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第七章

162 化け物

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「行ってくる」

 早朝だというのに、爽やかな笑みを浮かべた漆黒の騎士は、膝が震えている俺の頬にさりげなく口付けて、颯爽と魔物の討伐に向かった――。

 人前でも辱めてくる体力お化けの広い背を見送った俺は、よろよろと近くの椅子に腰を下ろす。

 ゆるりと周囲を見回すと、居残り組の団員達がぎこちなく俺から視線を逸らした。

「キスしていませんからね? フリです、フリ」
「…………」
「無視しないでっ」

 ……またいじめられっ子に逆戻りか。

 俺が項垂れていると、皆が慌てた様子で話しかけてくれた。

「違うよ! ただ、その……お疲れ様」
「「「お疲れ様」」」
 
 特になにもしていないのに、なぜかみんなから労わるように声をかけられた。

 よくわからないが、俺と目が合った堅いのいい団員達は、皆恥ずかしそうにしている。

 なんだか可愛らしいな、と笑っていると、つい数十分前に出て行ったエリオット様達が戻って来た。

「忘れ物……?」

 首を傾げていると、漆黒の騎士の右手には縄で縛られた人型の魔物が引きずられていた。

「っ、嘘だろ……!? 今の短時間で?!」

 驚いて立ち上がるが、他のみんなは「今日はいつもより早かったな」くらいの感覚だ。

 エリオット様が、強敵である人型の魔物を倒すのは、当たり前のことのようだ。

「あれが、人型の、魔物……」

 拘束した人型の魔物は、俺の想像よりも不気味な容姿をしていた。

 足だけがやけに細くて、鹿の足のようにも見えるが、他は全て人間と同じだった。

 そのアンバランスな体にも驚いたが、それよりも魔物を見つけて捕縛するまでの時間が早すぎる。

(エリオット様は、どれだけ強くなったんだ!)

 同じ騎士として、恋人として、誇らしい気持ちになる俺は、興奮してしまった。

「一匹、確保した」

 漆黒の髪を掻き上げて、何事もなかったかのようにフッと笑うエリオット様がかっこよすぎて、俺は尊敬の眼差しを向ける。

 さすが、俺の師匠だ!

 目をキラキラと輝かせていると、視線を合わせるように屈んだエリオット様に、わしゃわしゃと髪を掻き混ぜられる。

「イヴのおかげだ」
「えっ? お、俺ですか……?」
「ああ。以前より、魔物の気配が読めるようになった。かもしれない」
「ブッ……! な、なにを言ってるんですかっ。恥ずかしいっ」
 
 蕩けるような顔で、俺のことを「幸運の女神様」だと本気で語るエリオット様は、寝不足で頭が回っていないようだ。

「たまたまですよ、たまたま。それに、エリオット様のお力です」
「いや、間違いない。確信している、愛の……」
「今日は早く寝ましょうね?」

 我らの団長がおかしなことを言っているのを聞かれては困るので、俺は話をぶった切る。

「……早く任務に戻れよ」
 
 俺の背に隠れて、ボソッと声を出すレイドは、朝からご機嫌斜めだ。

 俺を挟んで睨み合う二人に冷や汗が流れる。

「レ、レイド! 木の実を探しに行こうぜ?」
「「駄目だ!」」
「…………二人とも仲良し」

 息ピッタリだと小さく笑うと、レイドに舌打ちされてしまった。

 再度魔物の討伐に向かうエリオット様たちを見送り、俺とレイドは捕縛した人型の魔物の様子を見に行く事にした。

「いいか? イヴは俺の後ろにいろよ? 俺が守ってやる」
「お、おう。頼もしいな」
「当たり前だろう。お前はその……、俺の特別だからなっ!」
 
 ツンとした態度だが、頬をほんのりと赤らめるレイドが可愛くて、俺は笑顔で頷いた。

 だが、レイドには俺ではなく、別の人と幸せになってもらいたいと思っている。

 もちろんレイドのことは好きだけど、強がりなところがある性格上、恋人になったとしてもたくさん我慢をさせてしまいそうだと思う。

 それに、俺もこれ以上恋人を増やす気はない。

 そのことをいつ伝えようかと迷いながら、人型の魔物のもとに向かった。

 

