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第六章

133 裏切り アレン

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 大好きなキラキラ女神様の姿を目に焼き付け、アデル兄様に羨ましがられて有頂天だった翌日。

 怒り心頭のジュリアス第二王子殿下が、自室で暴れたのをなんとか宥めた僕達は、彼の部屋で卓を囲んでいた。

「それで……。今度はなにが見えたんですか?」

 ランドルフ様が静かに問いかける。

 顔を上げたジュリアス殿下の碧眼は、炎が燃え盛って見えた。

 イヴ様と肌を重ねた翌日から、ジュリアス殿下は不思議な夢を見るようになった。

 断片的なもので、単なる夢だと思っていたが、それが少し先の未来だとわかったのだ。

「兄上が裏切った……」

 唸るような声。

 ひゅっと息を呑んだ僕は、まさかイヴ様の秘密を公したのかと、激しい動悸がした。

「っ、どういうことです?」
「どうもこうもないっ! 軽いスキンシップだけだって言ってたのに……。慰め合ってた」
「…………へ?」

 素っ頓狂な声を出してしまったが、そういう話かと、その件に関しては部外者の僕は安堵する。

 だけど、僕の隣に座っていたアデル兄様が下品に舌打ちをした。

「最悪っ。ジュリアス殿下の次はランドルフ様で、その次に私って決めたのに! いつまで経っても私の番が回って来ないっ!」
「厄介なことになりましたねぇ……」
「っ、なに悠長なこと言ってるの!? ランドルフ様はなんとも思わないわけ!?」

 バンと机を叩くアデル兄様がキレ出すが、冷静なランドルフ様は銀縁眼鏡をクイッと持ち上げる。

「イヴは魅力的ですからね、惹かれる気持ちは痛いほどわかります」
「っ、だからって……」

 むっと口を尖らせるアデル兄様が、ぶつぶつと文句を言うが、ランドルフ様は仕方ないことだと笑っていた。

「未来を変えてみようと思う」
 
 完全に目が据わっているジュリアス殿下が発言して、二人が頷いた。

 どう動くのかを話し合う三人は、愛するイヴ様を他の人に取られたくなくて必死だ。

 『みんなのイヴだから』

 なんて三人で話しているけど、実際は独り占めしたい心を隠して、牽制し合っている。

 それでも新たなライバルが現れたなら、彼らは力を合わせて排除するようだ。



 イヴ様の提案を断れば良かったと、後悔している様子のジュリアス殿下だが、他に道がなかった。

 ジュリアス殿下に想いを寄せるラファエルさんを拒絶すれば、代役が立てられる。

 クリストファー殿下やアルフレッド殿下、はたまた王位継承権を持つ他の者を国王にと望む貴族達が動き出すだろう。
 
 貴族社会に慣れていないラファエルさんは、御し易い。

 甘い汁を吸いたくて、既に彼に近付いている者もいる中で、いくらジュリアス殿下に想い人がいたとしても、ラファエルさんの申し出を突っぱねることが出来なかった。

 それに、ジュリアス殿下を推す勢力からも、早く関係を結ぶようにと圧力をかけられているし、八方塞がりだった。

「こんなことになるなら、ランドルフにお願いすべきだったな」
「すみません。さっさと偉くなった方が、イヴを守りやすいと思っての行動だったのですが……」
「いや……。イヴも、私達全員と一気に関係を結べば、気持ちが追いつかないだろうし……。時間をかけた方がいいと思ったんだ、イヴのために……」

