上 下
274 / 280
第十一章

259 いつかの願い

しおりを挟む

 恋人と蜜月のような甘い時間を過ごす俺は、完全なるダメ人間に成り下がっていた。

 なにをするにもセオドアが率先して動いてくれるので、俺はだいたいの時間を寝そべって過ごしている。

 自分の足で立つ時といえば、浴室で背後からセオドアに突き上げられている時くらいだろう。

 ……いろんな意味でヤバすぎないか?

 筋肉が衰えそうだし、素振りでもしたいくらいなのだが、毎晩ぐったりするまで抱き潰されている。

 よってだらだらと眠って過ごしているわけだが、癒しの力は大幅に回復しているから、別に今の生活でいいんだとセオドアに説き伏せられた。

 籠城して本日五日目となるわけだが、今のところ敵の侵入は見られない。

 もしかすると、俺が爆睡している間に、セオドアが撃退しているのかも……。

 今のセオドアなら敵なしだろうと、ひとつ頷いた俺は、目の前にある逞しい胸元に頬を寄せる。

 「っ、可愛いっ、イヴ兄様……。目が覚めましたか?」
 「ん。おはよ、テディー」

 おはようのキスをして、微笑み合う。

 最高に幸せな時間だと思っていると、優しく髪を撫でられる。

 「昨日はイヴ兄様が遅くまで頑張ったので、今日の朝食は胃に優しいスープにしました。長時間煮込んだので、格段に美味しいと思います。食欲があるなら、今温めて──」
 「俺、テディーがいないと、もう生きていけないかも……」

 俺を気遣うセオドアの優しい言葉に感動してぽつりと呟くと、頭上から息を呑む音がした。
 
 「って言っても、昔からそうだったけどな?」

 恋人を見上げて小さく笑うと、なぜか真顔になっていたセオドアが激しく瞳を揺らしていた。

 弱音を吐くのはいつものことなのに、どうしたのだろうと首を傾げると、力いっぱい抱きしめられていた。

 俺も抱きしめ返して背中に爪を立てると、セオドアが俺の顔を覗き込んだ。

 「痛かったですか?」
 「……いや、わざと」

 パチパチと目を瞬かせるセオドアに、俺はニッと悪戯っぽい笑みを見せた。

 「テディーがどこにも行けないように、捕まえてただけ」

 逞しい体に足を乗っけただけなのに、たちまち顔が真っ赤に染まっていく。

 「っ…………逆に?」
 「ん? 重い?」
 
 余裕の笑みで首を振るセオドアが、なぜか時間をかけて作ったスープより、俺が食べたいと無双モードに突入した。

 ただ泣きながら喘ぐだけの芸のない俺を、四六時中抱いてよく飽きないなと思う。

 もちろん俺は飽きるどころか、甘やかしたり激しく求めるセオドアの深い愛に溺れているが……。

 卑猥な言葉を吐くのはまだ難しいが、おねだりは少しずつ出来るようになっている。

 ……気がしている俺は、急成長したと思う。

 今日は何度も気を失うくらいに激しく抱かれたけど、セオドアに愛されていると実感していた。


 「今は無理でも……いつか、僕だけのものになって……」


 疲れ切って、動けない俺を抱きしめているセオドアの小さな声で目を覚ます。

 「ん……テディー?」
 「イヴ兄様、約束……」
 「やくそく?」
 「僕の願いを叶えて」

 耳打ちをされた俺は、くすりと笑う。

 「確かに、今すぐには無理なお願い……だな? でも、テディーの願いが、叶うといい、な」

 寝ぼけている俺と小指を絡めるセオドアは、昔のような可愛い顔で笑っていた。

 
 「僕は諦めていませんからね、イヴ兄様……」


 俺に激甘なセオドアが、誰よりも俺に執着していたことを知るのは、ずっと先のことだった。

 