 拠点となる場所から離れた位置にある大木に縛り付けられている闇色の髪の魔物は、気絶しているようだった。

 全身斬り傷だらけで、腹にある深い傷からは、紫色の血がドクドクと流れ出ており、見ているだけで痛々しい。

「治療しなくて大丈夫かな」
「はあっ!? 死ぬなら死ぬで、また違う魔物を取っ捕まえれば良いだけだろっ!」
 
 魔物に同情しているのかと、軽く頭を叩かれて、肩を竦める。

「でもせっかく捕まえたのに、話せる状況じゃなさそうだし……」
「お前なあ……。どこまでお人好しなんだよ」
「そういうわけじゃないけど……」
 
 とにかく腹の傷だけでもどうにかしたいと思っていると、危険だと怒り狂うレイドが、勝手にしろとそっぽを向く。

 せっかくエリオット様が生け捕りにしたのだから、なんでもいいから情報を引き出したい。

 応急処置だけでも、とテントに医療品を取りに行き、魔物の腹部に触れようとすると、ぴくりと体が動いた。

「なにをする気だ」
 
 バッチリと目を開けていた魔物に驚いたが、冷静に話しかけた。

「傷の治療をします。大人しくしてて下さい」
「はっ? お前らがつけた傷を治すのか? そんな無駄なことをして、一体なにがしたいんだ」
「あ。言われてみたらそうですね?」
「……変な奴」

 ケッと笑った魔物は、早く死なせろと、治療を拒否した。

 それならどんな些細なことでもいいから聞き出そうと、俺は目の前で座り込んで話しかけた。

「貴方はどこから来たんですか?」
「そんなもの知らん。気付いたら森にいた」
「えっ、家族は?」
「知らん」

 なにを聞いても知らぬ存ぜぬだが、返事はしてくれるようだ。

 どうして人間を襲うのかを聞いてみたが、そこに意味はないらしい。

 天候のことなど、当たり障りのない会話をし続けていると、ついに魔物が折れた。

「もういい。やりたきゃ勝手にやれ」
「え、いいのか?」
「どうせ、治療するまでお喋りし続けるんだろ? 煩くて眠れやしない」

 ケッと唾を吐いた魔物だが、なんとなくだか嬉しそうにも見えた。

 そして、ガミガミと文句を言っていたレイドは、魔物が暴れ出さないように、首筋に剣を当ててくれている。

 俺は縫合するなんて高度なことは出来ないので、腹部を包帯でぐるぐる巻きにしておいた。

「まあ、悪くない」
 
 生意気な口調だが、冷や汗を掻いているから、随分と無理をしているようだ。

 出来るなら少しだけ癒しの力を使いたいが、傍にはレイドがいるし、魔物に俺の力を知られると大変なことになる。

 どうしたものかと悩んでいると、このまま話を続けるなら、レイドが昼飯を取ってくると提案してくれた。

「頼んでもいいか?」
「まさか、コイツの分もなんて言わないよな?」
「……ダメか?」
 
 俺がしゅんとした顔を見せると、盛大に溜息を吐いたレイドは、「少しだけだぞ!」と叫んで、大股で歩いて行った。

「本当優しいんだよな、レイドは」
「アイツも大変だな。お前の子守をするのは」
「……失礼な奴だな?」
「別に何日も食べなくたって平気だ」
 
 そう言った瞬間、ギュルルと大きな腹の音が鳴り、魔物がプイっと顔を背ける。

「ククッ。お腹空いてるんじゃないか」
「ハッ! そうだとしても、人間の食べ物なんて、食えるわけないだろっ!」
「そうなのか?」
「知らんっ!!」
「なんだそれ」

 くすくすと笑っていると、少年のような見た目の魔物も小さく笑っていた。

「なあ、少しだけ治療させてくれないか?」
「……は? 今やっただろ」
「もう少しだけ。だから、目を瞑ってほしい」

 怪訝な顔をする魔物だったが、早くしてほしいと頼むと、ゆっくりと目を伏せた。

「人間は嫌いだけど、お前は信じてやってもいい」
「っ、ありがとう!」

 周囲に人がいないことを確認し、傷が癒えますようにと祈る。

 金色の結晶が魔物の腹部を覆った瞬間、魔物がカッと目が見開いた。

「カハッ……!」

 魔物の口から吐かれた紫色の血が、俺の顔に飛び散る。

 明らかに容態が急変した魔物の血色の瞳は、化け物を見るような目で俺を見ていた。


























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