10 / 131
9
しおりを挟む普段は夕焼け色の光が舞っている、白で統一された神聖な広間に、殺伐とした空気が流れる。
人々に癒やしを与えるとても暖かな印象しかない場所に立つレヴィは、今は見知らぬ極寒の地にいるように感じていた。
治癒を拒否されたアニカは沈黙せざるを得ない状況となり、どこか苛立つベアテルは、己を落ち着かせるように深く息を吐き出した。
「この血は、俺の血じゃない。俺の愛馬の血だ」
「っ、ヒッ……」
(ベアテル様が怪我をしたわけじゃなかったんだ、よかったぁ……。あっ! だから、アニカ様の治癒を拒否したのか)
ベアテルに怪我がなく、ほっとしたレヴィだが、周りの者たちは小さく悲鳴を上げていた。
すると、悲痛な面持ちのベアテルが深々と頭を下げ、レヴィは息を呑んだ。
「俺の愛馬を治癒してほしい。頼む」
「っ……う、馬を?」
「そんなこと、む、無理ですよ!」
「そうですっ。だ、だって、ウィンクラー辺境伯子息の馬って……」
レヴィより歳上で、実績のある聖女候補たちが、真っ青な顔で拒否している。
普段は我先にと治癒を行う者たちだが、皆が狼狽えるのは無理もないだろう、とレヴィは思った。
なにせ、人間以外の治癒をしたことは、未だかつて前例がないからだ。
それに相手は、辺境伯子息。
軍事上、重要な辺境地域を任されているウィンクラー辺境伯家は、ドラッヘ王国でも力を持つ家だ。
噂では、血の気が多い性格の者ばかりらしい。
もし治癒できなければ、咎めを受ける可能性も無きにしも非ずだ。
誰もがじりじりと後退り、アニカですら困惑を隠しきれない表情だった。
「頼むっ! 一刻を争うんだっ!」
いつも淡々としたベアテルが、厳しい顔付きで必死に懇願している。
これほどまでに取り乱しているベアテルを、誰ひとりとして見たことがなく、皆が絶句していた。
そんな中、気付けばレヴィは、ベアテルのもとへ駆け出していた。
「――ベアテル様」
鈴のなるような声で名を呼ばれたベアテルは、びくんと体を震わせる。
レヴィが目の前に立っていることに今気付いたのか、ベアテルは動揺しているようだった。
「ベアテル様。僕でよければ、治癒をさせてもらえませんか? 必ず助けられるかはわかりませんが、全力を尽くします」
「っ、」
レヴィが微笑むと、鋭い黄金色の瞳が見開かれた。
聖女候補お披露目の儀式の時に、レヴィに手を差し伸べてくれた瞬間のことを、レヴィは二年経った今も感謝している。
(今度は、僕がベアテル様の力になる番だ!)
くしゃりと端正な顔を歪めたベアテルは、泣きそうになっているのかもしれない。
愛馬のところへ案内してもらおうとしたレヴィだが、背後から強い衝撃を受けていた。
「っ……レヴィッ!! いけませんッ!!」
「うわっ」
女神のように美しい聖女アニカが取り乱し、レヴィを背後から抱きしめたのだ。
「私の可愛いレヴィちゃんに、危険なことはさせられないわっ!!」と、矢継ぎ早に告げる。
レヴィがぎゅうぎゅうと抱きしめられている間、ベアテルは驚きから固まっていた。
「っ……ア、アニカ様……っ!?」
聖女アニカを崇拝しているスザンナが、悲鳴のような声を上げる。
その声で、ぽかんとしている周囲に気付いたアニカは、慌ててレヴィから離れていた。
恥ずかしそうにほんのりと頬を染めているアニカが、ひとつ咳払いをする。
「レヴィはまだ半人前なのです。勝手なことは許しませんよ」
「「「…………」」」
先程の醜態をなかったかのように、厳しく言い放ったアニカだが、皆の目は点になっていた。
(ああ……。やっちゃった……)
実は聖女アニカは、レヴィの兄であるユリアンの恋人なのだ。
プライベートでのアニカは、レヴィを殊更可愛がってくれている。
だが、身内贔屓をしていると思われたくないレヴィのために、普段は皆と同じように接してもらっていたのだ。
135
お気に入りに追加
2,028
あなたにおすすめの小説
転生したけど赤ちゃんの頃から運命に囲われてて鬱陶しい
翡翠飾
BL
普通に高校生として学校に通っていたはずだが、気が付いたら雨の中道端で動けなくなっていた。寒くて死にかけていたら、通りかかった馬車から降りてきた12歳くらいの美少年に拾われ、何やら大きい屋敷に連れていかれる。
それから温かいご飯食べさせてもらったり、お風呂に入れてもらったり、柔らかいベッドで寝かせてもらったり、撫でてもらったり、ボールとかもらったり、それを投げてもらったり───ん?
