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 普段は夕焼け色の光が舞っている、白で統一された神聖な広間に、殺伐とした空気が流れる。
 人々に癒やしを与えるとても暖かな印象しかない場所に立つレヴィは、今は見知らぬ極寒の地にいるように感じていた。
 治癒を拒否されたアニカは沈黙せざるを得ない状況となり、どこか苛立つベアテルは、己を落ち着かせるように深く息を吐き出した。

「この血は、俺の血じゃない。俺の愛馬の血だ」

「っ、ヒッ……」

(ベアテル様が怪我をしたわけじゃなかったんだ、よかったぁ……。あっ! だから、アニカ様の治癒を拒否したのか)

 ベアテルに怪我がなく、ほっとしたレヴィだが、周りの者たちは小さく悲鳴を上げていた。
 すると、悲痛な面持ちのベアテルが深々と頭を下げ、レヴィは息を呑んだ。

「俺の愛馬を治癒してほしい。頼む」

「っ……う、馬を?」

「そんなこと、む、無理ですよ!」

「そうですっ。だ、だって、ウィンクラー辺境伯子息の馬って……」

 レヴィより歳上で、実績のある聖女候補たちが、真っ青な顔で拒否している。
 普段は我先にと治癒を行う者たちだが、皆が狼狽えるのは無理もないだろう、とレヴィは思った。
 なにせ、人間以外の治癒をしたことは、未だかつて前例がないからだ。

 それに相手は、辺境伯子息。
 軍事上、重要な辺境地域を任されているウィンクラー辺境伯家は、ドラッヘ王国でも力を持つ家だ。
 噂では、血の気が多い性格の者ばかりらしい。
 もし治癒できなければ、咎めを受ける可能性も無きにしも非ずだ。
 誰もがじりじりと後退り、アニカですら困惑を隠しきれない表情だった。

「頼むっ! 一刻を争うんだっ!」

 いつも淡々としたベアテルが、厳しい顔付きで必死に懇願している。
 これほどまでに取り乱しているベアテルを、誰ひとりとして見たことがなく、皆が絶句していた。
 そんな中、気付けばレヴィは、ベアテルのもとへ駆け出していた。

「――ベアテル様」

 鈴のなるような声で名を呼ばれたベアテルは、びくんと体を震わせる。
 レヴィが目の前に立っていることに今気付いたのか、ベアテルは動揺しているようだった。

「ベアテル様。僕でよければ、治癒をさせてもらえませんか? 必ず助けられるかはわかりませんが、全力を尽くします」

「っ、」

 レヴィが微笑むと、鋭い黄金色の瞳が見開かれた。
 聖女候補お披露目の儀式の時に、レヴィに手を差し伸べてくれた瞬間のことを、レヴィは二年経った今も感謝している。

(今度は、僕がベアテル様の力になる番だ!)

 くしゃりと端正な顔を歪めたベアテルは、泣きそうになっているのかもしれない。
 愛馬のところへ案内してもらおうとしたレヴィだが、背後から強い衝撃を受けていた。

「っ……レヴィッ!! いけませんッ!!」

「うわっ」

 女神のように美しい聖女アニカが取り乱し、レヴィを背後から抱きしめたのだ。
 「私の可愛いレヴィちゃんに、危険なことはさせられないわっ!!」と、矢継ぎ早に告げる。
 レヴィがぎゅうぎゅうと抱きしめられている間、ベアテルは驚きから固まっていた。

「っ……ア、アニカ様……っ!?」

 聖女アニカを崇拝しているスザンナが、悲鳴のような声を上げる。
 その声で、ぽかんとしている周囲に気付いたアニカは、慌ててレヴィから離れていた。
 恥ずかしそうにほんのりと頬を染めているアニカが、ひとつ咳払いをする。

「レヴィはまだ半人前なのです。勝手なことは許しませんよ」

「「「…………」」」

 先程の醜態をなかったかのように、厳しく言い放ったアニカだが、皆の目は点になっていた。

(ああ……。やっちゃった……)

 実は聖女アニカは、レヴィの兄であるユリアンの恋人なのだ。
 プライベートでのアニカは、レヴィを殊更可愛がってくれている。
 だが、身内贔屓をしていると思われたくないレヴィのために、普段は皆と同じように接してもらっていたのだ。











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