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第五章
111 それぞれの反応
しおりを挟む控えめなノックの音がして、渋々離れれば、エリオット様の薄い唇は赤く色付いていた。
「――大変だ……。元々色っぽい唇が、更に魅力的なことになってる」
「っ、」
困ったように呟く俺は、いつまでも触れていたいと願う唇を、そっと指先でなぞる。
すると、薄い唇からは悩ましい溜息が吐き出された。
エリオット様自身も、これ以上魅力的になってしまうことには困っているらしい。
「生まれながらに美しい人は大変ですね。でも魅力がないよりは、断然いいと思います。元気出して下さい」
「…………なぜ励まされているのかわからない」
気の利いた事が言えなくて申し訳ないと思った俺が謝罪すると、「……今後が心配だ」と呟く最強の騎士は、初めて敗北を味わったかのように項垂れていた――。
◇
「いいか、イヴ。絶対命令だ」
厳しい声色で指示を出すエリオット様は、団長モードである。
特別に愛馬に乗せてもらっている俺は、しっかりと頷いた。
ぎゅっと抱きしめられて幸せを感じていると、またしても「絶対だぞ?」と、同じ命令が下される。
何度も承知したと言っているのだが、邸まで送ってくれる優しい恋人から、『いろんな人を誘惑するな』と、口を酸っぱくして忠告されていた――。
(誘惑をしたことなんて、一度もないんだが……)
「イヴは無自覚だから仕方ないか……」
「あっ、ここで大丈夫です」
「…………イヴ」
まだなにか言いたげにするエリオット様だが、俺は邸の門の前でおろしてもらった。
(みんながエリオット様を待ってるんだ。早く向かわせてあげないと……)
悲しい雰囲気で別れたくなくて、俺が笑顔で見上げると、心配そうにするエリオット様もまた愛馬から華麗におりる。
恋人になったが、エリオット様の中では、俺はまだ世間知らずな子供のままなのかもしれない。
名残惜しそうに俺の頬を撫でるエリオット様に背伸びをして、触れるだけの口付けを送った。
「誘惑なんてしたことがないけど……。もし俺が誘惑するとしたら、その相手はエリーだけ」
そんなに心配しなくても大丈夫だと思う俺は、にっこり微笑んだ。
愕然とするエリオット様に強く抱きしめられる。
「このまま連れ去りたい……」
切実な声色に、ドクンッと心臓が跳ねる。
俺だって、このままエリオット様の傍にいたいに決まってる。
でも、俺にはやらなければならないことがあるし、それはエリオット様も同じだ。
エリオット様が俺の為にかけてくれた励ましの言葉は、俺の胸に深く刻み込まれている。
「エリー」
「っ、」
エリオット様の顔を上げさせて口付けを送り、癒しの力を使う。
肩の力が抜けた事を確認して体を離せば、情緒が安定した様子のエリオット様が破顔した。
「やはりこのまま連れ去りたい」
「っ…………なぜだ」
癒しの力が足りなかったかと困惑する俺に、エリオット様は声を押し殺して笑っていた。
門から邸までは遠いからと、再度愛馬に乗せてくれたエリオット様は、かなり時間が押しているにも関わらず、邸の前まで送ってくれた。
とてもゆっくりと……。
その間に後ろを振り向く俺は、愛おしい人に抱きしめられながら、何度も口付けを交わした。
◇
恋人の背が見えなくなるまで見送ると、じわりと涙が込み上げてくる。
袖で目元を雑に拭った俺は、強めに頬を叩いて気合を入れた。
帰宅すれば、早朝なのになにやら騒がしい声が聞こえてくる。
談話室に向かえば、皆が宴会をしていた。
「ただいま……?」
「あっ! イヴ様だあ~!」
酔っ払いのように、フラフラと歩いてくる美少女の体を受け止める。
にこっと笑ったかと思えば、急に泣き出したクラリッサ様。
げっそりとする使用人と肩を組むエヴァさんは、ゲラゲラと下品に笑っているし、カオスな状況だ。
そこへ料理を運んできたグレンに話を聞けば、二人の失恋パーティーを開いていたらしい。
(……女性は、失恋したらパーティーを開くのか? それともアルベニア独自のものなのか?)
