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41 アカリ
しおりを挟む(輝くんのお迎えが間に合わないっ!!)
必死に自転車を漕ぐ明里は、最愛の息子――輝明が待つ幼稚園に向かっていた。
スーパーのパート終わりで足はパンパンだが、輝明が『ママだ!!』と喜ぶ顔を想像しただけで、自然とペダルを漕ぐ力が強くなる。
どんどん加速する明里は、近道をしようといつもとは違った道を選んだ。
――それが間違いだった。
『勇者様ッ!!』
急に飛び出してきた黒猫を避けた瞬間、目の前が真っ白になった。
事故を起こしたわけではない、はずだ。
屋外にいたはずの明里は、宮殿のような広間を突っ切る。
慌ててブレーキをかければ、紫色のローブを纏う集団が追いかけて来ていた。
(ひいぃぃッ!?!? 変質者ッ!?)
「この度の勇者様は、女性か。しかも、戦闘車に乗って登場とはッ!!」
「まだ幼いが、今から鍛えれば、歴代最強の勇者様に成長なさるに違いないッ!!」
なにやら盛り上がる外国人に囲まれる明里は、呆然とするしかなかった。
それから高価な服を着た人々が現れ、ドラッヘ王国の王族だと紹介された。
明らかに場違いのよれた白いティーシャツ、デニム姿の軽装をした明里を歓迎している。
(ママチャリに乗っている、ただの主婦なんだけど……)
電動自転車について説明していると、明里は魔物の王を倒すために異世界から召喚された『勇者』という立ち位置であることを教わった。
学生時代には、学級委員を任されたことはあれど、文化部だった。
体育会系ではない明里が勇者になどなれるはずがないというのに、明里を囲む人々が、色とりどりの瞳に期待を潤ませていた。
異世界から勇者を召喚するにおいて、どれほどの時間と労力がかかったのか。
話を聞けば聞く程、逃げられないと悟った明里が困惑している間に、どんどん人が集まってくる。
そして魔王を倒して欲しいと懇願され、明里は彼らの要望を受け入れるしかなかった。
もし、ここで明里が拒否したとて、説得され続けるのだろう。
下手をすれば、日本に帰してもらえないかもしれない。
(こういう時って、この世界がハッピーエンドを迎えれば、夢は覚めるのかな……?)
外国人が流暢な日本語を話している時点で、夢だと思いたいが、やけにリアルな世界。
現実だと受け入れざるを得ない。
それならば、一秒でも早く家族のもとへ帰るため、必ず異世界に帰すことを条件に、明里は魔王を討伐すると約束を交わした――。
(待ってて、輝くん。ママ、頑張るからねッ!!)
魔王を倒す自信など皆無だが、最愛の息子のためなら、明里はなんだってできるのだ。
その後、魔王討伐部隊を率いる王子が到着する。
目の潰れそうなイケメンが上着を脱ぎ、さらりと明里の肩にかけた。
とても慣れた仕草、そしてバニラのような甘ったるい香りがした。
「肌を晒してはいけないよ」
金髪碧眼で、とても紳士な若者――テレンスは、優しげな風貌のまごうことなき王子様。
明里がまだ高校生だったならば、胸がときめいていただろう。
……だが。
(――この男。隣に可愛い婚約者がいるのに、私に色目を使ってる……)
明里の夫は、どこにでもいる平凡なサラリーマンだが、妻子を決して裏切らない、真面目な人だ。
いくらイケメンでも、不誠実な人が苦手な明里には、テレンスは魅力的には映っていなかった。
ちょっと残念な子ね、とすら思う明里だが、女性に優しくする自分に酔っているテレンスを、可愛いと思った。
結婚と出産を経験した明里からしてみれば、テレンスはまだまだ子供である。
しかし、テレンスの婚約者――レヴィ・シュナイダーは天使のように愛らしかった。
人形ではないかと思う程に、整った顔立ち。
宝石よりもきらきらと輝く、アメジストのような大きな瞳に魅入られる。
未成年にしか見えないが、箱入り息子だろう。
そんなレヴィを、魔王討伐部隊の聖女として活動させることを、許可できるはずがない。
(レヴィくんにどれだけ実力があろうとも、私より一回りも歳下なのよ!? そんな子を、魔王討伐に連れて行こうとするだなんて……。この国の人は、頭がおかしいのかしら?)
今の明里に勇者たる力が宿っているのかは定かではないが、大人たちに寄ってたかって非難されていたレヴィは、守るべき存在だと判断していた。
その判断のおかげで、明里が歴代最強勇者と呼ばれ、あっさりと魔王を討伐する未来が待っていることを、今の明里はまだ知らない――。
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