上 下
20 / 131

18

しおりを挟む


 レヴィが重い瞼を持ち上げれば、自室の真っ白な天井が見えた。
 それからすぐに、テレンスの顔が映る。

「レヴィッ!! 嗚呼、よかった……。三日も目覚めないから、心配したよ」

 澄んだ青い瞳に薄らと涙を浮かべるテレンスが、レヴィの体をキツく抱きしめる。
 部屋の外では、「レヴィ様が目を覚まされました!」と、喜びの声が響いていた。

(……確か、僕は厩舎にいたはずだったけど。急にぷつりと意識が途切れたんだ)

 あの日から、既に三日も経っていたなんて驚きである。
 だが、レヴィが倒れる直前に、テレンスが駆けつけてくれたのは覚えている。
 必死な表情のテレンスが思い起こされ、レヴィは自然と頬が緩んでいた。

(テリーはマリウスがお気に入りだ、って話を聞いたけど……。クローディアスくんの勘違いだったのかも……)

 なにせテレンスは、負傷しているマリウスには目もくれず、レヴィを選んでくれたのだ。
 ふわりとテレンスの甘い香りが鼻腔を擽り、嬉しくなるレヴィは広い背に腕を回した。

「レヴィ、体調はどう? 気分は悪くないかい?」

「うんっ」

 抱擁を解いて起き上がると、部屋の隅にはさっぱりとした短髪の赤髪の騎士が立っていた。
 テレンスの側近――ジークフリート・ロベルト侯爵子息である。
 意志の強そうな眉が印象的で、一見、真面目そうに見えるが、フレンドリーで話しやすいと、聖女候補たちからも人気だ。

「ご迷惑をおかけしました……」

 何も言わずとも、さっと水を用意してくれたジークフリートに、レヴィは頭を下げる。

「いえ。ご無事でなによりです」

 淡々と話したジークフリートは、定位置に戻る。
 どうしてかレヴィにだけは冷たい対応なのだが、ニカッと笑いかけてくれた。
 しかし、すぐに表情を消し、エメラルドグリーンの瞳は遠くを見つめている。
 レヴィとテレンスは婚約関係とはいえ、個室でふたりきりになってはいけない。
 空気と化してくれたジークフリートに、再度感謝したレヴィは、有り難く水を飲み、一息ついた。

 しばらく、微動だにしないジークフリートを眺めて、にこにことしていたレヴィだったが、テレンスがどこか困ったように微笑んでいることに気付き、慌てて謝罪していた。

「っ、ごめんなさい、僕……」

「謝る必要なんてないよ? ……でもね、レヴィ。私のためにも、もう無茶なことはしないと約束してくれるかい?」

 今まで自己管理を徹底していたレヴィが、三日間も寝込んでいたのだ。
 テレンスが心配するのも無理はない。
 だが、もしまたクローディアスが怪我をすれば、レヴィは迷いなく治癒を施すだろう。

(テリーのお願いは、絶対。だけど、でも……)

「お願いだ。レヴィになにかあれば、私は生きていけないよ……」

 声を震わせたテレンスは、レヴィの手を痛いくらいに強く握っている。
 大袈裟だよ、と言おうとしたレヴィだったが、テレンスの真剣な表情を見つめて、押し黙った。

(……クローディアスくんの声が聞こえたことを、テリーに話すべきかもしれない)

 頭がおかしくなったと思われるかもしれないが、テレンスならきっと信じてくれる。
 ただ、どう話を切り出したら良いのだろうか。
 レヴィが迷っていると、「……レヴィらしくないね」と告げたテレンスが、顔を曇らせた。

「なんでレヴィは、クローディアスの治癒をしようと思ったの? あれだけ大きな馬なのに、怖くはなかったの?」

 少し乱れた髪を、優しく撫でてくれるテレンスに問いかけられたレヴィは、素直にこくりと頷いた。

「最初は、すぐに助けなきゃ! って思って……。それで、触れ合ってみると、とっても可愛かった。クローディアスくんと、もっともっと仲良くなりたいって思ったし、怖いだなんて思わなかったよ?」

「――そう」

 レヴィがうきうきと話せば、テレンスも微笑み返してくれる。
 だが、レヴィの目には、テレンスがなんとなく納得していないように見えていた。

「テリー……?」

「クローディアスはね、本来は凶暴な馬なんだ。でも、怪我をしていただろう? 今回、誰も被害に遭わなかったのは、運が良かっただけだよ。だから今後、馬には絶対に近付かないように。いいね? レヴィ」

 口を酸っぱくして注意されるが、レヴィは話を聞くだけで、決して頷かなかった。
 心配してくれる気持ちは有り難いのだが、レヴィは動物と触れ合いたい――。

(あの時、あんなに勇気が湧いてきたのは、初めての経験だったと思う……)

 今回、クローディアスのおかげで問題を解決することができたが、普段のレヴィならば、皆の前で声を上げることなど出来なかっただろう。
 必ず守らなければ、と己の使命のように感じたのだ――。
 まるで自分が自分じゃないみたいだった、とレヴィは思った。

 それからテレンスに、クローディアスが特別大きな馬だということを教えてもらった。
 普通の馬は、頭にツノは生えていないし、瞳も赤ではない。
 そこまで話を聞いて、レヴィは皆がクローディアスに怯えていた理由を知ることとなった。

 でも――。

(だからって、クローディアスくんを可愛いと思うことは、ダメなことだったの……?)

