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第七章

170 褒賞 アデルバート

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 ――運命って、時に残酷だよね。


 大好きなイヴを巡るライバル関係だったけど、今は固い友情で結ばれている相手の言葉に、胸を抉られる。

 綺麗な碧眼に悲しみを滲ませる人の声をこれ以上聞きたくなくて、私は第二王子殿下の部屋から飛び出していた。

 王宮内に用意された自室に駆け込んだ瞬間に涙が溢れて、廊下にも聞こえそうなくらい大きな声で泣いた。

「アデル兄様っ!」
「うぅっ……」

 追いかけてきてくれた弟のアレンが、私を優しく抱きしめてくれる。

 弟の前で泣いたのは初めてだけど、今は我慢することが出来なかった。

 大きな体に顔を押し当てて、声が枯れるまで泣き続けた。

「大丈夫です、アデル兄様。僕は、ずっとイヴ様のお傍にいたのでわかります。癒しの聖女様としてのお力が完全に解放されたとしても、イヴ様はアデル兄様のことが大好きです」

 優しく背を撫でてくれるアレンの言葉が嬉しいのに、悲しみで胸が押し潰される。

 何番目でもいいから、イヴの大切な人になりたかった。

(……イヴの力になりたかったのに……)

 私は『アンドリュー様の生まれ変わりかもしれない』なんて思っていたから、癒しの聖女様であるイヴには、絶対に私の力が必要だって思い込んでいた。

 まさかイヴの力を解放させる相手が、今はイヴを嫌悪している勇者セオドア様だったなんて……。


「まだ話は終わってないよ、アデルバート」
「っ……聞きたくないっ!!」

 私が落ち着く頃合いを見計らっていた、ジュリアス殿下とランドルフ様が部屋に入って来る。

 二人はイヴと身も心も結ばれてるから余裕があるけど、私は違う。

 耳を塞いで涙を零すと、しゃがみこんだランドルフ様に背を撫でられる。

「私も力になります」

 だから話を聞いて欲しいと甘い美声が耳を擽り、私はゆっくりと頷いていた。

 まだ定かではないけど、イヴと結ばれたランドルフ様は、交渉力を高める能力を得たのだと思う。

 ランドルフ様の声が、以前より不思議と心に響くから――。

 イヴに愛されている二人が羨ましくて、妬ましくて、惨めな気持ちになった。

「魔物の王を倒すのはセオドアだ。その後、どうなると思う? 褒賞として、セオドアはなにを望んだと思う?」

 予知夢を見たジュリアス殿下から優しく問いかけられて、私は沈黙する。

 だって、セオドア様は紋章を授かっているし、金銭面でも苦労はしていない。

 むしろ、地位も名誉も全てを手に入れてるのだから、これ以上欲しいものなんて……。


「イヴだよ」

 
 予想外の返答に、私は目を見開いた。

「あいつは、イヴのの伴侶になるために、魔物の王を倒すつもりなんだ」
「っ……だから、今までなにも言ってこなかったんだ」
「うん。それでもセオドアは怒りが収まらなくて、マクシミリアンを内縁の妻にするんだ。イヴに地獄を見せるためにね? イヴは邸に監禁される。国は平和になるのに、バッドエンドだ」

 未来は断片的にしか見えていないけど、セオドア様の望みは、イヴの心に傷を負わせて、独り占めすることで間違いないそうだ。

 そんなの、ロズウェル団長が許すわけないとは思うけど、王命だったら手出しが出来なくなる。

 それに、イヴだって辛い思いをするはず。

 歪んだ愛情だと思うけど、それほどまでにイヴのことを好きだったんだと、恐怖すら覚えた。

「だから私たちで未来を変えないと。アデルバートだって、イヴが不幸な結末を迎えて欲しくないだろう?」

 微笑むジュリアス殿下に、私は力強く頷いた。

「ですが、イヴはただでやられるような男ではありませんよ? セオドア様には弱いですけど。イヴなら、セオドア様を変えてくれると思います」
「うん。でも、万が一のことも考えて、私たちも対策を練ろう。最悪、父上には引退して貰う」

 笑顔で父親を引き摺り下ろすことを告げる私の友人は、セオドア様と同じくらい怖かった。

 声を失って、大きな体をぷるぷると震わせるアレンと抱き合う。

 でもランドルフ様は、そうなると自分も宰相になるために父親を蹴落とすと言い始める。

 私も父親を引退させた方がいいのかな? と思いながら、ごくりと唾を飲んだ。

 怯えるアレンと顔を見合わせて、「絶対に無理だよね……」と弱音を吐く。

 二人は心強い味方だけど、敵に回したくないと思いながら、再度四人で卓を囲んだ。



 未だにカタカタと震えているアレンが、全員分の紅茶を淹れてくれる。

 そして静かに席に座り、空気になった。

 手を繋いで微笑みを向けていると、紅茶を飲んだランドルフ様が、美味しいとアレンに声をかける。

 その声で、いつもの穏やかな笑みが戻って来る。

 冷たい人だと思われがちだけど、ランドルフ様は気遣いが出来る優しい人だ。

 その光景を見守っていたジュリアス殿下が優雅に足を組み、トントンと目元を指す。

「私は目が特化されて、ランドルフは声だ。そうなるとアデルバートは……」

 ジュリアス殿下が首を傾げると、サラサラの金色の髪が揺れる。

 少し考えた後に、パァッと碧眼を輝かせた。

「鼻毛が伸びるッ!」
「ぶっ……。もうっ、ふざけすぎっ!!」

 いつもの子供っぽい発言に、私は声を上げて笑っていた。

「大丈夫ですよ。イヴはアデルバートの髪色が大好きですから、きっと鼻毛も……」
「っ、ランドルフ様までおかしなこと言わないでよっ!?」

 真顔で励ましてくるランドルフ様を小突くと、イヴに見せるような可愛い顔を披露してくれた。

 イヴの力が完全に開花したのなら、私の存在は必要ないはずなのに、こうして声をかけてくれる。

 二人の気持ちが嬉しくて、悲しい気持ちが和らいでいた。

 空気が華やぎ、近況報告をしながら、いつもの楽しいお茶会になっていた。



 各々やるべきことをやろうと話し合い、去り際にジュリアス殿下に耳打ちされる。

 ひゅっと息を呑み、私の視界が歪んだ。

「ふふっ、よかったね。アデル」
「……なんで内緒にしてたの?」
「先に悪い知らせを聞いた方が良いでしょう? 今日はぐっすり眠れそうだね?」
「っ、うんッ!!」

 みんなと笑顔で別れた私は、期待に胸を膨らませる。

 きょとんとしているアレンには、まだ内緒にしておこう。

 


 ――癒しの聖女様が褒賞として望んだのは、『アデルバート・バーデンを専属医師に』 だって。


 



















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