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「レヴィ、とにかくまずは着替えをしようか」

「……あっ、ダメっ!」

 テレンスに横抱きにされたが、ハッとしたレヴィは暴れていた。
 『金髪王子の今のお気に入り』の言葉を聞いて、テレンスを嫌悪しているわけではない。
 もちろんそのことは気になるものの、クローディアスのそばを離れれば、きっと声は聞こえなくなってしまうと思ったからだ。

「いやっ! テリー、離してっ!」

「っ…………」

 レヴィが必死に手足をジタバタとさせれば、テレンスはゆっくりと下ろしてくれた。
 しかし、ショックを受けたように、テレンスがその場で固まっている。
 手に触れるだけでも頬を染めていたレヴィが、今はテレンスから離れたがっているのだ。
 驚くのも無理はないだろう。
 だがレヴィは、冷静に話をするためにテレンスから離れ、地に横たわるクローディアスのそばへ向かった。

「……っ、レヴィ!?」

「レヴィ様ッ!! 危険ですッ!! すぐにこちらに戻ってきてくださいッ!!」

 皆の声を無視するレヴィが、そっとクローディアスの体を撫でれば、暴れ馬はすぐに大人しくなる。

「「「っ……」」」

 驚愕する騎士たちはもちろんだが、テレンスすらその場から動こうとはしなかった。
 これでもかと青い瞳を見開くテレンスは、レヴィに目が釘付けになっているため、驚きすぎて動けないだけかもしれないが。

(やっぱりみんなは、クローディアスくんを畏れている……)

 そのことを確信したレヴィは、皆に緊張を悟られぬよう、静かに息を吐き出した。

 これからレヴィは、初めて嘘をつく――。

「ベアテル様の愛馬、クローディアスは毒矢によって負傷していました。命に別状はありませんが、もう二度と、魔物討伐に参加することはできないでしょう」

 落ち着いた声色と厳粛な雰囲気を意識するレヴィが告げれば、辺りはしんと静まり返った。
 皆の視線を集めるレヴィは、表情を崩さない。
 紫水晶のような瞳に、どこか咎めるように見つめられた騎士たちが、ごくりと唾を飲んだ。
 誰も言葉を発することができなかったが、悲しげな表情を浮かべるテレンスが、一歩前に出る。

「ああ、それは残念だ。貴重な戦力を失うことになるが、クローディアスは立派に役目を果たしてくれた。今後は、辺境の地で穏やかに過ごしてほしい。命が助かって、本当によかった……」

 テレンスが声を震わせ、ベアテルは小さく息を呑んだ。
 クローディアスが討伐部隊を抜ける許可がおりたのだ。
 ほっと胸を撫で下ろしたレヴィだが、『なぁにがよかった、だ! 嘘つきっ!』と、クローディアスが文句を垂れる。

『ベアテルが僕を治癒したいって頼んでいたのに、コイツは聞き入れなかったんだ! あらかた魔物を討伐して、すぐに帰れるはずだったのに! みんな疲れてるからって、行くなら一人で行けって言ったんだよ! だからベアテルは、その場で荷車を作って、僕をここまで運んでくれたんだ! コイツは僕を見殺しにしたんだ!』

 クローディアスの言葉を鵜呑みにしているわけではないのだが、毒によって苦しむ姿を想像しただけで、レヴィの胸が締め付けられる。

「僕がクローディアスを診た時、負傷してからかなりの時間が経過しているようでした……。ベアテル様が荷車で連れて来てくれなければ、間違いなく命を落としていたでしょう」

「…………」

「魔物討伐の戦力となっていたクローディアスが苦しんでいる間、他の方々は、なにをしていらっしゃったのですか?」

 レヴィの問いかけに、何人かは目を逸らす。
 しかし、マリウスと呼ばれた小柄な若い騎士は、まるで他人事のように平然としていた。

「――もう助からないと思ったんだ……。ベアテル、すまなかった」

 皆を代表するようにテレンスが頭を下げ、固唾を飲んで見守っていた騎士たちが驚愕する。
 ただひとり、マリウスだけは、話が終わったと思っているのか、安心したような表情だ。
 それを決して見逃さなかったレヴィは、「レヴィ、こっちへおいで――」と、右手を伸ばしたテレンスの言葉を遮った。

「それだけではありません。クローディアスの体には、他にも弓矢で刺されたような傷が複数みられました。過去に、何度も同じことがあったのではないですか?」

「「「っ……」」」

 皆に問いかけてはいるが、確信した口調で話すレヴィに、騎士たちが明らかに動揺している。
 他の傷を確認したわけではないが、誰もクローディアスには近付けないと分かっていて告げたのだ。

「魔物討伐に貢献していたクローディアスが、命の危機にさらされ続けていた可能性があるのです。シュナイダー公爵家の人間として、見過ごすわけにはいきません」

 そう言い切ったレヴィは、どこか余裕のあった態度を一変し、一瞬だけテレンスに視線を走らせたマリウスを見据えていた。













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