 籠城して六日目。

 ついに門を突破された。
 漆黒の騎士様の手によって──。

 癒しの聖女様を心配する第一騎士団のメンバーが部屋に突入し、俺の無事を確認するが、皆一様に驚愕している。

 なにせ、彼らを出迎えたときの俺は、勇者様に赤子のように片手で抱っこされて、移動していた最中だったからだ。

 「あ……。ご心配をおかけして、申し訳ありませんでした。なんとか元気になりました」

 ぺこりと頭を下げるが、みんなはぽかんと口を開けて俺とセオドアを交互に見ている。

 そんな彼らを一瞥したセオドアが溜息を吐いた。

 「イヴ兄様、強がらないでください。まだ万全ではありませんよね?」
 「ん? そうか?」
 「とりあえず、食事にしましょう」
 
 俺を片手で抱っこしたまま、器用にスープをよそったセオドアがソファーに座り、俺はただ口を開ける。

 身も心も温まる、愛情たっぷりのスープをごくごく飲み干した。

 「セオドア様は、相変わらずイヴくんしか見えていない」
 「めちゃくちゃ笑ってるし……。ある意味怖い」
 「で、溺愛っ。なんか見てるだけなのに、こっちが恥ずかしくなるな」
 「……心配する必要なかったな」
 
 なにやらコソコソ話している第一騎士団の団員たちが、ゆっくりと元団長の顔色を窺い、すぐに目を逸らした。

 「イヴ。回復したなら、陛下から今後についての話があるのだが……。行けるか?」
 「はい。大丈夫です」

 真顔のエリオット様に問いかけられた俺は、すぐさま頷いた。

 「それじゃあ、着替えましょうか」
 「ああ、下ろしてくれ」

 俺を無視するセオドアが食器を片付けて、純白のローブを用意する。
 
 片手に俺を抱き上げたまま、器用にこなすセオドアの慣れた姿に、皆が言葉を失っていた。
 
 だが、エリオット様はすぐに俺の元へやってきて、セオドアから俺を奪い取ろうとする。

 「約束の期日は過ぎたはずだ」
 「だからなんです?」
 「イヴの面倒は私が見る」
 「結構です」
 「なに? 私がイヴの専属騎士なのだから、私の役目だろう」
 「ふふっ。それなら、僕も癒しの聖女様の専属騎士に任命してもらいますよ」
 
 バチバチに火花を散らす二人を交互に見る俺は、そっとセオドアの腕から下りようとするのだが、なかなか離してくれない。

 助けを求めて騎士団の仲間たちに視線を送ったが、誰とも目が合わなかった。

 ただ、一人を除いて……。

 「ゴッド団長!」
 「っ……イヴくんッ!!」

 名前を呼べばピューンと駆け寄ってきてくれたのだが、強者二人に睨まれて、凄まじい圧を受けたゴッド団長。

 駆け寄ってきた時よりも、何倍も速いスピードで逃げていった。

 結局、俺は一人で出来るからと二人を説得して、なんとか場を収めることに成功した。

 当たり前のようにセオドアに甘えていたことを反省しつつ、陛下の元へ行く。

 ジュリアス殿下の戴冠式で、俺も恋人たちとの婚姻を発表することになり、いよいよ王妃になるようだ。

 まだ全然実感が湧いていないのだが、各国からの礼状が届いていると話を聞き、嬉しく思う。

 他国からも要人が訪れるはずだから、気合を入れないとと思っている間に、いつのまにか勇者セオドアも、癒しの聖女様の専属騎士になっていた。


 
 











しおりを挟む

あなたにおすすめの小説

ボクが追放されたら飢餓に陥るけど良いですか?

音爽(ネソウ)
ファンタジー
美味しい果実より食えない石ころが欲しいなんて、人間て変わってますね。 役に立たないから出ていけ? わかりました、緑の加護はゴッソリ持っていきます! さようなら! 5月4日、ファンタジー1位!HOTランキング1位獲得!!ありがとうございました!

夫の色のドレスを着るのをやめた結果、夫が我慢をやめてしまいました

氷雨そら
恋愛
夫の色のドレスは私には似合わない。 ある夜会、夫と一緒にいたのは夫の愛人だという噂が流れている令嬢だった。彼女は夫の瞳の色のドレスを私とは違い完璧に着こなしていた。噂が事実なのだと確信した私は、もう夫の色のドレスは着ないことに決めた。 小説家になろう様にも掲載中です

一宿一飯の恩義で竜伯爵様に抱かれたら、なぜか監禁されちゃいました!

