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第十章

240 新理事長

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 コバルトブルーのタイを締めた俺は、久々に学園の制服を着ていた。

 急に癒しの聖女様が訪問することになると、皆が驚くからと、学生に混じって潜入する作戦らしい。

 学園が休みの日に訪問したら良いのだが、お忙しい宰相殿の予定が合わなかったようだ。

 そして、本日は専属騎士様がお休みなので、エリオット様の制服姿を拝めないことが悔やまれる。

 休日でも、必ず俺の傍にいるエリオット様だが、今日は外せない用事があるらしい。

 ……まさか、逃げたのか?

 やってくれたぜ、と思っていると、制服姿の若き宰相殿がお迎えに来てくれた。

 昔よりもかっこよく見えるのは、俺がランドルフ様が大好きだからという理由だけではないだろう。

 「ハァ、素敵ですよ。イヴ」
 「そうですか? 若作りしてる感じが否めないんですけど……。でも、懐かしいですね?」
 「ふふっ。ええ、イヴはなにを着ても似合いますね? ですが、シャツを破きたい衝動に──」
 「それ以上言うな」

 むしろ、お前のシャツを破いてやろうかと、顔を合わせて早々に取っ組み合いになる俺たちは、相変わらず成長していない気がする。

 学園に向かう馬車の中で、大暴れする癒しの聖女様と、普段は冷静沈着な宰相殿。

 ガチで鍛えて来たランドルフ様に負けそうになる俺は、学生気分を味わうどころではない。

 目的地に着き、ゼーハー言いながら馬車からおりた俺は、敗北者をエスコートしてやった。

 「今回も俺の勝利ですね?」
 「ふふふっ、イヴの体力は残り僅か……」
 
 なぜか含み笑いをするランドルフ様に、ぶるりと震える。

 またおかしなことを考えてはいないだろうなと、変態を警戒しながら学園内に足を踏み入れる。

 過去を懐かしんでいたのだが、物音一つしないことに気付いた。

 「……オイ。誰もいないじゃないか」
 「そのようですね? あ。今日は臨時休校だったのかもしれません」
 「っ……貴様、俺を辱めたいがために──」
 「おおおぉーいっ!! イヴぅ~!!」

 しれっとした顔のランドルフ様に掴みかかろうとすると、大きく手を振る友人が駆けてくる。

 「ヴィンス様っ!!」
 「ひっさしぶりぃ~! 二人とも、会いたかったぜっ!」

 俺が笑顔で手を上げると、その手にパンとハイタッチをしたヴィンス様。

 オレンジ色のツンツンとした髪を伸ばして、グレーのスーツ姿がしっくりきている。

 随分と大人っぽくなっているヴィンス様だが、昔のように元気溌剌である。

 そんな彼が、きょとんとした顔で俺たちの全身を眺める。

 「てか、なんで制服なんだ?」
 「イヴがどうしてもと」
 「っ、デタラメ言うな!」

 困り顔を披露するランドルフ様を睨むと、満面の笑みのヴィンス様が、けらけらと笑い出す。

 「イヴは相変わらずだな? ランドルフにそんな態度を取るやつなんて、イヴだけだから」
 「この男には、これくらいがちょうど良いんですよ」
 「くくくっ。やっぱり変わってない」

 仏頂面の俺の肩を組むヴィンス様は、さっそく卒業証書を渡すと、歩き出した。

 俺たちが毎日通っていた教室に寄り道をして、思い出話に花が咲く。
 
 そして、騎士クラスの一番後ろの窓際の席。

 俺の定位置を眺めていると、ヴィンス様が俺の顔を覗き込む。

 「ジュリアス殿下が、休憩の度にイヴに会いに行くからさ。おかげで俺は、騎士志望の友達が増えたんだよね~」
 「……なんか、すみません」
 「いや、良いことだからね? イヴとも友達になれたしさ? ジュリアス殿下の粘り勝ちっ!」
 
