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第七章

157 怖いもの知らず レイド

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 かつての勇者がなにやら物騒な事件を起こしたと噂があり、今は廃墟はいきょとなっているはずの邸で、人型の魔物と和気藹々わきあいあいとお茶をしている俺の想い人は、怖いもの知らずである。

「本当に家が近くだったとは思わなかった……」
「だからそう言っただろう」
「ああ、さっきは疑ってごめん」
「いや? ずっと会いたいと思っていたんだ」

 俺を無視する美形の魔物は、かなりの手練れであることは知っている。

 イヴを人質に取れられていなくとも、俺一人では太刀打ち出来ない相手だ。

 だから大人しく気配を消しているが……。

(イヴっっ!! 呑気に笑っていないで、使用人達をよーく見てくれ!!)

 服で誤魔化しているらしいが、下半身がデカすぎてアンバランスだったり、執事だって帽子を被っているが、アレは絶対に角が生えているだろうっ!

 俺の足元をちょこまかと走り回る、黒毛のねずみがうっとうしくて仕方がないっ!

 窓際に置かれているペット用らしき寝具では、兎に、猫に犬、イタチの魔物が寛いでいる。

(おいおい。ここは、小動物の楽園なのかよ!?)

 トドメに、天井にぶら下がっている目玉が顔の半分を占めている鳥が、俺の事をガン見したまま、一ミリも動かない。

 ……確実に監視されている。

 少しでも不審な動きを見せれば、アイツの目玉から閃光が出る……。気がする。

 魔物の巣窟そうくつに連れ込まれた俺は、背中に冷や汗がダラッダラに流れていた。

「イヴはあんなところで何をしていたんだ?」
「ああ! みんなで魔物の糞を探していたんだ。こんな丸っこくて、茶色のやつ」
「クッ……。冗談だよな?」
「いや、ガチだ。誰が一番たくさん見つけられるかで、勝負してたところ。負けたくないんだよね? 最悪、キスしなきゃいけなくなるし」
 
 腕組みするイヴに、軽く頷いた魔物――アレクサンダーは、壮年の執事に指示を出した。

 室内で真っ黒な布を頭に巻く執事が、イヴに向かってうやうやしく頭を下げ、木の箱を手渡した。

「イヴの勝利だな?」
「おおおおっ! さすがアレクだ! これでキスは回避出来た! ありがとう」
 
 にやりと笑うイヴは、箱いっぱいの魔物の糞を見て喜びをあらわにしている。

(馬鹿かっ! そんなもの、捨てとけ!)

「これは、魔物の糞ではないぞ? クログルーミーという木の実だ」
「そうだったのか。アレクは博識なんだな」
「別に? この森にはよく転がっている」

 フンと偉そうにしている魔物だが、イヴを見る目はすごく優しいような気がする。

 イヴを気に入っていることはわかったが、何を考えているかわからない。

 一見、人間に見えるが、魔物は魔物だ。

 少し機嫌を損ねることをしたなら、簡単に殺されるはず。

 目の前にいる魔物に対して、警戒心が微塵もないイヴは、もしかしたら奴が魔物だと気付いていないのかもしれない。

「俺、アレクのことがもっと知りたい」
「私の話なんてつまらないぞ?」
「それは俺が決めるから」
「…………わかった」

 無表情だが、少しだけ嬉しそうに笑った魔物が、静かに語り出した。

「私の父親は、勇者だった」
「っ、」

 俺は息を呑んだが、まったく動揺していないイヴは、真剣に話を聞いている。

「だが、息子である私が紋章を授からなかったことに、落胆していた。それでも、父親の期待に応えようと、努力はした。だが、私の父は、完璧を求めていた……」

 遠い目をする魔物に、イヴは眉をしかめた。

 自分と同じように完璧な人間になれと強要され、行き過ぎた指導を受けていたそうだ。

「アレクが父親に虐待まがいなことをされているのに、家族は何も言わなかったのか?」
「ああ。周囲には、誰も助けてくれる人がいなかった。むしろ父親が勇者というだけで、皆が父親の味方だった」
「…………」
「なんのために生きているのかわからなくなった時に、「力を授ける」と声をかけてくれた人がいたんだ。その頃はまだ十代で、誰が味方なのかもわからずに、私はその相手を信じてしまった……」

 その日から地下に閉じ込められて、人体実験を繰り返されることになる。

 あまりに辛い話に、俺は絶句していた。

「壮絶な苦しみの末に、命からがら逃げ出して家に帰った時には、私は存在していなかったことになっていた」
「っ、どうして……」
「私の弟となる子が産まれていて……。その子は、勇者の紋章を授かっていたんだ」
「「っ!!」」

 死ぬほど辛い経験をしたというのに、それはあんまりだろう。

 俺もイヴも、声をかけることができなかった。

「行き場をなくした私が怒り狂うと、近くの森が跡形もなく吹き飛んでいた。人体実験をされていたせいで、私は恐ろしい力を手にしていた……」

 そしてアレクサンダーは、その後は人とは関わらず、森で静かに暮していたそうだ。

 本当かどうかもわからないが、話を聞いているうちに、俺の涙腺が崩壊していた。

「なんだよ、その屑野郎! 人体実験した奴もだけど、父親もクソだろっ! 勇者の息子ってだけで、どうして完璧でいなきゃならないんだ! この世には、完璧な奴なんていないんだよっ!」
「あ、熱いな、レイド……」
「はあ!? イヴも同じだろ!? 勇者の息子だからって変に期待されて! それで少しでも駄目だったら、勝手に落胆されて……っ! 俺は、悔しい。もっと早くにイヴと出逢えていたなら……」
 
 魔物の話なのに、イヴへの想いが爆発して、ついぽろりと本心を話してしまう。

 そんな俺の隣に座ったイヴが涙を拭ってくれ、髪を優しく撫でてくれた。

「その気持ちが嬉しい。ありがと」
「あっ、ああ……。だから、その……」

 柔らかく微笑むイヴは、前より色っぽくなっていて、正直顔を見ていられない。
 
 視線を彷徨わせていると、魔物の血色の瞳からも凝視されていた。

 …………コワッ。

 それからイヴが席を外した瞬間、魔物が俺の側に近寄って来る。

 何も感じていない顔で見下ろされ、背筋が凍った。

「先程の話は全て作り話だ」
「っ、」
「だが、イヴには黙っていてくれ」
「…………なぜ」
「イヴにはやってほしいことがある。イヴにしか出来ないことなんだ」
「っ、イヴになにをさせる気だ! まさか、殺すつもりじゃ……」

 恐れ慄く俺にくつくつと楽しそうに笑った魔物が、口角を上げる。


「――逆だ。私を殺してほしい」


 さらりと、とんでもないことを告げられ、俺は息を呑む。

 美しい顔で笑う魔物だが、悲壮感が漂っていた。

 


















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