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第五章

115 誰が嫉妬したって!?

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 俺の気も知らないで、口許に手を当てて笑うジュリアス殿下にイラッとして睨みつける。

「ふふっ。イヴの笑顔が好きだけど、やきもち妬いてる顔も可愛い」
「……は?」
「イヴは鈍感だもんね? あ、純粋って言った方がいいか。本当可愛いんだから……。まさか、イヴまで騙されるなんて思わなかったよ」
 
 演技には自信がある、と語るジュリアス殿下が、棒立ちになる俺の手を引き、ソファーに座らせる。

 隣に腰掛けたジュリアス殿下に手を繋ごうとされた俺は、咄嗟に払いのけていた。

「イヴ?」
「…………」

 俺が苛立っていることに気付いているであろうジュリアス殿下だが、懲りずに俺の手を掴んで来る。

 そのことになんだか腹が立つ俺は、尻を浮かせて一人分の距離を取った。

 俺が明らかに拒否しているのに、迫ってくるジュリアス殿下が引く様子はない。

 そっぽを向くが無理矢理手を繋がれて、俺は勝手にしろと、脱力してやった。

「嫉妬されて嬉しいし、もっとイヴの拗ねた顔を見ていたいけど、ちゃんと話すよ。イヴに駆け引きは通用しないからね?」
 
(……いつ、誰が、嫉妬したんだよ)

 俺が顔も向けずに無言を貫けば、困ったように笑ったジュリアス殿下が、ピクリともしない俺の手を強く握りながら話し始めた。

「ラファエルの左腕見た? 皆は支給された白地の半袖服を着てたけど、彼だけは袖の長い私服だったよね? こんなに暑いのに」

 そう言われれば、薄っぺらいとはいえ、真夏にも関わらずグレーの長袖を着ていたなと思い出す。

「彼らの関係性を見て、最初は虐待を疑ったんだけど、どうやら違うように思う。左手に包帯を巻いていたから、その下を見てみたいんだよね」

 その言葉に息を呑んだ俺は、ちらりとジュリアス殿下の方を見た。

「紋章を隠してるってことか?」
「まだ確証はないけどね? そうだとしたら、彼らの話の辻褄が合う。ただ、もしかしたら、魔物の被害に遭って怪我をしているだけかもしれない」
「……ラファエルさんを誰が治療したかなんて、今更わからないか」
「うん。でも、もし紋章があるなら不可解なんだよね。あの爺さんが隠すとは思えない」
 
 先程、孫がジュリアス殿下の目に留まり、目の色を変えたペドロさんの様子から、確かにと頷く。

 紋章を授かる子が産まれた時に国に報告すれば、莫大な金品を贈与されるだけでなく、家族ももれなく好待遇を受けることが出来る。

 自分の村の作物の育ちを良くするために孫を利用するより、まとまった金を貰った方が、どう考えても得だろう。

豊穣ほうじょうの神様か」
 
 俺がぽつりと呟けば、「よく知ってるね?」と、ジュリアス殿下が驚いたように目を丸くした。

 紋章を授かりたいと願う時に、いろいろと調べていたから知っていただけで、父様が勇者でなければ俺も知らなかったと思う。

 紋章といえば勇者や癒しの聖女様が有名だが、この世で一番授かることが多い紋章が、豊穣の神だ。

 ただ、自然に恵まれたローランド国ではあまり活躍の場がないため、この国ではそこまで重宝されていないのも事実。

 でも、魔物が蔓延る現代では、穀物や農作物の豊穣を司る者は貴重な存在と言えるだろう。

「でも、もし豊穣の神なら、隣村までも巻き込んでいると思うんだよね? それが小さな村にしか力が及んでいないってことは、やっぱり私の考えすぎなのかな、と思ったり」
「なるほどな」
「もしくは、イヴと同じパターンだったりして」

 僅かに首を傾げる俺に、ジュリアス殿下は顎に手を当てて、真剣な表情で思考を巡らせている。

「力がまだ覚醒していないのかもしれない」
「…………あり得るな」

 ラファエルさんの周りには、彼を愛する者がいないように見えたし、なにより唯一の親族であるペドロさんの態度が厳しい。

(もし、ラファエルさんも皆に愛されたのなら、力を発揮することができるのだろうか……?)

