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しおりを挟む優しい口付けを落とし、レヴィを愛おしげに見つめるベアテルを思い出しては、ほんのりと頬を染めることを繰り返し、早五日――。
秘薬を口にしたレヴィの体は、特に異常は見られなかった。
それでも寝台で横になり、安静にしているレヴィは、平らな腹を撫でる。
(新たな命は、芽生えたのかな……)
ベアテルとの子が宿っているかもしれないと考えただけで、ふわふわとした幸せな気持ちになる。
あれだけ不安だったのが、嘘みたいだ。
もし、我が子と離ればなれになる未来が待っていたとしても、大切に育てたいと、強く思う。
(ベアテル様に似た子だったら、いいなあ……)
まるでベアテルに愛されているかのような、夢のような時間を思い出すだけで、レヴィはぶるりと震えてしまう。
唇を重ねただけでも恥ずかしくてたまらない。
それなのに、体液交換までしたのだ。
何度も、何度も――。
妊娠したに違いない、とレヴィはひとつ頷く。
(それでも……もし、今回妊娠していなければ、また同じことをするのかな……?)
その時は、また甘い声で、レヴィ、と呼んでほしい――。
何をしていても、ベアテルのことばかり考えてしまうレヴィは、毛布に包まった。
(……でも、今更か。この一年、僕はベアテル様のことしか考えていなかったよね……?)
開き直ったレヴィは、寝台からおりる。
「よし、今日こそ会いに行こう! ……でもやっぱり、明日でもいいかな……?」
寒くもないのに、もぞもぞと毛布に潜り込む。
秘薬を飲ませるための行為だったとしても、清い生活を送っていたレヴィにとって、ベアテルとの口付けは、刺激が強すぎた。
ベアテルの顔を見ることなど到底できなかったレヴィは、夜だけは動物の治癒に出かけ、それ以外の時間はひたすら部屋に篭っていた――。
「レヴィ様っ、お食事をお持ちしました」
昼時、仕事を終えたスザンナとマリアンナが、レヴィのもとを訪れる。
三人で卓を囲むが、疲れ切った様子のスザンナと、にこにこ笑顔のマリアンナ。
対照的なふたりだった。
「わたくし、どれだけ祈っても、馬の治癒ができませんでした……」
情けない、とスザンナが、珍しく弱音を吐く。
すると、三人分の紅茶を用意したマリアンナが、困ったように眉を下げた。
「スザンナ様は、真面目すぎです。ベアテル様の前だけでも、できたふりをしておけばいいのに……。私は使用人の方々とも、うまくやっていますよ?」
ご安心ください、とマリアンナがレヴィに向かって微笑むが、やはりもやもやとした気持ちになる。
「ベアテル様は……僕のこと、なにか言ってませんでしたか?」
「いえ、特には。いつも通りでしたよ? 治癒に訪れた動物の経過を観察して、飼い主とお話しされていました。少し前までは、『人喰い熊』と恐れられていましたが、今は人気者ですっ!」
マリアンナが自分のことのように誇らしく語る声を聞くレヴィは、複雑な感情になる。
レヴィだけが、ベアテルを意識していることを突きつけられたのだ。
あれだけ幸せだったのに、今は気分がどん底まで落ち込んでいた。
(でも、落ち込んでいる場合じゃない。きっと領地の人たちは、ふたりの聖女を待っている――)
代わりを務めてくれたふたりに、レヴィは感謝の気持ちを込めて、深々と頭を下げた。
「おふたりとも、今回は僕に協力してくださり、本当にありがとうございました。僕、明日からはいつも通りに治癒をしたいと思います。僕の我儘に付き合わせてしまって、申し訳ありませんでした」
「お礼を言われるならまだしも、謝ることではありませんわっ!」
不機嫌そうに眉根を寄せたスザンナだが、気にすることはない、と話してくれたのだろう。
なんとなくだが、スザンナのことがわかってきたレヴィは、くすりと笑った。
「っ、ほ、本当に申し訳ないと思っていらっしゃるのなら、お礼に、明日はわたくしに指導してくだってもよろしくてよ?」
「ふふっ、はい。実は僕、ずっとスザンナ様を良きライバルだと思っていたんです……。あっ! でも今は、大切な友人だと思っていますよ? 明日は、楽しみにしていますね?」
「~~~~ッ!!!!」
急にスザンナの鼻息が荒くなる。
レヴィが動物に治癒を施すところが見たいのか、興奮しているようだった。
「僕の治癒の光はみんなには見えないので、スザンナ様の期待に応えられるかわかりませんが……」
「◎$♪¥●&#@!?」
念のために伝えておいたが、興奮するスザンナの耳に、レヴィの言葉が届いているのかはわからなかった。
すると、マリアンナが「私は!」と声を上げる。
「わ、私は、ずっと辺境伯領にいたいと思っています。最初はレヴィ様のお力になれたら、と思っていましたが……。今は、ここでの生活に、癒やしを感じているのです」
熱い気持ちを語ったマリアンナに対して、今まで騒いでいたスザンナは、すんと表情をなくした。
(っ、ど、どうしよう。マリアンナ様は、ベアテル様を好きになっちゃったのかな……?)