 悩ましい溜息を吐くジュリアス殿下は、兄に割り込まれる前にランドルフ様を召喚するようだ。

「ランドルフも、不思議な力が手に入るかもしれないな」
「そんなものいりませんよ。イヴの心さえ手に入れば、それで満足です」
「私だってそうだっ!!」

 少しのことで声を荒げるジュリアス殿下は、イヴ様不足で限界が近い。

 いつにも増して怒りに震えているのは、ラファエルさんの傍を離れられないため、イヴ様との時間が削られているからだ。

 ラファエルさんには、ジュリアス殿下の派閥の者と肌を重ねて欲しいと頼んでいるのに、渋られているため、二人はぎくしゃくしている。

 それなのに、クリストファー殿下とイヴ様はじわじわと仲を深めているわけで……。

 冷静に話し合いが出来なくなったジュリアス殿下が、兄のところへ妨害に行くと告げる。

 僕もイヴ様の体調が気になるという名目で、ジュリアス殿下が暴れた時に止める役として、ついて行くことにした。




「イヴっ! 兄上っ!」
「ジュリアス? どうしたんだ、そんなに慌てて。あ、アレンくんも。お疲れ様」
「「…………」」

 僕達が突撃すると、笑顔で迎えてくれたイヴ様。

 だが、クリストファー殿下にバックハグされていた――。

 クリストファー殿下はすぐにイヴ様から離れていたから、イヴ様を好きだというよりは、本当に力になりたいように見えた。

 だけど、僕がイヴ様を診察し終えると、イヴ様は普通にクリストファー殿下の足の間に座った。

 まるで、そこが定位置かのように座ったイヴ様は、真顔のジュリアス殿下を見て、ハッとしてすぐに座り直していたけど……。

 それがまた、ジュリアス殿下の隣ではなく、クリストファー殿下の隣だった。

 密着して座る二人は、仲の良い兄弟にも見えたけど、ジュリアス殿下の膝は絶え間なく揺れている。

「私は少し席を外す」

 仕事で呼ばれたクリストファー殿下が退出すると、ジュリアス殿下がイヴ様に詰め寄る。

「ねぇ、イヴ。兄上を好きになったの!?」

 ソファーに座るイヴ様の足の上に乗っかって、何度も確認している。

 嫉妬心が丸出しだった。

「好きか嫌いかで言えば、好きだな」
「っ、そんな!」
「なにをそんなに驚いてるんだ?」
「っ……」

 不思議そうに答えるイヴ様に言葉に詰まるジュリアス殿下は、部外者の僕から見ても、ものすごく可哀想だった。

 でも、イヴ様は笑顔で言ったんだ。

「だって、ジュリアスの家族だろ?」

 当たり前のように告げるイヴ様に、僕は目が丸くなった。

「好きな人の家族なんだから、仲良くしたいと思うに決まってるだろ」
「っ、すっ、好きな、人……?」
 
 わかっていて言わせようとするジュリアス殿下は、声が上ずっていた。

「そう。俺がなんのために頑張ってると思ってるんだ?」
「そ、それは……力を……」
「好きな人を、誰にも取られたくないから」
 
 ジュリアス殿下の頬をするりと撫でるイヴ様は、一瞬たりとも視線を逸らさなかった。

「前までは、ジュリアスに俺は相応しくない、釣り合わないって思ってたけど……。もう逃げるのはやめた。俺が堂々と公表出来るようになれば、好きな人の隣に並んでも、誰にも文句言われないだろ?」
「っ…………」

 歓喜に震えているジュリアス殿下は、嬉し過ぎて言葉を失ったみたいだ。

 もちろん、僕の胸にも刺さっている。

 僕が言われたわけじゃないけど、イヴ様の言葉は心の奥に届くんだ。

「だから、ジュリアスもラファエルさんと一度だけ頑張ってみてくれ」
「…………嫌だ」
「俺の方がもっと嫌だ」
「っ、」

 イヴ様が本心を語り、ジュリアス殿下が息を呑んだ。

「頑張れよなんて余裕ぶって応援してるけど。本当は、ラファエルさんを好きになったらどうしようって思ってる」
「……そんなことあるわけないのにっ」

 万が一があるだろうと、困ったように笑ったイヴ様は、喜びの混じる小さな声で否定したジュリアス殿下を抱き寄せる。

「でも、ラファエルさんを好きになっても責めたりしない」
「えっ、」

 硬直したジュリアス殿下に、イヴ様が優しく口付けた。

「好きな人を奪われたら奪い返す。その時は、周りが引くくらい本気出すから」
「っ…………」
 
 自信たっぷりにぐっと口角を上げたイヴ様がかっこよすぎて、僕は悲鳴を上げそうになった。

 でも、ジュリアス殿下の暴走を止めることが出来るのはイヴ様だけだと、事前に手で口を押さえていたから、なんとか堪えることが出来た。

 それなのに、ジュリアス殿下がパタリと倒れて、意識を失った。

 そして、今度こそ僕は悲鳴を上げた。

「そんなぁぁ~ッ! ラブラブタイム、もう終わりっ!? 嘘でしょ~っ!! ジュリアス殿下、起きてくださいぃぃ~っ!!」

 ダッシュで近寄り、気絶しているジュリアス殿下の体を揺さぶると、イヴ様が笑い出す。

 僕はアデル兄様を応援していたけど、イヴ様がジュリアス殿下を見つめる瞳がとにかく優しくて。

 みんなが幸せになればいいな、と思うようになった。

 それから僕がジュリアス殿下をおぶって部屋を退出することになり、部屋の外でクリストファー殿下が待っていた。

 話を聞いていたのか、イヴ様を見つめる藍色の瞳が、少しだけ寂しさが滲んでいる気がしたけど。

 鈍感なイヴ様なら気付かないだろう。

 そう思いながらチラリと見ると、イヴ様はわかっていて気付かないふりをしているように見えた。

 衝撃の事実に、僕は動揺を隠しきれない。

(っ、なんでこんな大事なところで、眠りこけてるんだよぉ~~!!!!)

 心の中で叫ぶ僕は、不敬にもジュリアス殿下の腕をつねっていた。






















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