「想い人の幸せを願い、次の恋へ進むために必要な儀式です」
「なるほど……」
いつのまにか俺の腕の中で眠っていたクラリッサ様を、グレンが代わりに抱き上げる。
二人が失恋した中、俺には恋人ができただなんて報告は、絶対にしてはいけないだろう。
「イヴ、帰ったのか」
一人寝ていたらしいギルバート様が起きてきて、気怠げに長い髪を掻き上げる。
「……ギルに話したいことがある」
欠伸をしていたギルバート様は、すんと無表情になった。
ギルバート様が滞在している部屋に行き、俺はエリオット様と恋人になったことを話していた――。
「ごめん、気持ちを伝えてくれたのに……」
「別に? こうなることは、危険地帯にいた時からわかってたし」
けろりと答えたギルバート様は、肩を竦めた。
レイドとギルバート様が濃厚な口付けをしていたところを見た俺が、エリオット様のテントへ避難して爆睡していた時。
エリオット様からは、俺に手を出すなと告げられていたらしい。
真剣に話を聞いている俺の胸がキュンとしたことは内緒だ。
その場にレイドと、俺に慰め合いのお誘いをした銀髪イケメンも一緒にいたらしい。
「深い仲だと、牽制された」
憎々しげに語るギルバート様は、ギリッと歯を鳴らす。
「エリオット・ロズウェルめ……」
「ギ、ギル?」
「やはりあいつは、魔物より先に討伐しておくべきだったか」
「…………俺達が束になっても無理だろう」
「チッ、今に見てろよ!?」
バーンと扉を開けて部屋を出て行くギルバート様は、グレンを誘って庭で稽古を始めた。
もう友人をやめるとか、口を聞いてもらえないかもしれないと少しだけ不安だった俺は、戦闘狂の二人が楽しそうに笑いながら、激しく剣を交える姿を窓から覗いて、案外大丈夫そうだったとほっと胸を撫で下ろした。
それから俺に想いを告げてくれた三人にも報告に行ったが、皆特に気にしていない様子だった。
というか、皆は俺がエリオット様に好意を抱いていることに気付いていたらしい。
俺自身が最近気付いたばかりなのに、皆は前から気付いていたなんて、なんだかおかしな話である。
アデルバート様は拗ねていたけど、「二番目でもいい!」なんて、自分を下卑するような発言をしていた。
兄を慰めるアレン君も同じ意見だったのか、うんうんと頷いていた。
ポジティブ発言を繰り返すアレン君がついていてくれるから、大丈夫そうだと安心する。
次にランドルフ様だが、あっさりと受け入れた。
『イヴに恋人が何人いようと、伴侶になれればそれでいい』と言われた。
……尻を撫で回されながら。
相変わらずのランドルフ様に一安心する。
そして、俺が一番反応を恐れていたジュリアス殿下は、ただにこにこと笑っていた。
怖すぎるの一言に尽きる。
結局三人は、自分達も俺の恋人になるのだから何の問題もないと話を締め括る。
いつのまにか、全員と恋人になることが決められているのだが……。
俺の意思は関係ないらしい。
エリオット様には皆と恋人になってもいいと言われていたけど、躊躇していた俺は困惑気味だ。
少しだけ不服そうな顔をすれば、満面の笑みのジュリアス殿下が俺の耳に顔を寄せる。
「イヴ? 第一騎士団を、いつまでも王都に戻って来れないようにすることも出来るんだよ?」
「っ、すみませんでしたっ!!」
「ふふっ、すぐに謝罪出来るなんていい子だね」
褒められたのだが、顔を上げたジュリアス殿下から威圧スキルをぶっかまされて、俺は震え上がる。
「イヴに初めての恋人が出来た祝いのパーティーを開かないとね?」
「っ……お、お気持ちだけ受け取っておきます」
「ふふふ、遠慮しなくてもいいのに……。どんな高価なものでもプレゼントするよ?」
目が笑っていないジュリアス殿下に、「で、では……抱擁を」となんとか告げた俺。
きょとんとした顔になる王子様の空気が華やいで、破顔する。
歓迎するように、両手を広げるジュリアス殿下をおずおずと抱きしめると、百合のような香りに包まれて頬擦りをされる。
「やっぱりイヴが好き」
「……ありがと」
俺に恋人が出来ても、協力を惜しまないと告げてくれた友人達の気持ちが嬉しかった。
特にずっと俺に想いを伝えてくれていたジュリアス殿下には、頭が上がらない。
「……嫌いになれたら良かったのに」
「っ、」
小さな声が耳に届く。
俺の抱きしめる力が強くなってしまったが、ふふっと楽しげに笑う声が響いた。
でもその声が、少しだけ潤んだものになっていることに気付いた俺は、ジュリアス殿下の腕が解ける時まで、ただ抱きしめ続けていた――。
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