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 川が綺麗になり、水を確保することに成功したのだが、レヴィは途方に暮れていた。
 皆で輪になってパンを食したところまでは、とても楽しかった。
 だが、その後にコンラートたちが川で水遊びを始め、眠気に襲われるレヴィが昼寝をしている間に、辺りはすっかりと暗くなってしまったのだ。

(ど、どうしようっ。完全に迷子だっ!)

 どこを見ても同じような風景が広がっており、レヴィは不安に駆られる。
 道に迷わぬよう、邸から川までの木に黄色の目立つ紐を巻きつけ、更に剣で印をつけていたのだが、目印が綺麗さっぱりと消え去っていたのだ。

(綺麗になるのは、川だけで充分だったのに!)

 耳を澄ませたり、目を凝らしたりと、皆が五感を頼りにあれこれと話し合う。
 彼らの輪の中心では、地に伏すコンラートが土に鼻を擦り付けているのだが、ベアテルたちはコンラートの奇行に慣れた様子だった。
 先程から、同じところをぐるぐると回っているような気がしてならないレヴィは、不安げにベアテルを見上げる。

「こっちだ」

 皆の意見を聞きつつも、大木に触れたベアテルが進む方向を決める。
 野生の勘だ。
 その時、ケケケケ、と不気味な鳴き声が響き、レヴィはベアテルにしがみついていた。

「っ……大丈夫、安心していい。『死の森』で目印が消えるのは、よくあることなんだ」

「っ、し、死の森!?」

(そんなの初耳なんですけど!? 全然、安心できないよぉ~)

 魔物が悪戯したのだろう、とベアテルが呑気に話している。
 レヴィは真っ青になっていたが、皆は無言で薄暗い空を見上げていた。
 皆の視線の先を追えば、小さな鳥の集団が、レヴィの頭上をぐるぐると旋回していた。

『チガウヨ! コッチ、コッチダヨ!』

『ムコウ、マモノ、イル!』

『キケン! キケン!』

 まだうまく話せない子供のような、可愛らしい話し声がする。
 ケケケケ、と不気味な鳴き声を上げているのだが、鳥たちは帰り道を教えてくれていたのだ。
 しかし、誰にも鳥の声は聞こえていないようで、皆が警戒している。

 だが、ベアテルだけは違った――。

 希望の光を見つけたかのように、まるで少年のように瞳を輝かせていたのだ。
 喜びでいっぱいの横顔を見つめるレヴィは、興奮を抑えきれない。

(ベアテル様も、鳥の声が聞こえたんだっ!!)

 そう確信したレヴィが、ベアテルに話しかけようとした、が……。


「――鳥が、飛んでいる……」


 感動した様子のベアテルが、またしても至極当然なことを話し、レヴィはガックリと肩を落とした。

(……しっかりしてそうに見えて、実はちょっと天然な人だよね? ベアテル様って)

 獰猛な魔物が蔓延はびこる死の森に、野生動物がいないことを知らないレヴィは、ベアテルの意外なギャップが可愛らしいと思っていた。

 しかし、今度こそ「……鳥って、飛ぶ生き物ですよね?」と、指摘する。
 ロッティの飼い主であるため、レヴィは鳥についての知識だけはあるのだ。
 胸を張って教えたのだが、ベアテルには苦笑いされてしまった。
 詳しく説明してあげたいのだが、今は一刻も早く邸に帰ることが優先だ。

(ベアテル様なら、きっと僕を信じてくれる)

 それでも、ベアテル以外の者たちが、レヴィの話を信じてくれるかはわからない。
 聞き流される可能性だってある。
 それならば、と、なにか言いたげにするベアテルの腕を引っ張ったレヴィは、耳打ちをしていた。

「あの鳥についていけば、きっと邸に戻れると思います。……今は、僕を信じてくれますか?」

「ああ、わかった」

 ベアテルが即答し、逆にレヴィは驚いてしまう。
 黄金色の瞳は、迷いのない瞳だった――。





 その後、ベアテルが道を決めた風を装い、無事に邸に辿り着くこととなっていた。
 道案内をしてくれたお礼として、レヴィはこっそりと鳥たちにベリーの実を分け与えていた。

「ありがとう。君たちは、僕たちの命の恩人だよ」

『オヤスイゴヨウ!』

『イツデモ、ヨンデ!』

『マタ、クル!』

 ケケケケ、と不気味な鳴き声なのだが、ロッティのようにベリーの実にがっつくことはなく、とてもお行儀がいい鳥だった。

「レヴィ様は、この世の全ての生き物に愛されていらっしゃいますね?」

 大袈裟なまでにレヴィを褒めるコンラートが、目元を和らげる。
 まるで自分も同じ気持ちだと言わんばかりの表情をされ、照れ臭くなるレヴィは、頬を染めていた。

「っ、なんと可愛らしいお方なのでしょう……」

「ああ。レヴィ様のおかげで水も確保できたし、なにより癒されるよな……」

 レヴィを囲む者たちまで同意しており、皆の力になれたことを嬉しく思うレヴィは、胸がほっこりとしていた。



「――魔物には、怯えられているが……」

 ベアテルの呟きは、レヴィの熱狂的な信者たちの声によって掻き消されていた――。




 


















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