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36 ユリアン
しおりを挟む勇者の手を取り、本日の主役であるかのように優雅に踊る元婚約者――テレンスを、射るような目で見ていたユリアンは、はらわたが煮えくり返っていた――。
目に入れても痛くない、ユリアンの歳の離れた愛弟が、壁の花になっているのだ。
初めての夜会でのダンスを楽しみにしていたレヴィに絶望感を味わわせるなど、許せるはずもない。
三年という短い期間しか共に過ごすことはできなかったが、ユリアンはレヴィを溺愛していた。
(――おのれ、テレンス・マリア・ドラッヘ。貴様にだけは、絶対にレヴィを渡してなるものか)
「ひっ!! 氷の貴公子様がお怒りだっ」
誰かの震えた声が、ユリアンの耳に届いた。
ユリアンが氷の貴公子と呼ばれている所以は、冷たい美貌の持ち主だからではない。
ドラッヘ王国に不要な存在だと判断した者は、肉親でも息の根を止めにかかる男だからだ。
味方であれば頼もしい存在となるが、後ろめたいことがある者たちは、決してユリアンには近付こうとはしなかった。
――十三年程前。
詐欺紛いな行いをした両親の尻拭いのため、レヴィを教会に預けたユリアンは、新たな事業に取り掛かっていた。
シュナイダー公爵夫妻に金を巻き上げられた者たちに、共同事業をしないかと申し出たのだ。
ただ金品を返すのではなく、長く利益を得ることができれば、皆の溜飲が下がるはず。
そうなれば、レヴィが成人した頃には、レヴィを逆恨みする者はいなくなる、と考えたのだ。
しかし、初めは誰もユリアンの話を聞いてくれなかった。
リュディガー第一王子殿下が力を貸したことで、被害者の大半が参加することとなり、怒りを収めてくれたのだ。
それでもレヴィを得るために、無理して金を工面した者も多かった。
怒り心頭に発していたユリアンは、元凶である両親を排除することを決意したのだ。
しかし、レヴィのために奔走していたユリアンは気付かなかった。
テレンスの話すことが、絶対だと――。
ユリアンの愛するレヴィは、テレンスに言葉巧みに支配されていた。
そのせいで、レヴィと面会ができなかったのだ。
それもレヴィ本人の希望なのだから、ユリアンはどうすることもできなかった。
顔を見られるのは、せいぜい行事の時のみ。
しかし嫌われているわけではない。
レヴィは、仕事が忙しいユリアンを煩わせたくないと思っているのだ。
支えてくれる聖女候補たちのおかげもあって、レヴィはとてもいい子に育っている。
そのことだけが、唯一の救いだった――。
そして、ユリアンには恋人がいる。
愛するレヴィを、ユリアンの代わりに支えてくれている人――聖女アニカだ。
アニカが教会を離れられないため、逢瀬をすることはないが、ふたりの仲は知れ渡っている。
それでもユリアンは、シュナイダー公爵家の次期当主だ。
今もユリアンにアプローチしてくる者もいるが、バッサリと断っている。
そんなユリアンに、果敢にダンスを申し込む者がいた――。
「私と踊っていただけますか?」
柔らかな笑みを浮かべる勇者アカリが、ユリアンをダンスに誘ったのだ。
周りの者たちが唖然とするのも無理はない。
いくらアカリが、ユリアンの弟であるレヴィと親しくしているからと、女性の方からダンスを誘う行為はマナー違反。
だが、勇者アカリは異世界人だ。
(異世界では身分差もなく、ドラッヘ王国のように政の中心は男性だけではないと聞く。それに勇者様は、ドラッヘ王国の文化や常識についても学んでいるのだ。マナー違反であるのは、百も承知なのかもしれない――)
レヴィに関することなのかもしれない、と判断したユリアンは、アカリの手を取った。
もしもアカリがレヴィの敵となるのなら、勇者といえど排除せねばならないからだ。
愛するレヴィを守るため、ユリアンはアカリのドレスを褒めた。
アカリ本人には然程興味がないユリアンだが、レヴィの瞳を連想させるラベンダー色のドレスは、好ましいと思っている。
「ふふっ。やはりお気付きになられました? 私の大切な友人の色です。この国で、私が唯一、心を開ける相手です」
「……レヴィが?」
「はい。私、魔王を討伐後は、日本に帰るつもりだったんです。この世界に平和が訪れれば、きっと私の存在は必要なくなる。そう思っていたんですけど……」
周囲を気にするアカリが、声を潜めた。
息の根を止めても、数年経てば幾度も復活する魔物の王は、この世で最も不気味で邪悪な存在。
それが共通の認識である。
しかし、アカリの受けた授業では、魔物の王が復活することを知らされていなかったのだ。
(敢えて知らせなかったのか……。歴代最強の勇者様には、ドラッヘ王国に永住してもらいたいのだろう)
今まで召喚された勇者は、全員男性だった。
今回は初の女性であり、しかも成長速度は比べ物にならない程に優秀である。
加えて正義感が強く、頼み事を無下に断ることのできないアカリは、扱い易い。
重鎮たちが引き止めたい気持ちは、ユリアンもわからないわけではなかった。
だが、アカリが異世界に帰りたいという意志を、完全に無視している。
「でも、レヴィくんが何気なしに言ったんです。『僕が習った内容と、ちょっと違う……』って」
目をぱちぱちとさせ、レヴィの真似をするアカリなのだが、あまりにも似ていない。
レヴィはもっと愛らしいぞ、と思うユリアンは、つい笑ってしまった。
「笑顔で近付いてくる人たちを、警戒はしていたんですけど。それでも、絆されているところがあったんですよね? 授業の内容を、鵜呑みにしちゃってたんです」
「……そうでしたか」
「はい。でも、レヴィくんは信じられる……。そして、ものすごく可愛いっ」
そう言ったアカリは、今までで一番いい笑顔を見せていた。
とても温かみのある幸せそうな表情に、アカリに興味のなかったユリアンも、好意的に見えた。
しかし、その後に続いた衝撃的な発言に、ユリアンは絶句した。
――私の息子も、レヴィくんみたいな純粋な子に育ってほしいなっ。
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