「え、俺何か、犬になってない?」
豹獣人の番大好き大公子(12)×ポメラニアン獣人転生者(1)の話。
※どんどん年齢は上がっていきます。
※設定が多く感じたのでオメガバースを無くしました。
社畜だけど異世界では推し騎士の伴侶になってます⁈
めがねあざらし
BL
気がつくと、そこはゲーム『クレセント・ナイツ』の世界だった。
しかも俺は、推しキャラ・レイ=エヴァンスの“伴侶”になっていて……⁈
記憶喪失の俺に課されたのは、彼と共に“世界を救う鍵”として戦う使命。
しかし、レイとの誓いに隠された真実や、迫りくる敵の陰謀が俺たちを追い詰める――。
異世界で見つけた愛〜推し騎士との奇跡の絆!
推しとの距離が近すぎる、命懸けの異世界ラブファンタジー、ここに開幕!
幽閉王子は最強皇子に包まれる
皇洵璃音
BL
魔法使いであるせいで幼少期に幽閉された第三王子のアレクセイ。それから年数が経過し、ある日祖国は滅ぼされてしまう。毛布に包まっていたら、敵の帝国第二皇子のレイナードにより連行されてしまう。処刑場にて皇帝から二つの選択肢を提示されたのだが、二つ目の内容は「レイナードの花嫁になること」だった。初めて人から求められたこともあり、花嫁になることを承諾する。素直で元気いっぱいなド直球第二皇子×愛されることに慣れていない治癒魔法使いの第三王子の恋愛物語。
表紙担当者:白す(しらす)様に描いて頂きました。
腐男子(攻め)主人公の息子に転生した様なので夢の推しカプをサポートしたいと思います
たむたむみったむ
BL
前世腐男子だった記憶を持つライル(5歳)前世でハマっていた漫画の(攻め)主人公の息子に転生したのをいい事に、自分の推しカプ (攻め)主人公レイナード×悪役令息リュシアンを実現させるべく奔走する毎日。リュシアンの美しさに自分を見失ない(受け)主人公リヒトの優しさに胸を痛めながらもポンコツライルの脳筋レイナード誘導作戦は成功するのだろうか?
そしてライルの知らないところでばかり起こる熱い展開を、いつか目にする事が……できればいいな。
ほのぼのまったり進行です。
他サイトにも投稿しておりますが、こちら改めて書き直した物になります。
君のことなんてもう知らない
ぽぽ
BL
早乙女琥珀は幼馴染の佐伯慶也に毎日のように告白しては振られてしまう。
告白をOKする素振りも見せず、軽く琥珀をあしらう慶也に憤りを覚えていた。
だがある日、琥珀は記憶喪失になってしまい、慶也の記憶を失ってしまう。
今まで自分のことをあしらってきた慶也のことを忘れて、他の人と恋を始めようとするが…
「お前なんて知らないから」
転生貧乏貴族は王子様のお気に入り!実はフリだったってわかったのでもう放してください!
音無野ウサギ
BL
ある日僕は前世を思い出した。下級貴族とはいえ王子様のお気に入りとして毎日楽しく過ごしてたのに。前世の記憶が僕のことを駄目だしする。わがまま駄目貴族だなんて気づきたくなかった。王子様が優しくしてくれてたのも実は裏があったなんて気づきたくなかった。品行方正になるぞって思ったのに!
え?王子様なんでそんなに優しくしてくるんですか?ちょっとパーソナルスペース!!
調子に乗ってた貧乏貴族の主人公が慎ましくても確実な幸せを手に入れようとジタバタするお話です。
竜王陛下、番う相手、間違えてますよ
てんつぶ
BL
大陸の支配者は竜人であるこの世界。
『我が国に暮らすサネリという夫婦から生まれしその長子は、竜王陛下の番いである』―――これが俺たちサネリ
姉弟が生まれたる数日前に、竜王を神と抱く神殿から発表されたお触れだ。
俺の双子の姉、ナージュは生まれる瞬間から竜王妃決定。すなわち勝ち組人生決定。 弟の俺はいつかかわいい奥さんをもらう日を夢みて、平凡な毎日を過ごしていた。 姉の嫁入りである18歳の誕生日、何故か俺のもとに竜王陛下がやってきた!? 王道ストーリー。竜王×凡人。
20230805 完結しましたので全て公開していきます。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる