上 下
32 / 131

30

しおりを挟む


 取り急ぎ、魔王討伐部隊の編成が行われ、アカリが魔王討伐に向かうまでの期間、ドラッヘ王国について学ぶこととなり、レヴィは教師として王宮に通っていた。
 稽古のための訓練場に行けば、すぐにアカリが駆け寄ってくる。
 そして、満面の笑みで言うのだ。

「レヴィくんっ! 今日は迷わなかった?」

 一月、共に過ごしてわかったこと。
 アカリは過保護だった――。

 気さくなアカリとの時間はとても楽しいのだが、世間知らずなレヴィでは、力不足だと囁く者がいないわけではない。
 テレンスがいないことをいいことに、初日はわざと遠回りをさせられて、レヴィはまたしても遅刻する羽目になったのだ。
 だが、嫌がらせも初日だけだった。

 言い訳はせず、必死に謝罪したレヴィを見つめたアカリは、澄まし顔の案内役の人々を見回し、言ったのだ。

『私ね。自分の仕事を疎かにする、無責任な人が大嫌いなの』

 アカリに睨まれた者たちが、顔面蒼白になる。
 その姿を見て、ようやくレヴィは嫌がらせをされたことに気付いたわけだが……。
 洞察力の鋭いアカリのおかげで、レヴィは咎められることなく、一月経っても教師として役目を果たせていた――。



 稽古後、レヴィはアカリと共に貴賓室に向かう。
 ドレスは性に合わないと、アカリは普段から黒地の騎士服を愛用している。
 細身のアカリなら、スレンダーラインのドレスも似合うとレヴィは思うのだが、アカリは常に動きやすい格好を好んでいた。

「ベアテルくんには敵わないけど、今日はジークくんに勝てたよ!」

 ぐっと親指を立てたアカリは、剣術の授業の内容をレヴィに教えてくれるのだ。
 人生で初めて剣を握ったそうだが、アカリには剣の才能があった。
 勇者だからか、飛躍的に上達しているそうだ。
 それでもレヴィは、アカリの何事にも熱心に取り組む姿勢が、結果として現れているのだと思っている。
 頼もしいアカリに、レヴィは拍手を送った。

「っ、凄いですっ! 努力の賜物ですね? でも、テレンス殿下はもっと強いですよ?」

「……それはどうかなぁ?」

 テレンスの過去の功績を伝えたものの、アカリは苦笑いを浮かべていた。

「多分、ベアテルくんが一番強いと思う。だって、手加減されてる気しかしないしね? 剣を交えるとわかるっていうか……。さりげない優しさってやつ? 容姿もミステリアスな感じで、あの子がモテる理由がわかるっ」

(……それって、テリーの話じゃないのかな?)

 ベアテルの実力を知らないレヴィは首を傾げたが、アカリはベアテルのことばかり褒めていた。

 そして、次に行われるマナーの授業までの休憩時間に、レヴィはアカリと共に王宮を探検する。
 アカリに指導する役目を任されているのだが、レヴィも最近になって、外の世界を知ったばかり。
 素直にその事実を話せば、アカリが共に学ぼうと誘ってくれたのだ。
 とても素敵な人だと思っていると、ふとアカリが足を止めた。

「この人が、アーデルヘルム国王陛下だよね?」

『そうだ。酒に目がなく、だらしない男だ』

 立派な肖像画を見上げるアカリの問いに、レヴィのローブのポケットに隠れている鳥が答える。
 凛々しい美丈夫――アーデルヘルムを、だらしない男だと言い放つのは、この世にロッティしかいないだろう。
 冷や汗をかくレヴィが、視線だけを動かして辺りを伺ったが、誰も気付いていなかった。

 他の人にも動物の声が聞こえたらよかったのに、と何度も思ったレヴィだったが、この時ばかりは、レヴィにだけしか聞こえていなくてよかった、と心から思っていた――。

『民の間では、ドラゴンの鱗を分け与えられた勇敢な者だと知られているが、実際にはドラゴンを酔わせて、こっそりと鱗を剥ぎ取った盗人だ』

「っ、ちょ、ちょっとロッティさん! さすがに不敬だよ!」

 誰にも聞こえてはいないはずだが、レヴィは小声で注意する。

『あん? 真実だぜ? アーデルヘルムがやらかしたせいで、ドラゴンの怒りを買ったんだ。だから人間は、ドラゴンの姿を見ることすら出来なくなったんだよ』

「…………冗談だよね?」

『そんなことより、アーデルヘルムの指差す鳥を見ろ! あの美しい鳥は、俺様だっ!』

 天高く舞い上がり、赤と金の混じる見事な羽を、大きく広げている鳥。
 不死鳥――バルドヴィーノ。

 肖像画に描かれている伝説の不死鳥を見てから、丸々としたロッティをちらりと見たレヴィは、なにも聞こえなかったことにした。

『おい、なんだその目は。なにか言え!』

「……だって、全然違うもん」

『ぐっ。た、確かに、絵師がちょーっとかっこよく描きすぎてるかあ? だが、あれは間違いなく俺様だぞっ!?』

(……ロッティさんはどう見ても不死鳥ではないけど、もしそうなら最高だよね? だって不死鳥は、何度も蘇ることができるんだもの)