口数は少ないものの、ベアテルは身分も容姿も、なにもかもが申し分ない。
かつては、聖女候補たちにも人気があったことを思い出したレヴィは、落ち着かない気持ちになる。
レヴィが急に衣装を購入しようとしたのに、あっさりと大金を支払ってくれ、領主の仕事もあるだろうに、いつもレヴィのそばにいてくれた。
レヴィを監視するためだったのかもしれないが、それでもベアテルは、心根の優しい人であることは確かだった。
だが、ふたりに協力してもらった手前、レヴィはベアテルと離縁したくない、とは言い出せなかった――。
「私、ハーバル男爵領では、陰で『出来損ないの聖女を押し付けられた』って言われていたんです。陰口を叩かれている時は、辛くて……人前で治癒をすることが怖くなってしまって……」
「っ、そんなことがあったんですか!?」
他人に打ち明けるだけでも辛い話だと、レヴィは胸が痛くなる。
だが、マリアンナは穏やかに笑っていた。
「はい。でも、今は、動物たちを連れてくる人々のために、少しだけ治癒もし始めたんです。ありがとうと、たくさん声をかけていただきました。感謝されることは、久しぶりで……。レヴィ様のおそばにいると、力が漲ってくる気がするんです。レヴィ様のためなら、なんだってしたいと思っています! だから、これからもレヴィ様のおそばにいさせてくださいっ」
「っ……マリアンナ様ッ」
今のマリアンナが、ベアテルに惹かれているかはわからない。
ベアテルは魅力的な人だ。
いつかは好きになる可能性だってある。
それでもレヴィは、マリアンナの気持ちが嬉しかった。
マリアンナとハグをしようとしたのだが、スザンナが立ち上がる。
「あなたの話はわかったわ? でも、あなたが辺境伯領で活動するかは、陛下とアニカ様が決めることよ? レヴィ様を困らせないでちょうだい」
「っ、そんなつもりじゃ……」
「それに。本当にレヴィ様のおそばにいたいのなら、謝罪すべきことがあるんじゃないのかしら?」
「っ……」
スザンナに見下ろされたマリアンナが、言葉に詰まる。
なにがなんだかわからないレヴィだったが、スザンナの絶対零度の瞳に、小さく息を呑んだ。
「申し訳ございません。私、レヴィ様に隠していることがあります……」
静かに椅子から立ち上がったマリアンナが、レヴィを見ることなく、床に額を擦り付けた。
急な展開についていけないレヴィであったが、すぐさまマリアンナに駆け寄った。
しかし、「この子の話を聞いてくださいませ」とスザンナに制され、レヴィは戸惑いながらも椅子に腰を下ろした。
「さあ、マリアンナ。全て話してしまいなさい! あの変態の所業をッ!!!!」
「…………変態?」
レヴィが首を傾げると、スザンナは真っ赤な顔で狼狽え始め、そして何事もなかったかのように椅子に腰掛けた。
急にお淑やかになったスザンナをよそに、マリアンナの懺悔が始まった――。
「あの頃の私は、レヴィ様をお守りしようと……。裏切るようなことをしている自覚はありませんでした……」
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