 ニッと笑うヴィンス様に、俺も笑みを向けた。



 理事長室に案内されると、ランドルフ様の好物の焼き菓子と、俺の好物である旬のフルーツが、たんまりと用意されていた。

 おもてなしの心に感動しつつ、卓を囲んだ。

 魔物の話や、癒しの聖女様になり、ランドルフ様を助けた時のことなど、話が尽きない。

 「今も大変そうだけど、昔からイヴはモテモテだったよな?」
 「……そうだったらしいです」
 「くくくっ。ジュリアス殿下が権力を振りかざすと思ってたけどっ。ランドルフもやり手だしさ。気付いたら、人見知りのアデルバートとも仲良くなってるし? イヴは誰と結ばれるのかなって、いつもワクワクしてた」

 みんなが俺に好意を抱いていたことを、昔から知っていたと語るヴィンス様。

 俺の鈍感なところがツボだったと笑われてしまい、なんとも言えない顔になる。

 「でも、まさか全員と恋人になってるなんて、思いもしなかった。イヴはいつも俺の予想を遥かに超えてくるよな?」

 しかも癒しの聖女様だし? と付け加えたヴィンス様は、けらけらと楽しそうに笑う。

 「独り身の俺が、何回イヴたちを祝えばいいんだよ? 喜ばしいことなんだけど、子供を授かる度に金が飛んでいくぜっ」
 「……まだ公表していないんですけど。実は、セオドアとも恋人なんですよね?」
 「っ……ハーレムじゃんッ!!!!」
 「うっ……。はい、そこは否定出来ません」
 
 バンと机を叩いて立ち上がった、現在恋人募集中のヴィンス様の鼻息は荒い。

 根掘り葉掘り聞かれたのだが、まだまだ話し足りないと語るヴィンス様に、今夜はノースレイ家に招待されることになった。

 ヴィンス様から卒業証書を受け取り、彼が学園の理事長になったことを、サプライズで知らされる。

 嬉しい報告だと話しながら、理事長室を退出すると、ランドルフ様が俺の手を取る。

 「その前に、教室に行きませんか?」
 「…………嫌な予感しかしないから無理」
 「おいおい、神聖な場所でやめてくれよ?」

 後片付けはしますと真顔で語るランドルフ様に、ヴィンス様が目を丸くする。

 「まあ……換気は頼むわ」
 「いやいや、早く行きましょう?」

 なんて寛大な理事長なんだと思うのだが、そこは拒否してくれと切に願う。



 ふざけあう俺たちが学園を出て、ヴィンス様に続いて馬車に乗り込もうとすると、小さな殺気を感じ取った。

 「っ、ラルフ様!」
 
 馬車から飛び降りる俺は、刃物を握りしめて突撃してくる若者から、恋人を守る。

 随分と距離があるのだが、昨日ランドルフ様にフラれた若者だとすぐにわかった。

 彼の勢いを利用して投げ飛ばそうと構えると、青年が白目を剥いて倒れた。

 「っ……まじかよ」
 「癒しの聖女様っ、お怪我はっ!」

 どこに隠れていたのか、護衛たちが遠くからぞろぞろと集まってくる。

 二十人ほどいたのだが、これだけいるなら誰か気付こうぜ……?

 そう思っていたのだが、護衛たちが揃いも揃って、明らかに動揺していることに気が付いた。

 彼らを安心させるように、余裕の笑みを浮かべる俺は、専属騎士様の真似をして髪を掻き上げる。

 「フッ、戦うまでもない」
 「っ…………かっこいい」
 「さすがガリレオ殿の御子息っ」
 「勇者でもおかしくないな」
 
 俺をよいしょする護衛たちに、気絶している若者の取り調べをお願いしておいた。

 以前はクリストファー殿下の護衛だった、お調子者らしき護衛が、素早い動きで若者を拘束する。

 「ヤベェ……。イヴ様の殺気で、一歩も動けなかった」

 あ……、俺のせいだった感じ?

 護衛二人組に熱い眼差しを向けられる俺は、これからヴィンス様とのお泊まり会に行きたいがために、大事にしないようにお願いする。

 「なんて器の大きい人なんだ……」

 表情筋が活動し始めたイケメン護衛の呟きを聞こえないフリをする俺は、連れ戻される前に、さっさとノースレイ侯爵家に向かうことにした。














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