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第九章

199 最強の騎士が望んだこと

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 戻って来たジュリアス殿下に救出された俺は、コクコクと水分補給をしている。

 ただ水を飲んでいるだけの俺に「可愛いッ」と呟くとお方は、俺のことが大好きすぎるだろう……。

 俺に可愛い要素なんて微塵もないのに、相変わらず頭のネジがぶっ飛んだままのようだ。

 「それでね。団員からは、それぞれ褒美として欲しいものを聞いてはいるんだけど……。癒しの聖女様と一緒じゃないと式には出ないし、褒美も受け取る資格はないって言ってるんだ」
 
 財務大臣が、彼らにたっぷりの褒賞を用意してくれているらしいのだが、受取拒否されて困っているそうだ。

 ジュリアス殿下が肩を竦め、俺はみんなの気持ちは嬉しいが、早く褒美を貰えと願う。

 「イヴは魔物の王を討伐してるから、なんでも好きな願いが叶えられるよ?」
 「……別にないけど。強いて言うなら、アデルを俺の専属医師にして欲しい」
 
 だってアデルバート様はまだ宮廷医師にはなっていないだろうし、彼の父親であるアルフォンソ様に対応されるのは正直遠慮したい。

 そう思って答えると、顔面偏差値の高い二人がそれはそれは良い笑顔で笑った。

 「だってさ。良かったね、アデルバート」
 
 静かに重厚な部屋の扉を開けた人物は、既に号泣していた。

 「っ、イヴッ!!」
 「アデル……」

 トコトコと歩いて来たアデルバート様が全力疾走し始めて、長いライム色の髪が揺れる。

 俺に飛びつく華奢な美青年を抱き留めて、熱い抱擁を交わした。

 「無事でっ、良かった……っ」
 「心配かけてごめんな。会いたかった……」

 俺の胸元に小顔を埋めるアデルバート様は、ぐずぐずと泣き続けている。

 父親のアルフォンソ様が、癒しの聖女様の診察をすると言っていたらしいのだが、俺が眠っている間はずっとアデルバート様が俺の看病をしてくれていたそうだ。

 今でも交代しろと言われるらしいのだが、断固として拒否していると聞き、愛おしい気持ちが込み上げて来る。

 「それなら、俺の願いをアデルのお父様に伝えないとな? 魔物の王を討伐出来て、良かった」
 「っ、もう! なんでも叶えられるのに、そんなことに使っても良いの……?」
 「そんなこと? 俺にとっては一番大切なことだったけど……。でもそうだな。アデルが嫌なら、違うお願いにするけど?」
 「っ……や、やだッ!」

 ぽかぽかと俺の胸元を控えめに殴るアデルバート様は、相変わらず意地悪だと文句を垂れる。

 「うぅっ……。イヴを診察するのはっ、私だけの……特別な仕事だもんっ」
 
 ぱっと顔を上げたアデルバート様は、大きな目を潤ませて、激しく瞬きをする。

 可愛く上目遣いをされて胸がキュンとする俺は、よしよしと黄緑色のサラサラとした髪を撫でた。

 「俺も、アデル以外は考えたことがないよ」
 「はぅっ……。もうやだッ、かっこいい……。胸が痛いッ」
 「ん? どれどれ?」

 両手を胸元に当て、過呼吸気味になっているアデルバート様の額に口付けを送り、癒しの力を使う。

 とろんと目尻を垂れ下げて、可愛らしいお顔になるアデルバート様に微笑んだ。

 「治ったか?」
 「…………ドキドキが、止まらないっ」
 「ククッ。それは、もう一回っておねだりか?」
 「っ、ち、違うよッ! ……う、ううん! やっぱり、もう一回ッ……」
 「ちょっとアデルバート? イヴを独占するのはやめてくれる? 私だってして欲しいんだけど」
 
 不機嫌そうに目を細めるジュリアス殿下を無視するアデルバート様のライム色の瞳は、意地悪そうに口角を上げる俺だけを映していた。

 「ランドルフも黙っていないで、なんとか言ってよ! って、なにその顔……。キモッ」

 既に俺と口付けを交わしているランドルフ様は、頬を染めてにまにまとしている。

 普段は穏やかな性格なのに、俺のことになると途端に煩くなるジュリアス殿下が騒ぎ出し、いつものように楽しい時間になる。

 学園時代を思い出して、胸が温かくなった。

 魔物の王を討伐した時のことを話して欲しいと三人に詰め寄られ、過去を振り返りながら話していると、部屋の外が騒がしくなる。

 「イヴくんっ!」
 「目を覚ましたって聞いて……」
 「大丈夫なのかっ!?」
 
 バーンッと大きな音を立てて扉が開き、第一騎士団の団員たちがなだれ込んでくる。

 以前俺の護衛をしてくれていた琥珀色の髪の美青年が、げっそりとした顔で扉を閉める。

 俺が滞在する部屋の護衛をしていたらしい、王子様二人の護衛たちは、興奮する彼らを止めることが出来なかったようだ。

 「ご心配をおかけして申し訳ありません。やっと起き上がることが出来ました。力は全回復していませんが……」
 「そんなこと気にしなくて良いんだよ。イヴくんは癒しの聖女様だけど、俺たちの仲間なんだから」
 「そうそう。生きてるだけで良いっ!」
 「……ククッ、父様みたいなことを言わないでくださいよ」

 眠りこけていた俺に激甘な彼らにくすくすと笑っていると、ゴッド副団長の表情筋が崩壊する。

 「癒しの力が全回復している……」
 「ですから、まだ……。いや、なんでもありません」
 
 濃紺色の瞳をキラッキラに輝かせるゴッド副団長が両膝をつき、手を組んで俺を見つめる。

 「相変わらずですね、ゴッド副団長は……」
 「ふふふふふ。もう副団長ではないのだよ、イヴくん! 彼はこの度、団長に昇進したんだ!」

 自分のことのように胸を張るルイス様の言葉に、俺はいろんな意味で目を丸くした。

 「おめでとうございます! その……だったら、エリオット様は?」
 「それは本人に聞くと良いよ」
 
 パチリとウィンクをかまされて、よくわからないがとりあえず頷いた。

 ……まさか引退したのか!?

 いやいや、それはダメだろう。

 それに、エリオット様が騎士団を辞めると言ったところで、全員が引き止めるはずだ。

 それならエリオット様はどうなったんだ?

 みんなが国王陛下に、褒美としてなにを所望したかを聞きながら、俺は愛おしい人のことが気になって仕方がなかった。

 そこへ、隊服をさらにバージョンアップしたような、豪華な装着のついた漆黒色の騎士服を着こなす、長身の人物が現れる。

 団員たちが波のように引いていき、漆黒の髪が美しい色男の前に道が出来る。

 寝台の傍で片膝をついたエリオット様が、蕩けるような笑みで俺を見つめた。

 「イヴが目覚める時を、ずっと待っていた」
 「エリオット様……」
 「今後は、私がイヴの専属騎士となる。これからは、ずっと傍でイヴを守らせてくれ」

 え、と素っ頓狂な声を上げた俺に、エリオット様は愛剣を手渡した。

 戸惑いながらみんなを見れば、満面の笑みで祝福している。

 おずおずと肩に剣を触れさせると、俺に忠誠を誓う最強の騎士は、今後は片時も離れないと、甘い台詞を吐いた。







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