 今まで懇々と話していたテレンスが、息を呑む。
 間違ったことをしたのかと不安になるレヴィは、テレンスの顔色を窺うように見上げていた。

「僕、馬を見たのは、初めてだったから……」

「っ……ああ、そうか。そうだった、失念していたよ……。ごめんね? レヴィ。責めているわけではないんだよ――」

 テレンスのあたたかな手に、そっと両頬を包み込まれる。
 申し訳なさそうに謝罪しているが、間近にあるテレンスの青い瞳は、きらきらと輝いていた。

(なんでかわからないけど、明らかにテリーの機嫌がよくなってる……。今なら話しても大丈夫そう)
 
 今後、どうしても動物の治癒がしたいレヴィは、意を決した。


「あのね、テリー。聞いてほしいことがあるの……」


 マリウスの話は伏せたが、レヴィはクローディアスと意思疎通が図れることを打ち明けていた――。














しおりを挟む
感想 61

あなたにおすすめの小説

幽閉王子は最強皇子に包まれる

皇洵璃音
BL
魔法使いであるせいで幼少期に幽閉された第三王子のアレクセイ。それから年数が経過し、ある日祖国は滅ぼされてしまう。毛布に包まっていたら、敵の帝国第二皇子のレイナードにより連行されてしまう。処刑場にて皇帝から二つの選択肢を提示されたのだが、二つ目の内容は「レイナードの花嫁になること」だった。初めて人から求められたこともあり、花嫁になることを承諾する。素直で元気いっぱいなド直球第二皇子×愛されることに慣れていない治癒魔法使いの第三王子の恋愛物語。 表紙担当者:白す(しらす)様に描いて頂きました。

転生令息は冒険者を目指す!?

葛城 惶
BL
ある時、日本に大規模災害が発生した。  救助活動中に取り残された少女を助けた自衛官、天海隆司は直後に土砂の崩落に巻き込まれ、意識を失う。  再び目を開けた時、彼は全く知らない世界に転生していた。  異世界で美貌の貴族令息に転生した脳筋の元自衛官は憧れの冒険者になれるのか?!  とってもお馬鹿なコメディです(;^_^A

【完結】伴侶がいるので、溺愛ご遠慮いたします

  *  
BL
3歳のノィユが、カビの生えてないご飯を求めて結ばれることになったのは、北の最果ての領主のおじいちゃん……え、おじいちゃん……!? しあわせの絶頂にいるのを知らない王子たちが吃驚して憐れんで溺愛してくれそうなのですが、結構です! めちゃくちゃかっこよくて可愛い伴侶がいますので! 本編完結しました! 時々おまけを更新しています。

転移したらなぜかコワモテ騎士団長に俺だけ子供扱いされてる

塩チーズ
BL
平々凡々が似合うちょっと中性的で童顔なだけの成人男性。転移して拾ってもらった家の息子がコワモテ騎士団長だった! 特に何も無く平凡な日常を過ごすが、騎士団長の妙な噂を耳にしてある悩みが出来てしまう。

乙女ゲームが俺のせいでバグだらけになった件について

はかまる
BL
異世界転生配属係の神様に間違えて何の関係もない乙女ゲームの悪役令状ポジションに転生させられた元男子高校生が、世界がバグだらけになった世界で頑張る話。

転生したら同性の婚約者に毛嫌いされていた俺の話

鳴海
BL
前世を思い出した俺には、驚くことに同性の婚約者がいた。 この世界では同性同士での恋愛や結婚は普通に認められていて、なんと出産だってできるという。 俺は婚約者に毛嫌いされているけれど、それは前世を思い出す前の俺の性格が最悪だったからだ。 我儘で傲慢な俺は、学園でも嫌われ者。 そんな主人公が前世を思い出したことで自分の行動を反省し、行動を改め、友達を作り、婚約者とも仲直りして愛されて幸せになるまでの話。

侯爵令息は婚約者の王太子を弟に奪われました。

克全
BL
「カクヨム」と「小説家になろう」にも投稿しています。

【完結】異世界から来た鬼っ子を育てたら、ガッチリ男前に育って食べられた(性的に)

てんつぶ
BL
ある日、僕の住んでいるユノスの森に子供が一人で泣いていた。 言葉の通じないこのちいさな子と始まった共同生活。力の弱い僕を助けてくれる優しい子供はどんどん大きく育ち――― 大柄な鬼っ子(男前)×育ての親(平凡) 20201216 ランキング1位&応援ありがとうごございました!

処理中です...