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第五章

125 大好きな人に似た手

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 ジュリアス第二王子殿下の浴室にある湯船は、十二の誕生日プレゼントとして、特別に発注してもらった品だ。

 想い人と初めて出逢った、王宮の庭園にある噴水と同じものを、湯船として使用している。

 特にお気に入りなのが、笑顔で胡座をかく天使のオブジェだ。

 少し行儀の悪いところが想い人に似ていて、ただ見ているだけで、ジュリアス殿下の心は癒される。

 朝は庭園の噴水まで散歩をし、夜は天使のオブジェを眺めながら湯に浸かり、想い人への秘めた想いを募らせてきた。

 ジュリアス殿下の世界の中心は、イヴ・セオフィロスなんだと熱く語られ、照れ臭くてたまらなくさせられた俺は、思わず「どんだけ俺のことが好きなんだよ……」と、ぶっきらぼうに呟いていた――。



「次は、初めて出逢った庭園の噴水の中でセックスしたいっ」

 暑苦しいほど想い人に執着している王子様が、むふふと笑いながら、全身筋肉痛でベッドの住人になっている俺を抱きしめている。

「外は勘弁してくれ」
「ううっ……。そうだよね、イヴの喘ぎ声が大きっ、イタッ! 痛い痛いっ!」
「――もう黙れ」

 余計なことを告げるジュリアス殿下の腕に噛みつき、くっきりと歯型をつけてやった。

 半泣きになりながらも「何日、痕が残るかな?」と、嬉しそうに笑っている王子様に、俺は呆れたように溜息を吐いた。

 俺になにをされても喜ぶ美形の王子様は、噛まれた腕を下げて、俺の腹を撫でる。

 中に出ししたことが嬉しくてたまらないらしい。

「つか、なんでいつも外に出すんだ?」
「えっ……。中に出して、よかったの……?」

 中でも外でも、どちらでも良いだろう。

 俺が頷くと、ジュリアス殿下が息を呑んだ。
 
 ぼふっと音が出そうなほど、綺麗な顔を真っ赤に染め上げて狼狽えている。

 男性でも特別な薬を飲むことによって妊娠する事は可能だが、未婚の俺はもちろん飲んでいない。

 だから子宮は出来上がっていないし、中に出されても孕むこともない。

 それなのに「イヴに似た子が欲しい!」と熱望し始めたジュリアス殿下は、本格的に頭がいかれてしまったようだ。

 話を聞き流していると、俺達の子の名前を、イヴリアスだの、ジュリーヴだの、考え出すジュリアス殿下の名付けセンスは壊滅的だった。
 
「そんなことより、秘密の通路を使って大丈夫だったのか?」
 
 第二王子の話をぶった切る俺は、ジュリアス殿下の部屋でまったりしているわけで……。

 昨日はクリストファー殿下の部屋にいたのに、俺達が退出していないから、使用人達が不審に思っているのでは? と、不安になっていた。

「ふふっ、私を誰だと思ってるの?」
「……頭のいかれた王子様?」

 王子だけは正解だと、ジュリアス殿下が不貞腐れているが。

(俺に薬を盛っておいて、正常だと思っている方がどうかしていると思う……)

 話を聞けば、ジュリアス殿下が俺を慕っていることは誰もが知っていることらしい。

 使用人達も口が堅い者しか配置していないから、問題ないのだという。

 さらには、クリストファー殿下が俺に謝罪したことも皆に伝わっているため、誰も俺には文句を言わないとのことだ。

 もちろん、表立っては……。

 陰では疎ましく思われていることをわかっているので、なるべくなら目立つ方々とは関わらない方が良さそうだ。

 だが、俺と深い関わりのある人たちは皆、目立つ人しかいない気がする。

 悪意に晒されることには慣れてはいるが、できるなら放っておいてほしい。

「心配しなくても大丈夫。イヴのことは、私が必ず守るからね」

 俺の気持ちを察したのか、ジュリアス殿下が俺の髪を優しく撫でる。

 視線を彷徨わせる俺は、艶々の肌で微笑むジュリアス殿下の腕から逃れて背を向けた。

「……ありがと」
 
 少し離れるのにすぐに追いかけてきて、可愛いと連呼する王子様に背後から羽交い締めにされる。

 心も体も温かくなる俺は、小さく笑って再度眠りについた。



 ☆★☆



 先程まで俺が寝ていた寝台では、白銀の髪の美青年がすやすやと眠りについている。

 騎士団の救護班として活動していた俺ですら、目を背けてしまいそうになる彼の変色した左腕を見つめ、胸が苦しくなった。

 ラファエルさんが紋章を授かっていなくとも、すぐに治癒してあげたい。

 意を決して手を組んだ俺を、二人の王子様が固唾を飲んで見守っていた。

 ラファエルさんではなく、なぜか俺を熱心に見つめる二人の王子様の視線を感じながら目を伏せた。


 ――ラファエルさんの心と体の傷が、癒えますように。


 体が温かくなり、舌がピリッと焼けるような感覚に驚いて目を開けると、ラファエルさんの左腕は、眩い金色の光に包み込まれていた。

 キラキラと光る金色の結晶は、左手の甲により多く集まっている。

 光が吸収されるかのように、手の甲に浸透していく様子を見守る俺は、ラファエルさんはきっと紋章を授かっていると確信していた――。

 