当麻月菜
恋愛
宮坂 朱音(みやさか あかね)は、電車に跳ねられる寸前に異世界転移した。そして異世界人を保護する役目を担う竜伯爵の元でお世話になることになった。 しかしある日の晩、竜伯爵当主であり、朱音の保護者であり、ひそかに恋心を抱いているデュアロスが瀕死の状態で屋敷に戻ってきた。 彼は強い媚薬を盛られて苦しんでいたのだ。 このまま一晩ナニをしなければ、死んでしまうと知って、朱音は一宿一飯の恩義と、淡い恋心からデュアロスにその身を捧げた。 しかしそこから、なぜだかわからないけれど監禁生活が始まってしまい……。 好きだからこそ身を捧げた異世界女性と、強い覚悟を持って異世界女性を抱いた男が異世界婚をするまでの、しょーもないアレコレですれ違う二人の恋のおはなし。 ※いつもコメントありがとうございます!現在、返信が遅れて申し訳ありません(o*。_。)oペコッ 甘口も辛口もどれもありがたく読ませていただいてます(*´ω`*) ※他のサイトにも重複投稿しています。

あなたの子ですが、内緒で育てます

椿蛍
恋愛
「本当にあなたの子ですか?」  突然現れた浮気相手、私の夫である国王陛下の子を身籠っているという。  夫、王妃の座、全て奪われ冷遇される日々――王宮から、追われた私のお腹には陛下の子が宿っていた。  私は強くなることを決意する。 「この子は私が育てます!」  お腹にいる子供は王の子。  王の子だけが不思議な力を持つ。  私は育った子供を連れて王宮へ戻る。  ――そして、私を追い出したことを後悔してください。 ※夫の後悔、浮気相手と虐げられからのざまあ ※他サイト様でも掲載しております。 ※hotランキング1位&エールありがとうございます!

孕ませねばならん ~イケメン執事の監禁セックス~

あさとよる
恋愛
傷モノになれば、この婚約は無くなるはずだ。 最愛のお嬢様が嫁ぐのを阻止? 過保護イケメン執事の執着H♡

王命を忘れた恋

須木 水夏
恋愛
『君はあの子よりも強いから』  そう言って貴方は私を見ることなく、この関係性を終わらせた。  強くいなければ、貴方のそばにいれなかったのに?貴方のそばにいる為に強くいたのに?  そんな痛む心を隠し。ユリアーナはただ静かに微笑むと、承知を告げた。

義妹の嫌がらせで、子持ち男性と結婚する羽目になりました。義理の娘に嫌われることも覚悟していましたが、本当の家族を手に入れることができました。

石河 翠
ファンタジー
義母と義妹の嫌がらせにより、子持ち男性の元に嫁ぐことになった主人公。夫になる男性は、前妻が残した一人娘を可愛がっており、新しい子どもはいらないのだという。 実家を出ても、自分は家族を持つことなどできない。そう思っていた主人公だが、娘思いの男性と素直になれないわがままな義理の娘に好感を持ち、少しずつ距離を縮めていく。 そんなある日、死んだはずの前妻が屋敷に現れ、主人公を追い出そうとしてきた。前妻いわく、血の繋がった母親の方が、継母よりも価値があるのだという。主人公が言葉に詰まったその時……。 血の繋がらない母と娘が家族になるまでのお話。 この作品は、小説家になろうおよびエブリスタにも投稿しております。 扉絵は、管澤捻さまに描いていただきました。

悪役令息の従者に転職しました

  *  
BL
暗殺者なのに無様な失敗で死にそうになった俺をたすけてくれたのは、BLゲームで、どのルートでも殺されて悲惨な最期を迎える悪役令息でした。 依頼人には死んだことにして、悪役令息の従者に転職しました。 皆でしあわせになるために、あるじと一緒にがんばるよ!

処理中です...