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「なんですか、コレ……」

 魚を丸ごと入れて、煮ただけのように見えるスープに、思わず口をついて出る。
 かろうじて魚の鱗は取り除かれているものの、下処理がされていない。
 というより、強烈な匂いを放つ原因は、下処理以前の問題のようにも思える。
 いくら治癒が成功したからと、先程まで死にかけていた者に出すような食事ではなかった。

(いや、健康な僕でも無理っ!)

 平然と食事を出した使用人に対し、レヴィが訝しげな目を向けても仕方がないだろう。
 レヴィが怪しむようにじっと見ていたことに気付いたのか、ベアテルが咳払いをする。

「彼は、執事のコンラートだ。今後、なにか困ったことがあれば、彼を頼ってほしい」

 ベアテルに紹介された銀縁眼鏡の似合う男性が、一歩前に出る。
 三十代くらいだろうか。
 綺麗に撫で付けられたグレーの髪は、ユリアンのきらめく銀髪よりも落ち着きのある色だが、とても上品な色だ。
 レヴィを出迎えてくれた時は、まるで死人のようだったが、今は理知的な印象を受けていた。

「私からご説明させていただきます。こちらは、ウィンクラー辺境伯領で採れた野菜と魚をふんだんに使用した疲労回復効果の高いスープでございます」

 執事――コンラートの説明を、しかと聞いているレヴィであったが、疲労回復どころか、腹を壊しそうだと思っていた。

「ウィンクラー辺境伯領の郷土料理ですが、レヴィ・シュナイダー様のお食事は、別にご用意しております」

「……別に?」

「はい。ユリアン・シュナイダー様には、我々の分の食糧までご用意していただきましたことを、心より御礼申し上げます」

 コンラートが頭を下げ、控えている使用人たちも深々と頭を下げる。
 レヴィが馬車の中で食していた日持ちのするパンと新鮮な水は、レヴィが辺境伯領に向かうことを知ったユリアンが、至急用意してくれたものだった。
 そしてウィンクラー辺境伯家にも用意された食糧は、既に邸に運び込まれているそうだ。

(急に決まったことだったのに、僕のためにわざわざ用意してくれたんだ……)

 きっとユリアンは、実績のないレヴィが、ウィンクラー辺境伯領では歓迎されない可能性を考えてくれたのだろう。
 現に、ユリアンの咄嗟の判断のおかげで、レヴィは使用人たちから感謝されている。
 ベアテルの治癒後も、レヴィが快適に過ごせるよう、ユリアンが配慮してくれたのだ。

(ユリアンお兄様は、やっぱりすごいや……)

 自慢の兄だ、とレヴィは顔を綻ばせた。
 ユリアンに感謝していると、話は終わったと思ったのか、ベアテルがスプーンを手にする。
 なんの躊躇もなくスープを口に運ぼうとし、レヴィはベアテルからスプーンを取り上げていた。

「食べちゃダメっ! これ、腐ってますっ!」

「「「…………」」」

 辺境伯領に住まう者たちにとっては、馴染みのある郷土料理なのかもしれないが、レヴィの目には腐ったスープにしか見えない。
 下手をすれば、毒が入っているのでは、と警戒するレヴィに、皆が呆然としている。
 その態度から、ある可能性に気付いてしまったレヴィは、思わず声を上げていた。

「っ、まさか! コンラートさんは、ベアテル様を殺そうとしているんじゃ……?」

「…………はい!?」

 コンラートが目を白黒とさせている間、レヴィは思考を巡らせていた。
 うなされていたベアテルの様子から、レヴィを指名したのは、きっとベアテルではない。
 コンラートの仕業かもしれないと、レヴィは疑っていた。

「ベアテル様の治癒は、ずっと僕が担当していました。でも今回、ベアテル様は一刻を争うような大怪我を負っていたんです。本当に主人を生かしたいのなら、僕ではなくスザンナ様を呼ぶはずです。それなのに、辺境伯領で活動しているスザンナ様ではなく、遠く離れた王都にいる僕が指名されたのは、一体なぜですか? なにか裏があるのでは?」

「「「…………」」」

 レヴィの問いかけに、誰も答えない。


 うなされていたベアテルが、ひたすらレヴィの名を呼んでいたことを、この時のレヴィはすっかりと忘れていた――。


 ますます怪しむレヴィは、口を引き結ぶコンラートを観察していた。

(きっとコンラートさんは、僕に治癒の力がないことを知っていて呼んだんだ。でも、奇跡が起こった……。それなら、今からでもベアテル様を亡き者にしようと企んでいるのかもしれない……)

 コンラートは、ベアテルに信頼されているように見える。
 だから平然と腐った料理を出したに違いない。
 当主の命を狙う動機などさっぱりわからないが、考え出したら止まらなくなってしまったレヴィは、ベアテルを守るように立ち上がっていた。

「ベアテル様を殺そうとしても無駄です! そんなこと、僕が絶対にさせませんからねっ! 何度だって治癒しますからっ!」

「――っ!? あ、ありえませんっ!!」

 レヴィがキッと睨みつければ、コンラートは明らかに狼狽えていた。
 その場で両膝をついたコンラートが、灰色の瞳を潤ませ、「信じてください」と懇願する。
 コンラートが嘘をついているようには見えないが、疑いは晴れていない。

「では、どうしてこんな腐ったものを、ベアテル様に出したのです? 世間知らずの僕なら、騙せるとでも思っているのなら大間違いですっ!!」

「っ、そんなことは、神に誓って思っておりませんっ!!」

「……本当ですか? ベアテル様は、テレンス第二王子殿下の友人ですが、僕にとっても特別な人なんです……。――僕は、ベアテル様を救うために、ここまで来たんだっ!!」

「「「――ッ!!!!」」」

 レヴィの勢いに呑まれたのか、その場で固まる者たちが、これでもかと目を見開いている。
 沈黙が流れたが、コンラートが取り乱す。

「ひッ!?」

 突如として立ち上がったコンラートが、ベアテルの頭を引っ叩いたのだ。

「っ、ベアテル様!? 照れていないで、きちんとご説明してくださいっ!!」

 なんて暴力的な人なのだと、レヴィは悲鳴を上げたが、執事に殴られたはずのベアテルは、どうしてか赤面していた。














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