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しおりを挟むレヴィが重い瞼を持ち上げれば、自室の真っ白な天井が見えた。
それからすぐに、テレンスの顔が映る。
「レヴィッ!! 嗚呼、よかった……。三日も目覚めないから、心配したよ」
澄んだ青い瞳に薄らと涙を浮かべるテレンスが、レヴィの体をキツく抱きしめる。
部屋の外では、「レヴィ様が目を覚まされました!」と、喜びの声が響いていた。
(……確か、僕は厩舎にいたはずだったけど。急にぷつりと意識が途切れたんだ)
あの日から、既に三日も経っていたなんて驚きである。
だが、レヴィが倒れる直前に、テレンスが駆けつけてくれたのは覚えている。
必死な表情のテレンスが思い起こされ、レヴィは自然と頬が緩んでいた。
(テリーはマリウスがお気に入りだ、って話を聞いたけど……。クローディアスくんの勘違いだったのかも……)
なにせテレンスは、負傷しているマリウスには目もくれず、レヴィを選んでくれたのだ。
ふわりとテレンスの甘い香りが鼻腔を擽り、嬉しくなるレヴィは広い背に腕を回した。
「レヴィ、体調はどう? 気分は悪くないかい?」
「うんっ」
抱擁を解いて起き上がると、部屋の隅にはさっぱりとした短髪の赤髪の騎士が立っていた。
テレンスの側近――ジークフリート・ロベルト侯爵子息である。
意志の強そうな眉が印象的で、一見、真面目そうに見えるが、フレンドリーで話しやすいと、聖女候補たちからも人気だ。
「ご迷惑をおかけしました……」
何も言わずとも、さっと水を用意してくれたジークフリートに、レヴィは頭を下げる。
「いえ。ご無事でなによりです」
淡々と話したジークフリートは、定位置に戻る。
どうしてかレヴィにだけは冷たい対応なのだが、ニカッと笑いかけてくれた。
しかし、すぐに表情を消し、エメラルドグリーンの瞳は遠くを見つめている。
レヴィとテレンスは婚約関係とはいえ、個室でふたりきりになってはいけない。
空気と化してくれたジークフリートに、再度感謝したレヴィは、有り難く水を飲み、一息ついた。
しばらく、微動だにしないジークフリートを眺めて、にこにことしていたレヴィだったが、テレンスがどこか困ったように微笑んでいることに気付き、慌てて謝罪していた。
「っ、ごめんなさい、僕……」
「謝る必要なんてないよ? ……でもね、レヴィ。私のためにも、もう無茶なことはしないと約束してくれるかい?」
今まで自己管理を徹底していたレヴィが、三日間も寝込んでいたのだ。
テレンスが心配するのも無理はない。
だが、もしまたクローディアスが怪我をすれば、レヴィは迷いなく治癒を施すだろう。
(テリーのお願いは、絶対。だけど、でも……)
「お願いだ。レヴィになにかあれば、私は生きていけないよ……」
声を震わせたテレンスは、レヴィの手を痛いくらいに強く握っている。
大袈裟だよ、と言おうとしたレヴィだったが、テレンスの真剣な表情を見つめて、押し黙った。
(……クローディアスくんの声が聞こえたことを、テリーに話すべきかもしれない)
頭がおかしくなったと思われるかもしれないが、テレンスならきっと信じてくれる。
ただ、どう話を切り出したら良いのだろうか。
レヴィが迷っていると、「……レヴィらしくないね」と告げたテレンスが、顔を曇らせた。
「なんでレヴィは、クローディアスの治癒をしようと思ったの? あれだけ大きな馬なのに、怖くはなかったの?」
少し乱れた髪を、優しく撫でてくれるテレンスに問いかけられたレヴィは、素直にこくりと頷いた。
「最初は、すぐに助けなきゃ! って思って……。それで、触れ合ってみると、とっても可愛かった。クローディアスくんと、もっともっと仲良くなりたいって思ったし、怖いだなんて思わなかったよ?」
「――そう」
レヴィがうきうきと話せば、テレンスも微笑み返してくれる。
だが、レヴィの目には、テレンスがなんとなく納得していないように見えていた。
「テリー……?」
「クローディアスはね、本来は凶暴な馬なんだ。でも、怪我をしていただろう? 今回、誰も被害に遭わなかったのは、運が良かっただけだよ。だから今後、馬には絶対に近付かないように。いいね? レヴィ」
口を酸っぱくして注意されるが、レヴィは話を聞くだけで、決して頷かなかった。
心配してくれる気持ちは有り難いのだが、レヴィは動物と触れ合いたい――。
(あの時、あんなに勇気が湧いてきたのは、初めての経験だったと思う……)
今回、クローディアスのおかげで問題を解決することができたが、普段のレヴィならば、皆の前で声を上げることなど出来なかっただろう。
必ず守らなければ、と己の使命のように感じたのだ――。
まるで自分が自分じゃないみたいだった、とレヴィは思った。
それからテレンスに、クローディアスが特別大きな馬だということを教えてもらった。
普通の馬は、頭にツノは生えていないし、瞳も赤ではない。
そこまで話を聞いて、レヴィは皆がクローディアスに怯えていた理由を知ることとなった。
でも――。
(だからって、クローディアスくんを可愛いと思うことは、ダメなことだったの……?)
今まで懇々と話していたテレンスが、息を呑む。
間違ったことをしたのかと不安になるレヴィは、テレンスの顔色を窺うように見上げていた。
「僕、馬を見たのは、初めてだったから……」
「っ……ああ、そうか。そうだった、失念していたよ……。ごめんね? レヴィ。責めているわけではないんだよ――」
テレンスのあたたかな手に、そっと両頬を包み込まれる。
申し訳なさそうに謝罪しているが、間近にあるテレンスの青い瞳は、きらきらと輝いていた。
(なんでかわからないけど、明らかにテリーの機嫌がよくなってる……。今なら話しても大丈夫そう)
今後、どうしても動物の治癒がしたいレヴィは、意を決した。
「あのね、テリー。聞いてほしいことがあるの……」
マリウスの話は伏せたが、レヴィはクローディアスと意思疎通が図れることを打ち明けていた――。
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