「まだ紋章を授かっているかもわからないけど、調べてみる価値はありそうだと思うんだ。だから私がラファエルに興味があるように見せただけ。その方が、心を開きやすいと思ってね?」

 にっこりと微笑むジュリアス殿下が、パチンと片目を瞑った。

 あの短時間でそこまで考えていたのかと、俺は苛立っていたことも忘れて、感心していた。

(ペドロさんに気を取られていた俺とは、頭の作りが違う……)

 頭の切れる親友に尊敬の眼差しを向けると、握られている手の甲に、柔らかな唇が触れる。

「私が愛してやまないのはイヴだけだよ」
「……っ」

 蕩けるような笑みを向けてくるジュリアス殿下を見ていられなくて、視線が彷徨った。

 真剣な話の最中に、急に甘い言葉を吐かないでくれと切に願う。

 ……頬が熱いのは気のせいだ。

「その顔が見たかった。嫉妬する顔も可愛いけど、照れた顔はもっと可愛い……」
「っ、誰が嫉妬したって!?」
「イヴって、意外と私のことが好きだよね?」
「はあっ!? 調子に乗んな!」
 
 握られている手をぞんざいに払うが、ジュリアス殿下はにこにこと笑っている。

「調子に乗りたくもなるよ。だって、私とラファエルが話している時から、イヴはずっと不機嫌だったよね?」
「……別に? 気のせいだろ」
「ふふっ。そのまま嫉妬に狂ってくれても良かったんだけど、イヴの場合は変な方向に走り出しちゃうから……。イヴの性格はわかってるつもりだよ? ずっと好きだったから常にイヴを見てたし、なにより私はイヴの親友だからね」
 
 柔らかく微笑み、「仲直りの抱擁をしたい」と告げるジュリアス殿下が、両手を広げる。

 俺は仏頂面で固まっていたが、ジュリアス殿下が腕を下げる気配がない。

 盛大に溜息を吐く俺が、渋々といった表情で近付けば、優しく包み込まれる。

「大好きだよ、イヴ」

 胸がほっこりとして、脱力していた腕をそろそろとジュリアス殿下の背に回した。

 確かに苛々していたことは事実だが、嫉妬していたのかは正直わからない。

 でもジュリアス殿下が本当のことを話してくれていなかったら、ずっとモヤモヤしていたのだろうな、ということだけはわかっていた――。

「キスしてもいい?」
「…………」
「何も言わないならキスするよ?」
「…………勝手にしろ」

 俺が冷たく吐き捨てると、ジュリアス殿下は捨てられた子犬のような顔で俺を見つめる。

(……こんな性格が捻くれた俺のどこがいいんだか)

 そう思いながらも、冷たい態度を取ってしまった後悔から、俺の眉がへにょりと下がる。

 白い頬がぽっと赤らんだと思ったら、柔らかな唇が押し当てられていた。

「ん……」
「っ、ごめん。我慢出来なかった」
 
 パッと離れたジュリアス殿下が、申し訳なさそうに俺の顔色を窺う。

 ジュリアス殿下にこんな顔をさせるのは俺だけなんだろうなと思うと、勝手に口許が緩む。

 すべすべな頬を両手で包んで、そっと口付ける。

 唇を啄みながら薄らと目を開けると、ジュリアス殿下の目元がとろんと下がっていた。

(癒しの力を使わずとも、可愛いお顔をしていらっしゃる)

 唇を離せば、ジュリアス殿下がうっとりと息を吐いた。

「今夜……私の部屋に来てくれる?」

 頬をすりすりと撫でられていた俺は、不安そうに問いかける碧眼をじっと見つめる。

 俺が迷うことなく頷けば、瞳は光を宿したようにキラキラと輝きだした。

「さっそく仕事を終わらせてくるね」

 名残惜しそうに俺から離れたジュリアス殿下が、颯爽と退出する。

 その背を見送った俺も、保護されている国民達の治療に向かったが、今夜ジュリアス殿下と肌を重ねることばかり考えてしまい、あまり集中することが出来なかった。
















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