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しおりを挟むテレンスがアカリを探しに行った後、主役不在で不穏な空気に包まれていた場が、今はガラリと変わっていた。
「一体、なにがあったのかしら……?」
話に花を咲かせる人々の視線の先には、ラベンダー色のマーメイドドレスに着替えたアカリをリードする、テレンスの姿があった。
流麗な曲が流れる会場の中心では、勇者と第二王子が最初のダンスを踊っているのだ。
テレンスと初めてのダンスを踊るつもりだったレヴィは、会場の隅で呆然と立ち尽くしていた――。
(……どうしてこんなことになったのだろう?)
常にレヴィの隣にいたテレンスは、アカリをエスコートして戻って来たのだ。
勇者という特別な立場から、テレンスがアカリを丁重にもてなすのは当然のこと。
だが、今までのふたりの仲を知っていた者たちにとっては、驚くべき光景だった。
「あの瞳をごらんになって? テレンス殿下が勇者様に厳しく接していたのは、勇者様のためを思ってのこと。でも本心では、勇者様の気を引きたかったからなのかもしれないわね?」
「ふふっ。完全無欠のテレンス殿下も、可愛いところがおありだったのね?」
今までのテレンスの行動は、好きな相手の気を引こうとしていただけに過ぎないと、噂好きな人々が勝手に話を作り上げていた。
(でも、そう勘違いしてしまうのも、無理もないのかも……)
テレンスがレヴィ以外をエスコートしたのは、今日が初めてだそうだ。
加えて、ファーストダンスを踊る相手は婚約者であるレヴィのはずだが、テレンスの青い瞳はアカリだけを見つめている。
この場に、レヴィなどいないかのように――。
数分ほどのダンスが、とても長く感じていた頃。
一曲目が終わり、優雅なダンスを踊ったふたりは盛大な拍手に包まれる。
(……次はきっと、僕の番だよね?)
この日の為に、アカリと共にダンスの練習をしていたレヴィは、緊張でじわりと手に汗をかく。
比べられることになるだろうが、レヴィも精一杯努力してきた。
テレンスの婚約者として、決して恥を晒すことはできない。
それになにより、テレンスとのダンスを楽しみにしていたのだ。
「…………え、」
そわそわとテレンスを待っていたレヴィは、信じられない光景に目を見開いた。
テレンスに引き留められたアカリが、二曲目を踊り出したのだ。
どこか照れ臭そうな表情のアカリを初めて見たレヴィは、息を呑んだ。
(う、嘘でしょ……。あんなにテリーを嫌っていたのに……)
まるで想いを通わせたばかりの恋人同士を見ているような気分になったレヴィは、頭の中が真っ白になっていた。
そんなレヴィに追い打ちをかけるように、周囲の貴族たちの視線が突き刺さる。
レヴィを嘲笑っている者もいれば、この状況を楽しんでいる者もいる。
一刻も早く、この場から逃げ出したい――。
そろりと後退ると、立っているのもやっとだったレヴィの体が、誰かに支えられていた。
「私と踊ってくれないか?」
「っ、」
突然の第一王子殿下の申し出に、レヴィは度肝を抜かれる。
テレンスの異母兄とはいえ、リュディガーとレヴィは、気軽にダンスを踊るような間柄ではない。
(――もしかして、テリーがアカリ様と踊ったことが原因……?)
王位継承権第一位であるリュディガーだが、テレンスを支持する者も多いのが現状だ。
もしテレンスが、レヴィではなく勇者を伴侶として選んだなら、第二王子派の勢いは増すだろう。
リュディガーとしては、指を咥えて見ているわけにはいかない。
(リュディガー殿下は、テリーの伴侶は僕の方がいい、と考えているのかもしれない……)
魔王を討伐し、英雄になる未来が見通せるアカリは、誰よりも魅力的な存在だ。
そして未だ立太子していないリュディガーにとっては、警戒しなければならない相手でもある。
回らない頭で、気遣われた理由を探し出すレヴィだったが、なんと答えたらよいのかわからない。
加えて、狩りの最中かのように、鋭い紫の瞳に射抜かれるレヴィは、言葉が出てこなかった。
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