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第六章
147 なにをやっているんだ ガリレオ
しおりを挟む友好国であるアルベニアに出現していた魔物を粗方倒し、ついでに近隣国の手助けをし、ローランド国を代表する者として、そして勇者として、魔物の犠牲者を出さないようにと奮闘していた。
本来ならばローランド国で活動した方がいいのだが、私には頼れる弟子のエリオットと、息子のセオドアがいる。
私の代で魔物が出現したことには驚いたものの、次世代を担う二人の若者の成長の場となっていることだろう。
次に会う時はどれだけ力をつけているのだろうかと、楽しみにしていたというのに……。
「お前達は一体、なにをやっているんだ!」
久々に顔を合わせたというのに、師である私に目もくれないふたりは、睨み合ったまま殺気を放っていた――。
ふたりの強者が一触即発の状況に、騎士達は遠巻きに眺めるだけで精一杯の様子。
第二騎士団の連中なんて、ほとんどが腰を抜かして立ち上がれない状態だ。
息子や弟子達が苦戦していないかと、心配になって予定より早くに戻って来たのだが……。
(なにがあったのかはわからないが、ふたりがやり合う前に間に合って良かった)
それに、今は止めることが出来たが、まさかふたりがここまで強くなっているとは思わなかった。
私と同じく勇者であるセオドアは、孤児だったため鍛え始めた年齢が私より遅かったものの、教わったことはすぐに身に付ける優秀な子だ。
欠点を述べるとしたら、体格に恵まれていなかったことだが、この期間に縦にも横にも大きくなっている。
あとは経験を積むだけだったセオドアは、確実に実力が上がっている。
私の予想を上回っていることに嬉しく思うが、それよりも驚かされたのはエリオットだ。
以前会った時とは、まるで別人になっているではないか。
(一目見ただけでわかるくらいなのだから、私の若い頃と同じ実力……いや、それ以上かもしれない)
「なにがあったかわからないが、ふたりは陛下から団長を任されているのだから、他の騎士達の手本として動かないと駄目だろう。……おい、聞いてるのか? お前達」
視線を逸らした方が負けだと思っているのか、睨み合ったまま動かないふたりは、なぜ敵対しているんだ?
私がいる時は、共に稽古をして切磋琢磨していたはずなんだが……。
「ガリレオ殿。魔物のことでご報告が」
「ああ、ゴッド君か」
「ご無沙汰しております。ふたりが顔を合わせてから、ずっとこの調子でして……」
虚な目でげっそりとしているゴッド君は、以前会った時より十歳ほど老けている気がする。
「他の地域でも、人型の魔物の目撃情報が入りました」
「なに?」
「今まで討伐した魔物は、大型であっても動きが単純だったので、協力して討伐することは可能でしたが……。人型は意思疎通が出来るようです。私達の姿を見て、なにやら会話をして一旦引いて行ったように見えました」
「それは厄介だな」
「はい。予想でしかありませんが、セオドア様とロズウェル団長の姿に、殺されると感じ取ったのかもしれません」
あくまでも予想だと告げるゴッド君に、あながち間違いでもないだろうと、私も頷いた。
かつて魔物が出現した際に、魔物の中でも王がいたと勇者の日記に記されていた。
今回逃げ帰った魔物達は、もしかしたら私達人間の様子を探りに来ていたのかもしれない。
「より警戒すべきなんだが……。なぜふたりは啀み合っているんだ?」
「それは……」
言い辛そうにするゴッド君が視線を彷徨わせていると、ようやくエリオットが挨拶に来た。
「ガリレオ殿」
「エリオット、今更気付い――」
「魔物を殲滅した暁には、イヴとの婚姻をお許し頂きたい」
「…………なるほど、そういうことか」
眉間の皺を解しながらセオドアを見れば、私達に背を向けてはいるが、殺気が放たれたままだ。
ふたりが啀み合っていた原因が、私の最愛の息子だったとは思いもしなかった。
エリオットが冗談を言うような男ではないことは、私が一番よく知っている。
この男がそう言うのなら、既に私の息子と想いを通わせているのだろう。
「イヴにも確認するが……。今は人型の魔物を警戒することを第一に考えてくれ」
「わかっています。どんな魔物が来ようとも、私が纏めて叩き斬ります。ただ、先にご報告をと」
「ああ、わかったよ」
この場を丸く収める為にも、とりあえず了承したが、仮にも婚姻したい相手の父親に威圧する奴があるか。全く。
昔からそうだ。
エリオットはイヴの事になると、どこか冷静さを失ってしまう。
まあ、それだけ好いているのだろう。
さすがは私の可愛い息子だ。
「そういえば、イヴはどうした?」
「今は救護班として、王都で迎え入れている国民達の治療に専念してくれています」
「そうか。久々に会いたかったんだがな……。それにしても、随分と強くなったな?」
「はい。愛の力です」
「………………なんだって?」
聞き間違いかとじっと顔を見ていたが、漆黒色の瞳は本気の目をしている。
(……私の弟子は、こんな緊迫した現状で、愛だの恋だのとおかしなことを言う奴だったか?)
なにを考えているのかさっぱりわからないが、それだけイヴを想っているということか。
それはそれでいいことなのだが、困ったな。
セオドアが暴走しかけている。
あの子が私の息子に惚れ込んでいることは、ずっと傍で見ていたから知っていたが、悪い方向に走らないといいのだが……。
「人型の魔物は、今までの魔物よりも格段に強いはずだ。ふたりには協力して討伐して欲しいと思っていたが……。無理そうだな?」
「いえ。国民のためならば、敵とも協力するつもりです」
「は、ははっ、敵ねぇ……」
敵は魔物のはずなんだが、と思いながらも、真顔の男に向かって苦笑いを浮かべる。
とにかく騎士達を安心させて来いと伝えて、一人で精神統一している、私のもう一人の息子の元へ向かう。
あどけない顔立ちから、大人の男の顔に変わっているが、表情が抜け落ちている。
憎悪以外の感情が感じ取れないセオドアを、なるべく刺激しないように微笑みかける。
「セオドア、久しぶりだね」
「父様……。いえ、ガリレオ殿」
「……今はまだ家族だろう?」
「残念ながらそうですね」
淡々と答えるセオドアは、いつもキラキラと輝いていた翡翠色の瞳が濁っている。
何度も手紙のやり取りをしていたが、今でもセオフィロス家と縁を切りたいと願っているようだ。
理由はイヴと婚姻したいからだと思っていたが、違ったのだろうか?
きっと、イヴがエリオットと恋仲になったとしても、まだ完全には諦めていないのだろうな。
「魔物の王は、僕が倒します」
「わかった。頼んだよ。でも、ピンチになったら助太刀するからね?」
「結構です。絶対に手を出さないで下さい」
「万が一にも、死んだらどうするんだ。私や国民達もだが、一番悲しむ人がいるだろう?」
一瞬だが瞳が揺れたことが見て取れたのだから、イヴのためにも無茶はしないはずだと思いたい。
分別のあるエリオットが手を出すとは思えないが、ふたりがやり合わないように、もう少しここに留まる必要があるようだ。
「嗚呼、イヴに会いたい……」
一触即発な状態の強者ふたりに挟まれる私は、遠い目をしていた。
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