付けをしたばかりだったレヴィは、生々しい想像ができてしまった。
急に吐き気が込み上げてくる――。
「っ……気持ち悪い」
レヴィの口から驚く程するりと出てきた言葉。
ハッと口元を押さえたが、スザンナもマリアンナも同意していた。
「ええ、ふしだらな性病男よッ! 治癒の際にマリアンナを膝に乗せていたのも、股間がキラキラしているところを隠すために違いないわ!?」
「「――……ッ!?!?」」
貴族令嬢とは思えぬ発言をしたスザンナに、レヴィとマリアンナは驚きのあまり、あんぐりと口を開けてしまった。
(っ、こ、こかん、が、きら、きら……)
確信しているように告げたスザンナの言葉が、レヴィの脳内で繰り返される。
それでも先に復活したマリアンナは、悔しそうに唇を噛んだ。
「テレンス殿下が性病を患っていたことも衝撃的ですが、それを隠すために、私を膝の上に乗せていたとは思いもしませんでした……。情けないっ。もっと早くに気付けていたならっ!」
「それでも、結果は変わらなかったはずよ?」
きつい口調だったが、スザンナなりにマリアンナを慰めたのだろうと、レヴィは思った。
はあ、と三人揃って重い溜息が出る。
伴侶となる相手にのみ、身を任せることが当たり前だと思っていた聖女たちにとって、テレンスの行動は理解できないと同時に、許し難いものだった。
しかも、婚約者がいるというのに――。
レヴィに対する裏切り行為である。
(あれだけ愛してるって言ってたのに、全部嘘だったんだ……。テリーに騙されていたなんて、これっぽっちも気付かなかった……)
レヴィが長年信頼していたテレンスは、たくさん愛の言葉をくれたが、平気で嘘をつく人間だった――。
落胆する気持ちはもちろんあるが、婚約者としてずっとそばにいたというのに、テレンスの本当の姿に気付けなかった自分が、レヴィは恥ずかしくてたまらなかった。
未だ信じられない気持ちはあるものの、スザンナは『他の証人も、いくらでも呼ぶことができる』と話したため、レヴィは信じるほかない――。
婚姻前に淫らな行為をしているのだから、婚姻後もテレンスは不貞を働くだろう。
そう予想がついたレヴィは、テレンスの浮気癖に苦労していないだろうかと、アカリのことが心配になっていた。
「アカリ様は魅力的な人だから、心配いらないかもしれないけど……。テリーに浮気されて、心を病んでいないか、心配……」
「「…………はあ」」
レヴィの発言に、ふたりが揃って溜息を吐いた。
可愛らしく口を尖らせるスザンナは、眩しいものを見るかのように、レヴィを凝視している。
「こんなにも素敵なレヴィ様を手放したことを、あとで死ぬほど後悔するといいわ!!」
語気鋭く告げたスザンナは、レヴィよりも怒り狂っていた。
レヴィを想い、怒ってくれる人がいる。
スザンナのおかげで、レヴィの心は救われた気がした。
テレンスは大切な人だったが、レヴィにとっては既に過去の人――。
レヴィにできることといえば、今後スザンナやマリアンナ、騎士たちのような被害者が出ないよう、祈ることだけだ。
そして、次にテレンスに会った時、万が一にもレヴィに愛を囁くことがあったなら、レヴィはアカリのためにも、きつく注意しようと心に誓っていた。
121
お気に入りに追加
2,026
あなたにおすすめの小説
幽閉王子は最強皇子に包まれる
皇洵璃音
BL
魔法使いであるせいで幼少期に幽閉された第三王子のアレクセイ。それから年数が経過し、ある日祖国は滅ぼされてしまう。毛布に包まっていたら、敵の帝国第二皇子のレイナードにより連行されてしまう。処刑場にて皇帝から二つの選択肢を提示されたのだが、二つ目の内容は「レイナードの花嫁になること」だった。初めて人から求められたこともあり、花嫁になることを承諾する。素直で元気いっぱいなド直球第二皇子×愛されることに慣れていない治癒魔法使いの第三王子の恋愛物語。
表紙担当者:白す(しらす)様に描いて頂きました。
転生令息は冒険者を目指す!?
葛城 惶
BL
ある時、日本に大規模災害が発生した。
救助活動中に取り残された少女を助けた自衛官、天海隆司は直後に土砂の崩落に巻き込まれ、意識を失う。
再び目を開けた時、彼は全く知らない世界に転生していた。
異世界で美貌の貴族令息に転生した脳筋の元自衛官は憧れの冒険者になれるのか?!
とってもお馬鹿なコメディです(;^_^A
【完結】伴侶がいるので、溺愛ご遠慮いたします
*
BL
3歳のノィユが、カビの生えてないご飯を求めて結ばれることになったのは、北の最果ての領主のおじいちゃん……え、おじいちゃん……!?
しあわせの絶頂にいるのを知らない王子たちが吃驚して憐れんで溺愛してくれそうなのですが、結構です!
めちゃくちゃかっこよくて可愛い伴侶がいますので!
本編完結しました!
時々おまけを更新しています。
転移したらなぜかコワモテ騎士団長に俺だけ子供扱いされてる
塩チーズ
BL
平々凡々が似合うちょっと中性的で童顔なだけの成人男性。転移して拾ってもらった家の息子がコワモテ騎士団長だった!
特に何も無く平凡な日常を過ごすが、騎士団長の妙な噂を耳にしてある悩みが出来てしまう。
乙女ゲームが俺のせいでバグだらけになった件について
はかまる
BL
異世界転生配属係の神様に間違えて何の関係もない乙女ゲームの悪役令状ポジションに転生させられた元男子高校生が、世界がバグだらけになった世界で頑張る話。
転生したら同性の婚約者に毛嫌いされていた俺の話
鳴海
BL
前世を思い出した俺には、驚くことに同性の婚約者がいた。
この世界では同性同士での恋愛や結婚は普通に認められていて、なんと出産だってできるという。
俺は婚約者に毛嫌いされているけれど、それは前世を思い出す前の俺の性格が最悪だったからだ。
我儘で傲慢な俺は、学園でも嫌われ者。
そんな主人公が前世を思い出したことで自分の行動を反省し、行動を改め、友達を作り、婚約者とも仲直りして愛されて幸せになるまでの話。
【完結】異世界から来た鬼っ子を育てたら、ガッチリ男前に育って食べられた(性的に)
てんつぶ
BL
ある日、僕の住んでいるユノスの森に子供が一人で泣いていた。
言葉の通じないこのちいさな子と始まった共同生活。力の弱い僕を助けてくれる優しい子供はどんどん大きく育ち―――
大柄な鬼っ子(男前)×育ての親(平凡)
20201216 ランキング1位&応援ありがとうごございました!
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる