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第十一章
259 いつかの願い
しおりを挟む恋人と蜜月のような甘い時間を過ごす俺は、完全なるダメ人間に成り下がっていた。
なにをするにもセオドアが率先して動いてくれるので、俺はだいたいの時間を寝そべって過ごしている。
自分の足で立つ時といえば、浴室で背後からセオドアに突き上げられている時くらいだろう。
……いろんな意味でヤバすぎないか?
筋肉が衰えそうだし、素振りでもしたいくらいなのだが、毎晩ぐったりするまで抱き潰されている。
よってだらだらと眠って過ごしているわけだが、癒しの力は大幅に回復しているから、別に今の生活でいいんだとセオドアに説き伏せられた。
籠城して本日五日目となるわけだが、今のところ敵の侵入は見られない。
もしかすると、俺が爆睡している間に、セオドアが撃退しているのかも……。
今のセオドアなら敵なしだろうと、ひとつ頷いた俺は、目の前にある逞しい胸元に頬を寄せる。
「っ、可愛いっ、イヴ兄様……。目が覚めましたか?」
「ん。おはよ、テディー」
おはようのキスをして、微笑み合う。
最高に幸せな時間だと思っていると、優しく髪を撫でられる。
「昨日はイヴ兄様が遅くまで頑張ったので、今日の朝食は胃に優しいスープにしました。長時間煮込んだので、格段に美味しいと思います。食欲があるなら、今温めて──」
「俺、テディーがいないと、もう生きていけないかも……」
俺を気遣うセオドアの優しい言葉に感動してぽつりと呟くと、頭上から息を呑む音がした。
「って言っても、昔からそうだったけどな?」
恋人を見上げて小さく笑うと、なぜか真顔になっていたセオドアが激しく瞳を揺らしていた。
弱音を吐くのはいつものことなのに、どうしたのだろうと首を傾げると、力いっぱい抱きしめられていた。
俺も抱きしめ返して背中に爪を立てると、セオドアが俺の顔を覗き込んだ。
「痛かったですか?」
「……いや、わざと」
パチパチと目を瞬かせるセオドアに、俺はニッと悪戯っぽい笑みを見せた。
「テディーがどこにも行けないように、捕まえてただけ」
逞しい体に足を乗っけただけなのに、たちまち顔が真っ赤に染まっていく。
「っ…………逆に?」
「ん? 重い?」
余裕の笑みで首を振るセオドアが、なぜか時間をかけて作ったスープより、俺が食べたいと無双モードに突入した。
ただ泣きながら喘ぐだけの芸のない俺を、四六時中抱いてよく飽きないなと思う。
もちろん俺は飽きるどころか、甘やかしたり激しく求めるセオドアの深い愛に溺れているが……。
卑猥な言葉を吐くのはまだ難しいが、おねだりは少しずつ出来るようになっている。
……気がしている俺は、急成長したと思う。
今日は何度も気を失うくらいに激しく抱かれたけど、セオドアに愛されていると実感していた。
「今は無理でも……いつか、僕だけのものになって……」
疲れ切って、動けない俺を抱きしめているセオドアの小さな声で目を覚ます。
「ん……テディー?」
「イヴ兄様、約束……」
「やくそく?」
「僕の願いを叶えて」
耳打ちをされた俺は、くすりと笑う。
「確かに、今すぐには無理なお願い……だな? でも、テディーの願いが、叶うといい、な」
寝ぼけている俺と小指を絡めるセオドアは、昔のような可愛い顔で笑っていた。
「僕は諦めていませんからね、イヴ兄様……」
俺に激甘なセオドアが、誰よりも俺に執着していたことを知るのは、ずっと先のことだった。
◆
籠城して六日目。
ついに門を突破された。
漆黒の騎士様の手によって──。
癒しの聖女様を心配する第一騎士団のメンバーが部屋に突入し、俺の無事を確認するが、皆一様に驚愕している。
なにせ、彼らを出迎えたときの俺は、勇者様に赤子のように片手で抱っこされて、移動していた最中だったからだ。
「あ……。ご心配をおかけして、申し訳ありませんでした。なんとか元気になりました」
ぺこりと頭を下げるが、みんなはぽかんと口を開けて俺とセオドアを交互に見ている。
そんな彼らを一瞥したセオドアが溜息を吐いた。
「イヴ兄様、強がらないでください。まだ万全ではありませんよね?」
「ん? そうか?」
「とりあえず、食事にしましょう」
俺を片手で抱っこしたまま、器用にスープをよそったセオドアがソファーに座り、俺はただ口を開ける。
身も心も温まる、愛情たっぷりのスープをごくごく飲み干した。
「セオドア様は、相変わらずイヴくんしか見えていない」
「めちゃくちゃ笑ってるし……。ある意味怖い」
「で、溺愛っ。なんか見てるだけなのに、こっちが恥ずかしくなるな」
「……心配する必要なかったな」
なにやらコソコソ話している第一騎士団の団員たちが、ゆっくりと元団長の顔色を窺い、すぐに目を逸らした。
「イヴ。回復したなら、陛下から今後についての話があるのだが……。行けるか?」
「はい。大丈夫です」
真顔のエリオット様に問いかけられた俺は、すぐさま頷いた。
「それじゃあ、着替えましょうか」
「ああ、下ろしてくれ」
俺を無視するセオドアが食器を片付けて、純白のローブを用意する。
片手に俺を抱き上げたまま、器用にこなすセオドアの慣れた姿に、皆が言葉を失っていた。
だが、エリオット様はすぐに俺の元へやってきて、セオドアから俺を奪い取ろうとする。
「約束の期日は過ぎたはずだ」
「だからなんです?」
「イヴの面倒は私が見る」
「結構です」
「なに? 私がイヴの専属騎士なのだから、私の役目だろう」
「ふふっ。それなら、僕も癒しの聖女様の専属騎士に任命してもらいますよ」
バチバチに火花を散らす二人を交互に見る俺は、そっとセオドアの腕から下りようとするのだが、なかなか離してくれない。
助けを求めて騎士団の仲間たちに視線を送ったが、誰とも目が合わなかった。
ただ、一人を除いて……。
「ゴッド団長!」
「っ……イヴくんッ!!」
名前を呼べばピューンと駆け寄ってきてくれたのだが、強者二人に睨まれて、凄まじい圧を受けたゴッド団長。
駆け寄ってきた時よりも、何倍も速いスピードで逃げていった。
結局、俺は一人で出来るからと二人を説得して、なんとか場を収めることに成功した。
当たり前のようにセオドアに甘えていたことを反省しつつ、陛下の元へ行く。
ジュリアス殿下の戴冠式で、俺も恋人たちとの婚姻を発表することになり、いよいよ王妃になるようだ。
まだ全然実感が湧いていないのだが、各国からの礼状が届いていると話を聞き、嬉しく思う。
他国からも要人が訪れるはずだから、気合を入れないとと思っている間に、いつのまにか勇者セオドアも、癒しの聖女様の専属騎士になっていた。
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