 漲っていた力が全身から抜けていくのを感じて、足元が空に浮いているような感覚に陥る。

 膝から崩れ落ちそうになるが、光が消え去るまでなんとか堪えた。

「イヴっ!」

 ジュリアス殿下の焦った声と共に、俺の体は逞しい腕に支えられていた。

 ジュリアス殿下かと思いきや、激しく揺れる藍色の瞳と視線が交わる。

「っ、すみません」
「いや、大丈夫か? 無理をするな。私の部屋で休むといい」
「本当に、大丈夫です……」
「ラファエルが目覚めるまでは、ジュリアスの寝台は使えないだろう?」
 
 俺の部屋でいいのだが、優しく頭を撫でられる。

 お疲れ様、と労いの言葉を掛けられた俺は、今はお言葉に甘えることにした。

(……でも、ジュリアスが許さないだろうな)

 ジュリアス殿下の反応が気になる。

 俺がそろりと視線を向ければ、ジュリアス殿下は悍しい傷跡が綺麗さっぱりと消え去った左腕を持ち上げ、手の甲を確認していた。

 ローブを着た長髪の人物が、両手を上げて背を向けている。

 男性にも女性に見える人物を囲うように、無数の植物の蔓が天に向かって伸びている紋章。

 豊穣の神で間違いないだろう。

 新たな紋章を授かる人物が現れたことを嬉しく思うが、なによりラファエルさんの左腕が治癒ができてよかった。

 ほっとしていたのだが、足元がおぼつかない俺を心配そうに見つめるクリストファー殿下が、俺の体を容易に抱き上げる。

「あっ、あのっ!」
「ジュリアス。あとは任せた」
 
 俺の驚く声を無視するクリストファー殿下が、秘密の通路の扉を開ける。

「はい。兄上、イヴをお願いします」
「…………」

 ジュリアス殿下が頭を下げ、俺は戸惑う。

 俺が兄に触れられることを嫌がっていたジュリアス殿下だったが、何も文句を言わないどころか、俺を兄に任せたのだ。

(……なんでだ? 絶対怒ると思ったのに……)

 すぐにラファエルさんに視線を向けたジュリアス殿下は、怪訝な顔のまま固まっている。

 豊穣の神の存在により、民達は歓喜し、ローランド国はさらなる発展を遂げるだろう。

 それなのに、どうして不可解な表情になるのか、俺にはさっぱりわからなかった。

 それに、いつもなら真っ先に駆けつけてくれるジュリアス殿下が、身内とはいえ、兄に俺を任せたことを少しだけ不満に思う。

(さっきまでは、離れろと言ってもベタベタとくっついていたくせにっ)

 イラッとしてしまうが。

 いざ離れられると寂しいと思ってしまう俺は、自分が思っている以上に、ジュリアス殿下のことをすごく好きなんだと思った――。

 今回も祈るだけで治癒ができたにもかかわらず、仏頂面になる俺に、フッと笑う声が降ってくる。

「……なんですか」
「弟の一方通行なのかと思っていたが、そうでもないらしい」
「っ、一方通行ですよ!」
「ククッ、そうか?」
「……すこーしだけ、繋がってるだけです。今、道は塞がりましたけど」

 照れ隠しをして、可愛げのないことを言う俺。

 それは困ったな、と微笑むクリストファー殿下は、自室に向かって歩いている。

 部屋に入れば、前を向くクリストファー殿下のしゅっとした顎の下に、二つ並んだ黒子が見えた。

「そんなに熱い視線を向けないでくれるか? 弟の想い人だとわかっていても、照れるのだが……」
「っ、は? 珍しいところに黒子があるんだなあ、と思っていただけですけど?」

 ぶっきらぼうな言い方でも、くつくつと笑うクリストファー殿下は、とても楽しそうな表情だ。

 お姫様を相手にするかのように、優しく寝台に寝かせてくれ、すぐに傍を離れていく。

(……クリストファー殿下も、ラファエルさんのところに行くのか)

 少しだけ寂しく思っていると、椅子を持って戻って来たクリストファー殿下は、寝ている俺の横に座り、上掛けをかけてくれた。

「ゆっくり休んでくれ」
「……お気遣いいただきありがとうございます」
「こちらこそ感謝している。起きたら、共にマスカットを食べよう」

 わしゃわしゃと頭を撫でられて、既に用意してくれていたことを知って嬉しく思った俺は、頬を緩ませた。

 柔らかく微笑んでいたクリストファー殿下が目を見開き、俺の頭を撫でていた手が頬に触れる。

(……急にどうしたんだ? 頭を撫でるならわかるが、なんで頬……?)

 俺はジュリアス殿下とは違い、思わず触れたくなるようなスベスベな肌ではないと思うが。

 大きく温かな手の感触は、やはりエリオット様に似ている気がする。

 普段の俺なら跳ね除けているところだが、体が怠いし、そのままにしておいた。

 おやすみなさいと呟いて、目を伏せる。

 大好きな人に似た温かな手は、俺が安眠出来るようにと、優しく頬を撫で続けてくれていた。





















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