 今にも飛び出しそうになるロッティを、レヴィは優しく撫でた。

「でも、もしロッティさんの話していることが真実なら、すごく嬉しいよ」

『そうだろそうだろお? ご主人様なら、みんなに自慢してもいいぜ?』

「ううん、そうじゃなくて。だって、ロッティさんが不死鳥だったなら、僕はロッティさんと、ずーっと一緒にいられるってことだもん」

 レヴィがにっこりと笑えば、今まで散々喚いていたロッティが、急に黙り込んだ。

『………………クソッ。可愛いこと言いやがって。調子が狂うぜ!』

 怒った口調で話したロッティだが、レヴィの手にすりすりと頬を寄せて甘えているのだから、可愛くて仕方がなかった。

「この国には、不死鳥もいるんだ。かっこいい」

 黒い瞳をきらきらとさせているアカリに、レヴィも同意した。

「そうですね。不死鳥バルドヴィーノは、きっと今も、ドラッヘ王国にいると思います」

 肖像画の前で立ち話をしていると、中年の男性が咳払いをする。
 茶色の細い目が、更にすうっと細くなる。
 前が見えているのかわからないくらいに、糸のように細くなる目が、レヴィは苦手だった。

「不死鳥バルドヴィーノは、アーデルヘルム国王陛下にのみ従ったと言い伝えられています。その後、主人を失い、悲しみに暮れたバルドヴィーノは、天に召されました。天界で、幸せに過ごしているのです」

 間違いを正すかのように語ったザシャ・ミケーリ侯爵は、バルドヴィーノの死後の平安を祈るように天井を見上げた。
 ザシャは、アカリが召喚される前に、勇者の教師役として任命されていた者だ。
 今はレヴィの補佐として行動を共にしているが、休憩時間の雑談中でも、レヴィに対してお小言を言ってくる人物でもあった。

『おい、そこの貴様。勝手に俺様を殺すなっ! どうやら、残り少ない毛を燃やされたいようだな?』

 産まれたばかりの赤子のような頭髪のザシャには、ロッティの怒りは届いていなかった。



 危機に陥った時に手を貸す代わりに、アーデルヘルムからは上等な酒を対価として受け取っていた不死鳥が、今の主人にのみ対価を求めずに傍にいることを、今はまだ誰も知らない――。














しおりを挟む
感想 61

あなたにおすすめの小説

幽閉王子は最強皇子に包まれる

皇洵璃音
BL
魔法使いであるせいで幼少期に幽閉された第三王子のアレクセイ。それから年数が経過し、ある日祖国は滅ぼされてしまう。毛布に包まっていたら、敵の帝国第二皇子のレイナードにより連行されてしまう。処刑場にて皇帝から二つの選択肢を提示されたのだが、二つ目の内容は「レイナードの花嫁になること」だった。初めて人から求められたこともあり、花嫁になることを承諾する。素直で元気いっぱいなド直球第二皇子×愛されることに慣れていない治癒魔法使いの第三王子の恋愛物語。 表紙担当者:白す(しらす)様に描いて頂きました。

転生令息は冒険者を目指す!?

葛城 惶
BL
ある時、日本に大規模災害が発生した。  救助活動中に取り残された少女を助けた自衛官、天海隆司は直後に土砂の崩落に巻き込まれ、意識を失う。  再び目を開けた時、彼は全く知らない世界に転生していた。  異世界で美貌の貴族令息に転生した脳筋の元自衛官は憧れの冒険者になれるのか?!  とってもお馬鹿なコメディです(;^_^A

【完結】伴侶がいるので、溺愛ご遠慮いたします

  *  
BL
3歳のノィユが、カビの生えてないご飯を求めて結ばれることになったのは、北の最果ての領主のおじいちゃん……え、おじいちゃん……!? しあわせの絶頂にいるのを知らない王子たちが吃驚して憐れんで溺愛してくれそうなのですが、結構です! めちゃくちゃかっこよくて可愛い伴侶がいますので! 本編完結しました! 時々おまけを更新しています。

転移したらなぜかコワモテ騎士団長に俺だけ子供扱いされてる

塩チーズ
BL
平々凡々が似合うちょっと中性的で童顔なだけの成人男性。転移して拾ってもらった家の息子がコワモテ騎士団長だった! 特に何も無く平凡な日常を過ごすが、騎士団長の妙な噂を耳にしてある悩みが出来てしまう。

乙女ゲームが俺のせいでバグだらけになった件について

はかまる
BL
異世界転生配属係の神様に間違えて何の関係もない乙女ゲームの悪役令状ポジションに転生させられた元男子高校生が、世界がバグだらけになった世界で頑張る話。

朝目覚めたら横に悪魔がいたんだが・・・告白されても困る!

渋川宙
BL
目覚めたら横に悪魔がいた! しかもそいつは自分に惚れたと言いだし、悪魔になれと囁いてくる!さらに魔界で結婚しようと言い出す!! 至って普通の大学生だったというのに、一体どうなってしまうんだ!?

転生したら同性の婚約者に毛嫌いされていた俺の話

鳴海
BL
前世を思い出した俺には、驚くことに同性の婚約者がいた。 この世界では同性同士での恋愛や結婚は普通に認められていて、なんと出産だってできるという。 俺は婚約者に毛嫌いされているけれど、それは前世を思い出す前の俺の性格が最悪だったからだ。 我儘で傲慢な俺は、学園でも嫌われ者。 そんな主人公が前世を思い出したことで自分の行動を反省し、行動を改め、友達を作り、婚約者とも仲直りして愛されて幸せになるまでの話。

侯爵令息は婚約者の王太子を弟に奪われました。

克全
BL
「カクヨム」と「小説家になろう」にも投稿しています。

処理中です...